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短編
エルデの災難
しおりを挟む魔王ネイジュが治める暗黒地帯ディアンク。この地域は晴れている事が少なく、空はほとんど暗雲が覆っている。
不気味な雰囲気漂う城で、魔王ネイジュは玉座に座り、いつもの笑顔を浮かべて弟を見下ろしていた。
「やあ可愛い弟よ。お前は私に何かを献上すると言っていなかったか?」
弟——エルデは赤い絨毯の上で正座をし、自身の膝を見つめていた。顔は冷や汗でぐっしょり濡れている。
「きちんと自分の口で言え? さもないと……」
ネイジュの持つ松明のような杖の炎の勢いが増す。姉の殺気を感じたエルデは慌てて顔を上げた。
「りゅ、龍の血を持つ男を……献上すると言った……」
「あんな大見得を切って、手ぶらで帰って来るなんてね。東の国は楽しかったか? ん?」
顔面蒼白のエルデとは打って変わって、ネイジュは楽しそうである。その様子をネイジュの側で見ているのは彼女の側近であるビアンだ。
ビアンはエルデが失敗して来てその姿を存分に眺めたいというネイジュの願望を知っていたので、微妙な気持ちである。
ネイジュにとって、龍を献上出来る出来ないかは重要ではない。いかに弟が惨めな姿を見せてくれるかが大切なのだ。
今回はまさに思い通りの展開になって、ネイジュはご満悦である(エルデは知る由もないが)。
「ご、ご期待に沿えず……申し訳ありません……姉上」
「安心しろエルデ。私はお前に少しも期待していない」
エルデは悔しそうに歯噛みする。普段は姉であるネイジュの不満を垂れ流している弟だが、いざ目の前にするとうまく話が出来ない。
エルデは、魔王である姉に恐怖している。ネイジュは、自分に恐怖する弟を見るのを楽しんでいる。傍目から見ても、歪んだ姉弟だと思う。ビアンは嘆息した。
「それで、その龍の力はどうなったっていうんだ?」
「リュウソウカを護る龍の力は消えてしまった……。そのせいか分からないが、当主カワセミが姿を消したと聞いている……います」
話している途中で普段の口調が出てしまい、エルデは慌てて訂正する。
「ふうん、そうなんだ」
ディアンクから離れた土地になど興味は無いのだろう。いつもの笑顔を貼り付けたまま、ネイジュはあっさりと流した。
「……姉上。俺にもう一度東の国へ行く許可を貰えないか。東の国……特にシャヨメでは舐められた態度を取られたんだ。報復に行きたい」
エルデの報告によると、彼は随分と雑な扱いを受けたようだ。それが魔王の品位を損ねてしまうから、という事だったが、単にエルデが仕返しをしたいだけのようにも聞こえる。
それを姉のネイジュは勿論お見通しだった。足を組み、エルデを貼り付けた笑みで見下す。
「東の国を攻めるのは面倒なのだよ。私にとっても何のメリットも無いしね。どうしてもというのなら、エルデ一人で行きなよ」
「そ、そんな事出来るわけ……!」
「じゃあ余計な事は言うな」
エルデは今にも下唇を嚙み切りそうなくらい悔しさで顔を歪めている。流石にもう助け舟を出すべきか、とビアンは口を開く。
「ネイジュ様……。そろそろエルデ様を解放しては……」
「お前は本当に私の力を借りないと何も出来ないんだな。そうだ、良い事を思いついた」
ネイジュは両手を叩いて、珍しく楽しそうに笑った。こういう時は嫌な予感しかない。それはエルデも同様だった。
「エルデ、お前を最果ての地へと飛ばす。勿論お前に手を貸す者は連れて行かない。お前一人で生き延びてみろ」
「は!? 一体何を言っているんだ!?」
「そうだな……マシロ村とかどうだ? あそこは勇者が旅立つ村としてよく利用されているという」
「そ、そんな村に魔王の弟が行けるわけないだろう!?」
「エルデ、お前に拒否権は無い」
ネイジュは立ち上がると、杖を高く掲げた。
「何なら、お前が勇者となって私を狩りに来ても良いんだぞ……?」
「おい、姉上! 洒落になっていないからマジで止めろ!!」
「私は洒落など言わん。大マジだ。——じゃあな、可愛い弟よ」
「待——」
エルデの言葉を待たず、ネイジュは杖を振った。すると一瞬でエルデの姿が魔王城から消える。
うるさかったエルデが消え、城内は静寂が包まれる。その静寂を破ったのは、ネイジュの笑い声だった。
「あー、本当に面白い。可愛い弟はちゃんとお家に戻って来られるかな?」
「ネイジュ様……流石に今回はやり過ぎでは……」
「いいんだよ。最近あいつは生意気すぎる。少しは灸をすえてやらないと。あ、ビアン。勿論お前は手出しするなよ」
こっそりとエルデの様子を確かめようと思っていたビアンだったが、お見通しだったようだ。魔王の命令には逆らえないので、ビアンは「承知しました」とバツが悪そうに答えた。
「ふふふ……次はどんな物語が始まるのか楽しみだ。……なあ、エルデよ」
ネイジュは目を細めて微笑んだ。
最果ての村に飛ばされたエルデは、姉への下剋上を誓って旅を始める事となるのだが、それは別の物語である。
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