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短編
獅子身中の虫(2)
しおりを挟むランディール騎士団長の処刑は三日後に執行される事となった。王妃暗殺未遂はあまりにも重罪だった為、早い執行となったのだろう。愛する王妃が毒に侵され、リグルトも平静が保っていられないようだ。
イムはどうにかグランデルと話す機会を探したが、彼はそれを避けるかのように姿を見せなかった。
イムの知らない間にグランデルが処刑執行人として決まり――そして当日を迎えてしまった。
処刑場には大勢の兵士や民間人が集まっていた。イムは群衆をかき分けながら最前列へ行く。辿り着いた時には地面に座り込むランディールの後ろに剣を構えるグランデルがいた。
イムは目の前の柵にしがみつく。
「――グランデルさん!!」
グランデルの瞳は真っ直ぐに父を見据えていた。その瞳に戸惑いは微塵も感じられなかった。あるのは――憎悪。
ランディールが何かを言っているが、野次馬のざわめきで全く聞こえない。恐らく、グランデルに向けられた言葉だろう。ランディールは背筋を伸ばし、少しも項垂れていない。まるで騎士勲章を受けるかのような佇まいで座っている。
群衆からは罵倒の嵐だった。誰からも愛される王妃クラウディアを殺そうとするなど国民が許すはずもない。
何も知らないくせに、とイムは歯噛みする。12歳の頃、両親の虐待から逃れる為に家を出たイムを救ったのはグランデルだった。彼の家でしばらく世話になったので父のランディールとも親交があった。家族同然の二人がこんな状況になっているというのに、見ているしかできない自分に酷く苛立った。
二人は言葉を数回交わした後、グランデルは声を張り上げる。
「只今よりルーカス⁼ランディールの処刑を行う!! この罪人はクラウディア様を毒殺しようとした愚者だ!! その行いは許し難い!!」
辺りはしいんと静まり返る。怒りを浮かべる民衆が多かったが、中には啜り泣いている者もいた。彼は優しく、頼りにしていた者が多かったのも事実だ。
「ルーカス⁼ランディール。……言い遺す事はあるか」
「……私は死んでも、グルト王国の平和を願っております」
ランディールは微笑みながらそう言った。その瞬間、民衆から心無い罵声が浴びせられる。グランデルは一瞬戸惑いの表情を見せたが、すぐに無表情の下にそれを隠すと、持っていた剣を高々と上げ――父の首に向けて振り下ろした。
「……っ、ランディールさん……!!」
ランディールの身体がゆっくりと地に落ちたのを見て、イムは唇が切れる程強く歯を噛み締める。国民からは歓声が上がっている。
父から溢れた血だまりが、グランデルの足元まで来る。グランデルはそれを感情の見えない瞳でずっと見下ろしていた。
**
ランディールの処刑が終わった後、イムはグランデルの元へと急いでいた。彼の精神状態がとても心配だったのだ。
近くにいた兵達にグランデルの居場所を聞き、辿り着くとそこには無表情の彼と――マイクルが一緒にいた。
マイクル⁼エバーシス。クラウディアを毒殺しようと企て、その罪をランディールに擦り付けた張本人。彼は悲しそうに顔を歪めていた。
「グランデル……。辛かったな……」
マイクルの口から出た言葉に、イムの表情が瞬時に怒りに染まる。
「ど、の口が――」
怒りを露わにしかけたイムの前に立ち、グランデルは憎悪を全く見せず、しかし顔は無表情のまま口を開いた。
「いえ。父であろうと国を裏切るなど許されざる事をしたのです。同情など必要ないですよ。これからも共に国を護りましょう、マイクル殿」
その姿を見たらグランデルの覚悟が垣間見え、イムの怒りがしぼんでいく。彼が一番マイクルに憎しみをぶつけたいはずだ。父の約束を果たす為、こちらの牙を見せないようにしている。
マイクルもランディールとグランデルが繋がっている事を疑っているだろう。今イムが言ってしまったら全てが水の泡だった。
マイクルと少しだけ会話をしてから別れた後、イムはグランデルに深く頭を下げた。
「グランデルさん……すみません、俺……」
「いや、良いよ。イムにも辛い思いをさせてしまってすまない」
「……一番辛いのは、貴方じゃないですか」
「……」
イムが顔を上げると、グランデルは口元に笑みを浮かべているが、目は全く笑っていなかった。――この目の奥に、一体どれ程の闇が生まれてしまったのだろうか。本当は今すぐにでもマイクルを八つ裂きにしたいはずだ。
「……グランデルさん。ランディールさんが言っていた引き出しはもう開けたんですよね? 一体何が入っていたんですか?」
「君には関係の無い事だ」
「関係ありますよ。俺だってランディールさんと一緒に暮らした時期があったんです。……グランデルさんが一人で動くよりも、協力者がいた方が動きやすいでしょうー? 俺は頼りないですかー?」
いつもの調子で尋ねると、グランデルの瞳が一瞬揺れた。そしてそっと微笑むとゆっくりと頷く。
「……ありがとうイム。また迷惑をかける」
「お安い御用ですー。……勝手な行動はしないでくださいね」
「……ああ、分かった」
このまま一人で行動させれば、グランデルは破滅の道へと進んでいくだろう。――決して、そうはさせない。彼には父と同じ悲しい道へは進ませない。グランデルの感情のこもっていない笑顔を見つめ、イムはそっと決心をしたのだった。
***
グランデルがランディールの部屋で見つけたものは、何冊かの書物とカリバンについて調べ上げた事が書かれている紙の束だった。ランディールはどうやらカリバン王国について調べていたらしい。
グランデルの私室の机にそれを並べる。
「ランディールさんはカリバンの何を探っていたのでしょうー? この書物は500年前の歴史書のようですがー」
紙にはカリバン王国の事が書かれているのだが、貿易についてや国土について等調べれば簡単に分かる情報しか書かれていない。歴史書もグルト城の書庫にあるものだ。これを何故隠していたのか。
「父は私ではない誰かに見つかる可能性も考えてカモフラージュをしていたようだ。この書類に妙な番号が振ってあるだろう。これを元にこの書物と照らし合わせると――」
「“――カリバンは、王の子らに人体実験をしている――?”」
現れた文章にイムは目を見張った。
「確かにカリバンは人体実験をしていると噂はありましたがー……まさか自分の子にさせていたとは……」
「どうやら魔力を持つ者を対象に行っているらしい。――国民にも何かしらの実験はしているようだが……自分の子を使って一体何をしようとしているのか……」
「……どうしてランディールさんは他国のこんな情報を調べていたんですかねー? これが、グルト王国にも関係すると思ったからでしょうかー」
「恐らくそうだろう。それをカリバンに勘付かれ、マイクルによって――」
殺された。その言葉はグランデルには紡がれなかった。
「……魔力のある者、というと王族だ。もしかしたらアメルシア王女やアリソン王子にも危険が迫るかもしれない。マイクルを使えば誘拐など至極簡単な事だろう」
「……野放しにさせない方が良いのではー?」
「先程牽制はしておいた。マイクルも頭の悪い男ではない。そうやすやすと手出しはして来ないだろう。これからは――」
グランデルの口元から笑みが消える。紫色の瞳は冷たい色を帯びていた。
「どちらが先に尻尾を出すか――根比べといったところだ」
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