百合夫婦のドキドキ憲兵日記

ぬるかん1010

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第29話「純喫茶あずま後編 揉め事が沢山」

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(前回までのあらすじ)


 電話をかけると相手は瞬時に出た。毎度おなじみ陸軍情報センターである。
「君島中尉。池袋のEDENという所からお電話が入っています。」
「つないでください。」
 ガチャガチャという音がして回線が別なものに切り替わる。
「あー、どうも姉さんお疲れ様です。また買ってほしい情報が出たんで伺ってもいいっすか?」
 口調が以前より丁寧だが、間違いなくあの池袋のニワトリ頭である。
「ああ。いいぞ。今から高田馬場に来れるか?」
「高田馬場ならめっちゃ近いんで15分で着きます。どこに行けばいいっすか?」
「駅前の純喫茶あずまだ。中で待ってるぞ。」
 そう言って僕は電話を切った。
 この店ならあのニワトリ頭がいても誰も問題にしないだろう。
「みお、何の電話だったの?出動とかじゃなくて?」
「いや、ただの情報屋だ。前に話をしたろ?強羅でセクトのリストを買った時の池袋のニワトリ頭だ。今から来る。」
「そんな名前だったのかしら?ニワトリ頭?どんな頭なのかしら?」
 あれ?琴子、確か池袋で君は奴の首に刀を突きつけたあげく、ゴミの様に投げ捨てたのに覚えてない?まあ僕も銃を突き付けて脅した訳だが。
 そんな話をしていたら、すぐに店の入口から誰か入ってきた。
 強羅の時と同じくニット帽を被っているが間違いなくあのニワトリ頭だった。

「お~い。こっちだ。」
「姉さんお久しぶりっす。お元気で・・。」ニワトリ頭はそこまで言って絶句した。
 僕の向かいに琴子が座っていたからだ。

「あ、あの。自分帰っていいですか?」
「何を言ってる。大丈夫だ。『今日は』」
 進退窮まったニワトリ頭は、恐る恐る席の端の方に腰かけた。

 琴子が興味津々という感じでニワトリ頭を見つめる。
「ふ~ん。初めまして?何で君、ニワトリ頭って言うの?」
 ニワトリ頭はぎょっとした顔で僕の方に視線を向けてきた。
 どうやら琴子は本当にコイツの事を覚えていないらしい。
 ニワトリ頭も前遭遇した時の斬首する気マンマンの琴子と、今の目の前の琴子との違いに混乱している様だ。
「あ、あの、自分髪型が、その・・」
 ニワトリ頭はどもりながらひょいとニット帽を外した。
 鮮やかな赤いモヒカンが露になる。
 もっともこの店では誰もコイツの事を気にかけないのだが・・。

「わ~。面白い。本当にニワトリみたいだ~。ねえ、さわってもいい?」
 琴子は楽しそうにニワトリ頭のモヒカンをなでなでする。
 ニワトリ頭は混乱の極みにある小動物のような表情を見せた。

 あまりにも可哀そうなので僕はニワトリ頭に助け船を出す。
「ところで買って欲しい物は何だ?それで来たのだろう?」
「あ、はい、これなんですが・・。」
 ニワトリ頭がオレンジジュースを飲みながら差し出したのは何と中国語で書かれた文書だった。
 しかも普通の中国語ではない。暗号か何かか?
「何だこりゃ?特に何の関係も無さそうな書類だが・・。」
「一番左上の宛先を見て欲しいっす。」
 僕は左上の漢字を見た。そこには確かに平田老師という字が見える。
「平田?野党の政治家にそんなのがいたな。確かセクトのシンパだろ、アイツ。」
 平田といえば左翼の文化人や言論人もどきとつるんで、よくマスコミで大声で政府批判をしている男だ。しかし単にそれだけの男と言える。
 外国人の手先みたいな奴だし特に珍しくはないだろう。

 しかし・・。
「問題は書いてある内容っす。ウチに出入りする中華マフィアの言う事にはそこに書いてあるのは元素記号だっていうんです。普通政治家宛にそんな元素記号書いた文書送ります?」
「元素記号って分かるならソイツにも読めるんじゃないか?何も僕に持ってくることは無いだろう。」
「ところがソイツの言う事には、一部は元素記号なんですが、奴にもわからん記号があるそうなんです。そいつ化学は専門らしいので信憑性はあると思います。で、問題はコレの出所です。平田の死体です。」

「何?」

「実はその中華マフィアの末端のチンピラが平田の家に空き巣に入ったそうなんです。
 平田は色んな中華マフィアから金をせびってたんで、金持ってると思われたんでしょう。
 で、行ってみたら平田が金庫の中の一万円札の山の中に頭を突っ込んで死んでたと。
 頭がスイカみたいに割れてたそうです。その文書は平田の上着のポケットに入ってたみたいですね。」

「ちょっと待った。平田が殺された?いつ?そんな話は聞いてないぞ。
 仮にも野党とはいえ国会議員だ。事実なら大騒ぎになるだろう?」

「それがマスコミはなぜかだんまりの様です。国会側でも病欠扱いだそうですよ。
 ま、連中は報道しない自由を平気で行使しますからね。都合が悪いんでしょう。」

「マジか。一応こっちでも確認してみるが・・。で、なんでお前がそのチンピラのことなんか知ってんだ?」
「ああ、そのチンピラ、さすがにヤバすぎるヤマ踏んじゃったってウチに台湾のパスポート買いに来たんですよ。稼いだんで高跳びするって。ウチそういうのも取り扱ってるんで。
 まあ金払いは良かったんで・・。金庫の中身、凄い金額だったそうです。」
 僕は頭が痛くなった。いくら何でも大胆すぎるだろ。ソイツ。

「それ、よく中華マフィアがソイツ消さないな。普通消されるだろ。」
「ちゃんと稼ぎの半分は組織に収めたそうですよ。連中その辺のルールは逆にしっかりしてるんで。」
「あ~、わかった。色々気になるから買うわ。はいこれ。二十万。」
 僕は前回と同じくニワトリ頭に小切手を書いて渡す。

「いいの?みお。これちゃんと経費で落ちる?」
「精算の時に僕の方で操作するから大丈夫。センターの誰かに見てもらおう。」
「毎度ありがとうっす。じゃ、自分は仕事があるんでこれで。」
「お前も身辺気にしろよ。何か危険すぎないか?お前の仕事。」
「姉さんたちにはかなわないっす。でも心配してくれるの姉さんたちだけっす。
 あ、最後に一つ。首都警の長官が暗殺されたって話、ご存じです?」
 最後にニワトリ頭は低い声でとんでもないことを話す。

「いや、知らない。さすがにデマだろう?そんなの東京中が大騒ぎだ。」
「ですよねえ。僕もそう思うっす。じゃ、失礼します。」
 ニワトリ頭はそう言うと自分が飲んだオレンジジュースの伝票を持って帰っていった。

「みお、何か彼って裏社会の人間の割には律儀過ぎない?大丈夫かな?」
「まあだから秘密に接する機会が多いのだろうけど・・。」
 あの時、クラブEDENで彼を撃たなかったのは正解だったのだろう。
 僕はそう思った。
 [chapter:今度は会長と有栖でございますわ]
 僕と琴子はニワトリ頭が帰った後、再び巨大パフェと格闘することにした。
 すっかり生ぬるくなったそれは食べても食べても無くならない。
 本当にこんなの完食できる人間はいるのだろうか?
 すると僕たちのテーブルになぜか紅茶とアイスクリームがコトンと置かれた。
 えっ?誰が?

 驚くべきことに僕たちに紅茶とアイスクリームを置いたのは店のバイトだった。
 馬鹿な!店員が店員の仕事をしている!
 いや、そもそも僕たちこんなの注文してないぞ!
 仰天する僕と琴子の目の前で、バイトは信じられないことにこう言った。
「あちらのお客様からでございます。」
 僕と琴子はバイトの指さす方を見る。そこにいたのは・・。

「みお様、琴子様、ご機嫌うるわしゅう~」「お姉ちゃん達!こんにちわ~!」
「会長!?有栖ちゃん!?」琴子が仰天する。
 僕も驚いた。ここに会長と有栖がいることにも驚きだが、一緒にいるのはもっと驚きだ。
 なぜこの二人がここにいる!?
 会長。なぜか彼女は君島姉妹ファンクラブの会長でW大の2年だから一応同期にあたる。
 但し年齢は1年下だ。
 というのも彼女は高校を飛び級で2年で卒業している才媛なのである。
 本名は聖護院綾。
 某財閥の会長の孫という正真正銘のお嬢様である。
 僕は強羅での強制的なファンミーティングを思い出し思わず冷や汗が出る。
 しかし幸い周りには他の会員はおらず、いるのは有栖だけだった。
 それにしてもなぜ会長が有栖と一緒に?

 会長と有栖は早速嬉しそうに僕たちの席に来ると、有栖はちょこんと琴子の膝の上に、会長も僕の首に手をかけて膝の上に跨ってくる。
 他の店なら即退店させられるだろう。

「わ~☆有栖ちゃんだ~☆」「キャ~」
 琴子は膝の上の有栖をわっしわっしとまたもやワンちゃんのように可愛がりだした。
 有栖も嬉しそうである。
 ふと横に目をやると、会長の顔が僕の目の前3cmの所に接近していた。近い。

「みお様~。この聖護院綾、みお様の視線を独占できて慶賀の至りでございます。」
「うん。近いからね。人から誤解されるからちょっと離れようか。」
「うふふ、このコーヒーの不味い喫茶店は無粋な干渉を受けないのが美徳でございます。
 私とみお様と琴子様を妨げる者は存在いたしません。」
「何を妨げるんだ、何を。大体どうして君が有栖と一緒にいる?知り合いなのか?」
「彼女とはつい先ほどそこの書店で会ったばかりです。聡明な有栖。彼女は書店で私が納品したばかりの君島姉妹ファンクラブの会報を手に・・。」
「ちょっと待ったあ。何だ会報とは~。どうしてそんな物が書店に納品される~!まさか一般に販売してるのかお前ら~!」
「オホホ、ただの委託ですわ。学校が夏休みなのだから会員の皆様も困るでしょう?ここなら定期購読すれば自動で郵送して頂けますの。」
「郵送はともかく店頭販売はよせ~!やめろおおおお。」
「まあ、みお様恥ずかしがっちゃって。そんな奥ゆかしいところが素敵ですわ。ウフ。」
 僕は悪夢を見ているようだった。予備役とはいえ現役の憲兵隊員の写真が一般販売されているなんて・・。上層部に知られたらクビである。

「ふみゃ~」
 有栖は琴子にもふもふしてもらい心底楽しそうであった。
「琴子お姉ちゃん。お姉ちゃんたちの弾いている所見れるの嬉しいな~!土曜日のコンサート絶対行くからね!」
「えっ!?有栖ちゃん、何でそんな事知ってるの?」
 琴子が驚きの声を上げる。僕も驚いた。土曜日の軽井沢のコンサートの事は、僕たちもつい数時間前に部長から聞いたばっかりだからだ。
「ふふふ、君島姉妹ファンクラブの情報網を舐めちゃいけませんわ。もう会員全員土曜日の軽井沢集合は決定済みですわ」
 僕は頭痛がした。何この監視網。
 特高警察に24時間マークされてる方がマシではなかろうか。

 その後選手交代となり、今度は有栖が僕の膝にちょこんと座り、会長が琴子の髪の毛を撫でながらリボンを一つずつつけていく。
 僕は憲兵隊員の身でありながら公序良俗を破壊する自分たちに複雑な気持ちになりながら、膝の上の有栖をもふもふした。
「むきゅ~」
 有栖が喜ぶ。

 狼藉は1時間程続き二人は「ではまた土曜日に~」と仲良く手を振って去っていった。

 僕たちはまたパフェを口に運んだ。頭が痛い・・。
 さっきアイスを一口ずつ会長と有栖に「あ~ん」されたせいか全くお腹が空いていない。つらい。

 時刻はいつの間にか17時を回っていた。
 僕たちはもう6時間もここにいる計算になる。
 早くパフェを完食してここを出なくては。
 このままでは夏休みの貴重な一日が喫茶店にいるだけで終わってしまう。

 その時だった。店内が一瞬で静かになった。
 [chapter:本日の最後のお客様]
 え?この店静かになることなんてあるの?
 気が付くと目の前の琴子が僕の方を凝視して固まっている。
 違う、僕を見て固まっているのではない。僕は後ろを振り返った。
 何とそこにいたのは・・・。

 ショートボブに野暮ったい眼鏡。パーカーの上からでも分かる鍛え上げられた身体。
 間違いない。飯島准尉だ。

 しかし店内が静まり返ったのは彼女と共に入ってきた人間の山だった。
 マスコミ。明らかにセクトの護衛要員。一目で分かる特高警察の刑事。作業服姿のあからさまに怪しい屈強の男(まさか首都警か!?)そして制服姿の憲兵隊員・・・!
 静まり返った店内を一行が進んでいく。誰も声を発さない。

 飯島准尉はカウンターでコーヒーをいくつか受け取るとまっすぐ僕たちの方に向ってきた。
 そして飯島准尉とマスコミは僕の席の「すぐ」真後ろの席に腰をかける。
 飯島准尉の他のご一行様も、周辺の席に他の客を押しのけるように無理やり座っていく。
(注文はしていない!)
 押しのけられた客はすかさず伝票を持って逃げるように出口の方へ向かっていった。
 制服姿の憲兵隊員が僕と琴子に気づき、小さく敬礼をする。
 やめろ馬鹿!敬礼するな!
 僕は背中にびっしょりと汗をかいているのを感じた。
 琴子の表情も強張っている。

 飯島准尉はそんな僕たちに全く気付いていないふりをしながら、マスコミと話し始めた。
 どうやら飯島准尉は学生連盟の広報委員長としてマスコミに何かインタビューをされているようだ。
 話の内容は全て政治の話だった。
 経済産業省の前の抗議デモ、今後の活動方針、次の国政選挙での注目点・・。セクトの話は1ミリも出ないが、マスコミの記事を読む連中は全くそうは思わないだろう。

 彼女は完全にセクトの合法部門として、建前の平和的な活動の話をしていた。
 その話は理路整然としていて僕は驚いた。
 彼女がセクトの幹部になってからまだほんの数日の筈だが、どう見ても他の人間はそうは思わないだろう。

 そして30分ほど立った頃だろうか?
 インタビューをしていたマスコミが皆お腹を押さえて席を立った。

「す、すいません委員長、ちょっとお腹が・・。し、失礼します」
「まあ、大丈夫?お手洗いは右の奥ですよ。慌てなくていいですよ。」
 笑顔でマスコミに答える飯島准尉。
 しかしその後、僕だけは聞いた。彼女の低い小さい声で「ごゆっくり」と。

 次の瞬間飯島准尉は手をさっと動かした。
 その途端店内に大きな怒鳴り声が響く。

「コラア!貴様あっ!今ポケットから何を出そうとした!見せろっ!!」
 座っていた制服の憲兵隊員が突然立ち上がって、他の席にいたセクトの護衛要員と掴み合いを始めた。
 護衛要員が「権力は暴力を振るわないでください!」とわざと大声で怒鳴る。
 飯島准尉が立ち上がって「暴力はやめてください!」とヒステリックに叫んだ。
 次の瞬間、憲兵隊員は飯島准尉に「黙れっ!このアカが!」と平手打ちをする。
「キャア~ッ!」と飯島准尉は悲鳴をあげながら、「ちょうど」僕と琴子の座っている席に倒れこんだ。

 すると周囲で黙って座っていた客が一斉に立ち上がった。店内は騒然となる。
「ここはお前らの来るとこじゃねえ!帰れケンペー!」
「そうだ出てけっ!」
「なんだ貴様ら!憲兵隊事務所にしょっぴくぞコラア!」
「やれるものならやってみろオラア!」

 店内は大混乱になった。
 特高警察も怪しい作業服の男もみな固まっている。

 その時、僕と琴子だけが気付くように小さい声で飯島准尉が話しかけてきた。
「四国の件はありがとう。アレでセクトは資金源の7割を失ってクスリの流通もおじゃん。よくやったわ。」
「元凶の怪異は僕と銀髪の少女で倒しました。もう飯島准尉の任務は完了では?」
「まだクスリの武器化を企んだ奴は絞り切れてない。必ずセクトの中にいる。セクト内の在庫もまだどこかにある。内部の動きもキナ臭い。」
「わかりました。今後の連絡体制は?」
「五十嵐少将のルートは危険よ。中尉達の局留め郵便に水商売の勧誘の封筒が来るからそれに返信して。」
「了解」
 僕はそう言うと、わざとらしく琴子に
「危ないよ、ここからもう出よう」
 と言って伝票を持って二人で席を立った。

 飯島准尉が琴子に小さく呟く。
「みおを守れ」
 琴子は誰にもわからぬようにそっと頷いた。

 僕と琴子はアパートに戻った。
 とても長い一日だった。
 ただ喫茶店にいただけなのに。
 でもまだ終わっていない。

 僕は陸軍情報センターと五十嵐少将に電話で今日の経過を報告すると、その場でぐったりと横になってしまった。
 ぐったりしたのは、余りにも今日の情報量が多いせいか。それともあのパフェのせいか。

 どの道また明日から怒涛の日々が始まる。
 でもそれは僕たちが自分たちで受け入れた結果だ。

 琴子が黙って僕に抱きついてくる。
 僕も琴子の事を抱きしめる。

 今日はもう夕飯はいらない。
 風呂も明日の朝でいい。
 朝まで琴子とこのままでいよう。
 僕はそう思った。
(続く)
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