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ステップ1 拠点を造ろう
003 開拓の一歩
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「うああ~……気ん持ち良い~……」
夜の闇に沈んだ荒野の空を満天の星空が明るく染め上げている。それを気持ち良さそうなため息を吐きながら見上げるのは、丸い光の玉に囲まれて闇の中に浮かび上がった幻想的な水溜りに沈んだ裸の男だ。
広大な荒野に壁も無く存在する水溜りからはモクモクと水蒸気が浮き上がっていて、その水溜りがお湯溜まりである事を知らせた。
「父ー」
「おぶお?!っとと!」
素っ裸で荒野の中を走って来た小さな小さな女の子が、胸まで湯につかって両腕を縁の石にかけていた男へと飛びつき、大きな水飛沫が上がる。
顔を水飛沫に叩かれた男は顔を顔をしかめ、しかし胸の中にしがみ付いて来る柔らかな物体を抱きしめた。
「こらっ、モモ! お風呂に飛び込んじゃいけません!」
「あうっ、ごめんなさいー、父ー」
頭の上からボトボトと湯を垂らして叱りつける男に、きゃっきゃとはしゃいでいたモモがしょんぼりと肩を落とす。
「よし、次からはちゃんと気を付けるんだぞ」
「あいー」
しかし愛娘には甘い事に定評のある男だ。しょんぼりとしたモモの態度にホッコリと癒された事で苦笑気味にだが即座に許した。
何時も自分が悪い事をして苦く思われながらも、それを笑って許してくれる男の愛情深い態度がモモは大好きだった。泣いたカラスはなんとやら。しょんぼりしたのは一瞬で、何時もの満面笑みで男の首にしがみ付いた。
「おーよしよし。モモは甘えん坊だなー」
「あい!」
血はつながらず、それどころか動物として種すら違えど、そこに居たのは確かに一組の父娘だった。
「クマクマ」
「カメカメ」
愛情を確かめ合う二人が居るそこに、大熊のキンタと大亀のシマがやってくる。キンタは手に持った桶でお湯を数度頭からかぶり、自慢の毛皮の隙間に入り込んだ砂塵を取り除くと、巨体である自分が入っても悠々と広いお湯溜まりに肩までつかり気持ち良さそうな鳴き声を上げた。自分が熊である事を忘れた様な人間臭さだ。
「クマァ~……」
「カメェ~……」
因みに大亀のシマの場合は常軌を逸していた。彼は頭を上に向けて口から水を吐き出すとそれを全身にかぶり、土埃がこびりついた甲羅を洗い流してお湯溜まりに入った。もう色々とアレだ。
「二人ともお疲れ様。今日は沢山仕事させてしまったけど、また明日からも頼むな」
「クマ!」
「カメ!」
今日一日、戦闘に拠点造りにこの露天風呂にと、存分に働いた二匹に労いと明日からも続く労働の願いを口にした男に、熊と亀の二匹は「気にすんな!」と鳴いた。
一人では満足に生きて行く事の出来ない無能な男を家族とし、この世界で一番の辺境について来たのは自分たちの選択なのだからと。今更遠慮すんなよと。
「ははっ、サンキュ。んじゃあ明日に備えてまったりとしますか」
「あい~」
「クマッ」
「カメ~」
遮る物の一切ない開放的すぎる露天風呂。空を見上げれば無数の星々が煌めき、地平を眺めれば延々と続く闇の世界がある。絶景を通り越して恐怖すら湧いてくる光景だが、これが今彼らが持つ全てだった。
しがらみの多い俗世を捨て、しかし寄る辺の無い男たちが選んだ自分たちの国造り。その始まりとしては出来過ぎな方だと男は思った。
▼
「ちち~、はたけができたよ~」
「おお、今行く~」
翌日の昼過ぎ。大亀シマの《超能力》によって建てられた家の前で半分に切った芋を乾かしていた男の所に、小さな女の子モモが空を飛んで来た。
背中から生えた茶褐色の縞模様の羽を羽ばたかせ、しかしそれを空中で消すとクルリと一回転して男が差し出した腕の中に着陸した。
「うう~ん。このまま干してても大丈夫かな?」
「だいじょーぶだよー、キンタがしゅぎょうがてら、なわばりつくってるしー」
「お? そうなのか……。そんじゃ行くか」
縄張りとかあいつも熊らしい所あるんだなあと変に感心した男は、前提になっている修行とか熊がするわけないと言う事が頭から抜け落ちていた。
だがまあそれなら一応安全かと、貴重な食料である《種芋》をその場に放置して畑予定地に移動した。
それなりに立派な拠点となった家から少々離れた場所に、地面が柔らかく掘り起こされた場所が出来ていた。その場所に居るのは大亀のシマで、今も丸い目に琥珀色の光を宿らせ《超能力》で地面を動かしていた。
「お疲れーシマ~。おっ、随分と柔らかくなったな」
「カメ」
シマに労いの言葉をかけつつも、柔らかく盛り上がった土に手を入れる男。その手に伝わって来るのはどこまでも乾いた感触だ。
「やっぱ乾いてるな。……まあ当然か」
男は想像通りの結果に納得した。なにせこの死の大地は作物が育たない不毛の土地として過去の開拓者たちを退け、結果数百年もの永きにわたって人を寄せ付けなかった大島だ。
そもそも草木が生える事も殆どないので、土壌の改善など自然でなされるわけもない。されたとしてもまだ数百年から千年単位の時間が必要である。
――が、それは自然のままならの話だ。
「このままじゃあ種から育てるのは無理だな。仕方ない。シマ、悪いけど今日の畑造りは終わりだ。……念のため柵代わりに土壁で囲って貰えるか?」
「カメー」
命の息吹を感じない不毛な手応えに当初の予定を変更した男は、何も植えていない畑には必要ないものの、後で必要となってくる土壁の建築をシマに依頼した。
先ほどモモが言っていたように、キンタの縄張りとなっているこの近辺に凶獣が近づかないとしても、危険な獣が多く生息している事には違いはないのだ。
結局の所、開拓とは作物をどう育てるかが決める事業だ。万全を期しても満ち足りると言う事はない。
「畑はシマに任せるとして、次は水路の確保か。モモ、キンタは何時ごろ戻って来るって?」
大熊のキンタは拠点から人間の足で1時間ほど離れた場所にある川に行っていた。しかし水を汲みに行った訳では無く、人が聞けば正気を疑うような内容の仕事を行っているのである。
「う~ん、ひがしずむまえにはっていってたよ」
「まだ先だな。モモ、俺は家で種芋の用意を続けるけど、どうする?」
「いく~」
男とモモは仕事を続けるシマと別れ、細々とした仕事を片付けに拠点へと戻った。
――そして時間は過ぎて太陽が随分と下に移動した辺り。しかし夕暮れにはまだ少々の余裕があるそんな時間。
種が使えない以上は仕方がないと、芋好きの男が泣く泣く手持ちの芋を全て種芋に加工し、日が暮れる前にと家の中に取り入れていた時の事だ。
そろそろ川に出掛けていたキンタが帰って来るころだろうと、空の上からキンタが向かった方角を眺めていたモモが声を上げた。
「父ーキンタがかえってきたよー」
「おっ、早いな! いや速すぎるな!?」
モモの声に驚きで返す男。キンタの帰りを待ちわびてはいたのだが、彼に任せた仕事の内容は短時間で出来るものではなかったからだ。それこそ常人なら数カ月はかかる内容である。
それが朝一番に出て行った熊一匹が一日とかからずやって来るなぞ驚愕ですら物足りない表現であろう。
「父ーいこー」
「お、おう。行くか……」
元々そうなのだが、最近頓に熊離れ?してきたキンタに戦慄を覚えた男は、モモに促されて恐々としながらもキンタが帰って来た方へと歩き出した。
さて、突然ではあるが、一匹の熊の話をしよう。その名をキンタ。彼を拾った恩人モモの養父から貰った名である。
ただの熊である両親から《超獣》として生まれて来たキンタは、他の例がそうであるように親から疎まれ、乳飲み期間が終わると同時に群れから放逐された。
いかに種の枠を超えた能力を持つ《超獣》とはいえ、子供時期は弱弱しいものである。特に知識面が顕著であろう。採取の仕方も狩の方法も知らない彼は徐々に弱って行き、孤独の中でやがて力尽きた。
その折に彼が願ったのは“強くなる事”だった。採取は季節に左右されるのだから仕方がない。だが狩りは違う。強ければどんな獲物でも狩れ、腹もすく事はないのだと。
しかしそれは後の祭り。今にも力尽きそうな彼に強くなるための時間は残されていなかった。
だが捨てる神あれば拾う神あり。親に捨てられ息絶えようとしている小熊のキンタを見つめる小さな目が一対。
「父ー、くまがねてるよー」
「熊?! モ、モモ! こっちに来なさい!」
「えーなんでー?」
それが彼にとっての運命の日であり、再び家族を得た日でもあった。
そして生き延びた彼は純粋なまでに強さを求めた。
初めは熊として、生物としての成長を。次に《超獣》として生まれ恵まれた身体能力を元に狩りの方法を。しかしそれだけでは微塵も満足できなかった彼は新しい家族となった男から人間の戦い方を学んだ。
「……お前、本当に熊か?」
「クマ」
男が教える戦闘方法。剣と魔法が幅をきかせるこの世界では珍しい戦闘技術である、拳法と呼ばれる戦闘術を真綿に水が染み込むが如く吸収していくキンタ。それはキンタが《超獣》としての成長を全て肉体強化に注ぎ込んで行った事で人知を超えた昇華を遂げる。
「クマ」
肉球のついた手を握り込み、拳を作る。それを後ろに引き、踏みしめた足の裏から膝、腰、肩から腕を前に突きだして肘、手首へと力をねじりながら伝えて行き、最後に爆発させる勢いで拳を突き立てる。
炸裂する。爆発する。地が揺れる。もうもうと土煙が舞い上がり、砕け散った礫が火に弾けた薪の如く飛び散って行く。
「クマ、クマ」
無心。ただひたすらに。キンタの岩の如き拳が乾いた地面を穿ち抉って行く。止まる事を知らないそれは、暴走した馬車のように爆進して行く。
「クマ、クマ、クマ、クマッ、クマァッ! クマクマクマクマクマクマクマクマクマクマッァァァァァ!!」
その光景を遠目から眺める男とモモは、見る間に長くなっていく一本の溝を見て呟いた。
「もう熊じゃねえな、アイツ」
「キンタすごーい」
荒野に虚しく溶けた言葉を口にした男の視線は、荒野を人が歩く速さで抉っていく一匹の《超獣》へと向けられていた。
夜の闇に沈んだ荒野の空を満天の星空が明るく染め上げている。それを気持ち良さそうなため息を吐きながら見上げるのは、丸い光の玉に囲まれて闇の中に浮かび上がった幻想的な水溜りに沈んだ裸の男だ。
広大な荒野に壁も無く存在する水溜りからはモクモクと水蒸気が浮き上がっていて、その水溜りがお湯溜まりである事を知らせた。
「父ー」
「おぶお?!っとと!」
素っ裸で荒野の中を走って来た小さな小さな女の子が、胸まで湯につかって両腕を縁の石にかけていた男へと飛びつき、大きな水飛沫が上がる。
顔を水飛沫に叩かれた男は顔を顔をしかめ、しかし胸の中にしがみ付いて来る柔らかな物体を抱きしめた。
「こらっ、モモ! お風呂に飛び込んじゃいけません!」
「あうっ、ごめんなさいー、父ー」
頭の上からボトボトと湯を垂らして叱りつける男に、きゃっきゃとはしゃいでいたモモがしょんぼりと肩を落とす。
「よし、次からはちゃんと気を付けるんだぞ」
「あいー」
しかし愛娘には甘い事に定評のある男だ。しょんぼりとしたモモの態度にホッコリと癒された事で苦笑気味にだが即座に許した。
何時も自分が悪い事をして苦く思われながらも、それを笑って許してくれる男の愛情深い態度がモモは大好きだった。泣いたカラスはなんとやら。しょんぼりしたのは一瞬で、何時もの満面笑みで男の首にしがみ付いた。
「おーよしよし。モモは甘えん坊だなー」
「あい!」
血はつながらず、それどころか動物として種すら違えど、そこに居たのは確かに一組の父娘だった。
「クマクマ」
「カメカメ」
愛情を確かめ合う二人が居るそこに、大熊のキンタと大亀のシマがやってくる。キンタは手に持った桶でお湯を数度頭からかぶり、自慢の毛皮の隙間に入り込んだ砂塵を取り除くと、巨体である自分が入っても悠々と広いお湯溜まりに肩までつかり気持ち良さそうな鳴き声を上げた。自分が熊である事を忘れた様な人間臭さだ。
「クマァ~……」
「カメェ~……」
因みに大亀のシマの場合は常軌を逸していた。彼は頭を上に向けて口から水を吐き出すとそれを全身にかぶり、土埃がこびりついた甲羅を洗い流してお湯溜まりに入った。もう色々とアレだ。
「二人ともお疲れ様。今日は沢山仕事させてしまったけど、また明日からも頼むな」
「クマ!」
「カメ!」
今日一日、戦闘に拠点造りにこの露天風呂にと、存分に働いた二匹に労いと明日からも続く労働の願いを口にした男に、熊と亀の二匹は「気にすんな!」と鳴いた。
一人では満足に生きて行く事の出来ない無能な男を家族とし、この世界で一番の辺境について来たのは自分たちの選択なのだからと。今更遠慮すんなよと。
「ははっ、サンキュ。んじゃあ明日に備えてまったりとしますか」
「あい~」
「クマッ」
「カメ~」
遮る物の一切ない開放的すぎる露天風呂。空を見上げれば無数の星々が煌めき、地平を眺めれば延々と続く闇の世界がある。絶景を通り越して恐怖すら湧いてくる光景だが、これが今彼らが持つ全てだった。
しがらみの多い俗世を捨て、しかし寄る辺の無い男たちが選んだ自分たちの国造り。その始まりとしては出来過ぎな方だと男は思った。
▼
「ちち~、はたけができたよ~」
「おお、今行く~」
翌日の昼過ぎ。大亀シマの《超能力》によって建てられた家の前で半分に切った芋を乾かしていた男の所に、小さな女の子モモが空を飛んで来た。
背中から生えた茶褐色の縞模様の羽を羽ばたかせ、しかしそれを空中で消すとクルリと一回転して男が差し出した腕の中に着陸した。
「うう~ん。このまま干してても大丈夫かな?」
「だいじょーぶだよー、キンタがしゅぎょうがてら、なわばりつくってるしー」
「お? そうなのか……。そんじゃ行くか」
縄張りとかあいつも熊らしい所あるんだなあと変に感心した男は、前提になっている修行とか熊がするわけないと言う事が頭から抜け落ちていた。
だがまあそれなら一応安全かと、貴重な食料である《種芋》をその場に放置して畑予定地に移動した。
それなりに立派な拠点となった家から少々離れた場所に、地面が柔らかく掘り起こされた場所が出来ていた。その場所に居るのは大亀のシマで、今も丸い目に琥珀色の光を宿らせ《超能力》で地面を動かしていた。
「お疲れーシマ~。おっ、随分と柔らかくなったな」
「カメ」
シマに労いの言葉をかけつつも、柔らかく盛り上がった土に手を入れる男。その手に伝わって来るのはどこまでも乾いた感触だ。
「やっぱ乾いてるな。……まあ当然か」
男は想像通りの結果に納得した。なにせこの死の大地は作物が育たない不毛の土地として過去の開拓者たちを退け、結果数百年もの永きにわたって人を寄せ付けなかった大島だ。
そもそも草木が生える事も殆どないので、土壌の改善など自然でなされるわけもない。されたとしてもまだ数百年から千年単位の時間が必要である。
――が、それは自然のままならの話だ。
「このままじゃあ種から育てるのは無理だな。仕方ない。シマ、悪いけど今日の畑造りは終わりだ。……念のため柵代わりに土壁で囲って貰えるか?」
「カメー」
命の息吹を感じない不毛な手応えに当初の予定を変更した男は、何も植えていない畑には必要ないものの、後で必要となってくる土壁の建築をシマに依頼した。
先ほどモモが言っていたように、キンタの縄張りとなっているこの近辺に凶獣が近づかないとしても、危険な獣が多く生息している事には違いはないのだ。
結局の所、開拓とは作物をどう育てるかが決める事業だ。万全を期しても満ち足りると言う事はない。
「畑はシマに任せるとして、次は水路の確保か。モモ、キンタは何時ごろ戻って来るって?」
大熊のキンタは拠点から人間の足で1時間ほど離れた場所にある川に行っていた。しかし水を汲みに行った訳では無く、人が聞けば正気を疑うような内容の仕事を行っているのである。
「う~ん、ひがしずむまえにはっていってたよ」
「まだ先だな。モモ、俺は家で種芋の用意を続けるけど、どうする?」
「いく~」
男とモモは仕事を続けるシマと別れ、細々とした仕事を片付けに拠点へと戻った。
――そして時間は過ぎて太陽が随分と下に移動した辺り。しかし夕暮れにはまだ少々の余裕があるそんな時間。
種が使えない以上は仕方がないと、芋好きの男が泣く泣く手持ちの芋を全て種芋に加工し、日が暮れる前にと家の中に取り入れていた時の事だ。
そろそろ川に出掛けていたキンタが帰って来るころだろうと、空の上からキンタが向かった方角を眺めていたモモが声を上げた。
「父ーキンタがかえってきたよー」
「おっ、早いな! いや速すぎるな!?」
モモの声に驚きで返す男。キンタの帰りを待ちわびてはいたのだが、彼に任せた仕事の内容は短時間で出来るものではなかったからだ。それこそ常人なら数カ月はかかる内容である。
それが朝一番に出て行った熊一匹が一日とかからずやって来るなぞ驚愕ですら物足りない表現であろう。
「父ーいこー」
「お、おう。行くか……」
元々そうなのだが、最近頓に熊離れ?してきたキンタに戦慄を覚えた男は、モモに促されて恐々としながらもキンタが帰って来た方へと歩き出した。
さて、突然ではあるが、一匹の熊の話をしよう。その名をキンタ。彼を拾った恩人モモの養父から貰った名である。
ただの熊である両親から《超獣》として生まれて来たキンタは、他の例がそうであるように親から疎まれ、乳飲み期間が終わると同時に群れから放逐された。
いかに種の枠を超えた能力を持つ《超獣》とはいえ、子供時期は弱弱しいものである。特に知識面が顕著であろう。採取の仕方も狩の方法も知らない彼は徐々に弱って行き、孤独の中でやがて力尽きた。
その折に彼が願ったのは“強くなる事”だった。採取は季節に左右されるのだから仕方がない。だが狩りは違う。強ければどんな獲物でも狩れ、腹もすく事はないのだと。
しかしそれは後の祭り。今にも力尽きそうな彼に強くなるための時間は残されていなかった。
だが捨てる神あれば拾う神あり。親に捨てられ息絶えようとしている小熊のキンタを見つめる小さな目が一対。
「父ー、くまがねてるよー」
「熊?! モ、モモ! こっちに来なさい!」
「えーなんでー?」
それが彼にとっての運命の日であり、再び家族を得た日でもあった。
そして生き延びた彼は純粋なまでに強さを求めた。
初めは熊として、生物としての成長を。次に《超獣》として生まれ恵まれた身体能力を元に狩りの方法を。しかしそれだけでは微塵も満足できなかった彼は新しい家族となった男から人間の戦い方を学んだ。
「……お前、本当に熊か?」
「クマ」
男が教える戦闘方法。剣と魔法が幅をきかせるこの世界では珍しい戦闘技術である、拳法と呼ばれる戦闘術を真綿に水が染み込むが如く吸収していくキンタ。それはキンタが《超獣》としての成長を全て肉体強化に注ぎ込んで行った事で人知を超えた昇華を遂げる。
「クマ」
肉球のついた手を握り込み、拳を作る。それを後ろに引き、踏みしめた足の裏から膝、腰、肩から腕を前に突きだして肘、手首へと力をねじりながら伝えて行き、最後に爆発させる勢いで拳を突き立てる。
炸裂する。爆発する。地が揺れる。もうもうと土煙が舞い上がり、砕け散った礫が火に弾けた薪の如く飛び散って行く。
「クマ、クマ」
無心。ただひたすらに。キンタの岩の如き拳が乾いた地面を穿ち抉って行く。止まる事を知らないそれは、暴走した馬車のように爆進して行く。
「クマ、クマ、クマ、クマッ、クマァッ! クマクマクマクマクマクマクマクマクマクマッァァァァァ!!」
その光景を遠目から眺める男とモモは、見る間に長くなっていく一本の溝を見て呟いた。
「もう熊じゃねえな、アイツ」
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