百合夫婦のドキドキ憲兵日記

ぬるかん1010

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第14話「陸軍某重大事件」

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(前回のあらすじ)僕「みお」と琴子は箱根の強羅でフリルまみれの優雅な悦楽の生活を送っていた。飯島准尉への定時連絡に出た僕は、偶然池袋で会ったニワトリ頭と再会し、彼から「セクト」のリストを購入した。翌日リストを受け取った飯島准尉から電話で怒声と本省への呼び出しを受ける。普段の陽気な彼女から想像もできない剣幕に、僕たちは不安を感じながら本省へ戻る。
[chapter:緊急会議]
陸軍情報センターからの地下300mのエレベーターは、相変わらず凄まじい速さで本省の8階に到着した。
僕と琴子がエレベーターを降りると、驚いたことに軍服を着た多くの人間がいた。
こんな人数が何でいるんだ?
まさかこれから全員で会議でもするのか?

そのまさかだった。
五十嵐少将が僕たちに気付いて手招きをする。

「君たち早かったな。これから緊急の幹部会議だ。君島中尉、まず君たちからリストの入手経緯と先日の池袋の怪異発生について簡単に報告してくれ。それから特殊作戦群の本部長より概略の報告がある」

「ちょっと待って下さい。特殊作戦群?このリストとどう関係が?」

「まず時系列を追って話そう。昨日以前から飯島准尉が内偵していたセクトのアジトで動きがあった。大型のコンテナが搬送されてな。武器の不法所持の容疑で特殊作戦群が早速踏み込む事になった。」

「通常の対応ですね。それで?」

「作戦は2300開始、作戦群は速やかに制圧を開始し、2315作戦完了、セクトのメンバー42名を逮捕した。死者、射殺0。コンテナの中は重火器が満載で十分起訴できる内容だ。
ここまでは良かった。」

「鮮やかな進行だと判断します。その後は?」

「容疑者全員は0200本省の地下エリアの取調室に移送、直ちに取り調べが開始された。
 ところが0230取調室で非常ボタンが押され、本省の警務隊が駆け付けた。
そこで警務隊が見たものが…。おっと、会議が始まるようだ。二人とも、発表の位置についてくれ」

五十嵐少将はそう言うと自分の席についた。やむをえず僕たちも位置についてマイクのチェックをする。

会議が始まった。

まず僕から強羅でのリストの入手と、入手の経緯であるクラブEDENの不審者の死亡について簡単に説明した。

次に琴子から池袋での怪異発生と鎮圧、発生原因である怪異の血液が混入された薬物の検知と回収について説明する。

怪異の血液が混入された薬物のサンプルは池袋内の4箇所のクラブで検知され、いずれもフード姿の同一人物が配布。

唯一クラブ「EDEN」でのみ客への販売が行われ、結局40名近い人間が怪異に変異し、直ちに琴子に全員斬首された。
残り3箇所からも計数百錠が押収され事件は終了した。

僕たちはそこまで話して席に戻った。会議室内にどよめきが広がる。

しかし腑に落ちない。
なぜ今報告した内容がセクトと結びつくのだろう?
そういえばこの会議の席に飯島准尉がいないことに気が付いた。

彼女はどこに行ったんだろう?

次に特殊作戦群の指揮官である本部長がマイクを持って昨夜の制圧作戦と本省の搬送までの経緯を説明した。
ここまでは僕たちが把握している内容である。

しかしその次の説明だった。

「今回制圧作戦を実施したアジトは君島中尉のリストの⑧になる。
制圧した構成員もリストの名簿と一致を確認している。」

僕は慌てて手元のリストのコピーをめくった。確かに⑧の所に大きなバツ印が入っている。

「そしてこのアジトの制圧で問題が発生した。まずは映像をご覧いただきたい」

室内が暗くなり、映写機のカラカラという音が響き始めた。
前方の暗幕に映像が映し出される。

特殊作戦群の鮮やかな制圧が映し出される。
セクトのメンバーは突然のスタングレネードの爆発に対応できていなかった。
手に入れた重火器を手に持つこともできず、次々と後ろ手に手錠を嵌められ、頭に袋を被せられ制圧されていく。

その時だった。
隊員に銃床で殴られ、地面に押さえつけられたセクトのメンバーが
「×××主義万歳!」
と何か叫んで錠剤を口に入れて噛み砕いたのだ。

「あれは…?!」琴子が小さく呟く。

僕はその錠剤に見覚えがあった。

周囲の隊員が「吐き出せ!」とセクトのメンバーの口をこじ開けようとするが、彼は必死に抵抗し飲み込もうとする。

そしてゴクンと飲み込んだ彼は隊員に向かって勝ち誇ったような表情を見せた。
恐らく自決が成功したと思ったのだろう。

しかし、彼の呼吸は止まらず、代わりに彼はトロンとした目に変わった。
それはそうだ。中身は毒薬じゃなく薬物なのだから。

彼はそのまま袋を被せられ連行される。

「ここまでが2315までの映像だ。この被疑者の顔を良く覚えて頂きたい。
次は0225、本省での取り調べの映像となる。」

映像が切り替わる。取調室の映像だ。

後ろ手錠のまま椅子に座らされたセクトのメンバーが、一人ずつ頭に被せられた袋を剥がされる。
不貞腐れた様子を浮かべる者、「暴力には屈しないぞ~」と勇ましく叫ぶ者、下手な革命歌を歌い続ける者、三者三様だった。

その時、僕はふとあることに気が付いた。
男が歌う革命歌と声に聞き覚えがあったのだ。
あれは…W大のキャンパスの中ではなかったか?

そして四人目だった。

袋を剥がした瞬間、取り調べの隊員が「ぐわあっ」と叫んで首を押さえたのだ。

押さえている手の間から出血が確認できる。
男が隊員の首に嚙みついたのだ。

「いいぞ××君!」
隣の「暴力に屈しない」男が嬉しそうに叫ぶ。

しかし次の瞬間、その「暴力に屈しない」男は、顔面を無残に噛みちぎられ、絶叫と共に絶命した。

男は完全に「怪異」になっていた。

顔つきも目つきも先ほどの映像で見た錠剤を飲み込んだ男と変わらない。
しかし口元だけが異常に発達し、長い針のように変異した歯が口から飛び出ている。

取調室は阿鼻叫喚の騒ぎになった。
もう一人の隊員が慌てて非常ボタンを押し、室内に警報が鳴り響く。

しかし即座に後ろから怪異に胸部を貫かれ殉職した。

そして次に怪異は、袋を被せられたままの他のセクトのメンバーに次々と襲い掛かった。
殺戮が始まる。

袋が外れた何人かが、必死に取調室の出口に向うが、当然ながら施錠されている。
室内に絶叫が響き渡る。

あっという間に室内の10人ほどが全員死亡した。

問題はその次だ。

袋を被ったまま殺害された、セクトのメンバーが次々と立ち上がり、走り回り始めた。
そして袋を被っていないメンバーや、殉職した隊員までも起き上がり、走り回り始めた。
皆、表情はそのままなのに口元だけ異常に変化している。

怪異になったのだ。

僕は驚いた。
死亡してから怪異に変異するまでの時間があまりにも短すぎる。
最初に首を噛まれた隊員も怪異に変異するまで3分かかっていない。

しかも胸を貫かれて殉職した隊員まで怪異に変異している。
通常人間の時に肉体をある程度破壊されると怪異にはならないが、これは異常だ。

さらに、怪異の形状だ。
口元以外、通常の人間と変わらないのだ。
つまり運動時の動作が人間と変わらないのである。

これは池袋の事件とも明白に異なる。

会議室の中は騒然とした雰囲気になった。

そして事態は最悪の方向に進行する。
非常ボタンで駆け付けた警務隊が、ドアの施錠を解除して中に雪崩れ込んできたのだ。
彼らは皆、被疑者が暴れたと思い込んで警棒だけを持っていた。

次々に絶叫と共に殉職者が発生する。
しかも隣の取調室から隊員が、様子を見に廊下に出てきてしまった。
あっという間に隣の取調室も殺戮が始まり阿鼻叫喚の騒ぎになる。

地下エリアはパニックになった。
エリア中の隊員が出口を求めて右往左往する。

その時だった。「全員ドアを施錠してそこから出るな!死ぬぞ!」

地下エリア内に女性の怒鳴り声が響き渡る。
飯島准尉の声だった。
廊下で右往左往していた他の隊員が、次々と手近な部屋に入り、ドアを施錠する。

しかし一人の隊員が開けようとしたドアが開かない。
そこには「漏電につき閉鎖中」の文字が書いてあった。
隊員に怪異が迫る。

次の瞬間だった。怪異は頭を銃弾で貫かれ絶命した。

廊下の奥から一人の隊員が片手で拳銃を発射しながら突っ込んでくる。
ショートボブの髪型に優等生らしい野暮ったい眼鏡。筋肉質の体。

飯島准尉だった。

飯島准尉は逃げ遅れた隊員を、他の部屋に放り込むと、その場で無線機で指示を飛ばし始めた。
彼女は無線機で指示をしながら、接近してくる怪異だけを片手で一匹ずつ銃撃する。
その場からあえて前進しない。明らかに時間稼ぎの戦術である。

しかしその時だった。
廊下の向こうから一気に十匹以上の怪異が現れ、こちらに向かってきた。

さっきの取調室の元隊員も混じっている。
みんな口元だけ異常で目つきは普通なのが異常さを際立たせる。

飯島准尉は何と銃をホルスターにしまった。
そして懐から何か取り出して拳にはめる。
スタングローブだった。

次の瞬間、飯島准尉は拳をボクシングの形に構えると、怪異の群れに正面から突進した。

まず先頭の怪異の顎に正確にヒットさせ態勢を崩させる。
後ろの怪異が押し重なるように態勢を崩すと、今度は振り向きざまに、反対にいた怪異の顔面に思いっきりストレートパンチを叩き込んだ。

「うらああっ!」

バチィンッとスタングローブが放つ凄まじい音と共に、怪異の後頭部が壁に叩きつけられ、真っ黒な血しぶきが飛び散る。

会議室の中におおっとどよめきが響き渡る。
琴子もビックリした表情だ。
冗談抜きに格闘性能は琴子レベルではないだろうか?

映写機の中での飯島准尉の激闘は続く。

彼女は次に両腕で掴みかかろうとしてくる怪異の動きを鮮やかなスウェーで躱すと、今度は相手のボディーに拳を叩きつけてそのまま押し倒した。
狭い廊下の中で怪異の群れの態勢が大きく崩れる。

彼女はそれを見届けると、何と壁を蹴って飛び上がり、怪異の群れを通り越した。
そのまま全速力で廊下の向こうにダッシュする。

「総員発砲準備いいいッ!」

無線機で怒鳴りながら彼女は走る。

後から十匹以上の怪異が無表情でダッシュしてくる。
人間と同じ走り方なのが最悪だ。

そして彼女は廊下を抜け、出口のドアから勢いよく飛び出した。
そのまま走り続け…彼女は装甲車の陰に身を躍らせ絶叫した。

「発砲おおおおっつ!」

その瞬間、出口のドアから飛び出した怪異の群れに装甲車の30ミリ機関砲が轟音を立てて
斉射された。一瞬で原型を留めず吹き飛ぶ怪異の群れ。

「発砲やめー、発砲やめー」

彼女の攻撃中止命令で映像は終わった。

何人かが拍手をしそうになり慌てて止める。
殉職者が出ているのだ。

会議室に灯りがともる。

「以上が本省の地下エリアの制圧までの動きだ。本事案からの現時点での事実は3つ。
①この君島中尉のリストは信頼のおけるものである、 
②リストの各アジトで今回と同様の薬物が存在する可能性がある、
③この薬物による怪異は拡散力が極めて強く、市中で使用された場合甚大な被害が発生する。
以上である。よって我が憲兵隊は被害拡大の前に、全力でこのリストのアジトを制圧し、当該の薬物を回収する必要があることを意見具申するものである。」
特殊作戦群の本部長はそう言って席に戻っていった。

続けて五十嵐少将がマイクを握る。

「本部長、貴重な意見ありがとう、この場で結論を出す。
只今より憲兵隊は総力を挙げてこのリストのアジトを制圧する。
東部管区だけでなく各管区からも部隊を出す。
部隊長はここに残り制圧する拠点の割り振りを決める。
残りは作戦立案の為、作戦室に移動だ。
君島中尉は各部隊の制圧先で怪異発生を確認次第、現場に急行し対処せよ。
当面みんな家に帰れないぞ、家族に電話だけ入れろ。以上。解散!」

会議室内は騒然となった。
あらゆる電話に人が飛びつき連絡が始まる。

賽は投げられた。
この国最大の暴力装置は動き始めた。

もう誰にも止められない。
僕と琴子も動かなくてはならない。

だがその前に一つだけ。
どうしても必要なことがあった。
僕と琴子は地下エリアへのエレベーターのボタンを押した。

地下エリアのフロアについた途端、死臭と硝煙の臭いが鼻をついた。
それは戦場の臭いだった。
既に鑑識隊の現場検証が始まっている。

「失礼、飯島准尉はどちらに?」
「…霊安室です」

僕たちは鑑識に礼を言ってそこを離れた。
さらにエレベーターで地下に降り、ある階で降りる。

そこは線香の匂いが立ち込めるフロアであった。

奥の部屋に花が飾られている。
床に置かれている何十もの棺。
犠牲者達だった。

とりわけたくさんの花が飾られている棺は殉職した隊員の物だろう。

皆、直ちにベルトコンベアで隣の焼却施設に運搬され火葬される。
それが怪異となった者の運命である。

その棺の一つの前に飯島准尉が立っていた。

「・・・飯島准尉。申し訳ない。僕の判断が甘すぎた。」
僕は彼女に頭を下げた。

「…中尉。貴方は悪くありません。あのリストが例えもっと前に私の手元にあっても結果は変わりません。あんな薬物が存在するなんて予測は不可能です。無礼を働き失礼いたしました。」

「飯島さん…。」琴子が泣きそうな顔で呟く。

飯島准尉は黙って棺を見つめ…そしてボソっと呟いた。

「法学部の新田君です。」

「なっ…!?」
僕と琴子はぎょっとして棺を見つめる。

棺の上に置いてあるのは…血まみれの学生証。

それも間違いなくW大の物…僕の、琴子の、飯島准尉のと同じ物である。

「新田君は私がW大に潜入した時に自治会の同期として色々なことを教えてくれました。
歌が本当に下手でね、みんなからいくら笑われてもお酒が入るとしょーもない革命歌を歌って、体育会の学生とケンカして…。でも絶対に人を傷つけるような人間じゃなかったんです。それが…」

飯島准尉が棺をドンっと叩き、琴子の体がビクッと震える。
声が叫び声に変わる。

「何度も言ったろうが…!セクトに関わってもいいように利用されるから程々にしろって…!ふざけんなあっ!てめえ彼女いるのにどうすんだよ!? こんな所でバケモノになって、一人焼かれて、加奈子さんに何をどう説明すんだよ!?ふざけるんじゃねえっ!!」

僕も琴子も何も言えない。目に涙を浮かべたまま堪えるしかない。

「中尉。申し訳ありません。5分だけ時間を頂いてよろしいでしょうか?」
「…わかった。」

飯島准尉は立ち上がると奥の部屋に入る。
その途端、彼女の激しい嗚咽が聞こえてきた。

僕と琴子の目から涙が流れる。
しかしできることは何も無い。
立っている事しかできない。
僕と琴子はどこまでも圧倒的に無力だった。

きっちり五分後、飯島中尉は僕たちの所に戻ってきた。

「失礼しました。只今より任務に復帰いたします。」

「飯島中尉。先ほど五十嵐少将から憲兵隊東部管区司令官並びに、憲兵隊総司令官として、リスト内の全てのアジトを制圧するよう、総力をあげるとの発令があった。
僕と琴子もこれより怪異を確認次第、出撃を開始する。
飯島准尉。君の戦闘能力を見た。
君も僕たちと一緒に来てくれないか。」
僕と琴子は飯島准尉の目を真っすぐ見る。

「栄えあるお誘いで光栄です、と言いたい所ですがお断り致します。中尉。」
「理由をお聞かせ願いたい。」

「私は捜査畑の人間です。私にできる任務はただ一つ。
このふざけた事態を意図した「人間」を見つけ出して一人残らずブチ殺す!
憲兵隊直伝の拷問にかけて!
この私を怒らせた事を、陸軍憲兵隊を怒らせた事を地獄で後悔させてやるっ!
必ずなあ!思い知らせてやる!!」

飯島准尉の目がどす黒い色に変わる。それは鬼の目だった。

「君島みお中尉、琴子中尉、これより私、飯島准尉は修羅に入ることを報告する。以上。」

飯島准尉は僕たちに鋭く敬礼を行うと、踵を返して部屋を出ていった。
僕も琴子も敬礼で返す。

「みお。私たちも覚悟を決めよう。やれることをやろう。」
「ああ、琴子。作戦室に戻るぞ」

そして僕たちは殉職した隊員の棺に敬礼すると、霊安室を後にした。
線香と死臭の香り。これからはこれに血の臭いが加わる。

僕と琴子の平穏は当面訪れそうになかった。

(続く)
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