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5.引きこもり龍人と女傭兵
同じ赤い瞳
しおりを挟むジェードが目を醒ますと、そこには心配そうに眉を下げるセルリアの姿があった。ジェードが目を開いたのを見、セルリアは嬉しそうに破顔した。
「ジェード……! 良かった……!!」
「セルリアさん、ご心配をおかけしました」
セルリアの抱擁を、ジェードはそっと受け止める。白いもやの世界でヒスイに負わされた怪我は現実には反映されていないようだった。だが、殴られた感触などはしっかりと覚えていた。
「ヒスイはどうなったの?」
「ヒスイ様は……」
言いかけたところで、ジェードの身体から翡翠色の光球がふわりと浮き出て、ゆっくりと空へと上がっていく。
「この光は……?」
「ヒスイ様の魂です。ヒスイ様は、リュウソウカから解放されました」
翡翠色の光球がふわふわと浮いていく様子を眺めながら、ジェードはヒスイの過去、人間の伴侶がいた事、伴侶と共に生を終えたかったが、リュウソウカに縛られて出来なかった事をセルリアに伝えた。
「そう、なんだ……」
ヒスイの真実を知ったセルリアは、哀しそうに光球を見上げる。ジェードの身体を奪おうとしている敵だと思っていた相手にそんな事情があったと知って、複雑な思いを抱いたのだろう。
「ヒスイの精神が無くなったっていう事は、ジェードは……」
「僕の中にはもう龍人になる力はありません。龍の血は混じっていますが、ただそれだけの人間です」
龍の血を受け継いでいる影響で、一般的な人間と比べれば運動能力は秀でているとは思うが、龍人の姿にはもうなれないので、火を吹く事も、空を飛べる事も出来ない。
セルリアは安堵した表情を見せた。
「龍人の力が無くても、ジェードはジェードだよ」
「はい。龍人の力が無くても……ヒスイ様がいなくても大丈夫だと安心させたいですね」
二人はヒスイの魂を見届けようと、ずっと光球に視線を送る。光球は空高く飛んでいく――と思ったが。
「……ねえ、ジェード。何だか様子がおかしくない?」
光球の上昇する動きが止まり、不自然に左右へと揺れている。光球はその動きに抗おうとしているが、徐々に何かに引っ張られていくように見えた。
「ヒスイ様の魂が……何かに引っ張られている……!?」
ヒスイの魂は行先を奪われ、徐々に地上へと戻されていく。ジェードの目に、ヒスイが苦しそうに手を空へ向けてもがく姿が見えた気がした。
「ヒスイ様!!」
光球は空へ消える事は叶わず、皺の多い手中に収まった。質素な着物を纏った、老齢の男。温和そうに見えるが、赤い瞳の奥に見える威圧感は隠しきれていない。
「お祖父様……!!」
ジェードの祖父である、カワセミだった。手中にヒスイの魂を捕らえたカワセミは、温和な表情を消して孫に険しい視線を投げた。
「ジェード……よくもやってくれたな……」
幼少期から向けられてきた視線に、息が詰まる。心臓が激しく脈打つ。ずっとこの眼光で恐怖を植え付けられていた。今でも委縮してしまう。
「この人がジェードのお祖父さん……!? ヴェニット達はどうしたの!?」
セルリアの鋭い声に、ジェードはハッとする。カワセミはヴェニット達に足止めされているはずだった。カワセミがここにいるという事は――
「さあ、どうなっただろうな……?」
カワセミは笑みを浮かべただけで、ヴェニット達の安否を答えなかった。
カッとなったセルリアは思わず腰の剣に手を伸ばそうとしたが、ジェードに制止される。
「待ってください、セルリアさん! ホンビアント家のヴェニットさん達に危害を加える事は決してないはずです!!」
それに、剣術に秀でたカワセミに無策で突っ込むのは危険すぎる。冷静になったセルリアは「ごめん」と謝って剣の柄から手を離した。
カワセミの側に家来はいなさそうだ。恐らく、ここは血縁関係の者しか入れない。——龍下ろしの儀をする場所。ぽつんと佇む小さな祠の前でジェードの身体にヒスイの精神を定着させようとしていたのだろう。
カワセミはヒスイの魂をそっと胸の前に持って来て、深く嘆息した。
「まさかヒスイ様の精神を弾き出してしまうとは、やはりお前は落ちこぼれだな」
「ジェードは落ちこぼれなんかじゃない! ヒスイを救おうとした優しい人よ!」
たった一人の肉親に暴言を吐くのが信じられず、セルリアは声を荒げると、カワセミの視線が初めてセルリアを捉えた。
「お前がヒスイ様の言っていた……。ジェードを誑かした女か」
カワセミが体勢を低くした瞬間——老人とは思えない動きでセルリアの目前に迫っていた。
殺気を感じ取ったセルリアは剣を抜き、何とかカワセミの一撃を防いだ。
続いてカワセミが連撃を繰り出そうとしたが、横からジェードの蹴りが飛んできて、軽やかな動きで背面の方へ跳躍してかわした。
「セルリアさん!!」
「大丈夫!」
セルリアの無事を確認し、安堵したジェードは祖父を睨む。
血の繋がった関係とはいえ、愛する人に攻撃したのは許し難い。
カワセミは剣術を得意としており、ジェードも彼に教わっていた。間合いを考えると、体術で挑むのは無謀に近い。
「セルリアさん……剣を貸してもらえますか?」
「え? でもジェード」
「お願いします」
ジェードの真剣な瞳に、セルリアは頷くと自身の剣を手渡した。
カワセミと鍛錬をしていた時は刀を使っていたので、両刃の剣は使い勝手が違う。ジェードは刀を扱うように構える。
「お祖父様……ヒスイ様の魂を解放してください」
「ヒスイ様はリュウソウカの護龍だ。これからもずっとリュウソウカの繁栄の為に存在してもらう。……お前の身体に定着させる儀をするのは、計画通り変えない」
「させません。ヒスイ様は呪縛から解放させるし、この身体は僕のものだ」
「……出来るのか? お前が、私に適うと思っているのか?」
「出来るか出来ないかじゃありません。僕はやります」
カワセミはヒスイの魂から手を離し、両手で柄を持つ。ヒスイの魂はカワセミから離れたが、逃げようとしない。何か束縛の術をかけられているのだろうか。
(ヒスイ様……僕が救ってみせます)
光球のヒスイに、この場は見えているのか分からないが、ジェードは視線を送って一瞬だけ笑みを送った。
祖父の身体から殺気が伝わってくる。カワセミの目的はジェードの身体をヒスイの依り代にする為なので命は奪われないが、死なない程度には攻撃されるはずだ。
お互いの間に一陣の風が吹く。それが合図かのように、二人が動き出した。
カワセミは老齢とは思えない程の速度で間合いに入り、刀を振るう。少し遅れたが、ジェードはそれを剣で弾いた。
カワセミの猛攻は続き、ジェードは防御に精一杯で反撃が出来ない。
「どうした、ジェード。防御だけでは勝てないぞ?」
「ぐっ……」
元々剣術はカワセミから習っていたから、こちらの手は完全に読まれている。龍の血を受け継いでいるのはカワセミも同じなので、身体能力も秀でている。
ジェードの頬に、腕に切り傷が増えていく。一度剣で強く押し返してカワセミを退かせる。一呼吸おいて、カワセミは鼻を鳴らして笑う。
「お前は父の悪い所にそっくりだ」
「……父さんの?」
ジェードに父の記憶はない。物心ついた時にはもう父は亡くなっていた。兄弟達に両親の話を聞いた時があったが、皆それ程関わった事が無いと首を傾げるだけだった。
「あの男も落ちこぼれだった。それなのに、私に意見する事が多かった。ヒスイ様に依存しない生活を考えようなどと……馬鹿な事を」
「——っ!!」
顔も知らない父親も、ヒスイを解放しようとしていたのだと知り、ジェードは驚愕する。
しかし、その思いは届かずにヒスイの依り代となってしまった。
「あまりにも抵抗するのでな、剣で半殺しにしてから龍下ろしの儀をしてやったわ。私よりも弱いのに、意見するのが悪いのだ」
「ち……父は貴方の息子でもあったはずです! どうしてそんな事を――」
「あんな落ちこぼれを息子に思った事などない」
温度の無い言葉に偽りは無かった。実の息子も切り捨てる非道な男に、ジェードは腹の底から怒りが湧いてきた。
少しでも血を分けた子供に情はあると思っていた。だが、カワセミの赤い瞳に躊躇は一切感じられない。
「例え貴方が厳しくても、僕のたった一人の血の繋がった人だったから、少しも憎いと思った事はありませんでした。その厳しさは、僕の為だと思っていたから……」
だが、全てはヒスイを繋ぎ止める為だけだった。孫の為などでは決してなかった。
「貴方の事はもう祖父だとは思いません。僕は、リュウソウカの呪縛を解き、貴方の野望を止める」
「落ちこぼれに出来るわけがない」
ジェードは剣を構える。ジェード、セルリア、ヒスイ、そして父親——全ての想いを乗せて、ジェードはカワセミに剣を振り上げた。
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