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4.月夜の別れ
隊長の言葉
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「何だ? あんた、もしかして素手で挑もうっていうのかい?」
ジェードは祖父から拳術のみ習っていたので、武器はうまく扱えない。ジェードは構えた拳を開き、リリスに手招きをする。
「……僕は龍ですから、武器がなくても戦えます」
「は、面白いねえ!」
リリスは口元を吊り上げて笑うと、大剣を振り上げながら突っ込んで来た。ジェードは、彼女の猛攻を素早く避けながら、好機を狙う。
「ジェード! 待って……!」
セルリアの制止の声が聞こえたが、ジェードは止まれない。
セルリアも剣を抜き、二人の間に入ろうとしたが、彼女の前にエルデの部下達が立ちはだかった。
「ああもう! どいてよ!」
視界の片隅で、セルリアが兵士達に囲まれているのが見えるが、ジェードは手助けが出来ない。それくらい、リリスの剣術は隙が無い。攻撃を避けながら、剣を持つ手を膝蹴りで弾こうとするが、読まれているようで剣を振り下ろした後すぐに手元を自分の方に引く。
やはり、傭兵団の隊長というだけある。セルリアの元上司だから、と手加減などしていられない。
そんな中、兵士の何人かはリリスに加勢しようと、こちらに向かって来る。
リリスを相手にしている中、流石のジェードも対処出来ないと少々焦りを見せた時、白髪で執事服の男が兵士達の前に立ちはだかった。
「あー、クソ! 面倒臭い! 貴方達に何かあったら、ロクショウ様に合わせる顔がありません!!」
「ハクゲツさん!」
「こっち片付けたら加勢しますから、それまで致命傷を食らわないでくださいね!!」
「出来ればセルリアさんの方を助けて欲しいのですが!」
「こんな時に無茶な事言うんじゃねぇぇぇ!!」
ハクゲツは苛立ちを露わにしながら眼鏡を人差し指で押し、いつの間にか手に持っていた木の枝を剣のように構えた。
「貴方達には、これで充分です」
そう言った直後、ハクゲツは鮮やかな動きで兵士達を翻弄し、一人一人確実に倒していく。戦っているというのに、その動きは優雅で、まるで楽器を演奏しているかのよう。
「よそ見していていいのか?」
「っ!」
少し反応が遅れて、大剣が左頬を掠った。皮が薄く切れ、頬から血が滴り落ちる。本当に気が抜けない。セルリアの事が気になったが、まずは目の前の相手に集中しなければ。
「ヴェニット様!? 何をなさっているのです!?」
「セルリアがピンチだったから。困っている人がいたら助けてあげてってお兄が――」
「だからって自ら危険を冒さないでくれます!? 貴女に何かあったらロクショウ様に顔向け出来ませんよ!!」
「じゃあそっち終わったらこっち来て」
「ああああああ!! もう!!」
集中しなければ、と思ったが、ヴェニットとハクゲツが騒いでいるのが嫌でも耳に入って来たので、ジェードは安心する。セルリアは、ヴェニットが加勢してくれたから大丈夫だ。
「セルリアが心配かい? ジェードとやら」
表情を読み取ったらしいリリスが、一度距離を取ってから話しかけてきた。
「それはそうです。セルリアさんは僕の恩人ですから」
「それだけじゃないだろう。あんたは、セルリアに特別な感情を抱いている」
ジェードは一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに「そうです」と肯定した。
「セルリアさんは、僕の大切な人です。僕達は二人で平穏に暮らしたいんです」
「リアトリス傭兵団にとっても、セルリアは大切な傭兵だったんだがね。全く、あんたのせいでめちゃくちゃさ」
「それは……本当にすみません。でも、僕はここで引き下がりたくないんです」
「あんた、見かけによらず強情だねえ」
リリスは盛大にため息を吐いて、剣先を地面に置いた。まさかリリスが構えを解くとは思っていなかったので、ジェードも握っていた拳を緩めてしまう。
「そういう強情な所も、あいつにそっくりだ」
「……あいつ?」
リリスは悲しそうに微笑んだ。
「ああ、あいつの弟——イチイにそっくりだ」
セルリアの弟イチイの事は、彼女から聞いていた。身体が弱いが、危なっかしいセルリアにいつも小言を言っていたと。セルリアが去ってしまった今、イチイは一人で過ごしているのだろう。
「イチイさんと会った事があるんですね。イチイさんには、その……申し訳ないと思っています……」
ジェードと逃げ出したセルリアは、故郷に戻れなくなってしまい、イチイと会う事が叶わなくなった。一緒に安住の地へ向かうにしても、身体の弱いイチイはきっと遠出が出来ない。
セルリアは気にするなと言ってくれたが、ジェードはそれが一番心に引っかかっていた。
「……その様子だと、セルリアから聞いていないみたいだな」
「……え?」
含みのある呟きに、ジェードの動きを止める。
セルリアは現在、少し離れた場所でエルデと剣を交えており、こちらの会話は聞こえていない。
「あんたは、どうしてセルリアの手を取った? それはあんたの意志か?」
「勿論、そうに決まっているじゃないですか」
突然そんな質問をされたので、ジェードは怪訝な表情になる。セルリアと共に逃げたかったから、ジェードは脱獄を決心した。
「あんたが脱獄をしたいと言ったのか? ここへ来たいと言ったのもお前か?」
「……さっきから、何を言っているんですか?」
「これまで“あんたの意志”で行動した事はあったのか?」
「——っ」
痛いところを突かれて、ジェードは何も言えなくなる。
セルリアが一緒に逃げようと言ってくれなければ、ジェードは魔王に引き渡される未来を受け入れていた。東の国へ行こうと提案したのもセルリアだ。ジェードはこの脱獄劇で一度も自分の意志で行動していない。
「でも……僕はセルリアさんと一緒に生きたいと思ったから、ここまで来たんです……!」
「じゃあ、セルリアがもう逃げるのは止めたいと言ったらどうするんだ?」
「え……?」
セルリアが逃げたくない、と言ったら自分はどうするのだろうか。セルリアがそんな事を言うとは思っていなかったので、一度も考えなかった。
悲しく歪んだ彼女の顔を見たら、ジェードは簡単に了承してしまうだろう。
(でも、その後僕はどうする?)
その後の自分がどう行動するか、全く思い浮かべない。もしかしたら、終わりのない旅に出るかもしれないし、ずっとその場に留まってしまうかもしれない。
「せ、セルリアさんは絶対そんな事を言いません……!」
ようやく絞り出した言葉は、震えていた。希望のあった脱獄に、不安を上塗りされた気分だ。あれ程、セルリアと安住の地へ向かえると喜んでいたというのに。
「ああ、セルリアならそうだろうな。だが、セルリアが助けたかったのは、あんたではないと知ったらどうだ?」
「どういう、事ですか?」
頭が痛い。心の奥で、ヒスイがこちらに語り掛けてくる。
「心が乱れているぞ? それでは俺が出てきてしまう」
それに返す余裕もなく、ジェードは痛む頭を抑えた。
(違う、違う、違う……)
セルリアの言葉や、表情は嘘なんかじゃない。自分に言い聞かせるが、リリスの言葉で、少しずつ崩れているのを感じる。
「セルリアは、あんたを――」
ゾワリと鳥肌が立った。それ以上聞いてはいけないと、本能が警鐘を鳴らす。しかし、ジェードは耳を塞がず、リリスの言葉を最後まで聞く。
理解をするのに、随分と時間がかかった気がする。だが、全て合点がいった。セルリアが、どうして初めて会ったばかりの自分を連れ出してくれたのか。
ジェードの瞳から、一筋涙が零れた。そして、そっと目を閉じる。
再度目を開いた時——その瞳は金色に輝いていた。
ジェードは祖父から拳術のみ習っていたので、武器はうまく扱えない。ジェードは構えた拳を開き、リリスに手招きをする。
「……僕は龍ですから、武器がなくても戦えます」
「は、面白いねえ!」
リリスは口元を吊り上げて笑うと、大剣を振り上げながら突っ込んで来た。ジェードは、彼女の猛攻を素早く避けながら、好機を狙う。
「ジェード! 待って……!」
セルリアの制止の声が聞こえたが、ジェードは止まれない。
セルリアも剣を抜き、二人の間に入ろうとしたが、彼女の前にエルデの部下達が立ちはだかった。
「ああもう! どいてよ!」
視界の片隅で、セルリアが兵士達に囲まれているのが見えるが、ジェードは手助けが出来ない。それくらい、リリスの剣術は隙が無い。攻撃を避けながら、剣を持つ手を膝蹴りで弾こうとするが、読まれているようで剣を振り下ろした後すぐに手元を自分の方に引く。
やはり、傭兵団の隊長というだけある。セルリアの元上司だから、と手加減などしていられない。
そんな中、兵士の何人かはリリスに加勢しようと、こちらに向かって来る。
リリスを相手にしている中、流石のジェードも対処出来ないと少々焦りを見せた時、白髪で執事服の男が兵士達の前に立ちはだかった。
「あー、クソ! 面倒臭い! 貴方達に何かあったら、ロクショウ様に合わせる顔がありません!!」
「ハクゲツさん!」
「こっち片付けたら加勢しますから、それまで致命傷を食らわないでくださいね!!」
「出来ればセルリアさんの方を助けて欲しいのですが!」
「こんな時に無茶な事言うんじゃねぇぇぇ!!」
ハクゲツは苛立ちを露わにしながら眼鏡を人差し指で押し、いつの間にか手に持っていた木の枝を剣のように構えた。
「貴方達には、これで充分です」
そう言った直後、ハクゲツは鮮やかな動きで兵士達を翻弄し、一人一人確実に倒していく。戦っているというのに、その動きは優雅で、まるで楽器を演奏しているかのよう。
「よそ見していていいのか?」
「っ!」
少し反応が遅れて、大剣が左頬を掠った。皮が薄く切れ、頬から血が滴り落ちる。本当に気が抜けない。セルリアの事が気になったが、まずは目の前の相手に集中しなければ。
「ヴェニット様!? 何をなさっているのです!?」
「セルリアがピンチだったから。困っている人がいたら助けてあげてってお兄が――」
「だからって自ら危険を冒さないでくれます!? 貴女に何かあったらロクショウ様に顔向け出来ませんよ!!」
「じゃあそっち終わったらこっち来て」
「ああああああ!! もう!!」
集中しなければ、と思ったが、ヴェニットとハクゲツが騒いでいるのが嫌でも耳に入って来たので、ジェードは安心する。セルリアは、ヴェニットが加勢してくれたから大丈夫だ。
「セルリアが心配かい? ジェードとやら」
表情を読み取ったらしいリリスが、一度距離を取ってから話しかけてきた。
「それはそうです。セルリアさんは僕の恩人ですから」
「それだけじゃないだろう。あんたは、セルリアに特別な感情を抱いている」
ジェードは一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに「そうです」と肯定した。
「セルリアさんは、僕の大切な人です。僕達は二人で平穏に暮らしたいんです」
「リアトリス傭兵団にとっても、セルリアは大切な傭兵だったんだがね。全く、あんたのせいでめちゃくちゃさ」
「それは……本当にすみません。でも、僕はここで引き下がりたくないんです」
「あんた、見かけによらず強情だねえ」
リリスは盛大にため息を吐いて、剣先を地面に置いた。まさかリリスが構えを解くとは思っていなかったので、ジェードも握っていた拳を緩めてしまう。
「そういう強情な所も、あいつにそっくりだ」
「……あいつ?」
リリスは悲しそうに微笑んだ。
「ああ、あいつの弟——イチイにそっくりだ」
セルリアの弟イチイの事は、彼女から聞いていた。身体が弱いが、危なっかしいセルリアにいつも小言を言っていたと。セルリアが去ってしまった今、イチイは一人で過ごしているのだろう。
「イチイさんと会った事があるんですね。イチイさんには、その……申し訳ないと思っています……」
ジェードと逃げ出したセルリアは、故郷に戻れなくなってしまい、イチイと会う事が叶わなくなった。一緒に安住の地へ向かうにしても、身体の弱いイチイはきっと遠出が出来ない。
セルリアは気にするなと言ってくれたが、ジェードはそれが一番心に引っかかっていた。
「……その様子だと、セルリアから聞いていないみたいだな」
「……え?」
含みのある呟きに、ジェードの動きを止める。
セルリアは現在、少し離れた場所でエルデと剣を交えており、こちらの会話は聞こえていない。
「あんたは、どうしてセルリアの手を取った? それはあんたの意志か?」
「勿論、そうに決まっているじゃないですか」
突然そんな質問をされたので、ジェードは怪訝な表情になる。セルリアと共に逃げたかったから、ジェードは脱獄を決心した。
「あんたが脱獄をしたいと言ったのか? ここへ来たいと言ったのもお前か?」
「……さっきから、何を言っているんですか?」
「これまで“あんたの意志”で行動した事はあったのか?」
「——っ」
痛いところを突かれて、ジェードは何も言えなくなる。
セルリアが一緒に逃げようと言ってくれなければ、ジェードは魔王に引き渡される未来を受け入れていた。東の国へ行こうと提案したのもセルリアだ。ジェードはこの脱獄劇で一度も自分の意志で行動していない。
「でも……僕はセルリアさんと一緒に生きたいと思ったから、ここまで来たんです……!」
「じゃあ、セルリアがもう逃げるのは止めたいと言ったらどうするんだ?」
「え……?」
セルリアが逃げたくない、と言ったら自分はどうするのだろうか。セルリアがそんな事を言うとは思っていなかったので、一度も考えなかった。
悲しく歪んだ彼女の顔を見たら、ジェードは簡単に了承してしまうだろう。
(でも、その後僕はどうする?)
その後の自分がどう行動するか、全く思い浮かべない。もしかしたら、終わりのない旅に出るかもしれないし、ずっとその場に留まってしまうかもしれない。
「せ、セルリアさんは絶対そんな事を言いません……!」
ようやく絞り出した言葉は、震えていた。希望のあった脱獄に、不安を上塗りされた気分だ。あれ程、セルリアと安住の地へ向かえると喜んでいたというのに。
「ああ、セルリアならそうだろうな。だが、セルリアが助けたかったのは、あんたではないと知ったらどうだ?」
「どういう、事ですか?」
頭が痛い。心の奥で、ヒスイがこちらに語り掛けてくる。
「心が乱れているぞ? それでは俺が出てきてしまう」
それに返す余裕もなく、ジェードは痛む頭を抑えた。
(違う、違う、違う……)
セルリアの言葉や、表情は嘘なんかじゃない。自分に言い聞かせるが、リリスの言葉で、少しずつ崩れているのを感じる。
「セルリアは、あんたを――」
ゾワリと鳥肌が立った。それ以上聞いてはいけないと、本能が警鐘を鳴らす。しかし、ジェードは耳を塞がず、リリスの言葉を最後まで聞く。
理解をするのに、随分と時間がかかった気がする。だが、全て合点がいった。セルリアが、どうして初めて会ったばかりの自分を連れ出してくれたのか。
ジェードの瞳から、一筋涙が零れた。そして、そっと目を閉じる。
再度目を開いた時——その瞳は金色に輝いていた。
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