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5.引きこもり龍人と女傭兵
二人の会話
しおりを挟むもう、駄目だ。セルリアの意識が遠のき、死を覚悟した時だった。
セルリアの首を絞める力が弱まった。そして突然ヒスイの手が首から離れ、セルリアの身体が地面に落ちた。
セルリアは咳き込みながら上半身を起こしてヒスイを見上げる。
ヒスイはカッと目を見開いていて、両手で頭を押さえていた。
「ぐっ……何だ……!?」
初めて見るヒスイの苦悶の表情に、セルリアは訳が分からないとその場で固まっていたが、ヒスイの瞳の色が金から赤に変わったのが見えてハッとした。
「ジェード!?」
「セルリアさん……!!」
ヒスイの口から、明らかにジェードの声がした。随分久しぶりに聞いたような気がして、セルリアの目頭が熱くなった。
「何故出て来られた……!? お前はもう、消えようとしていたではないか……!!」
赤色から金色の瞳に戻り、ヒスイが脂汗を浮かべながら言う。再度瞳が赤色に戻り、ジェードは叫ぶ。
「僕はもう迷わない! この身体は僕の物だ! 僕の中から出て行け!!」
その叫びを合図に、角や鱗が消えていき、ジェードの姿に戻った。ジェードは一度深く息を吐くと、安心したかのようにその場に膝をついた。
「ジェード!!」
セルリアは目に涙を溜めながら、ジェードに飛び付いた。突然の事に受け止めきれなかったジェードは、二人して地面に転がる。
「せ、セルリアさん……!」
「本当に、本当にジェードだよね!? ああ、会いたかった……」
ジェードを絶対に取り返すと意志を固めていたものの、心の何処かで不安もあった。こうしてまた再会出来て、セルリアの涙腺は完全に崩壊した。
セルリアの想いを感じたジェードは、自分の上に覆いかぶさって涙を流す彼女の背中を優しく抱いた。
「セルリアさん、すみません僕の為に無理をさせてしまって……」
「ううん、あたしの方こそ貴方を傷つけてしまった。本当にごめんなさい」
「謝らないでください、セルリアさん。謝るのは僕の方です……」
「違うよ、悪いのはあたし。本当にごめん……」
涙が止まらない。ジェードの体温が、背中に回された優しい手がセルリアの涙腺を刺激する。
ふと、ジェードがクスリと笑った。
「僕達、謝ってばかりですね。言葉を変えます。ありがとうございます、セルリアさん。僕の為にここまで来てくれて」
「うん……生きていてくれてありがとう、ジェード」
セルリアは袖で涙を拭い、ジェードと視線を交わすと微笑み合った。そしてどちらからともなく、そっとキスをした。
セルリアの涙が収まり、ジェードに手を引かれて立ち上がった時、ふとジェードが「あれ」と声を上げた。
「何でここにエルデさんが……!?」
そういえばすっかり忘れていた。エルデはヒスイに気絶させられたまま、地面に転がっている。
「成り行きで協力してもらっていたの」
エルデが協力した経緯を簡単に説明した。セルリアとジェードが離れるきっかけを作った男と言っても過言ではないエルデが協力関係になったのは、予想外だったろう。
ジェードは驚きを隠せないようだった。
エルデが目覚めると面倒な事になりそうだったので、そのままにしておく。
「それよりも、ヴェニット達の方へ行かないと。貴方のお祖父さんを相手にしてもらっているの」
「祖父の……!? 分かりました、行きましょう……っ」
動き出そうとしたジェードだったが、突然頭に手を当てた。
「どうしたの、ジェード!」
「……ヒスイ様が、僕を呼んでいます」
「ヒスイが……? どういう事?」
ジェードは、自分の中にヒスイと話せる白いもやの世界があると説明してくれた。ジェードは少ししてから意を決したように頷いた。
「僕、ヒスイ様と一度話してきます」
「大丈夫なの……?」
一度ヒスイの精神を押し込めたとはいえ、一筋縄ではいかない相手だ。精神の中だと、セルリアは加勢も出来ない。
不安げなセルリアに、ジェードは微笑む。
「はい、僕はもう大丈夫です。もう、セルリアさんの傍を離れたくないですから」
「気を付けて……」
セルリアは自分の力を捧げるかのように、ジェードの手を両手で包んだ。
ジェードは頷くと、ヒスイと話をする為にそっと目を閉じた。
**
ジェードはゆっくりと目を開ける。目の前にセルリアはいない。白いもやの世界が広がっている。だが、手にセルリアの温もりを感じ、一人ではないと感じられた。
「どうして出て来られた。お前はもう風前の灯火だったはずだ」
背後から、低い声。振り返ると、そこには恨めしそうに睨むヒスイの姿。自分と同じ姿だというのに、威圧感が凄まじい。しかし、ジェードは気圧されずに口を開いた。
「決めたんです、僕はセルリアさんと共に生きるって」
もう決して揺るがない。セルリアの温もりが残った手を、強く握る。
セルリアと共に生きる。それと同時に、ヒスイには現世に縛られて欲しくないという思いがあった。
「それに、毒龍さんに昔の記憶を見せてくれました。貴方が毒龍さんを封印した日の事です」
「……毒龍が? あいつは死んで――フン、厄介な事をする」
毒龍の名を聞き、ヒスイはバツが悪そうに顔をしかめた。
「貴方は、人間の女性と結婚したんですよね? だから子孫である僕達は人間なんです」
「ああ、確かに俺は人間の女を伴侶に持った。だから何だ?」
ヒスイは腕を組み、指で肘を規則的に叩く。過去を知られたからなのか、かなり苛立っているようだ。
「貴方はその人と添い遂げようとしていた。でも、貴方は精神のまま生き続けている」
否定をされるかと思ったが、ヒスイは何も言わない。ただ、ジェードを金色の瞳で睨んでいる。
「貴方はリュウソウカに縛り続けられているのではないですか? 今現在までここに存在しているのは、貴方の意志ではない」
ジェードは自分の憶測をヒスイに伝えた。毒龍がジェードに伝えたかった、ヒスイの過去。
毒龍は、親しかったヒスイの呪縛を解いて欲しいと願っていた。それを出来るのは、思いを託された自分しかいない。
ヒスイはしばらく黙っていたが、やがてくつくつと喉の奥で笑い始めた。
「俺が無理矢理存在していると? お前の身体を乗っ取ろうとしているのも俺の意志ではないと?」
「貴方は僕に止めて欲しいんだ」
突如、脇腹に強い衝撃を感じ、身体が横に吹き飛ばされる。ヒスイに蹴られたと気付いたのは、身体が地面に叩き付けられ、少し遅れて脇腹に強い痛みが襲ったからだ。
ヒスイはすぐにジェードの前に立つと、髪を掴んで無理矢理顔を上げさせた。
「思い上がるなよ、小僧。誰がお前に止めて欲しいなどと思うか」
ヒスイの瞳孔が細い。明らかな怒り、殺気を感じる。しかし、ジェードは怯まない。
「確かに僕はヒスイ様を助けられるような器ではないかもしれない。でも、ここで悲しみの連鎖を止められるなら、僕は抗いたい!」
ヒスイの拳がジェードの頬を殴打する。頭がクラクラして、鼻血が垂れる感覚がある。ヒスイは構わず何度も顔を執拗に殴った。
このままだと意識が飛ぶ。ジェードは腕をクロスさせてヒスイの一撃を防御した。
だが、それだけでは終わらず、ヒスイは蹴りでジェードの身体を再度吹き飛ばす。
ジェードの身体は何回も地面にぶつかり、転がる。動きが止まると、ジェードは強く咳き込んだ。
「何が止められるだ。お前はこんなに弱い」
今のジェードに龍人の力は無い。ただ一人の人間である。顔は腫れ、蹴られた箇所は骨が折れてしまったのか酷く痛む。
ヒスイは超人的な力の他に、火や風を吹かせる事も出来る。ジェードなどすぐに殺せるだろう。
しかし、ジェードは引き下がれない。痛む身体に鞭を打ち、立ち上がる。
「僕は諦めない! セルリアさんの事も、ヒスイ様の事も!!」
「龍の力が無ければ、何も出来ないくせに!!」
ヒスイの怒りと共に、拳が飛んでくる。ジェードは避けられずまともに食らってしまう。だが、すぐに起き上がる。
「人は何かに縋らないと生きていけないかもしれません。でも、誰かの犠牲の上に成り立つ暮らしなら、そんなものに縋ってはいけない」
一族の誰かが犠牲になるというのなら。ヒスイの意志が犠牲になるというのなら。その上にある幸せとは本当に幸せなのだろうか。
誰かの苦しみ、涙があっての平穏ならば、自分はいらない。
「僕達は、二人で生きていく!!」
セルリアは、無価値だと思っていた自分に生きる意味を教えてくれた。一人では出来なくても、二人支え合えば絶対幸せになれる。
セルリアの顔を思い浮かべたら、不思議と力が湧いてきた。殴り掛かるヒスイの動きがはっきりと見える。ジェードは拳を避け、体勢を低くしてヒスイの身体へ体当たりをする。
バランスを崩したヒスイは、仰向けに倒れた。ジェードは勢いのままヒスイに拳を放った。
ジェードの拳が、ヒスイの左頬に届く。
龍のヒスイからしたら、蚊に刺された程度の痛みだっただろう。ヒスイは無表情で自分の上にいるジェードを見つめている。
この距離で火を吹かれたら終わりだ、と気づいたジェードは慌ててヒスイから離れようとしたが――
「……あの時、あいつと二人で逃げ出していれば俺はお前のようになっていただろうか」
「……え?」
ヒスイのか細い声が、ジェードの耳を掠めた。聞き間違いだろうかと聞き返そうとしたが、ヒスイに強く蹴られてその場に倒れ込んだ。
地面で咳き込むジェードの目の前に、ヒスイはしゃがみ込む。また攻撃されると身構えようとしたが、彼は何もせずジェードを見下ろす。そして――
「お前は一人では何も出来ないような幼子だったな。だが、今では俺に臆せず立ち向かえるようになった」
まるで父親が子を思うような言葉に、ジェードは思わず「え?」と声を上げた。
ヒスイは嬉しそうな、哀しそうな微笑みを浮かべていた。今まで見た事の無い表情に、ジェードは動揺する。
「ヒスイ様……?」
「もう、俺はリュウソウカに必要ないのか」
あれほど力を誇示していたヒスイが見せた、初めての憂い。誰かに必要とされていたからこそ、ヒスイは精神になっても存在し続けていた。
思わず「そんな事は無い」と言いそうになるが、それはヒスイの為ではない。ジェードは喉から出かかった言葉を訂正して発する。
「今までありがとうございました、ヒスイ様。ここからは、僕達でやっていきます」
ジェードが礼を言うと、ヒスイは少し驚いた表情を見せた。だが、すぐにそれを隠し、ジェードがよく知る自信に満ちた表情になる。
「小僧が生意気な。すぐにあの世へ来たら笑ってやるぞ」
そう言うと、ヒスイの姿は徐々に薄らいでいき、やがて翡翠色の光の球となって消えた。
ジェードはしばらく、ヒスイの消えた場所を呆然と見つめていたが、大きく頷く。
「絶対に長生きしてみせますよ。80年後に会いましょう」
やがて、白いもやの世界にヒビが入り、崩れていく。ヒスイという精神がいなくなった今、この世界も不要となったからだろう。
崩壊する世界の中で、ジェードはポツリと呟いた。
「ゆっくり休んでください、ヒスイ様……」
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