楽な片恋

藍川 東

文字の大きさ
2 / 13

夏 1/3

しおりを挟む
 高校三年生にとって夏休みは、学校という拘束からの解放感と、数か月後に迫った人生の岐路への不安を抱えた、落ち着かない日々の始まりかもしれない。

 しかしながら、付属大学への推薦枠に引っかかっている自分の成績表を確認すれば、僕にとってはモラトリアム猶予期間であり、かつ、自分の年齢的有利が失われるまでのカウントダウンだ。

 教師がいくら力を込めて語っても、生徒たちにとっては馬耳東風な『正しい夏休みの過ごし方』の話が終わると、生徒たちはひとつのまとまりから、紐が解かれたように思い思いに動く。

 さっさと教室を出ていくのでも、初日から夏季講習に行くのか重そうなかばんを抱えているのもいれば、成績表もポケットに押し込み、ほとんどスマホだけ持って、身軽に街に出ていくのもいる。
 なんとなくの名残惜しさと、明日からの期待をない交ぜにして、だらだらと教室に残っているのも。

 僕はいつもより少しだけゆっくりと身支度をすると、鞄を持って立ち上がった。
 教室でのカーストは『中の下』といったところなので、特に目立つこともなく、絡まれることもなく、気の置けない友人たちと教室を後にする。
 「え~、どっかよってこーぜ」
 「だな。小腹すいてるし。蓮見も行くだろ?」
 「行くよ。夏休みの宿題オークション、するから」
 僕の言葉に、友人たちが非難の雄たけびを上げる。
 「でーっ。初日からなんてことゆーんだよっ」
 それをいなすのも、毎年の恒例行事だ。
 「資金が潤沢なうちに、取り決めておかないとね。いくら僕だって、夏休みの最終日にひと夏の思い出も作れなかった敗残者たちから、巻き上げ……もとい、諸々を提供いただくのは、気が引けるじゃないか。それなら、夢と希望と幻想がある今のうちに回収しておいた方が、僕の良心も痛みにくいし」
 男子高校生が廊下で苦悶していても、なんの訴求力もない。
 ただただ邪魔なだけだ。
 「俺、国語と社会と英語を落札するから」
 「は? ふざけんなし。英語はゆずらねー」
 女の子でもいれば、馬鹿さ加減を注意してくれるんだろうけれど、あいにく中高一貫の男子校では、教室内のカーストがどうあろうと、高校三年生は『神』か『隠居』。
 すれ違う下級生たちは、その場では文句もいわずに避けてくれている。
 カースト『中の下』である僕の夏休みの宿題の出来栄えなんて、本来は友人たちとそんなに変わらないのだけれど、長期休暇の宿題だけは、ちょっと違う。
 完璧に仕上がった宿題を、各教科ごとに、宿題の提出日前日に書き写させる。
 データで出回せないように、目の前でだけ。
 落札に現金はNG。
 菓子やジュースや、同じゲームをしていれば、ちょっとした共闘とか。
 僕の周りは推薦狙いがほとんどなので、まぁ、のんきなもんだ。
 友人たちも、中学からの繋がりなので、僕が『完璧な宿題』を提供できる理由も知っている。

 だらだらとじゃれ合いながら歩き、昇降口についたところで、後ろから声をかけられた。
 「さわちゃん」
 この世で僕、蓮見早良はすみ さわらをそう呼ぶのは、母親と母方の祖母と、女性ではあとひとりの三人だ。
 男では、こいつひとり。
 半身で振り返って、少し上にある顔を見上げる。
 相変わらずの、イケメンだ。
 「ん? ゆう。お前も今帰り?」
 こいつを『ゆう』と呼ぶのは、何人いるんだろう。
 こいつの母親の夕夏さんは『優一朗』って呼ぶし、俺の父さんは『優一朗くん』って呼ぶ。俺の母さんは『ゆうちゃん』って呼んでいる。
 同級生に『ゆう』の呼び方を赦した奴がいるかどうか、僕は知らない。

 「ううん。これから生徒会の打ち合わせがあるから、まだ帰れないんだ」
 少し眉をひそめて、優一朗は答える。
 昔は見上げられていたのに、いつの間にか背丈も何もかも抜かれて、今では一歳の年の差だけが、僕のアドバンテージだ。
 「そ」
 「そんなに時間はかからないと思うんだけど、待っててくれる?」
 男子校といっても、知力・体力・人望+イケメンとカミサマが寵愛を注ぎまくったこいつ、片桐優一朗かたぎり ゆういちろうからこんなおねだりをされて、断る奴はいない。
 僕意外。
 「無理。こいつらと帰るし」
 僕は親指で、背中の友人たちを刺した。
 優一朗の視線が友人たちに流れる。
 品行方正な生徒会長、片桐優一朗は、幼馴染の友人である先輩たちに、後輩としてきちんと接する。
 今気づきました、といったていで会釈する。
 背後の気配がビビりまくってるのは、なんでだ?
 「残念。じゃあ、明日、さわちゃんの部屋に行っていい?」
 小学校以来、夏休みの初日はお互い宿題を持ち合って、『勉強会』をしている。
 はるか昔は、僕が優一朗に教えていたけれど、今は一学年下の優一朗が僕の宿題の添削をする。
 おかげで僕は、オークション出品ができる、というわけだ。
 「え? 来ない気だったのか? 母さんがゆうに食べさせるって、はりきって料理仕込んでるぞ」
 「本当に? おばさんのご飯、俺好きなんだ」
 優一朗は『花がほころぶように』笑った。
 高校二年生の男子に使う形容詞じゃないが、反論がある奴はいないだろう。
 実際、廊下や教室のそこここから投げられる視線は、七割が憧れと称賛(学年関係なし)、二割が嫉妬(学年は関係ないが、自意識にが高いやつほど自意識を削られてる系多し)、後の一割はガチ……というか僕は一切関わらない。男子校だぞ、ここは。
 「そういうお世辞は、本人の目の前でいってやって。じゃ、明日な」
 「うん。楽しみだな。また帰ったら連絡するね」

 ひらひら、と顔の横で手を振ると、同じように返してくる。
 その手の平の高低が、手の平一つ分違う。
 昔は、僕の方が頭半分高かったのに。
 今で僕を見れば笑顔になるけれど、昔見上げられた『何でもできるオニイチャン』という視線は、いつの間にか消えていて、今はきっとつむじを見下ろされている。

 「何回見ても、『ザッツパーフェクト』って感じだよな、蓮田の幼馴染は」
 「そうだね。昔は可愛かったんだけど」
 初めて会ったときは、零れ落ちそうなほど大きな目で、夕夏おばさんの服を握りしめながら、じっと僕のことを見ていた。
 なんてかわいい子なんだろう、この子は僕が守ってあげなくちゃ、なんて幼心の騎士道精神を燃え上がらせた相手は、今はこちらが見上げる『ミスターパーフェクト』だ。
 およそ比較ができるものーー身長、学力、外面、人望etcーーなにひとつ敵わない。
 唯一のアドバンテージが『ひとつ年上』なことだけれど、それも高校卒業までだ。
 それより先は、あいつの背中を見上げながら、『あいつと同じ学校でさ』なんて誰かに自慢するくらいだろう。

 あぁ。
 本当に天と地、月とすっぽん
 男子高校生、ということしか共通項目がないような存在。
 夜空の星に手を伸ばすように、僕は優一朗に恋をしている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした

たっこ
BL
【加筆修正済】  7話完結の短編です。  中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。  二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。 「優、迎えに来たぞ」  でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。  

【幼馴染DK】至って、普通。

りつ
BL
天才型×平凡くん。「別れよっか、僕達」――才能溢れる幼馴染みに、平凡な自分では釣り合わない。そう思って別れを切り出したのだけれど……?ハッピーバカップルラブコメ短編です。

【8話完結】強制力に負けて死に戻ったら、幼馴染の様子がおかしいのですが、バグですか?

キノア9g
BL
目が覚めたら、大好きだったRPGの世界に転生していた。 知識チートでなんとか死亡フラグを回避した……はずだったのに、あっさり死んで、気づけば一年前に逆戻り。 今度こそ生き残ってみせる。そう思っていたんだけど—— 「お前、ちょっと俺に執着しすぎじゃない……?」 幼馴染が、なんかおかしい。妙に優しいし、距離が近いし、俺の行動にやたら詳しい。 しかも、その笑顔の奥に見える“何か”が、最近ちょっと怖い。 これは、運命を変えようと足掻く俺と、俺だけを見つめ続ける幼馴染の、ちょっと(だいぶ?)危険な異世界BL。 全8話。

兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?

perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。 その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。 彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。 ……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。 口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。 ――「光希、俺はお前が好きだ。」 次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。

君の1番にならせて‼︎

小麦
BL
【ツンデレ一途微執着年下攻め×無意識翻弄鈍感年上受けの幼馴染BL】  高2の夏希には学校に憧れであり推しの男子がいる。その男子の恋路を応援したものの、推しが幼馴染と付き合い始めたのを見て夏希はショックを受ける。  そんな夏希は、推しの彼女の弟であるもう1人の幼馴染・晴に話を聞いてもらうことにする。1つ歳下でツンデレ気味な晴が不機嫌ながらに夏希に告げた言葉は──?

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

ポメった幼馴染をモフる話

鑽孔さんこう
BL
ポメガバースBLです! 大学生の幼馴染2人は恋人同士で同じ家に住んでいる。ある金曜日の夜、バイト帰りで疲れ切ったまま寒空の下家路につき、愛しの我が家へ着いた頃には体は冷え切っていた。家の中では恋人の居川仁が帰りを待ってくれているはずだが、家の外から人の気配は感じられない。聞きそびれていた用事でもあったか、と思考を巡らせながら家の扉を開けるとそこには…!※12時投稿。2025.3.11完結しました。追加で投稿中。

本気になった幼なじみがメロすぎます!

文月あお
BL
同じマンションに住む年下の幼なじみ・玲央は、イケメンで、生意気だけど根はいいやつだし、とてもモテる。 俺は失恋するたびに「玲央みたいな男に生まれたかったなぁ」なんて思う。 いいなぁ玲央は。きっと俺より経験豊富なんだろうな――と、つい出来心で聞いてしまったんだ。 「やっぱ唇ってさ、やわらけーの?」 その軽率な質問が、俺と玲央の幼なじみライフを、まるっと変えてしまった。 「忘れないでよ、今日のこと」 「唯くんは俺の隣しかだめだから」 「なんで邪魔してたか、わかんねーの?」 俺と玲央は幼なじみで。男同士で。生まれたときからずっと一緒で。 俺の恋の相手は女の子のはずだし、玲央の恋の相手は、もっと素敵な人であるはずなのに。 「素数でも数えてなきゃ、俺はふつーにこうなんだよ、唯くんといたら」 そんな必死な顔で迫ってくんなよ……メロすぎんだろーが……! 【攻め】倉田玲央(高一)×【受け】五十嵐唯(高三)

処理中です...