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5.引きこもり龍人と女傭兵
旅での経験
しおりを挟むカワセミはジェードの攻撃を剣で受け止める。彼は変わらず俊敏な動きでジェードを翻弄しようとする。
しかし、不思議と先程よりもカワセミのスピードを感じない。
(急に手を抜いている?)
不思議に思いながらも、ジェードはカワセミの猛攻を剣で全て受け止める。
いや、違う。カワセミは今も本気でジェードに致命傷を負わせようとしている。ジェードが祖父への躊躇を取り払った瞬間、彼の攻撃が手に取るようにわかる。
(ならば何で……)
「……少しはやるようだな」
カワセミに疲れの色が少々見えた。手練れの将軍とはいえ、身体の衰えには抗えない。
——次に強い一撃が来る。ジェードはそう直観する。
カワセミは一旦離れると体勢を低くして刀を構えた。ジェードは迎え撃つ為カワセミの一挙一動を見逃さないよう注視する。
カワセミが地面を蹴ったと思うと、瞬時にジェードの懐に入り込んでいた。ジェードは冷静に背後へと跳躍し、カワセミの振り切った刀を避けた。
渾身の一撃を避けられた事に動揺しているカワセミの隙をつき、ジェードは剣を横に薙いだ。
カワセミの腹から、パッと赤い血が舞う。
「……浅く斬ったので、致命傷ではないはずです」
「ぐっ……何故……」
カワセミは片膝をつき、刀で体重を支える形になる。祖父が自分の前で片膝をついたのを見たのは初めてだった。ジェードは表向き冷静だったが、内心は心臓が飛び出るくらい動揺していた。
「ジェード!!」
セルリアの声が背後から聞こえ、ジェードはゆるゆると振り返った。セルリアは笑顔でジェードに駆け寄ってきた。
「良かった、無事で……!」
「心配かけてすみません、セルリアさん」
「どうしたの?」
勝利した割には浮かない表情をしているジェードの顔を、セルリアは覗き込んだ。
ジェードは自分が勝った事を不思議に思っていると伝えると、セルリアは苦笑して軽く小突いた。
「ジェードは自分の強さに気付いていないんだね」
「僕の強さ……?」
「ジェードはこの脱獄劇で、様々な経験をした。ビアン……異国の騎士の剣術やヴェニット達鬼の強さを見て、キオ島では毒龍さんと対峙した。そして多分なんだけど、ヒスイがその身体を使って闘った経験がある」
脱獄の際に戦ったビアンの剣術や、ヴェニット達の強さなどリュウソウカに留まっていては見られないものだった。そして毒龍の戦い、ヒスイの戦い方を経験した。
「ジェードは常人と比べて飲み込みが早いと思う。だから今のお祖父さんの攻撃にも対応できたんだと思う」
「そういう事なんですね……」
龍人の力を失ったから普通の人間に戻ってしまったと思っていたが、ジェードはしっかりと戦闘の経験を積んでいた。
決して乗り越えられないと思っていた祖父を、ジェードは倒せた。じわじわと実感が湧いてきて、ジェードは口元を緩めた。
「これなら、ヒスイ様を解放出来る――」
「まだそんな戯言を言っているのか」
怒気を含んだしわがれた声。カワセミはゆっくりと立ち上がってジェードを深い皺の奥から睨んだ。剣で横に裂けた着物からは血が滴っているが、深い傷ではない。
「ヒスイ様は永遠にリュウソウカの護龍となるのだ。——お前の身体もその礎となる。誉れ高い事だ」
「まだそんな事を……。ヒスイ様は奥様と添い遂げたかったのです。人間として生を終えたかった。そんな人がリュウソウカに縛られていいわけない」
しかし、カワセミには響かない。「ヒスイはリュウソウカの護龍」という長年の常識を否定する思考が備わっていない。
「お前の父の身体はすぐに朽ちてしまったが、お前の身体なら、ヒスイ様も長く生きられたはずだったのに」
今からでも遅くないと、カワセミはヒスイの魂を手のひらの上で浮かばせてジェードへ向ける。
しかし、ジェードはヒスイの魂を受け取らなかった。
「僕は決して身体を渡しません。僕の為にも、ヒスイ様の為にも」
「まだ言うか!! ヒスイ様の魂を受け継がなければ、リュウソウカの未来が――」
「ちょっといいですか?」
カワセミの怒りを遮り、セルリアが敢えて空気を読まずに手を挙げた。
「余所者が口出しするな!」
「貴方はヒスイの依り代にならなかったんですか?」
セルリアは間髪入れずに聞いた。あれ程怒りを露わにしていたというのに、カワセミの次の言葉が出てこない。
ジェードの父や兄弟達がヒスイの精神を埋め込まれたというのに、祖父であるカワセミは存在し続けている。そこをセルリアが疑問に思ったようだった。
「……私の世代では、兄がなった。私は代わりにリュウソウカの当主になったのだ」
「ジェードの兄弟達は全員ヒスイの精神を埋め込んだというのに、貴方は埋め込まれなかったんですね? どうしてですか?」
「……貴様に関係の無い事だ」
痛い所を突かれたようで、カワセミの返答が鈍い。そして祖父からセルリアへ殺気が向けられている。ジェードはセルリアに声を掛けようとしたが――
「貴方は消えるのが怖かったからでは?」
セルリアが核心を突いた事により、空気が一変した。
カワセミの目が血走り、額に青筋が浮く。
「私を愚弄するか、小娘」
「そんな事ないですよ。貴方は生きる選択をしただけですから」
弟を亡くしたセルリアにとって、生を選択する事は間違いではないと思っている。だが、カワセミにとっては煽りに聞こえてしまった。
カワセミはヒスイの魂を自分の方へ引き寄せて顔を俯かせた。
「でも、自分が選択しなかった道を息子さんやお孫さん達に強制させるのは――」
「ちょっと待って、セルリアさん。お祖父様の様子がおかしい」
祖父はヒスイの光球を見つめながらブツブツと呟いている。嫌な予感がして、ジェードはカワセミからヒスイを引き離そうと手を伸ばしたが――カワセミが、ヒスイの魂を自分の胸に押し込む方が早かった。
「お祖父様!? 何をするのですか!?」
「お前が依り代にならないというのならば、ヒスイ様を迎え入れるのはもう私しかおるまい……!!」
ヒスイの光球は抗う事もせず、カワセミの胸へと沈んでいく。
「ヒスイ様!!」
光球が完全にカワセミの中に入った途端——彼の目がカッと見開かれ、その瞳が赤から金に変わった。
「あああああああああああっ!!」
カワセミの喉から、おぞましい悲鳴が響く。皺の深い頬に翡翠色の鱗が刻まれ、額に龍の角が生える。細身だった身体に不釣り合いな筋肉が盛り上がる。——自分が龍人になった時と同様の姿だ。
変化を終えたカワセミは肩で息をしながら、やがて口角を吊り上げた。
「フフフ、無事ヒスイ様と適合してみせたぞ」
「ひ、ヒスイ様!! 」
人格はカワセミのままだ。ジェードが初めて龍人の力を使った時もヒスイは出て来なかったので、しばらくは表に出て来られない。
「このまま龍下ろしの儀をすれば、ヒスイ様は留まってくださる!!」
カワセミは自身の武器である刀を投げ捨て、小さな祠へ大股で向かう。洞窟の先にポツンと佇んでいた小さな祠が、龍下ろしの儀に必須なのだろう。
させない、とジェードはカワセミの腕を掴んだ。
「ヒスイ様を解放してください!! ヒスイ様はリュウソウカの呪縛から逃れたいんだ!!」
「長年リュウソウカを守ってきたヒスイ様がそんな事を思うはずがない。リュウソウカの龍も全て息絶えた今、もうここはヒスイ様しかいないのだ!」
カワセミはジェードを強い力で振り払った。老齢の男とは思えない力に、ジェードは数メートル飛ばされた。
セルリアがジェードの名を呼び駆け寄って来てくれる。彼女に肩を借りながら起き、思いを叫ぶ。
「ヒスイ様は自分がいなくてもリュウソウカはやっていけると信じていた!! その思いを打ち砕いたのは、僕達人間だ!!」
「うるさいぞ、ジェード。ヒスイ様の力が無ければ何も出来ないくせに」
確かに、ヒスイの力が無ければアンセットで囚われていた牢を砕いてセルリアと逃げられなかった。毒龍の毒で死んでいた。
だけど、とジェードは一歩前に出る。絶対勝てないと思っていた祖父に膝をつかせる事が出来た。もう非力な落ちこぼれではない。
「僕はもう何も奪わせない!! 僕の生きる道も、ヒスイ様の自由も!!」
「貴様……!」
カワセミの額に青筋が走り、手で輪を作るとそこに息を吹きかける。するとその輪から炎が噴き出し、ジェード達を襲う。
ジェードはセルリアを庇おうと覆い被さろうとした時——
「させない」
ジェード達の前に二人の人影が立ち塞がった。鬼の角を生やした少女は大きな金棒を軽々と振り回し、炎を打ち消した。執事服を着た男は、主人の勇姿を少し後ろでただ見守っていた。
華奢な少女は自身に見合わぬ金棒を肩に担ぎ、ジェード達の方へ振り返った。
「ジェード、セルリア。無事で良かった」
「ヴェニットさん、ハクゲツさん!!」
安否が分かっていなかった、ヴェニットとハクゲツだ。服が少々汚れていたが、大きな怪我はしていないようだ。
ハクゲツは珍しく申し訳なさそうに眉を下げた。
「すみません、彼の影武者に手間取ってしまいました。それにしても、今は一体どんな状況で?」
「ジェードは取り戻せたんだけど、ヒスイの精神がジェードのお祖父さんに奪われてしまって……」
ジェードが事の顛末を簡単に説明すると、ハクゲツは頭を抱える仕草を見せた。
「急展開過ぎてついていけません」
「とりあえずヒスイの魂を解放すれば良いんだね」
ヴェニットは金棒を片手で軽々と持ち上げながら、カワセミに視線を送った。
カワセミはヴェニット達の登場に「また邪魔者が」と苛立ちを露わにしていた。
「そうだよ、ヴェニット」
ヴェニットの言葉に返事をしたのはセルリアだ。セルリアはジェードから剣を返してもらうと、剣先をカワセミに向けながら勇ましい笑みを見せた。
「ここを乗り越えれば、終わる!!」
これからの日常の為、ヒスイの解放の為。
最後の闘いが始まった。
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