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食欲―――それは人間の三大欲求の一つ。
食を疎かにしては豊かな生活は送れないだろう。
だからこそ、だからこそ! 我輩は目の前にあるカリカリフードへの不満を飼い主に伝えなければならない!
「ワンワン、ワン! (これで三日連続カリカリだぞ、これは人権を無視する行為だ!)」
「何よヨシオ、今日は偉いご不満そうね。手抜きしてるのがバレたか」
バレたか笑。ではない! 三日三食全てカリカリでは我輩の堪忍袋も限界である。
怒りを感じ取った 飼い主の大上奈々枝は両手でごめんなさいのポーズをとった。
「めんごめんご。明日、給料日だからさ美味しいもの買ってあげる。だから今日はこれで我慢して、お願い!」
「ウー、ワンワン! (本当だろうな、嘘だったら承知せぬぞ!)」
「はい、じゃあこの話はおしまい! それじゃ私は仕事に戻るから大人しくしてるのよ」
そう言って奈々枝は仕事机に座り作業を再開した。
これ以上は何を言っても無駄である。我輩はカリカリを仕方なく食べることにする。
中型犬である我輩の体格はなかなかに立派である。
おいしくないカリカリでもたくさん食べねば腹が減るのだ。
味気ないカリカリを食べながら我輩は思う。
飼い主の奈々枝って女子力ゼロじゃね、と。上下灰色のスウェットに寝起きのままの茶髪頭。おまけに美容液パックを昼からつけたままである。
台所は使わなすぎて新品同様。いつも使うのはレトルトのお湯を沸かす時だけだ。
こんな現状でよいのだろうか。いや、よくない。
せっかくすっぴんでも顔は整っているのに宝の持ち腐れとはこのことか。このままでは、奈々枝は嫁ぎ遅れになる可能性大である。
そんな飼い主の未来を勝手に心配していると携帯の着信音が鳴り響いた。
「はい、大上です。うん? 吉武どうかしたの?」
『せんぱ~い助けてください。交番に変な奴が来てるんすよ』
携帯から音漏れする情けない声は後輩の沖野吉武である。
気が弱く、問題ごとをいつも持ってくるトラブルメーカーだ。
その後もあーだこーだと問答は続く。
「あー、もうめんどい! 今から行くから待ってなさい!」
『え、本当すか! せんぱ~い助かりま―――』
途中でブチっと通話を切る奈々枝。容赦がない女である。
「って、わけだから行くわよヨシオ!」
「ワオン! (よかろう!)」
そう言って奈々枝は光の速さで着替え化粧をこさえていく。
そうしたらあら不思議。さっきまでの干物女がトビウオばりにぴちぴちな女性に大変身。派出所にある制服を着れば、立派な女性警官と誰もが思うだろう。
我輩も警察犬として出動である。
奈々枝と息ピッタリなタイミングで玄関を出てスクーターへ搭乗。カゴの中に我輩が入り込んで準備完了だ。
時刻は深夜零時を回るところ。事件が我輩を呼んでいた。
♢
武蔵野市の公園前にこじんまりと建っている交番。
武蔵野公園前派出所はどこにでもある普通の交番であり、特別なことは何もない。強いて言えば我輩が在籍するということぐらいである。
スクーターで交番に到着した時、周囲は静寂に包まれていた。
我輩たちは急ぎ足で交番へと行く。
「吉武いる!? …ひとっこひとりいないわね。どこいったのよあのバカ」
流石の奈々枝も心配そうである。すぐさま携帯に電話しても繋がらない。
そんな時こそ我輩の出番。名警察犬の鼻の力をみしてやろう。
沖野の匂いは普段嗅いでいるので覚えている。
なら、その匂いを辿っていけばよい。
「ワンワン、ワオン! (こっちだ、ついて来い!)」
「吉武の匂いを見つけたのね! 偉いわヨシオ!」
匂いは交番の前にある公園へと繋がっていた。
しかし気になることが一つ。沖野の匂いと一緒に甘ったるい香りが漂うのだ。
距離にして10分ほど。公園の中心部にある噴水広場に2人の黒い影があった。何をしているのかはっきりしないが2人は大声でつかみ合ってるように見えた。
だんだんと近づいてきてわかる。影の正体は沖野と―――ご、ゴリラ? のきぐるみだった。
「うちの可愛い後輩になにしてんのよこの、クソゴリラァ!」
奈々枝は先手必勝といわんばかりゴリラへ飛び膝蹴りをぶちかます。
そして倒れたところをすかさず全身の体重をかけ、腕を固定し自由が効かないようにする。見事な逮捕術である。その凄さを女子力に回せたらどんなによいものか。
「あだだだだだ、い、痛い!」
「さあて、観念しなさい。動物園の檻の代わりに留置所の檻にぶちこんであげるわ」
「大上先輩やめてください! その人は何も悪くないんですってば!」
「は?」 「ワフ?(は?)」
まさかの展開に我輩たちは目が点になる。
「ああもう訳は話しますから、とりあえず腕を解いてあげてくださいってば!」
ここまで言われたら奈々枝は従うしかない。
腕を解かれたゴリラは立ち上がり頭のきぐるみを外した。中身はどこにでもいる普通の爺さんだった。
「誤解させて申し訳ありません。わたくしこういう者でして」
そう言ってパンダが差し出した名刺を見るとこう書いてあった。
間宮製菓社長:間宮銀次郎、と。
「……間宮製菓って、あのゴリラチョコ作ってる」
「はいその通りです。このきぐるみはイメージキャラクターのゴリラーマンでして」
「も、申し訳ありません! こちらの誤解で暴力行為を振るってしまい、なんと謝ればいいか」
間宮製菓は昔からある駄菓子メーカーの一つであり、ゴリラチョコは長寿人気シリーズである。
まさかの人物に奈々枝は態度を180度回転させる。
「ほんとですよ。声もかけずにいきなり暴力ですからね。うちの先輩がご迷惑をおかけしてすいません」
「…あんたねえ。誰のせいでこんな遅くに駆けつけてやったと思ってんのよ!」
「ひえええ~先輩ギブですギブ」
奈々枝は沖野の制服の胸ぐらをねじり上げた。
「まあまあ、私は気にしてませんので」
「そう言っていただけると助かります。ですが、こんな時間になぜきぐるみを?」
「そ、それには理由がありまして……」
「何か言いづらいことでも?」
怪しい気配を感じた奈々枝は目つきが鋭くなる。
「どう説明すればよいのでしょうか…とりあえず今から話すことは誰にも他言しない。そう約束してしてほしいんです」
「捜査上のプライバシーは守ります。当然のことです」
間宮社長は奈々枝の言葉を聞いて考え込む。
数秒。 決心したのかゆっくりと口を開きはじめた。
「…私は脅されているんです。孫を誘拐した犯人に。それが全ての原因です」
予想の遥か先を行く返答に我輩たちは凍りつく。
何気ない日常の最中にこうして事件はやってくる。
平和な武蔵野市を揺さぶる大事件が起きようとしていた。
食を疎かにしては豊かな生活は送れないだろう。
だからこそ、だからこそ! 我輩は目の前にあるカリカリフードへの不満を飼い主に伝えなければならない!
「ワンワン、ワン! (これで三日連続カリカリだぞ、これは人権を無視する行為だ!)」
「何よヨシオ、今日は偉いご不満そうね。手抜きしてるのがバレたか」
バレたか笑。ではない! 三日三食全てカリカリでは我輩の堪忍袋も限界である。
怒りを感じ取った 飼い主の大上奈々枝は両手でごめんなさいのポーズをとった。
「めんごめんご。明日、給料日だからさ美味しいもの買ってあげる。だから今日はこれで我慢して、お願い!」
「ウー、ワンワン! (本当だろうな、嘘だったら承知せぬぞ!)」
「はい、じゃあこの話はおしまい! それじゃ私は仕事に戻るから大人しくしてるのよ」
そう言って奈々枝は仕事机に座り作業を再開した。
これ以上は何を言っても無駄である。我輩はカリカリを仕方なく食べることにする。
中型犬である我輩の体格はなかなかに立派である。
おいしくないカリカリでもたくさん食べねば腹が減るのだ。
味気ないカリカリを食べながら我輩は思う。
飼い主の奈々枝って女子力ゼロじゃね、と。上下灰色のスウェットに寝起きのままの茶髪頭。おまけに美容液パックを昼からつけたままである。
台所は使わなすぎて新品同様。いつも使うのはレトルトのお湯を沸かす時だけだ。
こんな現状でよいのだろうか。いや、よくない。
せっかくすっぴんでも顔は整っているのに宝の持ち腐れとはこのことか。このままでは、奈々枝は嫁ぎ遅れになる可能性大である。
そんな飼い主の未来を勝手に心配していると携帯の着信音が鳴り響いた。
「はい、大上です。うん? 吉武どうかしたの?」
『せんぱ~い助けてください。交番に変な奴が来てるんすよ』
携帯から音漏れする情けない声は後輩の沖野吉武である。
気が弱く、問題ごとをいつも持ってくるトラブルメーカーだ。
その後もあーだこーだと問答は続く。
「あー、もうめんどい! 今から行くから待ってなさい!」
『え、本当すか! せんぱ~い助かりま―――』
途中でブチっと通話を切る奈々枝。容赦がない女である。
「って、わけだから行くわよヨシオ!」
「ワオン! (よかろう!)」
そう言って奈々枝は光の速さで着替え化粧をこさえていく。
そうしたらあら不思議。さっきまでの干物女がトビウオばりにぴちぴちな女性に大変身。派出所にある制服を着れば、立派な女性警官と誰もが思うだろう。
我輩も警察犬として出動である。
奈々枝と息ピッタリなタイミングで玄関を出てスクーターへ搭乗。カゴの中に我輩が入り込んで準備完了だ。
時刻は深夜零時を回るところ。事件が我輩を呼んでいた。
♢
武蔵野市の公園前にこじんまりと建っている交番。
武蔵野公園前派出所はどこにでもある普通の交番であり、特別なことは何もない。強いて言えば我輩が在籍するということぐらいである。
スクーターで交番に到着した時、周囲は静寂に包まれていた。
我輩たちは急ぎ足で交番へと行く。
「吉武いる!? …ひとっこひとりいないわね。どこいったのよあのバカ」
流石の奈々枝も心配そうである。すぐさま携帯に電話しても繋がらない。
そんな時こそ我輩の出番。名警察犬の鼻の力をみしてやろう。
沖野の匂いは普段嗅いでいるので覚えている。
なら、その匂いを辿っていけばよい。
「ワンワン、ワオン! (こっちだ、ついて来い!)」
「吉武の匂いを見つけたのね! 偉いわヨシオ!」
匂いは交番の前にある公園へと繋がっていた。
しかし気になることが一つ。沖野の匂いと一緒に甘ったるい香りが漂うのだ。
距離にして10分ほど。公園の中心部にある噴水広場に2人の黒い影があった。何をしているのかはっきりしないが2人は大声でつかみ合ってるように見えた。
だんだんと近づいてきてわかる。影の正体は沖野と―――ご、ゴリラ? のきぐるみだった。
「うちの可愛い後輩になにしてんのよこの、クソゴリラァ!」
奈々枝は先手必勝といわんばかりゴリラへ飛び膝蹴りをぶちかます。
そして倒れたところをすかさず全身の体重をかけ、腕を固定し自由が効かないようにする。見事な逮捕術である。その凄さを女子力に回せたらどんなによいものか。
「あだだだだだ、い、痛い!」
「さあて、観念しなさい。動物園の檻の代わりに留置所の檻にぶちこんであげるわ」
「大上先輩やめてください! その人は何も悪くないんですってば!」
「は?」 「ワフ?(は?)」
まさかの展開に我輩たちは目が点になる。
「ああもう訳は話しますから、とりあえず腕を解いてあげてくださいってば!」
ここまで言われたら奈々枝は従うしかない。
腕を解かれたゴリラは立ち上がり頭のきぐるみを外した。中身はどこにでもいる普通の爺さんだった。
「誤解させて申し訳ありません。わたくしこういう者でして」
そう言ってパンダが差し出した名刺を見るとこう書いてあった。
間宮製菓社長:間宮銀次郎、と。
「……間宮製菓って、あのゴリラチョコ作ってる」
「はいその通りです。このきぐるみはイメージキャラクターのゴリラーマンでして」
「も、申し訳ありません! こちらの誤解で暴力行為を振るってしまい、なんと謝ればいいか」
間宮製菓は昔からある駄菓子メーカーの一つであり、ゴリラチョコは長寿人気シリーズである。
まさかの人物に奈々枝は態度を180度回転させる。
「ほんとですよ。声もかけずにいきなり暴力ですからね。うちの先輩がご迷惑をおかけしてすいません」
「…あんたねえ。誰のせいでこんな遅くに駆けつけてやったと思ってんのよ!」
「ひえええ~先輩ギブですギブ」
奈々枝は沖野の制服の胸ぐらをねじり上げた。
「まあまあ、私は気にしてませんので」
「そう言っていただけると助かります。ですが、こんな時間になぜきぐるみを?」
「そ、それには理由がありまして……」
「何か言いづらいことでも?」
怪しい気配を感じた奈々枝は目つきが鋭くなる。
「どう説明すればよいのでしょうか…とりあえず今から話すことは誰にも他言しない。そう約束してしてほしいんです」
「捜査上のプライバシーは守ります。当然のことです」
間宮社長は奈々枝の言葉を聞いて考え込む。
数秒。 決心したのかゆっくりと口を開きはじめた。
「…私は脅されているんです。孫を誘拐した犯人に。それが全ての原因です」
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