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第6話「市ヶ谷攻防戦 前編:不穏」
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[前回までのあらすじ]時は西暦2070年。伊美島での惨劇から2年後、僕「みお」と家族の「琴子」は念願の大学生活を送っていた。しかし増大する一方の「怪異」の被害に対し僕たちは憲兵隊の「予備役」として望まぬ戦いを強いられる。今は陸軍情報センターで怪異の襲撃に備えているだけの筈なのに、席にいるという理由で滅茶苦茶な仕事を押し付けられる。僕たちの夏休みはどっちだ。
悪夢の様な3日間だった。
僕と琴子は長年陸海軍がやらかしたずさんな仕事のつけを朝から深夜まで片付けさせられた。
結局システムの専門的な処理が必要な案件は10件以下で後は全部僕たちがいなくてもできるゴミ仕事だった。
その間僕と琴子はありとあらゆる組織に「馬鹿じゃないの」と「首を はねるぞ」の罵詈雑言を浴びせ続け、陸軍情報センター内の業務フローも、琴子の暴力で強制的に見直し、何とか僕が本来の仕事だけをできる環境が整った。
と、いうわけで4日目の今日は、ようやく定時後に機密データ室内でマリ○カートをプレイして遊ぶことができるようになった。
機密データ室の入口には「定時以降の不要な連絡は斬首」と大きい貼り紙を貼ってある。
ぎゅぎゅぎゅ~ん
室内に琴子のピー○姫のドリフトの音が響き渡る。
「うひょひょ、そんなバナナ攻撃食らいませんよ~」
「なんだ、この通路、全然ショートカットにならないぞ!」
僕と琴子は二人プレイでコンピューターとレースをしていた。大厄災前にはネット機能によりプレイの度に世界中のプレイヤーと対戦できたという。さぞかし面白かっただろう。
「あ~あ・・。もうこんな所に籠って4日目よ。早く怪異来てくれないかな~。
明日はもう隅田川花火大会よ?どうするの?」
琴子が前のクッ○に甲羅を投げつけながら言う。
「ここの情報センターの建物の屋上からギリギリ花火見えるみたいだから、センター長がビール飲みながらみんなで見ようってさ。本当はバーベキューでもやりたいけど本省が近いし・・」
「屋上で煙もくもく炊いてたら目立っちゃうしねえ~。でも焼き鳥は欲しいところよね~」
僕たちは泡の抜けたビールの様な会話をしながら、ただひたすらレースをしていた。
昨日までの三日間があまりに過酷だったせいか、何か弛緩した雰囲気が漂う。
その時電話が鳴った。
「もしもし、君島です。緊急以外の連絡は琴子が首を刎ねますよ?」
「プライベートだよ、プライベート!仕事落ち着いたでしょ?士官食堂でみんなでビールでも飲もうよ!」
センター長が調子のいい事を言ってくる。昨日琴子に首に刀を突きつけられて泣いていた人の言葉には聞こえない。
「しょうがないですねえ」
僕と琴子はプレイ中のコースをクリアしてから、Tシャツと短パンという私服姿で士官食堂へ向かった。
本当はこんな格好で士官食堂に入るのは言語道断だが、このセンターで我々に文句をつける人間は物理的に存在しない。
僕と琴子はスリッパ履きで(十分に規則違反だ)士官食堂に入る。
士官食堂の中はごった返していた。
既に30人以上の隊員がジョッキをあけている。
一般隊員でもおかまいなしだ。他の部隊では考えられないだろう。
「ホラ!みお君!琴子君!こっち、こっち!」
既に顔を赤くしたセンター長が僕たちを手招きしている。
この瞬間に怪異の襲撃があったら、このセンター長は間違いなく銃殺だな。
僕はそう思った。
「何なんですか、このドンチャン騒ぎは。何かいい事あったんですか?」
「いやあ~、二人のおかげだよ!このセンターの数日間の成果に対し、陸軍大臣と海軍大臣から正式に感状が出ることになったんだ!金一封だ!金一封!」
「ごっちそ~さまで~す!」
隊員のみんなが満面の笑みで唱和する。全員昨日琴子に詰められてシクシク泣いていたのに現金なものだ。
僕と琴子の目の前に素早く、なみなみと入った生ビールのジョッキが置かれる。
「え~、それでは皆さま~!我らが陸軍情報センターが誇る君島中尉のお二人のご活躍に感謝して~、カンパ~イ!」
「カンパ~イ!」
僕と琴子は一気にジョッキの中身を飲み干す。ビールを飲んだのは五日ぶりだ。
「ぷはー!」
「おお~!さすが中尉いい飲みっぷり~!」
瞬時にジョッキのお代わりがやってくる。
僕と琴子は立て続けにジョッキを3杯空けると、枝豆や唐揚げを貪った。
隊員の興味は僕たちの大学生活に集中する。
「W大ってセクトの巣じゃないですか、どうやってあんな所で素性を隠して学生をやってるんです?」
「ええ~?そういうのはごく一部ですよ~、大方は普通の学生ですって。格好見たらすぐわかっちゃいますよ~。だってそういう人たちみんなズボンの中にシャツをインしてるんですもん~。」
琴子は昨日まで殺意のこもった目で睨みつけていたのも忘れてすっかり上機嫌だった。
やっぱりマリ○カートで一息ついたからだろうか?
僕はセンター長に今後の事を尋ねる。
「そういえばセンター長、海軍のハードディスクっていつ届くんです?呉で騒ぎがあってからもうすぐ一週間ですよ?」
「それが秘匿の為なのか全く情報届かないんだよね~。でもみお君なら来たらすぐ解析できるでしょう~?」
「どんなプロテクトかかってるか全く分かんないですからね。海軍とのデータ共有なんて初めてじゃないですか?自衛隊の頃のデータみたいだからどうかわかりませんけど。」
「どっちみち君たちのゼミ合宿には間に合わせないとねえ。来週だっけ?神津島かあ。
羨ましいなあ~」
「最悪出航の30分前までには竹芝桟橋に着かないといけないんで。何せ船ですから。」
「いっそのこと海軍の飛行艇で送ってもらったら?アイツらそれくらいの恩はあるだろ~」
「そんなので着いたら島中の注目を浴びちゃいますよ~。まったくも~」
僕たちはそんな会話をしながらビールを喉に流し込んでいく。
とりあえず僕と琴子の楽しみは明日の隅田川花火大会だ。
最後にセンター長より明日も引き続き飲もう、という訳のわからない締めでその日は解散となった。
僕と琴子は機密データ室に戻り、シャワーを浴びて寝る。
ここ数日の激務の為か、思っていた以上に体が疲れていたらしい。
翌朝は朝9時ぐらいまで完全に眠っていた。
起きると琴子は既に軍服に着替えて、コーヒーを飲みながら端末をチェックしていた。
「あ、おはよう琴子、寝坊しちゃったみたいで悪いね」
「いいのよ、みお、疲れてたでしょう?着替えたらサンドイッチ用意してあるから食べてね。慌てなくていいわよ。」
「ありがとう、琴子。」
僕はのんびりハミガキをしながら今日の予定を考えていた。
システム関連の仕事は午前中で終わる仕事だし、午後の予定は夜の花火大会だけだ。
マリ○カートは昨日やったし、今日はスプラ○○ーンでもやるか・・・。
そう思った時だった。
端末横の電話が鳴った。琴子が出る。
「機密データ室、君島です。いや琴子の方。みおですか?少々お待ちを。」
琴子が受話器を持ってくる。
「みお、五十嵐少将よ。」
僕は琴子から受話器を受け取る。
「はい君島です。少将おはようございます。どうされました?」
「例の海軍の逸失データだ。現在の分析結果はどうなっている?経過を報告してほしい。」
僕は不思議に思った。
「失礼ですが少将。経過も何も・・・」
「もう3日も経っている。他の案件もあるが本件は最優先のはずだ」
僕は背中がぞわりとするのを感じた。
頭の中の血流が一気に変化するのが分かる。
「少将、結論から申し上げます。センター側は海軍からのハードディスクを受領していません。
輸送完了の報告はどこから受けていますか?」
電話の向こうで少将が血相を変えるのが分かった。
「何だと・・・!!クソッ!やられたっ!海軍の馬鹿どもめっ!アイツらの報告を信用するんじゃなかった!
中尉!そこは危険だ!今すぐ迎撃態勢を取れっ!すぐ対策本部を設置する。連絡を待て!」
「了解」
僕はその場で歯磨きを中止すると、直ちに軍服に着替える。
琴子も一瞬で状況を把握すると無線機でセンター内に指示を出す。
「君島中尉より各員へ。状況黄。警護要員は直ちに迎撃態勢に入れ。
海軍の重要貨物がロスト。他の要員は直ちに担当の関係各所より情報を収集し報告せよ。どうぞ。」
センター内は途端に騒然とした雰囲気になった。
ある者はその場で受話器を取り、他の者は担当の持ち場に全速力で駆ける。
僕は直ちに端末の前に座ると、無線機で話しながらセンターの防御システムを起動させた。
「こちら『姉妹』、エレベーター、ロックよし。屋上対空レーダー、起動よし、屋上CIWS(近接防空システム)、弾丸補給は?」
「こちら警護班、屋上に到着。CIWSに補給開始。」
「『姉妹』了解。補給終了次第、屋上にて対空警戒に入れ」「了解」
「こちらセンター長、本省との連絡通路より特殊作戦群出発の連絡あり。到着予定時刻0930、どうぞ」
「『姉妹』了解。到着後作戦群は機密データ室前に配置。地上ビルの入口は?」
「こちら警護班、屋上よりビル前に四谷警備サービスの警備員到着を確認。どうぞ」
よし、これで必要な警備体制は取った。次は情報収集だ。
センターの隊員がそれぞれの担当の状況を確認する。
ところが・・。その結果おかしな報告が上がってきた。
該当のハードディスクは「本日」横須賀基地から「予定通り」海軍のトラックでこのセンターに向かっているというのである。
僕は五十嵐少将の許可を得た上で、呉の海軍本部に直接電話をかけた。
「ええと、すみません。例のディスクですが、今日予定通りセンターに届くという事ですか?こちらは何も聞いていませんが・・・。」
「ディスクは衝撃に弱いので、駆逐艦で特別に輸送したのですが、荒天で荷揚げが遅れておりまして・・。今朝0900に横須賀基地をトラックで出発して、そちらへの到着は1100になりますね。」
「上層部は3日前に受領したという海軍からの報告を受けている様ですが?」
「いや、それは当初の予定ですので・・。陸軍さんと何か行き違いがあったかもしれません。すいません、とにかく解析したらご連絡願います。我々ではどうにもならなくて・・。それでは失礼いたします。」
海軍の担当者はそう言って電話を切ってしまった。
僕は混乱した。一体どういう事だ?
しかし各方面から上がってくる情報は、それが真実であることを物語っていた。
念のため私服の憲兵隊員が捜索したところ、実際に海軍のトラックが護衛付きで東名高速を走っているとの事だった。
「琴子。どう思う?」
「話がおかしすぎるわ。罠の可能性が高いと思う。」
「どっちみち海軍のトラックはあと30分でここに来る。
念のためエレベーターの故障という事で本省で皆がいる前で受領しよう。
中身を確認してから本省からの地下の連絡通路を使ってここに搬入するしかない。」
「そうね・・。本音を言うと追い返したいけど海軍がすんなり言う事を聞くとは思えないわね」
「ハードディスクは本物でも、内部にウイルスやトラップが仕掛けられている可能性がある。機密データ室のシステムで解析するのは危険だ。スタンドアローンでオフラインのPCを一台用意しよう。」
「機材の準備は任せるわ。私は本省に移動してハードディスクを受領してくるわ」
「琴子、海軍の人間が本物ではない可能性がある。手を見ろ。ロープを握ったタコのない手だったら斬れ。」
「わかったわ」
琴子は丙午千手院長吉を握りしめると機密データ室を出ていった。
僕は解析環境を用意しなくてはいけないい。
機密データ室内に予備のPCは何台もあったが、全て大厄災前の物でまずは動作確認が必要だった。
ノートPCは全てバッテリーが死んでるし、デスクトップ型も数台試して作動しない。
ようやく作動するPCを起動したときには、琴子が特殊作戦群の兵士と共に海軍のハードディスクを運んできた。
「琴子、海軍の様子は?」
「特に不審な点は無し。全員船乗りの手だったわ。ハードディスクについても問題なし。少なくとも中に何か紛れ込んでいるとか爆弾が設置されている事も無いわね。」
「よし、わかった。ここからは僕と琴子で解析作業を進めよう。機密データ室の中に運び込んでくれ。ここからは他の人間はシャットアウトだ。」
この機密データ室は生体認証の無い人間が入り込むとその場でドアが閉鎖され、中も外も催眠ガスが充満する仕組みになっている。
そして僕と琴子はハードディスクを予備のPCとケーブルで接続すると、解析作業を開始した。
それから何時間経っただろうか?僕と琴子は悪戦苦闘しながら解析作業を進めていった。
プロテクト自体は、最後は暗証番号を入力すればいい古典的な物だが、それが何桁なのかわからないのだ。
僕はやむをえず陸軍側の機密データから似たようなファイルを探し出して、そちらの暗証番号(こちらは幸い管理者用の暗証番号の一覧ファイルがあった)から桁数を推測した。
大厄災前なら陸軍と海軍は同じ防衛省なのでデータの形式は共通と踏んだのだ。
大文字と小文字のアルファベットの組み合わせで7桁。
これならパターンは1兆で最悪丸一日あれば何とかなる。
後はPCが回答を返すのを待つだけだ。
僕と琴子も緊張の糸がだんだん切れてきた。
PCが作業している間は僕たちは座ってコーヒーを飲んでいるだけだし、警護班の定時連絡も何も異常は無い。
上層部は海軍上層部と、納入日について言った、言わないの話を延々とやっているらしい。
地上ビルの入口に配置した警備会社の警備員は残業するなんて聞いてないから定時で帰ると言い出す始末だ。
(当然警備員は自分の警備しているビルの正体を知らない)
「あああ・・。もうじき花火始まっちゃう。つらい。」
僕は机に突っ伏して嘆く。
「みお、解析結果はまだ?入口の特殊作戦群もダレてきたわよ」
入口の方を見ると、最初は直立不動だった特殊作戦群の兵士も、雑談を交わしている有様だった。
その時だった。モニターの画面の表示が変わった。
ファイルを読み込んだ状態になったのだ。
「パスワードがヒットしたのか。ようやく終わった。」
「みお、そのパスワードちゃんと記録しておきなさいよ。それで中身は何?」
「何かの捜査資料の様だ。何だ、アカデミア・・・エテルナ?何のことだ?」
その時だった。端末横の電話が鳴った。センターの隊員からだった。
「中尉、先ほどから海軍が何度も電話してきまして・・。解析はいつ終わるのかの一点張りなんです。代わって頂けますか?」
「わかりました。転送してください。」
僕がそう言うと、すぐに向こうから不機嫌そうな男の声が聞こえてきた。
「呉の海軍本部です。陸軍さん、いつまで待たせるんですか?すぐに解析できると聞いて、こっちは技術者スタンバイさせてるんですよ。」
僕はムッとしながらも何とか冷静に返した。
「すぐに解析できるなんて我々は一言も言ってないですよ。桁数の情報も無いのにすぐに解析できる訳無いじゃないですか。」
「そうなんですか?聞いてる話と違いますなあ。陸軍さんはいつもこんな感じですねえ。」
僕はキレそうになるのを我慢して返答した。
「とにかく、パスワード解析まではできていますので、ファイルの中身を確認次第すぐに連絡いたします。よろしいですね?」
「パスワードの解析までできてる?だったら早く言ってくださいよ。それで?パスワードは何です?
今、メモ取るので言ってください。急いでるんですよ。海軍は時間に厳しいんです。陸軍さんとは違ってね。」
相手の無礼な物言いに手が震える。
大体そっちの不手際で僕と琴子が夏休み返上でこんな目にあってるんじゃないのか。
花火もどうしてくれる。
あれだけ琴子が楽しみにしてるのに地下300mじゃ何も見えやしない。
僕は一刻も早くこの不快な電話を終わらせたかった。
「・・一回しか言わないから良く聞いてください。大文字のW,小文字のn、小文字のc、大文字のX」
僕はそこまで言って喉が詰まるのを感じた。
その場でカップのコーヒーを飲み干す。
「X。次は?早くしてください。ほら、後3つ。何?」
「・・・・・何故パスワードの桁数を知っている?」
僕が低い声で呟くとその瞬間電話はブチンと切れた。
ツー、ツー、ツーという音が受話器から響く。
しまった・・・!
(続く
悪夢の様な3日間だった。
僕と琴子は長年陸海軍がやらかしたずさんな仕事のつけを朝から深夜まで片付けさせられた。
結局システムの専門的な処理が必要な案件は10件以下で後は全部僕たちがいなくてもできるゴミ仕事だった。
その間僕と琴子はありとあらゆる組織に「馬鹿じゃないの」と「首を はねるぞ」の罵詈雑言を浴びせ続け、陸軍情報センター内の業務フローも、琴子の暴力で強制的に見直し、何とか僕が本来の仕事だけをできる環境が整った。
と、いうわけで4日目の今日は、ようやく定時後に機密データ室内でマリ○カートをプレイして遊ぶことができるようになった。
機密データ室の入口には「定時以降の不要な連絡は斬首」と大きい貼り紙を貼ってある。
ぎゅぎゅぎゅ~ん
室内に琴子のピー○姫のドリフトの音が響き渡る。
「うひょひょ、そんなバナナ攻撃食らいませんよ~」
「なんだ、この通路、全然ショートカットにならないぞ!」
僕と琴子は二人プレイでコンピューターとレースをしていた。大厄災前にはネット機能によりプレイの度に世界中のプレイヤーと対戦できたという。さぞかし面白かっただろう。
「あ~あ・・。もうこんな所に籠って4日目よ。早く怪異来てくれないかな~。
明日はもう隅田川花火大会よ?どうするの?」
琴子が前のクッ○に甲羅を投げつけながら言う。
「ここの情報センターの建物の屋上からギリギリ花火見えるみたいだから、センター長がビール飲みながらみんなで見ようってさ。本当はバーベキューでもやりたいけど本省が近いし・・」
「屋上で煙もくもく炊いてたら目立っちゃうしねえ~。でも焼き鳥は欲しいところよね~」
僕たちは泡の抜けたビールの様な会話をしながら、ただひたすらレースをしていた。
昨日までの三日間があまりに過酷だったせいか、何か弛緩した雰囲気が漂う。
その時電話が鳴った。
「もしもし、君島です。緊急以外の連絡は琴子が首を刎ねますよ?」
「プライベートだよ、プライベート!仕事落ち着いたでしょ?士官食堂でみんなでビールでも飲もうよ!」
センター長が調子のいい事を言ってくる。昨日琴子に首に刀を突きつけられて泣いていた人の言葉には聞こえない。
「しょうがないですねえ」
僕と琴子はプレイ中のコースをクリアしてから、Tシャツと短パンという私服姿で士官食堂へ向かった。
本当はこんな格好で士官食堂に入るのは言語道断だが、このセンターで我々に文句をつける人間は物理的に存在しない。
僕と琴子はスリッパ履きで(十分に規則違反だ)士官食堂に入る。
士官食堂の中はごった返していた。
既に30人以上の隊員がジョッキをあけている。
一般隊員でもおかまいなしだ。他の部隊では考えられないだろう。
「ホラ!みお君!琴子君!こっち、こっち!」
既に顔を赤くしたセンター長が僕たちを手招きしている。
この瞬間に怪異の襲撃があったら、このセンター長は間違いなく銃殺だな。
僕はそう思った。
「何なんですか、このドンチャン騒ぎは。何かいい事あったんですか?」
「いやあ~、二人のおかげだよ!このセンターの数日間の成果に対し、陸軍大臣と海軍大臣から正式に感状が出ることになったんだ!金一封だ!金一封!」
「ごっちそ~さまで~す!」
隊員のみんなが満面の笑みで唱和する。全員昨日琴子に詰められてシクシク泣いていたのに現金なものだ。
僕と琴子の目の前に素早く、なみなみと入った生ビールのジョッキが置かれる。
「え~、それでは皆さま~!我らが陸軍情報センターが誇る君島中尉のお二人のご活躍に感謝して~、カンパ~イ!」
「カンパ~イ!」
僕と琴子は一気にジョッキの中身を飲み干す。ビールを飲んだのは五日ぶりだ。
「ぷはー!」
「おお~!さすが中尉いい飲みっぷり~!」
瞬時にジョッキのお代わりがやってくる。
僕と琴子は立て続けにジョッキを3杯空けると、枝豆や唐揚げを貪った。
隊員の興味は僕たちの大学生活に集中する。
「W大ってセクトの巣じゃないですか、どうやってあんな所で素性を隠して学生をやってるんです?」
「ええ~?そういうのはごく一部ですよ~、大方は普通の学生ですって。格好見たらすぐわかっちゃいますよ~。だってそういう人たちみんなズボンの中にシャツをインしてるんですもん~。」
琴子は昨日まで殺意のこもった目で睨みつけていたのも忘れてすっかり上機嫌だった。
やっぱりマリ○カートで一息ついたからだろうか?
僕はセンター長に今後の事を尋ねる。
「そういえばセンター長、海軍のハードディスクっていつ届くんです?呉で騒ぎがあってからもうすぐ一週間ですよ?」
「それが秘匿の為なのか全く情報届かないんだよね~。でもみお君なら来たらすぐ解析できるでしょう~?」
「どんなプロテクトかかってるか全く分かんないですからね。海軍とのデータ共有なんて初めてじゃないですか?自衛隊の頃のデータみたいだからどうかわかりませんけど。」
「どっちみち君たちのゼミ合宿には間に合わせないとねえ。来週だっけ?神津島かあ。
羨ましいなあ~」
「最悪出航の30分前までには竹芝桟橋に着かないといけないんで。何せ船ですから。」
「いっそのこと海軍の飛行艇で送ってもらったら?アイツらそれくらいの恩はあるだろ~」
「そんなので着いたら島中の注目を浴びちゃいますよ~。まったくも~」
僕たちはそんな会話をしながらビールを喉に流し込んでいく。
とりあえず僕と琴子の楽しみは明日の隅田川花火大会だ。
最後にセンター長より明日も引き続き飲もう、という訳のわからない締めでその日は解散となった。
僕と琴子は機密データ室に戻り、シャワーを浴びて寝る。
ここ数日の激務の為か、思っていた以上に体が疲れていたらしい。
翌朝は朝9時ぐらいまで完全に眠っていた。
起きると琴子は既に軍服に着替えて、コーヒーを飲みながら端末をチェックしていた。
「あ、おはよう琴子、寝坊しちゃったみたいで悪いね」
「いいのよ、みお、疲れてたでしょう?着替えたらサンドイッチ用意してあるから食べてね。慌てなくていいわよ。」
「ありがとう、琴子。」
僕はのんびりハミガキをしながら今日の予定を考えていた。
システム関連の仕事は午前中で終わる仕事だし、午後の予定は夜の花火大会だけだ。
マリ○カートは昨日やったし、今日はスプラ○○ーンでもやるか・・・。
そう思った時だった。
端末横の電話が鳴った。琴子が出る。
「機密データ室、君島です。いや琴子の方。みおですか?少々お待ちを。」
琴子が受話器を持ってくる。
「みお、五十嵐少将よ。」
僕は琴子から受話器を受け取る。
「はい君島です。少将おはようございます。どうされました?」
「例の海軍の逸失データだ。現在の分析結果はどうなっている?経過を報告してほしい。」
僕は不思議に思った。
「失礼ですが少将。経過も何も・・・」
「もう3日も経っている。他の案件もあるが本件は最優先のはずだ」
僕は背中がぞわりとするのを感じた。
頭の中の血流が一気に変化するのが分かる。
「少将、結論から申し上げます。センター側は海軍からのハードディスクを受領していません。
輸送完了の報告はどこから受けていますか?」
電話の向こうで少将が血相を変えるのが分かった。
「何だと・・・!!クソッ!やられたっ!海軍の馬鹿どもめっ!アイツらの報告を信用するんじゃなかった!
中尉!そこは危険だ!今すぐ迎撃態勢を取れっ!すぐ対策本部を設置する。連絡を待て!」
「了解」
僕はその場で歯磨きを中止すると、直ちに軍服に着替える。
琴子も一瞬で状況を把握すると無線機でセンター内に指示を出す。
「君島中尉より各員へ。状況黄。警護要員は直ちに迎撃態勢に入れ。
海軍の重要貨物がロスト。他の要員は直ちに担当の関係各所より情報を収集し報告せよ。どうぞ。」
センター内は途端に騒然とした雰囲気になった。
ある者はその場で受話器を取り、他の者は担当の持ち場に全速力で駆ける。
僕は直ちに端末の前に座ると、無線機で話しながらセンターの防御システムを起動させた。
「こちら『姉妹』、エレベーター、ロックよし。屋上対空レーダー、起動よし、屋上CIWS(近接防空システム)、弾丸補給は?」
「こちら警護班、屋上に到着。CIWSに補給開始。」
「『姉妹』了解。補給終了次第、屋上にて対空警戒に入れ」「了解」
「こちらセンター長、本省との連絡通路より特殊作戦群出発の連絡あり。到着予定時刻0930、どうぞ」
「『姉妹』了解。到着後作戦群は機密データ室前に配置。地上ビルの入口は?」
「こちら警護班、屋上よりビル前に四谷警備サービスの警備員到着を確認。どうぞ」
よし、これで必要な警備体制は取った。次は情報収集だ。
センターの隊員がそれぞれの担当の状況を確認する。
ところが・・。その結果おかしな報告が上がってきた。
該当のハードディスクは「本日」横須賀基地から「予定通り」海軍のトラックでこのセンターに向かっているというのである。
僕は五十嵐少将の許可を得た上で、呉の海軍本部に直接電話をかけた。
「ええと、すみません。例のディスクですが、今日予定通りセンターに届くという事ですか?こちらは何も聞いていませんが・・・。」
「ディスクは衝撃に弱いので、駆逐艦で特別に輸送したのですが、荒天で荷揚げが遅れておりまして・・。今朝0900に横須賀基地をトラックで出発して、そちらへの到着は1100になりますね。」
「上層部は3日前に受領したという海軍からの報告を受けている様ですが?」
「いや、それは当初の予定ですので・・。陸軍さんと何か行き違いがあったかもしれません。すいません、とにかく解析したらご連絡願います。我々ではどうにもならなくて・・。それでは失礼いたします。」
海軍の担当者はそう言って電話を切ってしまった。
僕は混乱した。一体どういう事だ?
しかし各方面から上がってくる情報は、それが真実であることを物語っていた。
念のため私服の憲兵隊員が捜索したところ、実際に海軍のトラックが護衛付きで東名高速を走っているとの事だった。
「琴子。どう思う?」
「話がおかしすぎるわ。罠の可能性が高いと思う。」
「どっちみち海軍のトラックはあと30分でここに来る。
念のためエレベーターの故障という事で本省で皆がいる前で受領しよう。
中身を確認してから本省からの地下の連絡通路を使ってここに搬入するしかない。」
「そうね・・。本音を言うと追い返したいけど海軍がすんなり言う事を聞くとは思えないわね」
「ハードディスクは本物でも、内部にウイルスやトラップが仕掛けられている可能性がある。機密データ室のシステムで解析するのは危険だ。スタンドアローンでオフラインのPCを一台用意しよう。」
「機材の準備は任せるわ。私は本省に移動してハードディスクを受領してくるわ」
「琴子、海軍の人間が本物ではない可能性がある。手を見ろ。ロープを握ったタコのない手だったら斬れ。」
「わかったわ」
琴子は丙午千手院長吉を握りしめると機密データ室を出ていった。
僕は解析環境を用意しなくてはいけないい。
機密データ室内に予備のPCは何台もあったが、全て大厄災前の物でまずは動作確認が必要だった。
ノートPCは全てバッテリーが死んでるし、デスクトップ型も数台試して作動しない。
ようやく作動するPCを起動したときには、琴子が特殊作戦群の兵士と共に海軍のハードディスクを運んできた。
「琴子、海軍の様子は?」
「特に不審な点は無し。全員船乗りの手だったわ。ハードディスクについても問題なし。少なくとも中に何か紛れ込んでいるとか爆弾が設置されている事も無いわね。」
「よし、わかった。ここからは僕と琴子で解析作業を進めよう。機密データ室の中に運び込んでくれ。ここからは他の人間はシャットアウトだ。」
この機密データ室は生体認証の無い人間が入り込むとその場でドアが閉鎖され、中も外も催眠ガスが充満する仕組みになっている。
そして僕と琴子はハードディスクを予備のPCとケーブルで接続すると、解析作業を開始した。
それから何時間経っただろうか?僕と琴子は悪戦苦闘しながら解析作業を進めていった。
プロテクト自体は、最後は暗証番号を入力すればいい古典的な物だが、それが何桁なのかわからないのだ。
僕はやむをえず陸軍側の機密データから似たようなファイルを探し出して、そちらの暗証番号(こちらは幸い管理者用の暗証番号の一覧ファイルがあった)から桁数を推測した。
大厄災前なら陸軍と海軍は同じ防衛省なのでデータの形式は共通と踏んだのだ。
大文字と小文字のアルファベットの組み合わせで7桁。
これならパターンは1兆で最悪丸一日あれば何とかなる。
後はPCが回答を返すのを待つだけだ。
僕と琴子も緊張の糸がだんだん切れてきた。
PCが作業している間は僕たちは座ってコーヒーを飲んでいるだけだし、警護班の定時連絡も何も異常は無い。
上層部は海軍上層部と、納入日について言った、言わないの話を延々とやっているらしい。
地上ビルの入口に配置した警備会社の警備員は残業するなんて聞いてないから定時で帰ると言い出す始末だ。
(当然警備員は自分の警備しているビルの正体を知らない)
「あああ・・。もうじき花火始まっちゃう。つらい。」
僕は机に突っ伏して嘆く。
「みお、解析結果はまだ?入口の特殊作戦群もダレてきたわよ」
入口の方を見ると、最初は直立不動だった特殊作戦群の兵士も、雑談を交わしている有様だった。
その時だった。モニターの画面の表示が変わった。
ファイルを読み込んだ状態になったのだ。
「パスワードがヒットしたのか。ようやく終わった。」
「みお、そのパスワードちゃんと記録しておきなさいよ。それで中身は何?」
「何かの捜査資料の様だ。何だ、アカデミア・・・エテルナ?何のことだ?」
その時だった。端末横の電話が鳴った。センターの隊員からだった。
「中尉、先ほどから海軍が何度も電話してきまして・・。解析はいつ終わるのかの一点張りなんです。代わって頂けますか?」
「わかりました。転送してください。」
僕がそう言うと、すぐに向こうから不機嫌そうな男の声が聞こえてきた。
「呉の海軍本部です。陸軍さん、いつまで待たせるんですか?すぐに解析できると聞いて、こっちは技術者スタンバイさせてるんですよ。」
僕はムッとしながらも何とか冷静に返した。
「すぐに解析できるなんて我々は一言も言ってないですよ。桁数の情報も無いのにすぐに解析できる訳無いじゃないですか。」
「そうなんですか?聞いてる話と違いますなあ。陸軍さんはいつもこんな感じですねえ。」
僕はキレそうになるのを我慢して返答した。
「とにかく、パスワード解析まではできていますので、ファイルの中身を確認次第すぐに連絡いたします。よろしいですね?」
「パスワードの解析までできてる?だったら早く言ってくださいよ。それで?パスワードは何です?
今、メモ取るので言ってください。急いでるんですよ。海軍は時間に厳しいんです。陸軍さんとは違ってね。」
相手の無礼な物言いに手が震える。
大体そっちの不手際で僕と琴子が夏休み返上でこんな目にあってるんじゃないのか。
花火もどうしてくれる。
あれだけ琴子が楽しみにしてるのに地下300mじゃ何も見えやしない。
僕は一刻も早くこの不快な電話を終わらせたかった。
「・・一回しか言わないから良く聞いてください。大文字のW,小文字のn、小文字のc、大文字のX」
僕はそこまで言って喉が詰まるのを感じた。
その場でカップのコーヒーを飲み干す。
「X。次は?早くしてください。ほら、後3つ。何?」
「・・・・・何故パスワードの桁数を知っている?」
僕が低い声で呟くとその瞬間電話はブチンと切れた。
ツー、ツー、ツーという音が受話器から響く。
しまった・・・!
(続く
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