百合夫婦のドキドキ憲兵日記

ぬるかん1010

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第13話「箱根往路」

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(前回のあらすじ)僕「みお」と愛する「琴子」は神津島のゼミ合宿の帰り、強羅の君島姉妹ファンクラブの会長の家に来ていた。フリルだらけの服を着て辱めを受ける僕とノリノリの琴子。そんな日の夕方、強羅駅前で僕は池袋で脅した相手、ニワトリ頭と遭遇した。
そして喫茶店での昔話が始まる。

腐臭がする。
もう何日も腐ったような雨が降り続けるだけだ。
あの暑い、伊美島での長い長い夏休み。
アイスもスイカも海水浴も何も味わえない。
蛇口を捻れば、血の様な真っ赤な水が出る。
唯一僕は、飲める水である貯水タンクの水をコップに入れていた。
生臭い。吐き気がする。
腐臭を放つのは水だけでなかった。
校庭の隅で、怪異が奇怪な鳴き声を上げながら何かを貪っている。
腐臭の原因はそれもあった。
僕が撃ち殺したクラスメート。
気が狂いそうだった。

僕はふらつく足取りで部屋を出る。
自分でも分かる。脱水症状寸前だ。でもどうすればいいのか。
この雨ではお湯も沸かせない。
どうしたらいいのか。助けて、琴子助けて。
僕は琴子の姿を求めて、荒れ果てた校舎の中をさまよう。
どういう訳か、僕がクラスメートを撃ち殺した日から琴子の様子がおかしい。
僕は君を守るためにアイツを撃ち殺したのに。

琴子どこにいるんだ。
琴子、助けて。
あっ、いた琴子だ。あっ、琴子何を食べているんだい?
琴子、何を___!

僕は慌てて意識を取り戻した。
危ない。完全に白昼夢を見ていた。
目の前のニワトリ頭がアップルパイを齧りながら心配そうにこちらを見ている。

「姉さん、大丈夫ですか?無理しない方がいいっすよ。」
「__そうさせてもらう。すまない。あの島でのことを考えると、
思い出したくないことまで、思い出そうとしてしまうんだ。」
「PTSDってやつですね。時間が解決するしかないっす。」
「だといいんだがね__。」

僕は溜息をついた。しかし気を抜くと再び島のことを考えてしまう。

2年前のあの夏…。僕と琴子の住んでいた伊美島は島ごと反転し「死者の世界」に飲み込まれた。
原因はセクトの非主流派の跳ね返りが、全世界の反転による世界革命を目指して島を襲ったことによる。
僕と琴子の両親は公民館で青酸ガスをまかれて殺され、怪異の群れは島だけでなく、現世にも溢れ周辺の地域を襲った。
結局は僕と琴子によって連中は一人残らず皆殺しにされ、こうして二人だけが現世に戻ったが、依然、僕たちの島は無期限立ち入り禁止になっている。
表向きは火山ガスということになっているが、地元の人間はみんな何が起こったか知っている。
伊美島出身というだけで、西日本の出身者が顔を引き攣らせるのはよくある事だった。

そこまで回想して僕は再び我に返った。
「そうなんですね。やっぱあの人スーパー強いんですね。納得しました。じゃ、自分そろそろ店に戻ります。」
「あ、最後に一つ。戸籍の話、お前ボラれてるぞ。」
「えっ?」
「1千万とかヤバい前科持った奴が戸籍を買うときに払う金だ。通常なら100万あれば十分だ。私と琴子が戸籍いじった時の『業者』を紹介してやる。すぐに払えるだろ。」
私はニワトリ頭に電話番号を書いて渡す。
「…あ、ありがとうございます!本当に助かります!」
ニワトリ頭は震える手でそれを受け取った。

「それとそこにもう一つ電話番号が書いてある、今後の私の連絡先だ。そこに電話くれれば私に転送される仕組みだ。また何かあったら言え。金は払う。どうせ経費だ。」

ニワトリ頭は何度も僕にお辞儀をするとバイクに乗って池袋へ帰っていった。
僕は郵便局で飯島准尉にリストを速達で送ると、再び屋敷に戻った。

翌日、強羅の昼下がり、テニスコートで乙女たちのテニス大会が優雅に行われていた。
「まあ、琴子、そのようなサーブでは全国への道は遠いですわよ」
「私、負けない、お姉さま!」
その時会長の執事が恭しくやってきた。
「みお様、飯島様と仰る方からお電話が入っております」
「ありがとう、爺。琴子、私は少し外しますわよ。ごきげんよう。」
「お姉さま!早くお戻りになってね!」
「琴子様!次は私とラリーをいたしましょう!」「いや、私が!」
会員たちの争いの言葉を聞きながら私は優雅に屋敷に戻る。

アールグレイの紅茶を口にしてから私は執事から受話器を受け取った。
「君島でございますことよ」
その瞬間だった。

「このリストどこから!?どうやって手に入れた!?」

優雅な別荘にふさわしくない飯島准尉の怒鳴り声に僕は現実に引き戻された。

「前に出動した池袋のクラブの店員から買ったんだよ。店で死んだ客の荷物だってさ。」
「いつ!?」
「昨日の定時連絡後だよ。どうしたんだ?珍しくもないだろう、こんなリスト。」
「手に入れた時点ですぐ電話しろ!!この馬鹿!!」

 僕はあまりにもの飯島准尉の剣幕に驚いていた。
階級の上下には僕と琴子よりずっと厳しいはずの彼女が、上官である僕にここまで当たるとは。
電話の向こうからも飯島准尉、落ち着いてくださいと悲鳴のような声が聞こえてくる。

「…琴子中尉と共に本省にて1600より状況説明を願います。以上です。」

1600?あと2時間で!?

「いや、ここ強羅…」
その瞬間とんでもない音量でガッチャアンという音と共に電話は切れた。

「みお様、直ちにお車をご用意いたします。お前たち、琴子様とお嬢様をここへ。」
「かしこまりました。」
執事と共に並んで立っていたメイドが一礼をしてテニスコートへ向っていく。

僕は呆然として受話器を見つめていた。一体何があったのだろうか?

ギュギュギュギュウウ~~~、
ロールスロイスが凄まじい音を立てて箱根新道を下っていく。

「ひょえええ~~っ」

僕と琴子は半泣きで必死にシートに捕まっていた。
どう考えても山道、しかもラグジュアリーカーで出していいスピードではない。

「爺!もっと飛ばして!」
「はっ、かしこまりましたお嬢様!」

執事は会長の指示に答えると更にギアを上げていく。
ロールスロイスの車体が横滑りになり、理解しがたい角度で坂道を下っていく。

ロールスロイスはあっという間に箱根新道を下ると、今度は小田原厚木道路を時速200kmで、突進し始めた。
次々と追い抜かされた車両からクラクションが鳴らされる。

「みお様、お迎えの車はどちらでお待ちですか?」
縦巻きロールの髪の毛をした会長が僕たちに尋ねる。

「首都高の霞が関出口で待ってます。お願いします。」
「爺!聞こえたわね、あと40分で行きなさい!」
「30分で行きます!」
車が小田原厚木道路から東名高速に入る。ロールスロイスは更にスピードを上げて突進していった。

ロールスロイスはきっちり30分後、役人やビジネスマンで溢れる霞が関の道端に凄まじい勢いで横付けした。
交通整理をしている警官が唖然とした表情でこちらを見ている。
僕と琴子は全身フリルだらけのドレスを来て車から降りた。
道端の全員の注目が僕たちに集中する。

「君島ちゅ…いや、君島様!こちらです!」
いつもの迎車のタクシーの運転手が引き攣った表情で叫ぶ。
どう見てもこの注目を浴びる状況は好ましくない。
僕たちは会長と執事に礼を言うとタクシーに乗り込んだ。

「二人とも本当に助かった!会員のみんなによろしく言っておいてくれ!」
「かしこまりました。みお様、琴子様、ご武運をお祈りしております。」

優雅にお辞儀をする二人をバックミラーに見ながらすぐにタクシーは発車した。
「中尉、まずは陸軍情報センターで制服に。地下でセンター長がお待ちです。」
「了解、急いで。」
「はっ!」
タクシーは陸軍情報センターの裏口に回り、僕たちは通用門から中に入った。
こんな格好で正面から入るのを通行人に見られるわけにはいかない。

フリルだらけのドレスに手間取りながらも、何とか制服に着替え、エレベーターで地下に降りる。
降りたところでは既にセンター長がカートに乗って待っていた。

「君島中尉!本省までこれで!急いで!」
「本省は何階に行けば?」
「8階の大会議室です。五十嵐少将もそちらに!」

大会議室?なぜそんな所に?他に部屋が空いてなかったのだろうか?

僕たちの乗ったカートは本省までの地下連絡通路を疾走する。
ここまで皆が急ぐという事は絶対に禄でもない事態にきまっている。

僕と琴子の夏休みの悦楽のひと時は、あっけなく終焉を迎えようとしていた。
(続く)
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