37 / 43
5.引きこもり龍人と女傭兵
二人の会話
しおりを挟むもう、駄目だ。セルリアの意識が遠のき、死を覚悟した時だった。
セルリアの首を絞める力が弱まった。そして突然ヒスイの手が首から離れ、セルリアの身体が地面に落ちた。
セルリアは咳き込みながら上半身を起こしてヒスイを見上げる。
ヒスイはカッと目を見開いていて、両手で頭を押さえていた。
「ぐっ……何だ……!?」
初めて見るヒスイの苦悶の表情に、セルリアは訳が分からないとその場で固まっていたが、ヒスイの瞳の色が金から赤に変わったのが見えてハッとした。
「ジェード!?」
「セルリアさん……!!」
ヒスイの口から、明らかにジェードの声がした。随分久しぶりに聞いたような気がして、セルリアの目頭が熱くなった。
「何故出て来られた……!? お前はもう、消えようとしていたではないか……!!」
赤色から金色の瞳に戻り、ヒスイが脂汗を浮かべながら言う。再度瞳が赤色に戻り、ジェードは叫ぶ。
「僕はもう迷わない! この身体は僕の物だ! 僕の中から出て行け!!」
その叫びを合図に、角や鱗が消えていき、ジェードの姿に戻った。ジェードは一度深く息を吐くと、安心したかのようにその場に膝をついた。
「ジェード!!」
セルリアは目に涙を溜めながら、ジェードに飛び付いた。突然の事に受け止めきれなかったジェードは、二人して地面に転がる。
「せ、セルリアさん……!」
「本当に、本当にジェードだよね!? ああ、会いたかった……」
ジェードを絶対に取り返すと意志を固めていたものの、心の何処かで不安もあった。こうしてまた再会出来て、セルリアの涙腺は完全に崩壊した。
セルリアの想いを感じたジェードは、自分の上に覆いかぶさって涙を流す彼女の背中を優しく抱いた。
「セルリアさん、すみません僕の為に無理をさせてしまって……」
「ううん、あたしの方こそ貴方を傷つけてしまった。本当にごめんなさい」
「謝らないでください、セルリアさん。謝るのは僕の方です……」
「違うよ、悪いのはあたし。本当にごめん……」
涙が止まらない。ジェードの体温が、背中に回された優しい手がセルリアの涙腺を刺激する。
ふと、ジェードがクスリと笑った。
「僕達、謝ってばかりですね。言葉を変えます。ありがとうございます、セルリアさん。僕の為にここまで来てくれて」
「うん……生きていてくれてありがとう、ジェード」
セルリアは袖で涙を拭い、ジェードと視線を交わすと微笑み合った。そしてどちらからともなく、そっとキスをした。
セルリアの涙が収まり、ジェードに手を引かれて立ち上がった時、ふとジェードが「あれ」と声を上げた。
「何でここにエルデさんが……!?」
そういえばすっかり忘れていた。エルデはヒスイに気絶させられたまま、地面に転がっている。
「成り行きで協力してもらっていたの」
エルデが協力した経緯を簡単に説明した。セルリアとジェードが離れるきっかけを作った男と言っても過言ではないエルデが協力関係になったのは、予想外だったろう。
ジェードは驚きを隠せないようだった。
エルデが目覚めると面倒な事になりそうだったので、そのままにしておく。
「それよりも、ヴェニット達の方へ行かないと。貴方のお祖父さんを相手にしてもらっているの」
「祖父の……!? 分かりました、行きましょう……っ」
動き出そうとしたジェードだったが、突然頭に手を当てた。
「どうしたの、ジェード!」
「……ヒスイ様が、僕を呼んでいます」
「ヒスイが……? どういう事?」
ジェードは、自分の中にヒスイと話せる白いもやの世界があると説明してくれた。ジェードは少ししてから意を決したように頷いた。
「僕、ヒスイ様と一度話してきます」
「大丈夫なの……?」
一度ヒスイの精神を押し込めたとはいえ、一筋縄ではいかない相手だ。精神の中だと、セルリアは加勢も出来ない。
不安げなセルリアに、ジェードは微笑む。
「はい、僕はもう大丈夫です。もう、セルリアさんの傍を離れたくないですから」
「気を付けて……」
セルリアは自分の力を捧げるかのように、ジェードの手を両手で包んだ。
ジェードは頷くと、ヒスイと話をする為にそっと目を閉じた。
**
ジェードはゆっくりと目を開ける。目の前にセルリアはいない。白いもやの世界が広がっている。だが、手にセルリアの温もりを感じ、一人ではないと感じられた。
「どうして出て来られた。お前はもう風前の灯火だったはずだ」
背後から、低い声。振り返ると、そこには恨めしそうに睨むヒスイの姿。自分と同じ姿だというのに、威圧感が凄まじい。しかし、ジェードは気圧されずに口を開いた。
「決めたんです、僕はセルリアさんと共に生きるって」
もう決して揺るがない。セルリアの温もりが残った手を、強く握る。
セルリアと共に生きる。それと同時に、ヒスイには現世に縛られて欲しくないという思いがあった。
「それに、毒龍さんに昔の記憶を見せてくれました。貴方が毒龍さんを封印した日の事です」
「……毒龍が? あいつは死んで――フン、厄介な事をする」
毒龍の名を聞き、ヒスイはバツが悪そうに顔をしかめた。
「貴方は、人間の女性と結婚したんですよね? だから子孫である僕達は人間なんです」
「ああ、確かに俺は人間の女を伴侶に持った。だから何だ?」
ヒスイは腕を組み、指で肘を規則的に叩く。過去を知られたからなのか、かなり苛立っているようだ。
「貴方はその人と添い遂げようとしていた。でも、貴方は精神のまま生き続けている」
否定をされるかと思ったが、ヒスイは何も言わない。ただ、ジェードを金色の瞳で睨んでいる。
「貴方はリュウソウカに縛り続けられているのではないですか? 今現在までここに存在しているのは、貴方の意志ではない」
ジェードは自分の憶測をヒスイに伝えた。毒龍がジェードに伝えたかった、ヒスイの過去。
毒龍は、親しかったヒスイの呪縛を解いて欲しいと願っていた。それを出来るのは、思いを託された自分しかいない。
ヒスイはしばらく黙っていたが、やがてくつくつと喉の奥で笑い始めた。
「俺が無理矢理存在していると? お前の身体を乗っ取ろうとしているのも俺の意志ではないと?」
「貴方は僕に止めて欲しいんだ」
突如、脇腹に強い衝撃を感じ、身体が横に吹き飛ばされる。ヒスイに蹴られたと気付いたのは、身体が地面に叩き付けられ、少し遅れて脇腹に強い痛みが襲ったからだ。
ヒスイはすぐにジェードの前に立つと、髪を掴んで無理矢理顔を上げさせた。
「思い上がるなよ、小僧。誰がお前に止めて欲しいなどと思うか」
ヒスイの瞳孔が細い。明らかな怒り、殺気を感じる。しかし、ジェードは怯まない。
「確かに僕はヒスイ様を助けられるような器ではないかもしれない。でも、ここで悲しみの連鎖を止められるなら、僕は抗いたい!」
ヒスイの拳がジェードの頬を殴打する。頭がクラクラして、鼻血が垂れる感覚がある。ヒスイは構わず何度も顔を執拗に殴った。
このままだと意識が飛ぶ。ジェードは腕をクロスさせてヒスイの一撃を防御した。
だが、それだけでは終わらず、ヒスイは蹴りでジェードの身体を再度吹き飛ばす。
ジェードの身体は何回も地面にぶつかり、転がる。動きが止まると、ジェードは強く咳き込んだ。
「何が止められるだ。お前はこんなに弱い」
今のジェードに龍人の力は無い。ただ一人の人間である。顔は腫れ、蹴られた箇所は骨が折れてしまったのか酷く痛む。
ヒスイは超人的な力の他に、火や風を吹かせる事も出来る。ジェードなどすぐに殺せるだろう。
しかし、ジェードは引き下がれない。痛む身体に鞭を打ち、立ち上がる。
「僕は諦めない! セルリアさんの事も、ヒスイ様の事も!!」
「龍の力が無ければ、何も出来ないくせに!!」
ヒスイの怒りと共に、拳が飛んでくる。ジェードは避けられずまともに食らってしまう。だが、すぐに起き上がる。
「人は何かに縋らないと生きていけないかもしれません。でも、誰かの犠牲の上に成り立つ暮らしなら、そんなものに縋ってはいけない」
一族の誰かが犠牲になるというのなら。ヒスイの意志が犠牲になるというのなら。その上にある幸せとは本当に幸せなのだろうか。
誰かの苦しみ、涙があっての平穏ならば、自分はいらない。
「僕達は、二人で生きていく!!」
セルリアは、無価値だと思っていた自分に生きる意味を教えてくれた。一人では出来なくても、二人支え合えば絶対幸せになれる。
セルリアの顔を思い浮かべたら、不思議と力が湧いてきた。殴り掛かるヒスイの動きがはっきりと見える。ジェードは拳を避け、体勢を低くしてヒスイの身体へ体当たりをする。
バランスを崩したヒスイは、仰向けに倒れた。ジェードは勢いのままヒスイに拳を放った。
ジェードの拳が、ヒスイの左頬に届く。
龍のヒスイからしたら、蚊に刺された程度の痛みだっただろう。ヒスイは無表情で自分の上にいるジェードを見つめている。
この距離で火を吹かれたら終わりだ、と気づいたジェードは慌ててヒスイから離れようとしたが――
「……あの時、あいつと二人で逃げ出していれば俺はお前のようになっていただろうか」
「……え?」
ヒスイのか細い声が、ジェードの耳を掠めた。聞き間違いだろうかと聞き返そうとしたが、ヒスイに強く蹴られてその場に倒れ込んだ。
地面で咳き込むジェードの目の前に、ヒスイはしゃがみ込む。また攻撃されると身構えようとしたが、彼は何もせずジェードを見下ろす。そして――
「お前は一人では何も出来ないような幼子だったな。だが、今では俺に臆せず立ち向かえるようになった」
まるで父親が子を思うような言葉に、ジェードは思わず「え?」と声を上げた。
ヒスイは嬉しそうな、哀しそうな微笑みを浮かべていた。今まで見た事の無い表情に、ジェードは動揺する。
「ヒスイ様……?」
「もう、俺はリュウソウカに必要ないのか」
あれほど力を誇示していたヒスイが見せた、初めての憂い。誰かに必要とされていたからこそ、ヒスイは精神になっても存在し続けていた。
思わず「そんな事は無い」と言いそうになるが、それはヒスイの為ではない。ジェードは喉から出かかった言葉を訂正して発する。
「今までありがとうございました、ヒスイ様。ここからは、僕達でやっていきます」
ジェードが礼を言うと、ヒスイは少し驚いた表情を見せた。だが、すぐにそれを隠し、ジェードがよく知る自信に満ちた表情になる。
「小僧が生意気な。すぐにあの世へ来たら笑ってやるぞ」
そう言うと、ヒスイの姿は徐々に薄らいでいき、やがて翡翠色の光の球となって消えた。
ジェードはしばらく、ヒスイの消えた場所を呆然と見つめていたが、大きく頷く。
「絶対に長生きしてみせますよ。80年後に会いましょう」
やがて、白いもやの世界にヒビが入り、崩れていく。ヒスイという精神がいなくなった今、この世界も不要となったからだろう。
崩壊する世界の中で、ジェードはポツリと呟いた。
「ゆっくり休んでください、ヒスイ様……」
0
あなたにおすすめの小説
エレンディア王国記
火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、
「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。
導かれるように辿り着いたのは、
魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。
王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り――
だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。
「なんとかなるさ。生きてればな」
手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。
教師として、王子として、そして何者かとして。
これは、“教える者”が世界を変えていく物語。
転生の水神様ーー使える魔法は水属性のみだが最強ですーー
芍薬甘草湯
ファンタジー
水道局職員が異世界に転生、水神様の加護を受けて活躍する異世界転生テンプレ的なストーリーです。
42歳のパッとしない水道局職員が死亡したのち水神様から加護を約束される。
下級貴族の三男ネロ=ヴァッサーに転生し12歳の祝福の儀で水神様に再会する。
約束通り祝福をもらったが使えるのは水属性魔法のみ。
それでもネロは水魔法を工夫しながら活躍していく。
一話当たりは短いです。
通勤通学の合間などにどうぞ。
あまり深く考えずに、気楽に読んでいただければ幸いです。
完結しました。
慈愛と復讐の間
レクフル
ファンタジー
とある国に二人の赤子が生まれた。
一人は慈愛の女神の生まれ変わりとされ、一人は復讐の女神の生まれ変わりとされた。
慈愛の女神の生まれ変わりがこの世に生を得た時、必ず復讐の女神の生まれ変わりは生を得る。この二人は対となっているが、決して相容れるものではない。
これは古より語り継がれている伝承であり、慈愛の女神の加護を得た者は絶大なる力を手にするのだと言う。
だが慈愛の女神の生まれ変わりとして生を亨けた娘が、別の赤子と取り換えられてしまった。
大切に育てられる筈の慈愛の女神の生まれ変わりの娘は、母親から虐げられながらも懸命に生きようとしていた。
そんな中、森で出会った迷い人の王子と娘は、互いにそれと知らずに想い合い、数奇な運命を歩んで行くこととなる。
そして、変わりに育てられた赤子は大切に育てられていたが、その暴虐ぶりは日をまして酷くなっていく。
慈愛に満ちた娘と復讐に駆られた娘に翻弄されながら、王子はあの日出会った想い人を探し続ける。
想い合う二人の運命は絡み合うことができるのか。その存在に気づくことができるのか……
廃城の泣き虫アデリー
今野綾
ファンタジー
領主の娘だったアデリーはある日家族を殺され育った領地から命からがら逃げ出した。辿り着いた先は廃城。ひとり、ふたりと住人が増える中、問題が次々とおこって…
表紙はフリー素材です
【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです
yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~
旧タイトルに、もどしました。
日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。
まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。
劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。
日々の衣食住にも困る。
幸せ?生まれてこのかた一度もない。
ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・
目覚めると、真っ白な世界。
目の前には神々しい人。
地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・
短編→長編に変更しました。
R4.6.20 完結しました。
長らくお読みいただき、ありがとうございました。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる