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第二章
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エミリアは閲覧席に座る女王に向かってお辞儀をし、臣下の礼をとった。続いて、今までのエスコート役に感謝の意を込めてお辞儀をすると、今度は年配の紳士のエスコートを受ける。
老紳士は小柄でエミリアよりも背が低く、歩き方が歳の所為で不安定だ。
若い騎士と同じようにすると、不恰好になってしまう。
エミリアは、若い騎士のときにはエスコート役の腕に手を軽く添えるだけであったが、今度は手に少しだけ力をいれ、さりげなく老紳士の歩行をフォローして歩く。
その次のエスコート役はもっと小さな子供で、落ち着きがなかった。
今までと同じように腕に手を添えようとすると、女性は猫背になり不恰好になるし、油断すると子供は駆け出して何処かへ行ってしまう。経験のない多くの令嬢が失敗する課題である。
するとエミリアは迷うことなく子供の手をしっかり繋いで歩いた。
すべてが自然で、美しい所作だった。
試験官がたずねる。
「イレギュラーなエスコートはまだ習っていないと聞いたが、よく対処出来ましたね?」
「恐れながら、小さな村で生活をしておりますと、年配の方や幼い子供と接する機会が日常的にあるのでございます」
問題を作った議会のメンバーは歯ぎしりした。試験に受からせないように、わざと意地悪な試験を設定したのに、苦もなく突破されてしまったからだ。
次の試験は、お茶汲みの試験だ。色々な茶葉と茶器が用意され、扱えるかを試験される。
大抵の令嬢は紅茶を淹れることくらいしか出来ない。
しかし、エミリアはすべてのお茶を正しく淹れた。
「カフェでの職務経験がございます」
刺繍の試験でも、プロと変わらない腕前を披露する。
「裁縫の内職は平民の女性ならば誰でも経験がございます」
プロであった。
歌も。
「いつも仕事歌を嗜んで労働しておりました」
ダンスも。
「体を動かすのは得意でございます」
目利きも。
「市場にて誰よりも安く品質の良いものを買い求めるのは生活の基本でございます」
最後の馬術の試験となり、屋外に移動する。
議会のメンバーはほくそ笑んだ。
貧乏な平民ならば、自分の馬を飼うことなど出来ないはずだ。乗馬を習うには大金が必要だからな! 一つでも不合格ならば、妃試験は不合格だ! 平民が妃になれるはずなどない!
次の瞬間、エミリアの乗った馬が華麗に駆け、凄まじい速度で障害物を突破した。
何故!?
その場にいた誰もが驚愕した。
「酪農業にも携わっていたことがございます」
「あ、牛乳配りの早朝バイトか!?」
ヴィルヘルムが声を上げる。
「左様でございます」
馬から飛び降り、夕日を背負って立つエミリアに、議会のメンバーは声を失った。
エミリアは全ての試験において、どんな令嬢よりも素晴らしい成績をおさめたのである。
クリスチナは驚愕し戦慄した。過去に考えた計画が、いかに無謀であったかを思い知った。そして、エミリアがライバルにならなかった幸運を神に感謝した。
ヴィルヘルムは大して驚いている様子はない。恐らく、最初から知っていたのだ。
女王が口を開く。
「出来ないことはないのか?」
エミリアではなく、王太子が答える。
「流石に武術は出来ないのでは?」
「恐れながら、銃でしたら、単独で熊を撃退するくらいの腕がございます。田舎には危険が数多く存在するのです」
「そ、そうか」
たじろぐ王太子を横目に、女王は宣言した。
「認めざるを得ない。エミリアに妃の資格を」
神を崇めるように、エミリア嬢に平伏したい。不思議とそんな感覚が、その場を支配した。
今なら、エミリアの尊大だった態度の理由が頷ける。エミリアにとっては、大貴族も、王族も、格下の人間であったのだ。
フリードリヒは、ただ、呆然とエミリアを見つめた。
エミリーは欲しいものを手に入れられない不幸な女性ではなかった! 何も持たないで生まれたのに、すべてを手に入れられる能力を持っている女性だったのだ!
世界で一番の女性!!
ついに望みの女性を見つけたのに、フリードリヒは、ちっとも嬉しくなかった。
それどころか、何故か裏切られたような気持ちになった。
そんな中、エミリアのカリスマ性に支配されない人物がいた。
「それにしても、よく短期間でここまで出来るようになったな?」
ヴィルヘルムだ。
「この授業は銀貨30枚、このレッスンは銀貨50枚と、心で唱えながら勉強致しましたの。オホホホ」
「なんて素晴らしいのでしょう!」
クリスチナは感動しているようだ。
「だが、ドレスは自分で脱ぎ着出来ないよな?」
ヴィルヘルムは何故か得意気にきいた。
「まぁ、そうですけど...」
「やっぱり!」
「殿下、その発言はセクハラでございます」
クリスチナが突っ込みを入れる。
「でも、良かったじゃないか? フリードリヒは夫としての威厳を保つことが出来る!」
「何故ですか?」
フリードリヒはヴィルヘルムにたずねた。
「だって、お前は1人で着替えが出来るだろ? 今日の試験はお前だって同じような良い成績がとれるし、着替えが1人で出来る分、お前の方が優れている!」
フリードリヒはヴィルヘルムの言葉に感動した。
「兄上はたまに素晴らしいことを仰いますね」
「そうだろう! そうだろう! それに、1人で着替えが出来ない妻と過ごす夜は最高なんだ!」
今度は、違う意味で皆が言葉を失った。
純潔を告げる白い薔薇が、夕日の色にほんのり染まっている。
警備兵(蝶)は、その薔薇にとまった。
_________
狸田真より
まだ終わりではありません。これからがラブロマンスの本番です。
老紳士は小柄でエミリアよりも背が低く、歩き方が歳の所為で不安定だ。
若い騎士と同じようにすると、不恰好になってしまう。
エミリアは、若い騎士のときにはエスコート役の腕に手を軽く添えるだけであったが、今度は手に少しだけ力をいれ、さりげなく老紳士の歩行をフォローして歩く。
その次のエスコート役はもっと小さな子供で、落ち着きがなかった。
今までと同じように腕に手を添えようとすると、女性は猫背になり不恰好になるし、油断すると子供は駆け出して何処かへ行ってしまう。経験のない多くの令嬢が失敗する課題である。
するとエミリアは迷うことなく子供の手をしっかり繋いで歩いた。
すべてが自然で、美しい所作だった。
試験官がたずねる。
「イレギュラーなエスコートはまだ習っていないと聞いたが、よく対処出来ましたね?」
「恐れながら、小さな村で生活をしておりますと、年配の方や幼い子供と接する機会が日常的にあるのでございます」
問題を作った議会のメンバーは歯ぎしりした。試験に受からせないように、わざと意地悪な試験を設定したのに、苦もなく突破されてしまったからだ。
次の試験は、お茶汲みの試験だ。色々な茶葉と茶器が用意され、扱えるかを試験される。
大抵の令嬢は紅茶を淹れることくらいしか出来ない。
しかし、エミリアはすべてのお茶を正しく淹れた。
「カフェでの職務経験がございます」
刺繍の試験でも、プロと変わらない腕前を披露する。
「裁縫の内職は平民の女性ならば誰でも経験がございます」
プロであった。
歌も。
「いつも仕事歌を嗜んで労働しておりました」
ダンスも。
「体を動かすのは得意でございます」
目利きも。
「市場にて誰よりも安く品質の良いものを買い求めるのは生活の基本でございます」
最後の馬術の試験となり、屋外に移動する。
議会のメンバーはほくそ笑んだ。
貧乏な平民ならば、自分の馬を飼うことなど出来ないはずだ。乗馬を習うには大金が必要だからな! 一つでも不合格ならば、妃試験は不合格だ! 平民が妃になれるはずなどない!
次の瞬間、エミリアの乗った馬が華麗に駆け、凄まじい速度で障害物を突破した。
何故!?
その場にいた誰もが驚愕した。
「酪農業にも携わっていたことがございます」
「あ、牛乳配りの早朝バイトか!?」
ヴィルヘルムが声を上げる。
「左様でございます」
馬から飛び降り、夕日を背負って立つエミリアに、議会のメンバーは声を失った。
エミリアは全ての試験において、どんな令嬢よりも素晴らしい成績をおさめたのである。
クリスチナは驚愕し戦慄した。過去に考えた計画が、いかに無謀であったかを思い知った。そして、エミリアがライバルにならなかった幸運を神に感謝した。
ヴィルヘルムは大して驚いている様子はない。恐らく、最初から知っていたのだ。
女王が口を開く。
「出来ないことはないのか?」
エミリアではなく、王太子が答える。
「流石に武術は出来ないのでは?」
「恐れながら、銃でしたら、単独で熊を撃退するくらいの腕がございます。田舎には危険が数多く存在するのです」
「そ、そうか」
たじろぐ王太子を横目に、女王は宣言した。
「認めざるを得ない。エミリアに妃の資格を」
神を崇めるように、エミリア嬢に平伏したい。不思議とそんな感覚が、その場を支配した。
今なら、エミリアの尊大だった態度の理由が頷ける。エミリアにとっては、大貴族も、王族も、格下の人間であったのだ。
フリードリヒは、ただ、呆然とエミリアを見つめた。
エミリーは欲しいものを手に入れられない不幸な女性ではなかった! 何も持たないで生まれたのに、すべてを手に入れられる能力を持っている女性だったのだ!
世界で一番の女性!!
ついに望みの女性を見つけたのに、フリードリヒは、ちっとも嬉しくなかった。
それどころか、何故か裏切られたような気持ちになった。
そんな中、エミリアのカリスマ性に支配されない人物がいた。
「それにしても、よく短期間でここまで出来るようになったな?」
ヴィルヘルムだ。
「この授業は銀貨30枚、このレッスンは銀貨50枚と、心で唱えながら勉強致しましたの。オホホホ」
「なんて素晴らしいのでしょう!」
クリスチナは感動しているようだ。
「だが、ドレスは自分で脱ぎ着出来ないよな?」
ヴィルヘルムは何故か得意気にきいた。
「まぁ、そうですけど...」
「やっぱり!」
「殿下、その発言はセクハラでございます」
クリスチナが突っ込みを入れる。
「でも、良かったじゃないか? フリードリヒは夫としての威厳を保つことが出来る!」
「何故ですか?」
フリードリヒはヴィルヘルムにたずねた。
「だって、お前は1人で着替えが出来るだろ? 今日の試験はお前だって同じような良い成績がとれるし、着替えが1人で出来る分、お前の方が優れている!」
フリードリヒはヴィルヘルムの言葉に感動した。
「兄上はたまに素晴らしいことを仰いますね」
「そうだろう! そうだろう! それに、1人で着替えが出来ない妻と過ごす夜は最高なんだ!」
今度は、違う意味で皆が言葉を失った。
純潔を告げる白い薔薇が、夕日の色にほんのり染まっている。
警備兵(蝶)は、その薔薇にとまった。
_________
狸田真より
まだ終わりではありません。これからがラブロマンスの本番です。
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