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「違ったら部屋に入れないつもりだったのか?」

「いえ...」

 でも、王太子妃様を呼ぶ事になったかも?

「食事や入浴は済ませたか?」

「はい」

「私も済ませて来た」

「そのようですね」

 ヴィルヘルムの髪は湿っており、パジャマを着ている。

 ヴィルヘルムはクリスチナの手を引いて、ベッドに座らせた。

 だが、手を握ったままヴィルヘルムは固まって、喋らない。

「エミリア嬢から伺いました。浮気ではなかったと」

「あ、あぁ」

「誤解して申し訳ございませんでした」

「いや、いいんだ! その...なんだ...私達には会話が足りなかったんだと思わないか?」

「そうですね...殿下と出会って9年、ワタクシの人生の大半は常に殿下と共にありましたが、知らなかった事ばかりだったと、今日になって実感しております」

「あぁ、私もそう思ったんだ。お前がいつも完璧だったから、お前が人間だったことを忘れていた」

「何だと思われていたのですか?」

「それは...私自身にもよく分からないが...クリスチナという生き物かなんかだと思っていたんだ。泣かないし、怒らないし、感情のない妖精みたいな」

「そうなのですか? ワタクシは意外と怒りっぽいのですよ?」

「だが、表に出ないだろ? 我が儘も言わないし」

「口で我が儘を言わない方が、我が儘が通るのです。ワタクシは本当に欲しいものは何だって手に入れてきました」

「そ、そうなのか?」

「むしろ、殿下の方が我が儘が通らない事ばかりで苦労されているではないですか」

「そうか?」

「そうです。お菓子が欲しいと仰られたときも、『甘いものの食べ過ぎはいけません』と侍女頭に叱られておりましたし、めげずに来客者にねだって分けて頂いたお菓子も、結局、臣下に差し上げてしまわれたでしょう?」

「いつの時代の話だ? そんな子供の頃のことは忘れた」

「翌日、お菓子を貰ったことがバレて、侍女頭に凄く怒られていましたのに、忘れてしまったのですか?」

「あぁ、そうだ」

 ヴィルヘルムは覚えていたが、格好悪い思い出を忘れたことにしたかった。

「その時、ワタクシは何の苦労もなく、お菓子を食べたのです。殿下はいつも、ワタクシの代わりに我が儘を言って、ワタクシの代わりに怒られ、ワタクシの代わりに泣いてくださいました」

「そうだったか?」

 クリスチナは懐かし気に微笑んだ。

「はい。なんて馬鹿なんだと思いました」

「おい!」

「放って置いたら、自分の持っているものを全部人にあげてしまう方だと思いました。こんなに善良で、器の大きな人間が、他にいるだろうか? とも」

「そ、そうか...それで...私を好きになったのか?」

「はい...ですが、ワタクシの気持ちは決して恋などという感情ではありません」

 恋ではないと言われて、ヴィルヘルムはうなだれた。

「ワタクシのこの気持ちは、世の中では『忠誠心』と呼ぶらしいです。その言葉では不十分な気がしますが」

「忠誠心か...」

「殿下のためになるのでしたら、他国へ嫁ぎ、凌辱され、スパイとバレて拷問のうえ殺される事になっても、ワタクシは喜んで自分を差し出したでしょう。

殿下はワタクシにとって、自分の命よりも、尊厳よりも、何よりも大切な方です。全国民に愛され、全国民に守られて、何不自由なく暮らすべき方。何故ならば、殿下こそが全国民の幸せを守ることが出来る人物であるからです」

「クリスチナ...」

「恋でなければダメでしょうか? 忠誠では、殿下の気持ちを満たせないでしょうか?」
 
 月明かりと小さなランプだけが照らす薄暗い部屋で、クリスチナの瞳が青白く光っている。

 『愛』はときに多くの人々に与えられるが、『忠誠』が捧げられるのはたった1人だけである。

 ヴィルヘルムは最初から、クリスチナの『特別』だったのである。

 ヴィルヘルムは自分の腕でクリスチナを優しく包み、ギュッと抱きしめた。

 クリスチナもヴィルヘルムの背中に腕を回して、全身でヴィルヘルムを受け取った。

「満たされるかどうか、『仲良し』して試してみよう!」

 耳元で囁き、クリスチナの肩に手を置くと、そのままクリスチナを押し倒した。

「あの、殿下...試すとは? 今日は普通の仲良しではないのですか?」

「あぁ、男が女の部屋に夜訪ねてきて、ベッドの上で仲良くするといったら、これが普通だ」

 普通!? これが普通なの!?

「嫌か?」

「いえ...ですが、初夜の処女の判定は?」

「あれは、私が間違いなく処女だったと言えば、処女の判定が終わるんだ」

「左様でございますか...」

「他に問題があるか?」

「に、妊娠してしまったら?」

「お祝いすればいい」

「そ、そうですね...でも...」

「まだ、何かあるか?」

「女王陛下や王太子妃様に知られてしまったら、何と申し開きをすればよいやら...」

「結婚が待ち切れなかったと言えばいいんだ」

「結婚式に大きなお腹で参加することになったら?」

「前例はあるから問題ない。陛下が結婚した時は父上(王太子)を身ごもっていた。陛下なら許して下さる。もう、いいだろ?」

 いいのだろうか? 全然良くない気もするが、苦手な分野であるため、よく分からない。ワタクシにはこれ以上の反対意見は思い浮かばなかった。

「クリスチナ...愛してるんだ! 仲良くしてくれ!」

 クリスチナは無言で頷いた。


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狸田真より

「僕はダメだと思います! でもファンタジーだからね...」

 次回は大人のロマンス注意です。狸田作品なのでダイレクトな描写はありませんが、苦手な方は1話飛ばしてお読み下さい。飛ばしても話は分かると思います。

 でも、安心安全健全がモットーな僕が、そのシーンを書いたのには理由があります。出来れば、お読み頂けると嬉しいです。
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