引きこもり龍人と女傭兵の脱獄マリアージュ

秋雨薫

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1.傭兵セルリアと引きこもりジェードの出会い

会話

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 それから少しして、地下牢にベルの音がけたたましく鳴り響いた。地上の扉には呼び出し用のベルが備え付けられていたので、それが鳴ったのだろう。お呼び出しだと、セルリアは一旦ジェードとの会話を打ち切って地上へと上がる。
 扉の鍵を開けると、そこには男の兵士が一人立っていた。

「貴方が龍監視の依頼を受けた傭兵ですね。貴女が休憩する時は、私が龍監視を務めます。どうぞよろしくお願い致します」

 全身鎧に身を包んだ男の表情は、よく見えなかったが、生真面目そうな雰囲気は感じ取れた。男は両手で持った食事の乗せられたトレイを、セルリアに渡す。

「これは龍の食事です。貴女は食事をどうされますか? もしよろしければ、屋敷で準備できますが……」
「それなら……」

 セルリアの要望に、兵士は戸惑ったようだったが「貴女がそれでよろしいのなら」と了承した。
 セルリアは、昼頃から深夜までジェードを監視する事になった。深夜から朝方はこの兵士が見るという。随分と良心的な監視だ、と三日間の徹夜を覚悟していたセルリアは、少し拍子抜けだった。
 兵士が再度持って来た二人分の食事を貰うと、セルリアは軽い足取りで地下牢へと戻った。

「ジェード! ご飯貰って来たよ!」

 牢の隅に座っていたジェードは、セルリアの大声にビクリと身体を揺らした。何だか小動物のようだ。
 牢の一部分は配膳を入れるくらいの小さな扉があり、セルリアはそこの鍵も預かっていた。鍵を開け、ジェード分の食事を入れる。
 ジェードがもそもそと立ち上がり、食事を受け取ったのを確認すると、セルリアはその場に座り込み、太ももに自分用の食事が乗ったトレイを置いた。

「……貴女もここで食べるんですか? ここは衛生環境も良くないですし、別の場所で食べた方が良いですよ」
「あたし傭兵だから、どんな場所でも食べられるよ」

 パンを食べ、セルリアは「美味しい!」と目を輝かせた。昼食に出たのはパンと野菜の入ったスープ、鶏肉の炒め物だ。アンセットで人気の魚料理では無かったが、どれもセルリアの好物だった。

「貴女が……傭兵?」
「あれ、言っていなかったっけ。私リアトリス傭兵団に所属している傭兵なの。知っている?」
「いえ、僕の村は情報がほとんど入って来ないので知らないです。……」

 表情は前髪の奥にあるので、よく分からなかったが、ジェードは何か言いたげに見えた。

「ん? どうしたの?」
「いや、貴女みたいな人がどうして傭兵に……と思っただけです」
「あ、女傭兵が珍しいって事? 最近はそんな事ないよー。団長も女性だし」
「……あ、そうですか……」

 ジェードはポツリとそう言ってから、自分の食事に手を付け始めた。

「ねえ、ジェードって一人っ子?」
「……どうしてですか?」
「いや、何か兄弟はいないような気がして」
「そうですね。今は一人っ子です」

 含みのある言い方に、セルリアの食事をする手が止まった。

「今はって事は……昔はいたの?」
「僕の生まれたリュウソウカという村は、気候や風習がとにかく生きにくいところなんです。僕の上に兄や姉がいましたが、流行り病で亡くなりました」

 流行り病。それを聞き、セルリアの喉が詰まる。兄弟が亡くなるなど、耐え難い事だ。

「……そうなんだ。聞いてごめん」
「いえ、謝らないでください。僕が物心つく前に亡くなったので、悲しいという感情はほとんどありませんよ」

 しかし、セルリアは食事の手を止めたまま、顔を俯かせている。数分静寂が訪れたが、それを破ったのはジェードの方だった。

「……貴女は兄弟いるんですか?」

 ジェードから話を振ったのは、これが初めてだ。もしかしたら、気まずい空気を振り払う為に出た質問だったのかもしれない。セルリアは顔を上げて、前髪で顔の隠れた男を見つめる。

「うん、三歳年下の弟が一人いるよ」
「ああ……。姉っぽそうですもんね」
「あ、よく言われる。面倒見良さそうって事かな?」
「そうですね。弟さんの事を教えてくれませんか? 姉弟ってどんな感じか知りたいです」

 その後、セルリアはジェードに弟について話をした。体が弱いが、男勝りなセルリアにいつも小言を言っていた事、いつも自分の心配をしてくれていた事、そして自分に良い男が現れるかを気にしていた事——
 セルリアがジェスチャー混じりで話をしている姿を、ジェードはご飯を食べながら黙々と聞いていた。
 セルリアの話が途切れたのは、話し始めてから数十分経った頃だった。

「あ、私ばかり話してごめん。ご飯、冷めちゃったよね?」
「いえ、聞きながら食べていたので、もう食べ終わりました。貴女の方が冷めてしまったのでは……」
「あ、本当だ!」

 話に夢中で、自分の食事に全く手を付けていなかったので、料理はすっかり冷めきっていた。スープを飲んでみると、すっかり冷製スープになっている。
 残念がるセルリアの耳に、クスリと小さな笑い声が届いた。

「あれ、ジェード今……笑った?」
「……すみません」

 ジェードは肩を震わせながら顔を逸らした。セルリアはジトリとジェードを睨んだが、彼が感情を出してくれた事が嬉しかった。
 最初は感情をほとんど表に出さず、人と関わりたくないのかと思ったが、この短時間で感情を見せ始めてくれている。龍など感じさせない、一人の少年だ。

「じゃあさ、今度はジェードが話をしてよ。その間に私ご飯食べるから」
「え、僕がですか? といっても、話す事なんて……」
「めちゃめちゃあるでしょ! ジェードの村の事も気になるし、どうしてここに捕まったのかも気になる!」

 ジェードは、少し悩んでからゆっくりと頷いた。

「では、僕がどうしてここに捕まったのかを説明します」

 ジェードが話してくれたのはこうだ。
 ジェードはリュウソウカという村で、それは大切に育てられたという。——行動の制限をされる程。
 ジェードはいつも小屋に閉じ込められ、一日を過ごしていたという。
 ある日、小屋の鍵が掛け忘れている事に気づいたジェードは、隙を見て逃げ出した。山をいくつも越え、川を渡り、野を駆け――港町へ出た時、ジェードは停まっていた船に隠れて乗り込んだ。
 だが、その船は奴隷商船だった。見つかったジェードはそのまま捕まり、奴隷商で売りに出されてしまったという。

「そして、僕はそこでエルデ=ルッドという人に買われ、今に至ります」
「なかなかハードな経緯だったね……」

 ジェードは淡々と話していたが、あまりに壮絶な経験をしている。村にいた時はずっと行動を制限され、ようやく自由になったかと思えば、奴隷市に出され、買われ――その心情は計り知れない。

「ここへ来るまで、僕は特定の人としか話をした事がありませんでした。……最初の時、素っ気なくてすみませんでした。その……人と話すことがほとんど無かったので」
「そうだったんだねー。てっきりあたしは龍とは話が通じないのかと……。でも、ジェードは普通の男の子だね」
「……男の子」

 ジェードの口元がヒクリと痙攣した。そして声色も一気に元気が無くなってくる。

「ん? どうした?」
「あの……僕、こう見えても20歳なので……男の子っていう歳じゃないです……」

 顔は前髪でほとんど隠れている為、輪郭と口元、和服から覗く首元くらいしか判断材料が無く、幼く見えたので少年だと思ってしまっていた。セルリアは顔を青ざめて両手を合わせた。

「え!? ごめん!! あまりにも少年ぽくてつい……! あ、これも失礼か!?」
「……自分でも大人っぽくはないなとは思っていますので……。背も低いですし」

 どうやら少年に間違われるのは、ジェードにとって地雷らしい。地面に指を擦り付けて顔を膝に埋めている。

「あっ、あたしもよく男に間違われるんだよ! 奇遇だね!!」

 慌てたセルリアは、そんな慰めにもならない返ししか出来なかった。見た目から男に間違われる事はないが、ガサツさや喧嘩っ早さから「男では」と疑われた事は幾度もあったので、嘘ではない。

「そんなわけないじゃないですか……。貴女は、だって……」

 ジェードは言いかけて、不自然に言葉を止めた。

「え、何? 何か言った?」
「い、いえ。僕には貴女が女性にちゃんと見えていますよ」

 ジェードは顔を逸らしながらもそう答えた。髪の間から僅かに見える耳元は何故か赤くなっていた。


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