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短編
獅子身中の虫(4)
しおりを挟むオトギがグルト王国を去った後、しばらくの平穏が訪れるかと思っていたが――ググ村襲撃の報を聞いた時、グランデルは目を見開いた。
(まさかこんな大胆な行動を取るなんて――!!)
これは明らかにカリバンの起こした事だ。あのオトギならばここまであからさまな行動を起こすとは思っていなかった。――それほどまでに、ググ村を襲撃しなければならない理由があったのか。
グランデルはリィ、オウルを連れてググ村へと向かった。村出身のオウルは茫然自失の状態だったが、このまま城に置いていくより現状を見せた方が彼の為になると思った。
ググ村は凄惨な状態だった。閉鎖的ではあったがのどかだった村が壊され、燃やされ、人々の躯を積み重ねている。
グランデルはカリバンへの憎悪を込めて拳を握り締める。自分が見誤ったせいでググ村が壊滅してしまった。あの時もっと牽制しておけばオトギが動く事は無かったはずだ。しかし、過ぎた事を後悔し続けても戻って来ない。今は生存者の命を繋ぎ止める事を優先しようとグランデルは動き出した。
アメリーが付いて来てしまった誤算はあったが、ググ村に潜伏していたらしい黒フードの者を二人捕らえる事が出来た。
捕虜を確保する功績を上げた一人のリィは服に大穴を開けていた。恐らく槍で突かれたのだろう。その証拠に彼の服は血液で染まっていた。
(……これが、カリバンの求める理由か……?)
リィスクレウムの瞳を持つ死なない男。ランディールが遺した書物はリィスクレウム関連のものもあったが、暗号を読み解くだけではなく、リィスクレウムそのものもカリバンの企みを差すものなのだろう。
そして、もう一つ気になる事が。
リィとオウルが戦っていた者の中に、魔物に変身する男がいると言っていた。それもカリバンの実験の成果なのだろう。
――カリバンは王の子らに人体実験をしている――
ランディールが遺した文章を思い出し、グランデルは顔をしかめた。
凄惨な現状を目の当たりにし、アメリーはショックを受けたようだった。表面は取り繕っていたが、本心は恐ろしくてたまらなかっただろう。
グランデルとリィはアメリーの部屋の前で一晩護衛をする事になった。リィの服は血塗れだったので宿の主人に服を用意してもらった。普通なら死ぬ傷を受けたというのにリィは相変わらずぼうっとしている。
「リィ。お前の戦い方はあの暗殺者達に似ていたな」
「……うん。それは俺も思った」
リィはゆっくりと頷いた。動揺している素振りは一切見られない。あの暗殺者とは全く関わりが無かったのだろう。
「リィ、お前はあの者達に心当たりが無いんだな。……私は、以前にあの者達をエンペスト帝国からの帰りで遭遇した事がある。奴等はリグルト王を殺そうとしていた」
「俺は、本当に分からない。あいつらの目的も――だが、今回あいつらはエダを探していたように見える」
「エダ……お前に戦い方を指南したという男か」
カリバンとリィを繋ぐのはエダという、自分には見る事の出来ない者だ。彼の秘密を知れば一気に真実へと近付きそうだが――
(直接喋れないのは痛いな)
リィを介して会話が出来れば良いと思うが、何となく彼には聞かせない方が良いような気がした。だからといって、アメリーやアリソンに頼むわけにもいかない。
別の方向から真実を探らなければならない。もう時間がない。自らがカリバンに出向く時が来たようだ。
「……グラン。誰に殺意を向けている?」
ふと隣にいるリィに問われ、ハッとする。マイクルへの憎しみが滲み出てしまっていたらしい。グランデルはすぐに微笑みを見せる。
「すまない。お前にではないよ。勿論、アメルシア王女でもない」
「……そうか」
彼は最初からそんな事は知っているはずだが、興味がないのかそれ以上聞いて来なかった。
ここから離れたら王にカリバンへ行く許可を得なければ。それならば翌日王女に話す事は。
グランデルはアメリーの寝ている部屋のドアをちらりと見つめた。
***
翌日の朝にはググ村を出立し、幾つか村を経由しての旅路の後、グルト城に帰って来た。
グランデルは連れて来た予言者シーラを地下牢へ収容するよう手配し、アリソンに報告をしてから協力者のイムと今はほとんど使われていない資料室で密談をしていた。
「時系列を考えればマイクルが王都にいなかった数日と重なります。恐らくあの男も一枚噛んでいるでしょうー。……どうします? 流石に自国民の命を奪われては、もう様子見も出来ないですがー……グランデル騎士隊長。何か考えがありますねー? 俺にも教えてください。協力するんでー」
イムはいつも通りの口調だが、少々戸惑いの色も見られた。当然だ。自分でさえまだ信じがたい事件だと思っているのだから。
「ググ村が襲撃された理由は恐らくリィだろう。ググ村の者達はリィに関する重要な秘密を知っていた。……恐らく金眼の事だと思うが。……私はカリバンへ行こうと思う」
「……とうとうですか」
「ああ。アメルシア王女がエンペスト帝国へ行くとおっしゃった。アリソン王子も今回は賛同している。私も同行させようとしてくださっているが――私は王の前でカリバンに行くと宣言をする。……恐らくマイクルは私と同行すると言うだろう。――今回で、大きく動くかもしれない。イム、もし私の身に何かが起きたら……後の事は頼む」
イムは後頭部に手を当てて面倒くさそうに顔をしかめた。
「うわー、責任重大じゃないですかー。……分かりました。死んでもグルト王国に帰って来てくださいね、グランデル騎士隊長」
「ああ……努力するよ」
グランデルはそっと微笑んだ。死ぬわけにはいかないのだ。――マイクルの息の根を止めるまでは。
そしてリグルト王の前でグランデルはカリバンへ行くと宣言をした。すると思惑通り、マイクルも同行すると言ってきた。彼もカリバンで何らかの行動を起こすつもりなのだろう。
グランデルはエンペスト帝国へ発つ事になったアメリーとアリソンに言葉を残した。
「お二人は自分の信じた道を真っ直ぐ進んでください。……決して、後ろは振り返る事の無いよう」
それはもし自分がここへ戻って来なくても、マイクルが裏切り者だと知っても――決して立ち止まらないで欲しい、過去を振り返って後悔しないで欲しいと思っての言葉だった。彼女達は何も知らない。だが、未来へと進めば必ずここで起きている闇とぶつかる。
――どうか、ご無事で。そう思いながらグランデルはカリバンへ行く為の準備を整えるのだった。
***
そして運命の出立。グランデルは憎きマイクルと共にカリバンへと向かった。二人の間に会話はほとんどなかった。マイクルの方もグランデルの事は警戒していると何となく気が付いていた。別に取り繕う必要もないとグランデルから言葉を発する事は無かった。
ググ村を経由し、カリバン王国へと入る。ここへ来るのは随分と久しぶりだが、ここまで衰退しているとは思っていなかった。
表向きは栄えているように見えるが、目の届かない場所は荒れている。そんな印象を受けた。
カリバン城でオトギと再会したが、勿論あの時の事は話題に出さなかった。翌日はオトギがカリバンを案内すると言っていたが、その時に行動を起こすつもりなのだろうか。
今日はオトギの用意した宿で一晩過ごす事となった。宿は随分と古びており、軋んだ床も治せないくらい経営もギリギリなはずなのに、豪勢な食事を出してくれた。これはオトギが命令したのだろう。
いたたまれなくなったグランデルは食事をした後そっと宿を脱け出した。
夜風に当たりながらカリバンの景色を見渡す。灯りが少なく活気の無い王都はグルト王国と大違いだ。グランデルは暗闇の奥にあるであろう実験施設の方へ視線を向ける。
イヴァン王は自分の子供を使って人体実験をしている。それは真実なのだろう。今でもそんな非人道的な実験をしているのだろうか。少し様子を見に行こうかと歩き出そうとした時だった。
「どうした、グランデル。散歩か?」
ドクン、と心臓が重く鳴る。その声の持ち主は五年ずっと憎んでいた恩師――マイクルだ。時が動き出す。そんな確信がグランデルの心を占めた。振り返ると、マイクルは温和な笑みを見せていた。
「ええ。夜風に当たりたくて」
「あまり大した情報は得られなかったな」
「ええ」
「エンペスト帝国へ行かれたアリソン王子とアメルシア王女は何か情報が得られただろうか」
二人の顔が思い浮かぶ。平和な世界で生きて来た優しい心の持ち主の姉弟。その心に傷を付けてしまうかもしれない、と思うと少しだけ思いが揺らぐ。だが、ここで行動しなければ二人は護れない。
グランデルは目の前の暗闇を見つめる。まるでこの国の未来を映しているかのようだ。
「あそこで人体実験が行われているのでしょうか」
「何を言っているんだ、グランデル? 確かにカリバンにはそのような噂があるが――」
「――いえ、何でもありません」
グランデルが何かをしようとしている、というのが伝わったのだろう。マイクルはグランデルに鋭い視線を向けた。
「……ここ数十年、この世界は平穏だった。だが、今になって何かが起こりかけている。アリソン王子の暗殺未遂、ググ村の襲撃、そして――グルト王国兵士の失踪事件。秘密裏にお前の身辺を調べていた。そして――これのお前の部屋から発見された。血の付いた短刀。――グランデル、お前はこれで誰を殺した?」
(成程、それが今回の筋書きか)
グランデルはマイクルに背を向けたまま笑いを堪える。五年前と一緒だ。同じように父ランディールを陥れ、処刑させた。――前回と違うのは、グランデルはわざと見つかるように短剣を隠していた事。
「グルト王国兵士は失踪したのではない。殺されたんだ。そして、グランデル。その兵士達を殺したのは――」
グランデルは剣を抜くとマイクルに斬りかかった。マイクルは瞬時に反応し、それを剣で受け止める。
必死に攻撃を耐えるマイクルに冷たい瞳を向けて、グランデルはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……残念です、マイクル殿。貴方とは道を違えたようだ」
五年前から、歩む道は違えている。
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