引きこもり龍人と女傭兵の脱獄マリアージュ

秋雨薫

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4.月夜の別れ

安住の地へ

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 仮眠をしたり食事を摂ったりしていたら、待ちわびた夜がやってきた。纏めた荷物を背負い、ヴェニット達がやって来るのを待っていると、階段から彼女達が現れた。

「二人とも、もう準備は出来ている?」

 ヴェニットは小ぶりの肩掛け鞄と地図を、ハクゲツは大きめのリュックを背負っている。ヴェニットの問いに、二人は大きく頷いた。

「ロクショウ様はエルデとやらを見張っています。……はぁ。あの方の貴重な時間を使うとは何て身の程知らずな……」

 ハクゲツは相変わらず機嫌が悪そうだった。だが、そんな彼もロクショウは尊敬しているようだ。

「本当に感謝してもしきれません。本当にありがとうございます」
「私に感謝されても困る。その感謝はロクショウ様とヴェニット様に言え」
「ヴェニットさん、ありがとうございます」
「気にしないで」

 ヴェニットはジェードの感謝をサラリと受け取った。ハクゲツは未だに不服そうで、一人ブツブツ呟いていたが、主人が気にしていないので、ジェード達にはそれ以上何も言わなかった。

 そして、四人は地上へ出て闇夜の中、安住の地へと歩み出した。
 ロクショウが見つけてくれた場所は、東の国ではあるが、大陸より随分と離れた場所にある離島だという。一瞬キオ島が頭を過ったが、そこではなかった。
 シャヨメからの航路は使えないので、陸路を進んで辺境地にある港から船に乗るという。
 エルデの家来が何処にいるか分からないので、最小限の灯りを頼りに進む。ロクショウが使役しているという輝虫(こうちゅう)という親指くらいの大きさの虫が、四人の周りを何匹か浮遊していた。蛍にも似ていたが、人の言う事を聞くのだから普通の虫ではないのだろう。

「輝虫はお兄が一生懸命育てた虫の一つなんだよ。灯りを持たずに歩けるから良いよね」

 ヴェニットは頬を綻ばせながらそう言った。ロクショウはヴェニットにとって自慢の兄なのだろう。他にも能力を持った虫がいそうだが、やばいのが出て来そうだったのでそれ以上は聞かないでおいた。

「ロクショウさんは虫使いなの?」
「虫は一つの手でしかありませんよ。ロクショウ様は万能な御方なのです」

 セルリアの問いに、何故か得意げに答えたのはハクゲツだった。
 計算高そうなロクショウの事だから、あらゆる手を持ち合わせているのだろう。敵に回したくない鬼だ、とジェードは感じた。

「この獣道を進んでいく。肌を枝で傷つけないように気を付けて」

 地図を持っているヴェニットがそう言いながらハクゲツを抜かして獣道に入ると、彼女の藍色のドレスが枝に引っかかった。

「ああもう! ヴェニット様が一番気を付けてください!! 私が枝を切って進みますので、後に続いてください!」

 ハクゲツは、そう言いながらヴェニットを自分の後ろにやると、ポケットから小型ナイフを取り出して目にも止まらぬ速さで道を塞ぐ枝を刈り始めた。
 人間離れしているところを見ると、やはりハクゲツも鬼なのだと思い知らされる。
 ハクゲツが作ってくれる道を、三人は後から続く。

「セルリアさん、足元に気を付けてください」
「こういう道は慣れているからだいじょーぶ!」

 そう言いながらも、セルリアはジェードの差し伸べた手を握った。
 それからしばらく獣道を進む。追われている身の為、会話も無く、黙々と進む。しばらく歩いていると、ハクゲツが枝を刈る手を止めた。獣道が終わったようだ。

「開けた場所に着いた。後はハクゲツの道案内に託す」

 ヴェニットは満足げにそう言った。そういえば、先程まで持っていた地図が手元にない。ジェードが不思議に思っていると、ハクゲツがナイフをしまいながら盛大なため息を吐いた。

「こうなるとは思っていたので、ルートは完璧に用意してあります。どうぞこちらへ」

 どうやら主人のヴェニットが地図を無くす事は想定内だったらしい。今度はハクゲツが先導の元、道を進んでいく。
 背筋を伸ばして綺麗な所作で歩くハクゲツの後ろ姿を見ながら、セルリアがヴェニットに耳打ちをする。

「ハクゲツって何であんなにやる気満々なの?」
「お兄に評価されて褒められるから頑張っているみたい」
「あ、そういえばハクゲツって誰にでも見下すような態度取るのに、ロクショウさんは尊敬しているみたいだったもんね」
「そこ! 聞こえていますからね! っていうか呼び捨てやめなさい!」

 勢いよく振り返ったハクゲツに強い口調で言われ、セルリアはひらひらと手を振って笑う。

「ありがとうハクゲツ! 頼りにしているよ~!」
「だから呼び捨て止めろ!!」
「あ、あの……あまり大きい声は出さない方が……」

 ジェードが仲裁しようと二人の間に入ろうとした時だ。
 頭上から、強い風が吹いた。その拍子に、輝虫が飛ばされてしまう。

「わわ、何!?」

 慌てるセルリアをジェードが、ヴェニットをハクゲツが強風から守る為に盾になった。
 光が無くなった為、暗闇で何が起きているか分からない中、龍の力の影響か夜目が利くようになったジェードにははっきりと見えた。

「ど、どうしてここに……!」
「え、何が起きているの!?」

 次の瞬間、頭上から強い光を浴びせられ、思わず目を窄める。
 目が光に慣れ、強風の正体が明らかになる。
 馬に羽が生えた、一見したら伝説上の生き物ペガサスだ。だが、毛と翼は栗毛であり、神聖さはあまり感じられない。
 その上に跨るのは、青磁色の髪に真紅の瞳を持った高慢そうな男——今会ってはいけない人物。

「ようやく見つけた! てこずらせやがって!」

 エルデ=ルッドがそこにいた。
 エルデの周りにも、羽の生えた馬に乗った兵が何人もいる。光を放っているのは、兵が持つランタン型の魔具のようだった。

「え!? どうしてここに……! え、エルなんとかが……!」
「エルデだ!! お前わざとだろう!!」

 名前を覚えていないセルリアにブチ切れながらも、エルデは何とか取り繕ってから鼻を鳴らした。

「俺の能力を使えばお前らの居場所などすぐに分かる!」
「ふうん、それだったらもっと早く来そうなもんだけど」
「うるさい!! お前らが海に落ちたり飛んだりするからすぐに見つけられなかったんだよっ!」

 エルデは憤慨しながらも、馬を操作して地上に降り立った。こんなピンチな時だというのに、セルリアはエルデを挑発していて、余裕そうに見える。——違う。繋いだままの手は震えていた。

「……貴様、ロクショウ様はどうした?」

 強風からヴェニットを守っていたハクゲツが、低い声で尋ねる。エルデはロクショウが対応し、足止めをしていたはずだ。すると、エルデは意味深な笑みを見せた。

「さあな。飼い猫にでも手を噛まれたんじゃないか?」

 猫といえば――穏やかに笑う健気なハナが浮かぶ。その瞬間、この場の空気が一気に重くなったのを感じた。
 原因は、ヴェニットから発せられる殺気。あまりの殺気に、ジェードは息を呑んでしまう。いつもマイペースでぼんやりとした彼女から発せられているとは、思えなかった。

「貴方……ハナちゃんに何かした?」
「何かしたらどうなんだよ」

 強者なのか、はたまた鈍感なのか、エルデはヴェニットを見下ろしながら言う。制止するハクゲツを無視し、ヴェニットの下ろされた手から火花のようなものが散った。
 一触即発の雰囲気の中——

「あー、やめろやめろ。鬼を敵に回すなよ、エルデ坊ちゃん」

 女性の声が二人の間に割って入った。
 エルデの前に現れたのは、褐色肌で緑髪を一つに纏めた女性だった。背中に大剣を背負い、傭兵のようである。まるでセルリアのようだ、と思っていたら、隣にいたセルリアが驚いた声を上げた。

「り、リリス隊長!?」
「よお、久しぶりだなセルリア」

 セルリアがリリスを”隊長”と呼んだ事から、以前アンセット領で囚われていた時に聞いたリアトリス傭兵団を思い出した。セルリアが所属していた傭兵団の隊長。リリスの登場に、流石のセルリアも冷や汗をかいていた。

「お前が監視対象者と一緒に脱獄したって連絡が入ってさ。隊長自ら来たってわけ。最近は便利になったよな。遠くにいても会話が出来る魔具があるんだからな」
「おい、傭兵! 俺を坊ちゃんと呼ぶのは止めろ!!」
「あー、はいはい分かりましたよ。アンセット伯代理のエルデ様~」

 リリスの反応は、何処となくセルリアに似ていた。彼女は、エルデが魔王の弟だという事を知らないのだろうか。見ていてこっちがヒヤヒヤしてしまう。

「そういうわけで、このリリスが直々にあんたの依頼を引き継いだってわけ。全く、大変な事をしでかしてくれたね、セルリア」
「……あたしは、後悔していませんよ。隊長」
「ああ、見れば分かる。傭兵団も抜ける覚悟だったんだろう? しかし、龍と言われていたのがそんな少年だとは」

 リリスの視線が、ジェードに向けられる。龍を監視するという依頼をセルリアが駄目にしてしまったというのに、彼女に怒りの色は見られなかった。表情から感じるのは――同情。

「龍がどんな奴かと思ったら……会って分かったよ。こいつはセルリアが助けたくなるはずだ」
「どういう事ですか……?」
「だってあんたは――」
「隊長!!」

 リリスの言葉を、セルリアが鋭い声で遮った。

「ジェードを渡すわけにはいかない! どうしてもというのなら……!」

 セルリアは、かつては仲間だったはずのリリスに、剣を向ける。ジェードは制止したかったが、セルリアの目を見開き、歯を食いしばる表情に覚悟を感じ、何も言えなかった。

(僕を助けたばっかりに、セルリアさんに辛い思いをさせている)

 ここでエルデにもう一度囚われると言えば、セルリアはリアトリス傭兵団に戻る事が出来るかもしれない。一瞬その思いが過ったが、それでは今まで頑張ってきてくれていたセルリアの行いを全て無駄にしてしまう。
 せめて仲間とは戦わないように、とジェードはセルリアの前に立った。

「ジェード!? 何を……」
「セルリアさんに嫌な思いはさせません。ここは僕が戦います」

 ジェードは、大剣を構えるリリスの前で拳を握った。

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