百合夫婦のドキドキ憲兵日記

ぬるかん1010

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第15話「作戦失敗」

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(前回のあらすじ)
僕「みお」と琴子は、陸軍省地下での怪異発生を受け、人間を容易に怪異に変異させる薬物の回収の為。セクトのアジト制圧作戦に従事することになった。
陽気な飯島准尉は事件を受け、死んだ同じ大学の新田の棺の前で「修羅」になることを宣言し、僕たちの前から姿を消した。
そして制圧作戦が始まる。

「ただ今、東京都23区全域に光化学スモッグ警報が・・発令されています。
都民の皆さまは健康に留意して生産活動に従事して頂き・・」
 耳障りなスピーカーが響き渡る。
暑くて、うるさくて、息苦しい、東京の外れの方の町、大厄災後に出現した無数のスラム街の一角で僕はモニターをじっとみつめていた。

 暑苦しい。
着ている軍服の袖は汗でぐっしょりと湿り、我慢しがたい不快感を出していた。
しかし僕はモニターから目を離すわけにはいかない。

 モニターの中では僕が放った小型ドローンが中継する映像が映し出されていた。
下品な週刊誌をうちわがわりに仰ぐ男、やる気のなさそうに銃を持って形だけの歩哨を務める者、指示を無視してタバコをふかしながら花札に興じる者・・。

そこに怪異の姿は見えない。

「琴子、こちらみお。どうだ、内部に侵入できそうか?」
僕は、僕の唯一の「家族」であり最も信頼できる「戦力」である琴子に無線機で尋ねる。
「こちら、琴子。普通に正面からノックしても入れそうよ。でもダメ。今、突入しても無意味よ。せいぜい拳銃の不法所持ぐらいしか起訴できない。」

 僕は嘆息した。
ここ数日ずっとこんな感じだった。

 あの日、陸軍憲兵隊総力を挙げて、僕が手に入れたリストにあるセクトのアジトを制圧し、
人間を容易に怪異にする危険な薬物を回収する作戦は、早くも暗礁に乗り上げていた。

 リストにあるアジトを制圧しても何も出てこない。
確かにリストの住所にはセクトのアジトはあるが、中に重火器は無く、小火器や火炎瓶が出てきたらいいほう。
中でビラを印刷しているだけ、というケースもあった。

 もちろん怪異もいなければ、怪異への変異を促す薬物も出てこない。
リストに乗っているメンバーもおらず、中に居るのは末端の活動家や学生(中には中学生もいた)。取り調べしても大したものは何も出てこない。

 僕たちは消耗していた。
僕の背後には無線機にかじりついているむさ苦しい数人の通信兵、そして別の場所には完全武装の憲兵と装甲車が待機している。
しかし今日も「活躍」の場面は無さそうだ。
連日の休息無しの出動でまず体力よりも精神力が削られていく。

「君島中尉、本部より進捗を再度報告せよ、との事です。」
「・・・同じだ。内部の状況を確認中。部隊の待機を継続する。以上。」

 通信兵は僕と違って溜息は漏らさず、ただ任務を続行する。
しかしいつまでもこのままではいられない。
焦りの気持ちは彼らの背中を通じて十二分に伝わっていた。
時間ばかりが空しく浪費されていく。

その時だった。
「こちら琴子、監視地域に侵入者あり。男性一名、アジトに向かっていく。」

 無線機から上がる琴子の報告に、僕は素早く端末を操作して、ドローンの内の一つを上空にあげた。
確かにセクトのアジトがある建物に向かって、ハンチングを被った男が近づいていく。
彼は明らかに手に何か袋を持っていた。

「琴子、ソイツから何かしら怪異の気配を感じるか?」
「全く感じない。明白にただの人間よ。監視を継続する。」

 ハンチングの男はアジトの裏口に回ると、ドアをノックして中に入った。
僕は内部に潜入させているドローンにその光景を中継させる。
 ハンチングの男は、やる気の無い歩哨の男と親しげに会話すると、手に持っていた袋を渡した。
袋の中は缶ビールの山であった。

 歩哨の男は嬉しそうにビールを受け取ると、奥に去っていった。
他の仲間と山分けにするのだろう。
ハンチングの男は片手を上げると笑いながら去っていった。

「・・・いい気なモンだ。これから酒盛りか?」
中年の通信兵・・「井田」が呆れたように呟く。
今いるここの通信兵の中でも最古参だ。

「琴子、今、アジトから出てきたハンチングの男は追跡できるか?」
「もうしている。動きが変よ。」

 室内に緊張が走る。僕は素早くドローンの映像でハンチングの男を確認する。
彼は手に握っている何かに向かって呟いている。
僕は男の手元の映像を拡大する。そこにあるのは・・無線機?

 その瞬間だった。
アジトの男が缶ビールの蓋を開けた瞬間、「ボンッ」という音と共に煙が広がり、
モニターの表示が見えなくなった。
モニターからアジトの男たちの悲鳴と、咳き込む音が聞こえてくる。

 さらに無線機から、
「こちら琴子、アジトに向かって高速で多数の装甲車が接近中!」という声が聞こえてきた。
まさか!?部隊の突入命令は下していない。

 僕はハンチングの男の映像を確認した。
男は接近する装甲車に対し、ハンドサインを送る。
装甲車はそのまま文字通りアジトに突進していった。

 オンボロの建物の中に装甲車が突っ込み、滅茶滅茶に破壊していく。
建屋内のドローンの映像からは、突っ込んだきた装甲車が、正面から兵装の機関銃を、真っすぐ「水平」に発射する映像が映っていた。
どうみても実弾を発射している。
くそっ、せっかくの『証拠』なのに、一体どこの部隊だ!?

周辺一帯に響き渡る銃声に、待機している憲兵隊の装甲車部隊からも次々と無線が飛ぶ。
「こちら突入部隊!今の銃声は何だ!?応答せよ!」
「我々も突入するのか?指示を乞う!」

僕は装甲車の映像を拡大する。そこには・・・
「琴子!直ちにそこから離脱しろ!」
僕は無線機に叫んだ。

「首都警だ!」

「・・何い?首都警!?」
井田が驚いた様子で僕の端末を見つめる

 そこには間違いなく都民にとっての恐怖の象徴、狼と蛇が日の丸を中心として相対するマーク。「首都警」の独特のマークが映っていた。

本部から矢の様な無線が飛んできていた。
「こちら本部、アジトに突入した部隊は本当に首都警なのか!?確認せよ!」
「周辺に待機していた装甲車部隊は何も気付かなかったのか!?報告せよ!」

「お嬢ちゃん、市ヶ谷のお偉いさんがうるさいぞ。どうする?」
井田が低い声で聞いてくる。
井田は階級は伍長だが、僕の事も、琴子の事も、後、飯田准尉の事も「お嬢ちゃん」としか言わない。

 突入したのは首都警で間違いない。
この装甲車も「我々憲兵隊が到着する前から潜伏していた」のは確実だ。
だから誰もこの装甲車に気が付かなかった。
完全にやられた。
琴子を内部に突入させなかったのは正解だった。

本部からは「現場の首都警に対し、容疑者と証拠品の引き渡しを要求せよ」と無茶苦茶な指示が飛んでくる。


僕がどう回答したらいいか考えあぐねていた所、琴子が窓から猫のように入ってきた。

「みお、本部に不可能と回答してあげて。どっちも「もう存在しない」とね」

 僕は慌てて建屋内のドローンの映像を見る。
そこには拘束したアジトのメンバーを縛り上げてから、その場で一斉に射殺する首都警の隊員と、火炎放射器による放火が映っていた。

「ひでえ・・・。」
モニターを見ていた井田の表情が歪む。

 僕はドローンの回収作業を直ちに開始した。
首都警に破壊される訳にいかない。

「君島中尉より、各員へ。直ちに現場を撤収せよ、繰り返す。直ちに撤収せよ」

 琴子が無線機に向かって命令を下す。
今日も任務失敗の報告を五十嵐少将にしなくてはならない。
僕は憂鬱だった。

「・・・以上が本日の作戦の遂行状況です。最悪な結果に終わり申し訳ありません。」
その夜、僕と琴子は五十嵐少将の執務室で頭を下げていた。

 五十嵐少将がこめかみを押さえながら言う、
「君島中尉。君たちの責任ではない。元々怪異が確認されてからが君たちの任務だ。
しかしまさか首都警に先を越されるとは・・・。
ただ君たちが現場で首都警と接触しなかったのは正しい判断だった。
首都警に我々の情報源を探られる危険を冒す訳にはいかない。
私より幹部にもぞの旨、伝えておく。」

「今回、幹部及び現場よりも、本来捜査権を持たない首都警(※首都警は首都圏の対セクト鎮圧が任務であり、国家公安委員会の要請無しに動いてはいけない筈であるが、現状完全にそのタテマエは無視されている。)の越権行為と、法的に違法な殺害、破壊行動に抗議するよう意見があがってきています。抗議してもムダで、却って別の危険が発生することを皆知っている筈なのですが・・。」

「それが本来の公僕だからな。仕方がない。」

「また、セクト側も我々の襲撃を予想していた可能性があります。アジトに薬物や重火器が無く、人員もリストの戦闘員がおらず末端のみ。かつアジト自体は撤収されていない。
ここ数日の他のアジトと同様の傾向です。」

「作戦は一旦方針を変更する必要があるな。現場の人員も疲弊している。君たちもだ。
今夜は一旦、陸軍情報センターの機密データ室に戻ってくれ。ご苦労だった。」

「少将。方針変更に当たり飯島准尉からの報告は?」
「彼女からはまだ連絡が無い。あり次第連絡する。以上だ。」
「了解しました。」
僕と琴子は敬礼をして執務室を出ると、エレベーターの地下へのボタンを押した。

 僕と琴子は思い足取りで、本省から陸軍情報センターへの地下連絡通路を移動すると、機密データ室に入り、軍服を脱いで琴子と仮眠室のシャワーに入った。

 ここ数日の疲れがどっと押し寄せてくる。
もう何日もまともに寝ていない。
僕はまたいつもの様に琴子に抱きつきながら寝てしまう。

 僕は琴子に身体を洗ってもらい、拭いてもらい、歯を磨いてもらい、ベッドに入れてもらう。
食事も食べる元気がない。

 しかしそれでも僕たちは他の隊員と比べあまりにも恵まれている。
皆、僕たちと違い専用のスペースは存在しないのだ。
そして僕には琴子がいる。
こんな幸せは無い。
僕は琴子の体温を感じながら深い眠りについた。
(続く)
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