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4.隊員その3─隣国の王太子と王太子妃─
しおりを挟む「なんですって!?」
王宮の東棟の三階に、悲鳴にも似た驚愕の声が響いた。
ユリシーズの知らせを届けた蝶の姿の使い魔は、急に叫び出した相手から驚いたように距離を取ると、侍女が用意した砂糖水に留まり、そのまま気配を消した。
「ヴァイオレット様になんて仕打ち!! 許さん! あの木偶の坊めぇぇぇ!!」
「木偶の坊は同感だが少し落ち着きなさい」
ユリシーズから伝えられた知らせを聞いて発狂する、一ヶ月後の式典のために早めに訪れていた隣国の王太子妃──シンシア・ヴォルテーヌを宥めるように、彼女の夫であり王太子──マティアス・ヴォルテーヌが、彼女の背を撫でながら注意した。
「ここは君の実家だが立場は隣国の王太子妃だ。どんなに君の兄上が木偶の坊でしょうがない人でも、そんな大声で言ってはいけないよ」
「あら、マティアス様の言い方も大概酷いと思われますわよ?」
クスクスと微笑むシンシアにマティアスも微笑み返す。端から見れば仲睦まじい夫婦なのに、話してる内容が内容なだけに、室内にいる従者は苦笑を浮かべ二人を見守っていた。
「でも、確かにそうですわね。ヴァイオレット様の評判を落とす事に繋がる行為は、たとえ実の兄に対してでも気を付けますわ」
そう言ってマティアスの肩に頭を乗せれば、「うん、お利口だね」と、大きな手が今度は彼女の金色の髪を撫でた。
シンシアは隣国の王太子妃であるが、イライザとジェラルド、そしてクリフトフの妹で、この国の元王女だ。だから兄弟にはつい辛辣になってしまうが、親愛なるヴァイオレットの印象が落ちてしまう事態は望んでいない。
元王女であり、隣国の王太子妃として、どんなに腹が立っても王子である兄への不敬は抑えなくてはいけないのだ。
「ですが……どうしてクリフトフ兄様はいつもこう問題ばっかり起こすのでしょうか?」
頬に手を当てて、溜め息混じりに胸の内を吐露すれば、マティアスも彼女を抱き寄せて同調した。
彼女が第二王女として自国で公務をこなしていた時も、兄のクリフトフの問題行為は目立っていた。特にヴァイオレットへの態度は酷く、外交でも力を発揮している彼女を良く思っているマティアスの兄弟たちも、その扱いに眉をひそめている。
「ジェラルド兄様からヴァイオレット様を盗っておいてこの体たらく……」
「彼の後ろ楯としては陛下の決定は正解だったけど、矯正としては不正解だったね……ジェラルドの戦いが無駄になってしまったよ」
マティアスの最後の言葉に、今度はシンシアが彼の背を撫でて宥めた。
マティアスとジェラルドはヴァイオレットの兄・アベルを通して幼い頃からの付き合いであり、今では親友とも呼べる仲だ。なのでジェラルドがヴァイオレットと相思相愛だった事も、ジェラルドがヴァイオレットを婚約者に望んでいる事も知っていたし、一友人として応援していた。
だが結果はどうだ。親友のジェラルドも、もう一人の親友であるアベルの妹であり、シンシアとの関係を育む手助けをしてくれたヴァイオレットも、どちらも幸せとは程遠いものになっているではないか。
──彼女が幸せになれるのなら、それでいい
どんなに国王に懇願しても状況は変わらず、とうとうクリフトフとヴァイオレットの婚約が結ばれてしまった時に、ジェラルドが言った言葉だった。
一緒になれない代わりに、愛する人の幸せを願ったジェラルドの想いは、クリフトフに踏みにじられた……ジェラルドの親友として、到底許せるものではない。
シンシアがヴァイオレットのために激怒しているのと同じ様に、マティアスもジェラルドのため憤怒の炎が燃え上がっていた。
「私たちに、何が出来ますでしょうか……」
ヴァイオレットやジェラルドと仲が良いとは言えど、二人は隣国の王族であり他人なのだ。アベルやイライザたちのように、直接何か出来る事が少ないのだ。
「……もし婚約破棄となれば、少なからずヴァイオレット嬢の評判は下がってしまう」
マティアスの言葉に、シンシアは「ヴァイオレット様は何も悪くないのに……」と、不愉快を隠さずに呟いた。
浮気された方に落ち度はなくとも、貴族社会ではされた方、特に女性が悪く言われる事が多々ある。それがたとえ多くの功績を上げている者でも、貴族のトップに君臨する者でも同じであった。
「酷い話よね」
「ああ、そうだね。だからこそ、私たちは彼女の評判が落ちないように、隣国の王族としての立場を利用すれば良いんだ」
ニッコリ微笑むマティアスに、数回瞬きを繰り返したシンシアも微笑み返す。
意味が伝わった従者たちも、二人と同じ様な雰囲気を醸し出していた。
「そうね。ヴァイオレット様を馬鹿にする者には、思い切り見せ付けてやりましょうね」
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