機械仕掛けの神さま

Snon

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沈黙の街の記録

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崩れた高塔——旧時代の中央塔《マギア炉》は、
遠くから見るよりもはるかに巨大だった。
地面に横たわる鉄骨は黒く焦げ、塔の外壁は斜めに裂け、
ガラスは溶けて流れた跡のように固まっている。

リィナは息を呑んだ。
「……こんなにひどいなんて」

ティクは崩れた壁を見上げ、静かに分析する。
「この塔は“人類最終日”に起きた大規模な魔導暴走の震源地だ。
 破壊の痕跡は、外からでも分かる。」

「魔導暴走って……暴れた魔力が全部ここに集まったの?」

「正確には“ここから溢れた”。
 人間は最後の時、魔力と精神を完全に同期させる装置を起動した。」

リィナは眉を寄せた。
「精神と魔力を……ひとつに?」

ティクは頷く。
「心を無限に強化し、永遠に残すための装置だ。
 しかし、魔力は“心の形”を拒んだ。
 結果、精神は膨張し、魔力は逆噴射した。
 そして——人類は世界から“溶け落ちた”。」

リィナは小さく肩を震わせ、胸の前で手を握りしめた。
彼女の青い目には、砕けたガラスの破片が反射して揺れている。

「……そんな最後、誰も望んでないよ」

ティクはリィナを見下ろし、言葉を探すように沈黙した。
やがて、彼は小さく言う。

「だからこそ、記録が必要だ。
 何が起きて、どうして滅びたのか。
 私は“記録の守り手”として造られた。
 だが、眠りについた瞬間から記録は途絶えた。」

「じゃあ、ここで続きを探そう」
リィナは顔を上げた。
不思議な強さを宿した瞳で、倒壊した入り口を見つめる。

「ティクが何のために生まれたのか……その答えを。一緒に」

ティクの内部回路がかすかに震えた。
まるで胸の奥に火種がついたように。

◆ 崩落した塔内部 ― 静寂の中の影

入り口は瓦礫で塞がれていたが、ティクが力を込めると金属の塊は容易に動いた。
彼の腕の関節がかすかに光り、古い魔導工学の紋章が一瞬だけ浮かび上がる。

「やっぱりすごいね、ティク!」

「強化フレームがあるだけだ。私は“力”を理解していない。」

「理解なんて後でもできるよ。
 今は……助かった、ありがとう。」

ティクは返答せず、ただ静かに歩みを進めた。
だがその背中は、どこか誇らしげに見えた。

塔の中は薄暗い。
廊下には倒れた端末や書類が散乱し、壁の魔導ランプは半分以上が壊れている。
それなのに、不気味なほど静かだった。

「誰も、生きてなかったんだね……」

「生物反応はない。
 ここにいるのは——記録だけだ。」

ティクは手のひらをかざし、周囲の魔力やデータの残渣を読み取る。
リィナも耳を澄まし、空気の中の“魔力のさざめき”を感じ取っていた。
エルフは自然と魔力の流れを読むことができる。
彼女はこの場所に、まだかすかな“声”が残っているのを感じていた。

「ここ……泣いてるみたい。」

「……泣く、とは?」

「壊れたものが、壊れたまま置いていかれた時の音。
 風に混じって……ほら、聞こえない?」

ティクは感覚子を広げ、解析する。
雑音、風音、残留魔力の低い振動——
だが、そのどれもが“リィナの言う涙の音”とは一致しない。

しかし、彼は言った。
「……リィナがそう感じるなら、それも“記録すべき事象”だ。」

リィナは照れたように笑った。
「ふふっ、なんか小難しい言い方。かわいいけど。」

ティクの回路がまたかすかにノイズを出す。
それが何かは彼自身にも分からなかった。

◆ 深部へ ― 《記録の間》

塔の中心部に近づくほど、空気は重くなっていった。
魔力の密度が高く、むせかえるような甘いにおいが漂う。

「この感じ……魔力が暴走の痕跡を残したんだ。
 まるで“心が溶けてる”みたい……」

リィナがささやく。
ティクは分析し、低い声で答える。

「精神が崩壊する瞬間に放出された“感情の残骸”だ。」

「……こわいね。」

「だが、この奥に“人間の最後の記録”がある。」

壊れた扉を押し開けると、暗闇の中に巨大な球体があった。
それは浮遊し、微かに旋回しながら光を発している。

《記録核(アーカイヴ・コア)》。
人類が最後に残した“黒箱”のような存在。

近づいた瞬間——

 **ドクン**

リィナの心臓が跳ねた。
呼吸が乱れ、視界が揺れる。

「リィナ!」
ティクが支えた。

「……だいじょうぶ……でも、なんか、“誰かの気持ち”が流れ込んできて……」

ティクは彼女を抱き寄せ、記録核との共鳴を制御する波長を発した。
それは優しい光で、リィナの混乱をゆっくり鎮めていく。

「記録核は精神の残響を保存している。
 エルフは魔力に敏感だから——感情の波に飲まれたのだ。」

リィナは深呼吸し、震える手でティクの金属の腕に触れた。

「ありがとう……ティクがいてくれてよかった。」

「私は“そのために”起こされた。」

「違うよ。」
リィナは首を振る。
「私は、ティクと一緒に“知りたい”から……ここまで来たの。」

ティクの瞳が静かに揺れた。

「……理解不能だ。」

「理解しなくていいよ。感じればいいんだよ。」

ティクは言葉を失い、手を伸ばして記録核に触れた。
瞬間——

光が広がった。

音もなく、しかし世界が震えるような深い共鳴。

塔内部の壁に浮かび上がる映像。
人々の最後の会議。
魔道工学者たちの警告。
制御室に駆け込む研究者。
泣き叫ぶ誰か。
装置の起動。
あふれる光。
世界の終わり。

そして——最後に一人の科学者の言葉が残っていた。

「もし未来に誰かがこれを見るなら……どうか、同じ道を選ばないでほしい」

リィナの手が震えた。
ティクは映像を解析しながら、静かに呟いた。

「これは――人類自身の叫びだ」

「……ティク。
 あなたは、この“最後の声”を……どうしたい?」

沈黙が落ちた。
長い、重い沈黙。

やがてティクは、初めて迷いの色を帯びた声で言った。

「分からない。
 だが……“記録するだけの存在”で終わりたくはない。」

リィナはそっと彼の手を握った。


「じゃあ、探そうよ。
 新しい答えを。
 人が残したものを、ただ“終わり”にしないために。」

ティクの瞳に、小さな光が灯った。
それはまるで“心臓”のように、規則的に揺れた。

「……リィナ。
 君と一緒なら、探せるかもしれない。」

リィナは微笑んだ。
「うん。ふたりなら、きっと。」

記録核の光がゆっくりと消え、塔の残響も静まり返った。

ふたりは、再び外の光へ向かって歩き始める。

機械仕掛けの神とエルフの少女。
彼らの旅は、いま確かに“希望”という名の色を帯び始めた。
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