引きこもり龍人と女傭兵の脱獄マリアージュ

秋雨薫

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5.引きこもり龍人と女傭兵

小さな抵抗

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「皆……あたしはやりたい事があるから、時間を稼いでくれる?」

 セルリアには策があるようだった。三人は理由を聞かず、同時に頷いた。
 セルリアの策を悟られないように、まず一番に動いたのはジェードだ。走りながらカワセミが捨てた刀を拾い、そのままの勢いでカワセミに斬りかかる。
 しかし、その攻撃は鱗の生えた腕により防がれた。

「刀では私に傷一つ付けられんぞ!」
「じゃあこれはどう?」

 高く跳躍したヴェニットが大きな金棒を勢いよく振り下ろす。カワセミは跳躍して避けたが、先程までいた地面が金棒により深く抉れた。

「当たらなければ何の意味も無い」

 そう言うカワセミのこめかみ辺りを、一本のナイフが通り過ぎる。そちらに視線を送れば、そこには小型ナイフを指の間にいくつも挟んだ執事服の男。

「やはり鱗が生えていない皮膚は人間のもののままですね」

 こめかみから滴り落ちる血を拭い、カワセミは失笑する。

「そんな小刀では私に致命傷は負わせられん」
「それならこれはどうでしょう!」

 ハクゲツが指を鳴らすと、羽音を立てて蜂のような虫が俊敏な動きでカワセミの首筋に針を刺した。——エルデの首筋にくっついていた毒虫だ。鈍い痛みを感じたカワセミは首筋を払ったが、役目を果たした毒虫は地面に落ち、息絶えた。

「もしもの為に毒虫の操作をロクショウ様に委ねて頂いたのです! この毒ならば効くでしょう!」

 カワセミは膝をつき、苦しそうに胸を抑える。何度か咳き込むと、血液がボタボタと地面を染めた。
 その隙にジェードとヴェニットが武器を振り上げたが――

「ヒスイ様に毒は効かぬ!」

 カワセミの周りに強い風が吹き、ジェードとヴェニットは吹き飛ばされた。ヴェニットはハクゲツが受け止めてくれたが、ジェードは地面に何度も転がった。
 ヒスイは毒龍の毒も効かなかったから仕方がない、とジェードはすぐに立ち上がる。
 今はカワセミの注意をこちらに逸らすのが目的だ。視線で悟られないよう、セルリアの動向は確認できないが、彼女ならやってくれる。

「何か考え事か?」

 ごく近くで、カワセミから問われる。一瞬セルリアの事を考えた隙を、カワセミは見逃さなかった。
 カワセミは鋭い爪で、ジェードの左肩を裂いた。激痛に顔を歪める間にも、カワセミは追撃をしようとする。それを止めたのはヴェニットの金棒だった。
 ヴェニットは金棒をふるってカワセミを後退させた。

「不意打ちは卑怯」
「ヴェニットさん、ありがとうございます!」
「ジェード、考え事は禁物。信じていれば大丈夫」
「す、すみません」

 今は目の前の闘いに集中しないと、と反省してカワセミに向き直る。

「……そういえば、あの女の姿が見えぬな?」
「!」

 カワセミがセルリアの不在に気が付いた。気を逸らさないと、とジェードとヴェニットが同時に攻撃を加えようとしたが、カワセミが空へ逃げる方が早かった。
 カワセミは空から辺りを見渡し、セルリアの姿を捉えた。
 セルリアは、目立たぬように生い茂った木々の間を縫って走っている。その先にあったのは――小さな祠。
 セルリアが龍下ろしの儀に必要な祠に向かっていると気付いたカワセミは顔色を変えた。

「させるか!」

 カワセミは急降下すると、目前の邪魔な枝を爪で切り裂いてそのままセルリアに襲い掛かった。セルリアは降り注ぐ枝で急襲に気づき、カワセミの振り下ろした腕を何とか避けた。

「うわー、バレちゃったか……」
「祠を破壊しようというのだろう、そんな事はさせん」

 セルリアの案とは、龍下ろしの儀に必要であろう祠を破壊する事だった。そうすればヒスイをこの世に留められないと思ったのだ。

「あたしはやると言ったらやる女! 祠は破壊させてもらうよ!」

 セルリアはそう言うと、手のひらサイズの黒い球を地面に叩き付けた。その瞬間、白煙が辺りを包む。

「煙玉……小癪な!」

 白煙が視界を遮り、異臭も立ち込めている為、視覚と嗅覚が奪われる。セルリアの姿を完全に見失った。だが、カワセミには聴覚が残されている。
 走り去る足音が、カワセミの耳に届く。

「そこだ!」

 カワセミは足音の主へ向けて手を突き出した。セルリアの肉体を貫通する――と思ったが。

「そんな事はさせませんよ!」

 肉を貫く感触は無く、金属にぶつかる音が響いた。煙が徐々に晴れ、目前にいるのはセルリアではなく、ジェードだった。

「チッ……ジェード!!」
「セルリアさんの邪魔はさせない!!」

 この場にセルリアの姿は無かった。カワセミはジェードを突き飛ばし、再度空で捜索しようとしたが、皮膜の張った翼に小型ナイフが幾つも貫通する。

「この私がいる限り、もう空へは逃げさせませんよ」

 眼鏡を掛けた男——ハクゲツは得意げに小型ナイフを幾つも手中でちらつかせた。
 ハクゲツだけではない、ヴェニットも金棒を担ぎながら現れる。カワセミは苛立ちを抑えきれないようで、目を充血させ口元を震わせていた。

「鬼如きが私に歯向かいおって……!! もう生死などどうでも良い!! 焼き殺してくれる!!」

 怒りにより冷静さを欠いたカワセミはそう叫ぶと、指で弧を作り口元へ寄せる。火を吹こうとしていると察したジェードは、顔面蒼白で二人の方へ駆け寄ろうとした。

「ヴェニットさん、ハクゲツさん!!」

 ハクゲツはヴェニットの前に立ち、攻撃に備えようとしているが、このままでは二人とも炎に包まれる。だが、ジェードの脚力では間に合わない。
 初めての友達を失いたくない。そんな思いも虚しく、カワセミは思い切り息を吹き出した。

「やめろ!!」

 ジェードの悲痛の声が響いた。
 ヴェニット達は炎に包まれ、その身を――焼かれる事はなく。

「な……?」

 この場で一番動揺していたのは、カワセミだった。
 炎が噴き出すはずなのに、何も起きない。ヴェニット達は怪訝そうにしている。

「一体どうして……ヒスイ様の炎は使えるはず……ぐ」

 突然、カワセミが顔を抑えて呻いた。ジェードはヴェニット達の元へ辿り着いた時、ようやく祖父の異変に気づいた。
 炎を吐くのは、初めて龍の力を行使したジェードでも扱えた。カワセミも使えるはずだ。
 どうして、と戸惑っていると、ある考えが脳裏を過った。
 ——ヒスイが、カワセミの中で抗っている。
 顔を抑えているカワセミの口が動く。

「全く……世話の焼ける……」
「ヒスイ様……!!」

 カワセミではない、男の声。白い世界でいつも聞いていた声だ。先程まで話していたというのに、随分と懐かしく感じた。

「無理矢理引き戻されて……俺は調子が出ない……ジェード……」

 指の隙間から見える顔はカワセミのものだが、ジェードにはヒスイの姿に見えた。

「全て、お前に託す。後は頼んだ……」

 それだけ言うと、ヒスイの気配は消えた。
 あのヒスイが、自分に託すと言ってくれた。ジェードは大きく頷いた。彼の想いを決して無駄にはしない。
 意識が戻ったカワセミは、顔から手を離して呆然としていた。

「ヒスイ様……どうしてそんな事を……私は貴方の為に戦っているというのに……」

 ヒスイがカワセミの中で抵抗している事に気付いたようだった。

「それはお祖父様の独りよがりです。だからヒスイ様の解放を……」
「——うるさいっ!!」

 カワセミが叫ぶと同時に強風が吹き荒れ、ジェード達は吹き飛ばされる。ジェードは何とか受け身を取れたが、不意を突かれたヴェニットとハクゲツは身体を木に強く打ち付けてしまった。

「ヴェ、ヴェニット様……!!」
「っ……」

 二人は元々カワセミの家来や影武者と戦闘をしており、体力を消耗していた。慌てて二人に駆け寄ろうとしたジェードだったが、ヴェニットが倒れたままこちらに顔を向けて首を左右に振った。

 貴方が今やる事は、私達に駆け寄る事ではない。

 そう言われているように思えた。
 一方、カワセミは両手で頭を抑えながらブツブツと呟いている。

「そんな事はない、そんな事はない、ヒスイ様は混乱しておられるのだ……私達を見捨てるような事などしない……」

 カワセミの心が揺らいでいる。ジェードはその隙を見逃さず、刀で身体を斬りつけようとする。その時——カワセミの金色の瞳と目が合った。悲愴と憎悪が混じった濁った色。
気圧されて思わず手元が狂ってしまい、ジェードの刀は鱗の生えていないカワセミの左肘あたりに入った。
カワセミの左腕が、宙を舞う。直後に、赤い血がパッと舞う。

「あっ……」

 祖父の腕を切断しようとは思っていなかった為、ジェードの動きに迷いが生じる。カワセミは少しも痛がる素振りは見せず、落ちた左腕を一瞥すると、右手でそれを拾い上げた。

「これくらいで躊躇するとは、やはりお前は出来損ないだ!!」

 左腕を切断面に押し付けると、鱗が生き物のように動き出し、くっついた。
 手を閉じたり開いたりをして左腕の神経が繋がった事を確認すると、カワセミはその拳で孫の頬を殴りつけた。
 ジェードは何度も地面に転がり、地面の上で呻いた。

「ヒスイ様はジェードに唆されて混乱なさっているのだ!! 儀式を終えさえすれば正気に戻ってくださる……!」
「待……!!」

 カワセミは制止しようとするジェードを無視し、既に治った翼を広げて空へと飛び立った。
 行先は――セルリアが破壊しようとしている小さな祠。
 このまま行かせてはならない。彼女を守らなければ。
 ジェードは痛む身体に鞭を打ち起き上がると、足を引きずりながらも走り出した。



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