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前編
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時々人間は猫や鳥になりたいって言うけど、俺達猫だって人間同様色々ある。
例えばだって?
それは――
「ハル、また駄目だったよ」
学ラン姿の少年が部屋に入ってくるなり深い溜息を吐き出す。
清潔感溢れる短めに切られた髪と切れながの瞳を持つ彼は、俺の主である青木陸だ。
子猫の時に捨てられていた俺を拾ってから、俺は陸の家族となった。
この辺りでは名が知られている進学校に通いながら、幼少期から習っていた剣道を続け、今は高校の剣道部にて竹刀を振っている。
陸は剣道の大会で何度も優勝しているくらいの実力の持ち主で文武両道な我が主である。
しかも、優しい。すごく優しい。
怪我している野良猫を病院に連れて行ったり、里親を探したりと深い慈悲も持っている。
勉強もスポーツも出来て、おまけに性格も良いイケメンだ。
……まぁ、多少は飼い猫フィルターがかかっているかもしれないけど。
いつも無表情でクールなタイプだと周りには思われているが、実は違うのも俺は知っている。
俺に触れる時に顔を緩めたり、今日あった出来事をしゃべってくれたり。
俺と陸は家族であり友人でもある関係。
「ハル~」
陸は俺に泣きつくような声を上げ、ベッドでゴロゴロしていた俺の横に寝転がった。
きっと『あの事だろうなぁ』。またって言っていたし。
「俺はいつになったら夏川さんを映画に誘えると思う?」
「にゃ~」
やっぱり、またか! と俺が鳴けば、陸が「聞いてくれるのか。本当にハルは優しいなぁ」と俺の喉元を撫でたため、気持ちよくて目を細めてしまう。
家族関係も友人関係も良好で何一つ問題はないように見えるが、実は陸には弱点がある。
それは、『恋愛に関してヘタレ』なこと。
陸は中学から片思いしている大好きな夏川さんを映画に誘いたいらしいが、未だに誘えてないらしい。
映画の前売り券が発売された頃に夏川さんを誘う! と俺に宣言。
チケットを買って来たと報告を受けてから時は流れ、あと二週間くらいで映画が公開終了してしまうまで過ぎ去ってしまった。
時間の速さってほんと残酷。
「にゃ~」
俺は撫でている陸の腕から逃れると、立ち上がってもっと近づくために陸の胸元へと向かう。
ゆっくりと体をベッドに寝て陸にぴたりと体をくっつければ、猫の鼓動と違う大きな鼓動が聞こえる。
世界で一番落ち着く匂いも、俺の事を触れる大きくて骨ばった手も大好きだ。
「ハル。後で写真撮らせて。夏川さん、動物が好きみたいなんだ」
「にゃ」
俺は短く鳴いて了承しながら、写真撮っても見せられないだろうなぁと思った。
――俺が人間なら、手伝ってあげられるのに。
人間と猫は体も言葉も違う。
猫だから仕方ないし別にどうでもよいと思っていたけど、陸に拾われてから人間になりたいって何度も心から強く願ってしまう時がある。
人間なら、陸を助けられるのになぁって。
+
+
+
翌日。俺は定期的に開かれる猫の集会に参加していた。
場所は公園の片隅。
園内を覆うようにぐるりと瑞々しい葉を付けた木々が周りを囲んでいるのだが、その下に俺達はいる。
猫は飼い猫から野良猫までこの辺りで暮らしている猫ばかり。
ひなたぼっこをするには光が眩しいけど、天を覆うように俺達の存在を太陽から隠してくれている葉のお蔭が守ってくれていた。
「はぁ? 陸の奴、まだ映画のチケットを渡していないだって?」
「あの映画、あと二週間くらいで公開終わるだろ。うちの奈美が見に行きたいって言っていたからな」
俺の傍にいた黒猫・ナイトと、茶虎の猫・寅之助があきれた声で口を開く。
「時々思うんだ。俺が人間だったら、陸を応援できるのにって。ほら、猫だから何もできないじゃん」
「確かに俺も時々思う。仕事で疲れている奈美を俺の魅了的な毛並でもふらせることしかできないし」
「でもさ、人間でも難しくないか? ヘタレを矯正させるのって」
「陸も私達と接するように気を抜いて接すればいいのにね」
白猫のスモモがため息交じりで口にする。
ここにいる猫達は、陸のことを知っていた。
俺が猫の集会で陸のことを話すし、陸が里親を見つけてくれた猫もいるから。
「夏川さんって陸と同じ高校なんだっけ?」
「そう。中学から学校が一緒だった子。ほら、川の近くに赤い屋根の家があるじゃん? あそこの家」
「あー、あそこか」
「中学からずっと片思い。陸、結構イケメンだと思うんだけどなぁ。ヘタレさえなければ誘っても了承されそうなのに……」
「そのヘタレが問題じゃん」
「あー、うん。まぁ、そうなんだけど。でも、それが俺が大好きな陸だし」
もういっそのこと、夏川さんに俺がチケットを持って行ってやろうからすら考えてしまう。
家に勝手に置いて来ても落とし物だって思われてしまう可能性が高いし、猫だから文字も書けない。
「たぶん、今日も渡せないから落ち込んでくると思う。陸に元気になって欲しいんだけど」
「落ち込むなって。俺達も協力するからさ」
「そうそう。陸を元気づけてやるの手伝うよ。あっ、そうだ! 猫の集会に呼ぼうぜ。あいつなら、俺達も賛成するし」
「いいな、それ」
「私も賛成」
みんな口々に賛成してくれた。
集会が終わり、いつものように部屋で陸を待っていれば、デジャヴかな? と思うようにまた陸が「駄目だった」と戻ってくるのも目にすることに。
例えばだって?
それは――
「ハル、また駄目だったよ」
学ラン姿の少年が部屋に入ってくるなり深い溜息を吐き出す。
清潔感溢れる短めに切られた髪と切れながの瞳を持つ彼は、俺の主である青木陸だ。
子猫の時に捨てられていた俺を拾ってから、俺は陸の家族となった。
この辺りでは名が知られている進学校に通いながら、幼少期から習っていた剣道を続け、今は高校の剣道部にて竹刀を振っている。
陸は剣道の大会で何度も優勝しているくらいの実力の持ち主で文武両道な我が主である。
しかも、優しい。すごく優しい。
怪我している野良猫を病院に連れて行ったり、里親を探したりと深い慈悲も持っている。
勉強もスポーツも出来て、おまけに性格も良いイケメンだ。
……まぁ、多少は飼い猫フィルターがかかっているかもしれないけど。
いつも無表情でクールなタイプだと周りには思われているが、実は違うのも俺は知っている。
俺に触れる時に顔を緩めたり、今日あった出来事をしゃべってくれたり。
俺と陸は家族であり友人でもある関係。
「ハル~」
陸は俺に泣きつくような声を上げ、ベッドでゴロゴロしていた俺の横に寝転がった。
きっと『あの事だろうなぁ』。またって言っていたし。
「俺はいつになったら夏川さんを映画に誘えると思う?」
「にゃ~」
やっぱり、またか! と俺が鳴けば、陸が「聞いてくれるのか。本当にハルは優しいなぁ」と俺の喉元を撫でたため、気持ちよくて目を細めてしまう。
家族関係も友人関係も良好で何一つ問題はないように見えるが、実は陸には弱点がある。
それは、『恋愛に関してヘタレ』なこと。
陸は中学から片思いしている大好きな夏川さんを映画に誘いたいらしいが、未だに誘えてないらしい。
映画の前売り券が発売された頃に夏川さんを誘う! と俺に宣言。
チケットを買って来たと報告を受けてから時は流れ、あと二週間くらいで映画が公開終了してしまうまで過ぎ去ってしまった。
時間の速さってほんと残酷。
「にゃ~」
俺は撫でている陸の腕から逃れると、立ち上がってもっと近づくために陸の胸元へと向かう。
ゆっくりと体をベッドに寝て陸にぴたりと体をくっつければ、猫の鼓動と違う大きな鼓動が聞こえる。
世界で一番落ち着く匂いも、俺の事を触れる大きくて骨ばった手も大好きだ。
「ハル。後で写真撮らせて。夏川さん、動物が好きみたいなんだ」
「にゃ」
俺は短く鳴いて了承しながら、写真撮っても見せられないだろうなぁと思った。
――俺が人間なら、手伝ってあげられるのに。
人間と猫は体も言葉も違う。
猫だから仕方ないし別にどうでもよいと思っていたけど、陸に拾われてから人間になりたいって何度も心から強く願ってしまう時がある。
人間なら、陸を助けられるのになぁって。
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翌日。俺は定期的に開かれる猫の集会に参加していた。
場所は公園の片隅。
園内を覆うようにぐるりと瑞々しい葉を付けた木々が周りを囲んでいるのだが、その下に俺達はいる。
猫は飼い猫から野良猫までこの辺りで暮らしている猫ばかり。
ひなたぼっこをするには光が眩しいけど、天を覆うように俺達の存在を太陽から隠してくれている葉のお蔭が守ってくれていた。
「はぁ? 陸の奴、まだ映画のチケットを渡していないだって?」
「あの映画、あと二週間くらいで公開終わるだろ。うちの奈美が見に行きたいって言っていたからな」
俺の傍にいた黒猫・ナイトと、茶虎の猫・寅之助があきれた声で口を開く。
「時々思うんだ。俺が人間だったら、陸を応援できるのにって。ほら、猫だから何もできないじゃん」
「確かに俺も時々思う。仕事で疲れている奈美を俺の魅了的な毛並でもふらせることしかできないし」
「でもさ、人間でも難しくないか? ヘタレを矯正させるのって」
「陸も私達と接するように気を抜いて接すればいいのにね」
白猫のスモモがため息交じりで口にする。
ここにいる猫達は、陸のことを知っていた。
俺が猫の集会で陸のことを話すし、陸が里親を見つけてくれた猫もいるから。
「夏川さんって陸と同じ高校なんだっけ?」
「そう。中学から学校が一緒だった子。ほら、川の近くに赤い屋根の家があるじゃん? あそこの家」
「あー、あそこか」
「中学からずっと片思い。陸、結構イケメンだと思うんだけどなぁ。ヘタレさえなければ誘っても了承されそうなのに……」
「そのヘタレが問題じゃん」
「あー、うん。まぁ、そうなんだけど。でも、それが俺が大好きな陸だし」
もういっそのこと、夏川さんに俺がチケットを持って行ってやろうからすら考えてしまう。
家に勝手に置いて来ても落とし物だって思われてしまう可能性が高いし、猫だから文字も書けない。
「たぶん、今日も渡せないから落ち込んでくると思う。陸に元気になって欲しいんだけど」
「落ち込むなって。俺達も協力するからさ」
「そうそう。陸を元気づけてやるの手伝うよ。あっ、そうだ! 猫の集会に呼ぼうぜ。あいつなら、俺達も賛成するし」
「いいな、それ」
「私も賛成」
みんな口々に賛成してくれた。
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