引きこもり龍人と女傭兵の脱獄マリアージュ

秋雨薫

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5.引きこもり龍人と女傭兵

大きな一歩

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 セルリアは小さな祠の前に立っていた。これを破壊してしまえば、龍下ろしの儀は行えなくなり、ヒスイの魂は解放されるはずだ。
 祠は東の国では神聖なものだと聞いた事があるような気がしたが、セルリアは何の躊躇もなく蹴りで破壊しようとした。
 しかし、セルリアの蹴りは透明な何かによって阻まれてしまった。どうやら結界が張られているらしい。
 剣で何度か突いてみたが、割れそうにない。
 こういう結界は、何処かに発動させている装置があるはずだと地に膝をついて捜索する。

「これか……?」

 祠の背後の草むらを掻き分けると、錆びた杭のような物が地面に打ち付けられていた。手で引っ張ってみるが、深く突き刺さっているようで抜けそうにない。
 そこら辺に落ちていた大きめの石で側面を左右交互に叩き、地面の穴を広げて引っ張る動作を何度か行うと、杭は抜けた。
 これで結界が解けたかと祠を剣で突こうとしたが、まだ解除されていない。
 まだ幾つか杭があると近辺を捜索し、同様の杭を三本発見した。セルリアは石を使い、全ての杭を抜いた。
 キィン、と何かが壊れる音が響く。試しに祠に手を伸ばすと、あっさりと触る事が出来た。
 これで祠を壊す準備が整った。セルリアは大きく深呼吸をする。
 セルリアの身長程しかない小さな祠は、丁寧に手入れをされていたようで、鬱蒼とした森の中だというのに汚れがほとんどない。大切にされている建築物を破壊するのは心が痛むが、未来の為だ。
 セルリアは意を決すると、剣を振り上げた。

「罰当たりな!!」

 しかし、その声と共に突風が吹いたかと思うと、セルリアの身体が投げ出された。
 何があったのかと、呻きながら顔だけを上げると、顔を怒りで真っ赤にした老齢の男が。どうやら龍の翼で飛んでこちらまでやって来たようだ。
 剣は風に飛ばされた拍子に離してしまった。手を伸ばせば届く距離にあったので、咄嗟に動こうとしたが、右手をカワセミに踏みつけられてしまった。

「お前がジェードを誑かしたせいで、私に盾突くようになってしまった! お前の目論見はリュウソウカを滅ぼす事か!」
「……っ、あたしの願いは、ジェードと一緒に暮らす事……!」
「嘘を吐くなアバズレが!!」

 手をグリグリと踏まれ、セルリアは苦痛で顔を歪める。

「ジェードなど何も取り柄のない男! そんな男と一緒になる者などいるはずがない!」
「ふ、ふふ……。歳を取ると視野が狭くなるんですね……。貴方と血が繋がっているのが嘘だと思う程、ジェードは素敵な男性ですよ……」
「黙れ!!」

 踏まれる手から何かが折れる音が聞こえ、セルリアは声にならない悲鳴を上げる。

「ヒスイ様の力で息絶えよ」

 カワセミが鋭い爪でセルリアの心臓を貫こうと構える。
 利き手を折られたセルリアは、痛みを堪えて避ける為に身体を捩じろうとするが、カワセミの足が逃がさない。
 脳裏に、弟と過ごした日々やリアトリス傭兵団にいた頃の記憶が一気に押し寄せる。そして、ジェードとの旅の記憶。

 (ごめん、ジェード……。約束、守れないかも……)

 自分の生が終わるのを感じ、セルリアは目を瞑る。カワセミがセルリアの生を奪おうとした。その時——

「な、何だ……!?」

 聞き取れない言語が聞こえたかと思うと、カワセミの動きが止まった。その隙に鹿がカワセミに突進をし、彼の身体は地面に転ぶ。
 右手が解放されたのを感じ、セルリアは目を開けた。

「一体何が……」
「おい、何をやっているんだ!!」

 状況を呑み込めずにいると、聞こえたのは高圧的な男の声。ずっと気絶していたはずの男だ。

「え、エルデ……!?」

 動物を使役出来るのは、そして龍の力を持つ者を言葉で止められるのはエルデしかいない。

「一体どういう状況なのか全く分からんが!! お前が殺されるとこちらも殺されそうだからな!!」

 エルデは毒虫が首にいない事に気付いていないようだった。何はともあれ、エルデに命を救ってもらった。

「……ありがとう! 助かった!」
「それより何なんだ!? その男も龍の力を持つ者か!?」

 エルデはヒスイの力がカワセミに渡った事を知らない。そしてリアトリス傭兵団の龍監視の依頼を奪った事も。

「その人がカワセミ! あんたの龍を魔王に献上する目的を奪った相手! ジェードの龍の力を奪ったの!」

 簡潔に説明すると、エルデはみるみるうちに顔を怒りで赤く染めた。

「お前があのカワセミか!! 龍の力がお前に移ったというのなら、俺の目的はお前だ!!」

 もしセルリアが独断でジェードを逃がしていなければ、カワセミの依頼は間に合わず、ジェードを魔王へ献上出来たような気がするが、セルリアは黙っておく。
 エルデの目的はあくまでも龍の力を持つ者。ジェード個人ではない。
 東の国の重鎮であるカワセミに牙を剥くのは魔王の弟とはいえ、争いの火種になりかねないと思ったが……

「お前は表向きでは死んだ事にして、姉上の元でこき使ってやる!!」

 エルデはカワセミの拘束に目的を変えたようだ。エルデが聞き取れない言語を大声で叫ぶと、木々の間から一気に動物達が現れ、未だ動けないカワセミにその身をぶつけていく。

「ぐっ……何だこの力は……」

 ヒスイならすぐに解除出来たのだが、龍の身体に慣れないカワセミには効いているようだ。

「おい、セルリア!! 何をするかは知らんが、早くやれ!!」

 龍下ろしの儀式を止める為に祠を壊そうとしているとは知らないエルデは、そうセルリアを促す。
 セルリアは激痛の走る右手を庇いながら起きる。利き手が折れているので剣は持てないが、蹴りを使って祠を倒す事は出来る。
 傭兵を長らくやっていても、痛みには慣れない。だが、もう構っていられない。セルリアは祠に近付く。

「さ……せるかあぁぁぁ!!」

 カワセミは咆哮のような叫び声を上げ、エルデの拘束を無理やり破った。周りにいた動物達も風を使って吹き飛ばす。

「な……!! こいつ……!!」

 エルデが再度拘束をしようと聞き取れない言語を使用するが、もうカワセミには通用しないようだった。

「リュウソウカは誰にも壊させないいいいい!!」

 全てがスローモーションに見えた。視界の端でエルデの焦った様子も、カワセミが腕を振り下ろす姿も。
 そして――

「セルリアさんは決して殺させない!!」

 カワセミの背後から、ジェードが刀を薙ぐ姿も。
 直後に、カワセミの背から赤い血が舞う。龍の力を持つ男は、呻き声を上げてその場に倒れた。

「ジェード……!!」
「さあ、セルリアさん!!」

 手を差し伸べられ、セルリアはそれを左手で握る。乱れた前髪から覗く赤い瞳と視線を合わせ、お互い頷くと祠を見る。

「やめろ……やめろやめろやめろ……!!」

 地面でカワセミがもがいている間に、二人は高く足を上げる。

「やめろおおおおお!!」

 そして同時に、祠へ蹴りを放った。

 祠は古びていたので、二人の蹴りで簡単に壊れた。音を立てて、崩れていく。リュウソウカの古からの楔が、ヒスイを縛っていたものが。

「あ、あ……き、貴様ら……」

 カワセミの角が、鱗が、羽根が煙のように消えていく。胸から翡翠色の光球が現れる。——ヒスイの魂だ。
 ヒスイの魂はジェードの近くへふわりと寄り、少しだけ揺れる。

 ――ありがとう。

 セルリアとジェードの耳に、微かだが確かにヒスイの声が聞こえた。
 ヒスイの魂はゆっくりと空へと浮遊していくと――音も無く消えていった。
 ヒスイの魂がようやく解放された。ずっと拘束されていた龍は、永らく待っていた妻の元へと向かったのだろう。

「良かった、ヒスイ様……」

 ジェードは安堵の声を漏らした。だが、感傷に浸っている暇はない。ヒスイの力を失ったカワセミは、乱れた白髪を更に手で搔きむしって乱す。

「貴様らのせいで、貴様らのせいで、リュウソウカは終わりだ……」
「終わりではありません、ヒスイ様の力を借りずとも、この村を発展させられるはずです」
「何も知らぬお前に何が分かる!!」

 カワセミはジェードに殴りかかろうとしたが、おぼつかない足取りにより、その場に倒れてしまった。

「ぐ……何……」
「ヒスイ様の力を使ったせいですね。僕も初めて使った時はしばらく寝てしまいましたから」

 ジェードはそっとカワセミの近くに座り込んだ。

「お祖父様。僕も協力しますから、リュウソウカを守っていきましょう。龍の加護が無くとも、きっと大丈夫なはずです」
「そんな事を……軽々しく言うな……!!」

 龍の力による疲労、ジェードの付けた刀傷により、カワセミの意識は絶え絶えだった。

「龍の加護が無くなった事により、山々に潜む魔物達がリュウソウカを襲うだろう……! そうなれば、この地はたちまち更地になる」
「この地に住む人々は昔から鍛えられています。貴方が思う程、リュウソウカの人間は弱くない」

 閉鎖的な村では自給自足が当たり前で、農作業は勿論、狩り等も村人達だけで協力し合って生きている。稀に賊が入ってきても、村人達だけで追い払う事が出来る。

「そんな事は……!!」
「ジェードの言う通りでしょう。ホンビアント家のヴェニット様にあれだけ時間を取らせたのですから」

 カワセミの声を遮って、やや苛立った声が響いた。執事のハクゲツだ。隣には主人のヴェニットもいる。髪や服が土埃で汚れているが、目立った怪我はしていないようだ。

「ヴェニット、ハクゲツ……!」
「余所者が何を言う……!」

 立つ気力も無いカワセミが地面に伏せながら怒る姿は迫力が無かった。

「おやおや、そのような事を言って良いのですか? こちらは好条件を持って来たというのに」
「好条件……?」
「真の書状はこちらです。ホンビアント家当主ロクショウ様からです」

 倒れているカワセミに見えやすいよう、ハクゲツは屈んで書状を見せる。文字を目で追っていったカワセミの顔色が変わっていく。

「これは……」
「ホンビアント家は元来から海の魔物から地を護る為の大がかりの結界があります。本来であれば門外不出の技ですが、リュウソウカと友好を組んで頂けるなら、結界の技をお教えします。これならば、山々の魔物達からこの村を守る事が出来るでしょう」

 ハクゲツがロクショウから託されていた“ある件”とは、この交換条件だった。
 カワセミはリュウソウカを外界から遮断しているので、簡単にはこの条件を飲まないと踏んでいたロクショウは、カワセミが精神的に追い詰められたところで真の書状を渡すようハクゲツに頼んでいた。

『頭の固いジジイだから、私のような若輩者の交換条件はすぐに飲まないだろう。きっと君達ならカワセミを追い詰める事が出来る。その後の決め手としてこの書状を使ってくれ』

 龍に依存する理由を魔物等の襲撃だと踏んでいたロクショウは、大がかりな結界があれば交換条件になると確信していたようだった。
 ロクショウがここまでリュウソウカに好条件を出す理由は、東の国の将軍カワセミの弱みを握る――ではなく、恩を売りたいと思ったからだ。

「そ、そんな条件を飲むわけ……」

 カワセミもロクショウの思惑を察しているようで、渋っている。しかし、現状リュウソウカを護る為には何処かと協定を結ばなければいけないとも理解している。

「…………了承した」

 背に腹は代えられないと、カワセミは渋々承諾した。
 その瞬間、セルリアとジェードは顔を見合わせた。ヒスイの魂を解放する事も、リュウソウカの未来も護る事が出来た。
 東の国へ来た二人をもう阻む者はいない。

「おい! どういう事だ!? 龍の力が消えたように見えたが……!」

 唯一状況を理解していないエルデが大股でやって来た。そういえば彼の存在を忘れていた。
 まさか目当ての龍の力が失われたと知ったらどうなるのか。誤魔化すのも面倒臭いな、とセルリアは思っていたが……

「空気読んで」

 同様の事を思っていたらしいヴェニットが、エルデの後頭部を拳で殴って地面に沈めた。エルデは白目を剥いて気絶してしまう。

「えっと……。ジェード、これで終わったんだね……」
「はい。僕達の旅は、終わりを迎えられるようです」
「短い期間だったはずだけど、何だか長かった気がする」

 地下牢でジェードと出会ってから、一緒に脱獄したあの日が遠くに感じる。
 ヴェニットに助けてもらって船に乗った事も、キオ島で毒龍と出会い別れた事も、シャヨメに辿り着いてロクショウに捕らえられた事も。
 今では、全てが愛おしく感じる。

「行きましょう、セルリアさん」

 ジェードがそっと手を差し伸べる。
 彼とずっと生きていきたい。願っていた思い。それが、目の前にある。

「……うん!」

 セルリアは笑顔を見せると、ジェードの手を取った。

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