引きこもり龍人と女傭兵の脱獄マリアージュ

秋雨薫

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4.月夜の別れ

再会

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 ジェードとセルリアは、日の入らない地下室で数日を過ごす事となった。生活必需品は揃っており、時間になるとハナが食事を持って来てくれるので不便はない。
 セルリアは身体を動かしたいのか、よく部屋でストレッチをしていた。活発な彼女の事なので、ずっと地下に留まっているのは苦痛かもしれない。
 エルデに動きはないのだろうか。少し不安になって来た頃に、来訪者が現れた。

「セルリア、ジェード」
「え、ヴェニット!?」

 アンセットで別れたはずの、ヴェニットとハクゲツだった。ヴェニットは赤い頭巾は被っておらず、鬼の証である黒い角が露わになっている。
 従者のハクゲツは、ヴェニットの後ろで不満を顔全体に押し出していた。

「どうしてここに……」
「組紐が貴方達のピンチを知らせましてね。ヴェニット様が助けると言って聞かなかったもので、こうして舞い戻って来たというわけです。折角旅路が始まったという矢先にね!!」
「あ、ハクゲツさんもこんにちは」

 ジェードが挨拶をすると、ハクゲツは舌打ちをして思い切り顔を逸らした。

「あたし達を心配してきてくれたんだ。ありがとう、ヴェニット」
「うん、無事で良かった」

 セルリアとヴェニットは抱き合って再会を喜んだ。

「ヴェニットの旅を邪魔しちゃってごめんね」
「良いの。私の旅は急ぎじゃないから」
「ヴェニット様! 急ぎじゃないと言って一体いつになったら旅路につけるというのですか!? 旅立つと決めてから一か月以上は経っているというのに!」

 マイペースな主人に従者は苛立ちを抑えられないようだった。だが、当の本人はハクゲツの言葉をスルーしてセルリアと会話をしていた。
 ヴェニットの話によると、アンセット領を出ようとした矢先に、セルリアと繋がっている組紐が光って異常を知らせた為、シャヨメに戻ろうとしたらしい。
 船が無いからと反対していたハクゲツだったが、セルリア達を乗せていたはずの船が港に戻ってきて、船員達がセルリア達の危機を伝えたという。
 ヴェニットはセルリア達の生存を信じ、組紐が導く方向へと船を進め、シャヨメに戻ってきたそうだ。

「ロクショウさんが来るって言っていたのは、ヴェニット達だったんだね」
「お兄は私の組紐を持っているから、こちらに戻って来ている事を知っていたんだと思う」

 ロクショウはエルデの対応で忙しく、ヴェニットと会話したのは数分の事だったようだが、彼は端的に今の状況を説明してくれたそうだ。

「さっきお兄と話して来たんだけど、私達がセルリア達を移住の地へ案内する事になった。急だけど、今夜出る準備をしておいて」
「え? どういう……」
「お兄は私が戻ったらセルリア達の案内をさせようとしていたみたい。お兄から移住先の地図は貰っているから、今夜寝静まった頃にここを発つ」

 とうとうここを発ち、セルリアと共に暮らせる場所へと行ける。ジェードは希望の見えた未来に喜びを感じると同時に、何事も無く辿り着けるかと不安な思いを抱いた。
 すると、表情で感情を読み取ったらしいハクゲツが、ジェードの肩を掴むと強い力で引き寄せ、眼鏡の奥で眼光を鋭くさせる。

「ヴェニット様の貴重な時間を割いて道案内をして頂くんだ。そこは喜ぶべきだと思うが?」

 そう言われ、ジェードは無理やり口角を上げて不格好な笑顔を浮かべる。ハクゲツにとっては時間を奪われ、不愉快極まりないのだろう。
 それだから、ジェードは不思議でたまらない。

「貴方達は、どうしてそこまでしてくれるんですか?」

 こちらから協力を要請しておいて今更な質問だが、ジェード達とヴェニットは知り合って間もない関係だ。この領地シャヨメや兄、自身を危険に晒してしまうかもしれないというのに、この兄妹は躊躇が感じられない。
 未だ睨みで殺そうとしてくるハクゲツの代わりに応えたのは、ヴェニットだった。

「私達鬼の一族も色々あったから……似た状況のジェードを見捨てられなかった。例え血が繋がっていても、気持ちが繋がっていないのなら離れた方が良い」

 いつもぼんやりとしているヴェニットが、少しだけ眉を下げた。鬼達にも、家族関係で葛藤があったのだろう。何か声を掛けるべきか悩んでいると、ヴェニットが物憂げな表情を引っ込めて微笑んだ。

「それとさっきハクゲツが、将軍が死んだら権利がジェードに移る可能性があるからお兄がやたら協力的なんだって教えてくれた」
「ヴェニット様!! それ言ってはいけないやつですから!!」

 ハクゲツの鋭いツッコミに、ヴェニットはとぼけたように首を傾げた。
 二人の騒がしい(主にハクゲツが)やりとりを見ていると、思わず笑みが零れてしまう。

「ご期待には応えられるか分かりませんが……何かしらの形で恩返しをします」

 この先何が起きるか分からない。だが、ここまで親身になって行動してくれるヴェニット達には必ず恩返しをしたいと強く思った。


 ヴェニット達も支度があるから、と地下室を出て行った後、セルリアが腕を上げて伸びをした。

「ようし、早速準備をしないとね!」
「セルリアさん、嬉しそうですね」
「だってようやくこの旅の目的地が決まったんだもん! 嬉しいに決まっているじゃない!」

 地下室の生活も飽き飽きしていただろうから、今夜出発出来るのはかなり嬉しいようだ。いつもの元気なセルリアに、ジェードは微笑んだ。
 ここを出て、無事に辿り着いた先で、セルリアと一緒に暮らす事が出来る。

(一緒に――)

 そこまで考えて、ジェードはハッとする。
 今までなあなあになっていたが、二人で生活をするという事は、つまりそういう事で。
 プロポーズの答えを待って欲しいと言われたが、ここまで一緒に着いて来てくれたのは、ほぼ答えのようなものだ。だが、確証は欲しいと、ジェードはセルリアの名を呼んだ。

「あの、今更なんですけれど……僕と一緒に住んでくれるっていう事ですよね? それはつまり……」

 顔を赤らめながらごにょごにょと口ごもってしまっていると、セルリアがフと微笑み、ジェードの頬を両手で包むと――そっと唇を重ねた。
 軽く触れただけのものだったが、初めての感触にジェードの感情が着いて来ず、少しの間ぽかんとしてしまう。しかし、唇の余韻で我に返り、顔に熱が集中していった。

「せ、セルリアしゃん!?」
「これがあたしの気持ち……なんて」

 セルリアも頬が赤くなっていた。
 何も思っていない男にキスをするはずがない。答えは聞かずともわかる。

「せ、セルリアさん! こ、こういうのは大切にしないと……!!」

 だが、恋愛経験皆無なジェードは、キスは山のように高いハードルがあると思っていたので、そんな簡単にしてはいいものではないと決めつけていた。
 セルリアはきょとんとする。

「でも、これが初めてじゃないよ。ジェードが毒龍さまの毒で意識を失った時に人工呼吸を――」
「な、な、な、何をやっているんですかー!!」

 照れと心配がせめぎ合い、声を裏返しながら絶叫してしまった。
 実はもうキスしていました、というのもジェードには驚きだったが、毒を受けたジェードと唇を重ねていた事の方が衝撃だった。
 ヒスイに毒を吸ってもらって身体は大丈夫だ、と焦りながら言うセルリアを、ジェードはキッと睨んだ。

「もう危険な事はしないでください!!」
「ご、ごめん……」

 セルリアは珍しくしゅんとした。人工呼吸をしてしまったのも、ジェードを救いたい思いだったのは伝わってくる。
 ジェードは、セルリアに「ありがとうございます」と礼を言って笑うと、彼女の手を両手でそっと握った。

「僕、ずっとリュウソウカから……家から出られず過ごしてきました。でも、自分の足で逃げ出して、捕まって……そこで、セルリアさんに会って」

 セルリアと出会ってから、まだそれ程経っていないというのに、もう何年も大冒険をしていたように錯覚する。それくらい、この脱獄劇は刺激的で新鮮だった。

「色んな事がありましたが、この旅の出会いや思い出は宝物です。その宝物を抱きながら、貴女の隣にいたいです! ……良いですか?」

 先程まで少々落ち込んでいたセルリアだったが、ジェードの言葉にはにかんだ。

「聞かなくても、あたしの答えは決まっているよ」

 セルリアの答えは、イエスだ。これ以上聞かなくても分かっている。だが、ジェードは少しだけ欲が出た。
 どうしても、セルリアから「好き」という言葉が聞きたい。ジェードの無言から、それを察したセルリアはまた頬を赤らめた。

「……えっと、答えは目的地に着いてからで良い。改めて言うの、何か恥ずかしい……」
「ええっ!! 今聞かせて欲しいです!!」
「せ、せっかちは良くないよ!! この答えは着いたら絶対言うから!! ね!!」

 キスは出来るのに、言葉にするのは苦手なようだ。何でも言葉にすると思っていたセルリアの意外な一面に、ジェードは少しだけ嬉しくなった。
 彼女のまだ知らない一面を、これから知っていきたい。

「絶対ですよ……」

 旅の終点の楽しみが出来た。未だに恥ずかしがっているセルリアを愛しく思いながら、ジェードはこれからの幸せに心躍らせた。

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