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第一夜『星巡りの夜』
其之四:不審火、燻る
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飛脚問屋・桃園谷駅前店で、小紅たちが忙殺されていた頃。
桃園谷の東地区、寺町の中のとある火災現場で、二つの人影が焼け焦げた瓦礫の陰に静かに佇んでいた。
一人は輝くばかりの長く白い髪をポニーテールにまとめ、白い甲冑に白い刀と脇差を二本差しにした剣士姿の女性。もう一人は辛子色の髪に右目を眼帯で隠し、腰に二丁の銃を下げた、外套にブーツ姿の若い男性である。
二人とも派手な出で立ちと人間離れした美しく整った容姿をしている。人前であればさぞ衆目を集めただろうが、あいにく現在この場所には厳戒な規制が敷かれており、猫の子一匹入ることが出来ないようになっている。
この場所にはつい前日まで、立派な武家屋敷が建っていた。
昨晩、この屋敷から原因不明の火の手が上がり、複数名の死者を出すという痛ましい出来事があった。既に鎮火しているものの建物は全焼し、生存者も見つかっていないという。
本来ならば、消防や警察が実況見分を行っている筈の現場。しかし今ここに人間は一人もいない。木と金属と油の焦げた臭いの中で煤まみれになりながら黙々と忙しなく作業しているのは、皆ロボットである。
───人間は一人もいない。つまり、この二人もまた人ではない。
二人の人の形をした者たちは互いに両手を取り合い、額を合わせて何かに集中するように目を閉じている。
ややあって、二人は同時にぱちりとその両眼を開いた。
「…やはり、『「お」の二番』の寓主圏域内に反応はありませんね」
白い女剣士が抑揚のない無機質な口調で、しかし透き通るような済んだ声で言った。
「んン~。六割八分二厘くらいィ、この近くでスリープしてる可能性が一番高いんだけどなァ~?」
話しかけられた男銃士の方は、対照的に特徴のある間延びした口調だ。
二人は手を離すと、それぞれに思案顔で小首を傾げた。
「夕べの報告に間違いがなければ、「お」の二番は相当な深手を負った筈。そう遠くへは行けないでしょう。それなのに寓主徽章の通信回線でも見つからないという事は」
「探知できないほど破壊された可能性が一割四分八厘。何らかの理由で寓主圏域から出た可能性が一割二分。その他諸々の要因がまとめて五分…」
足元に何本も生えている黒焦げの杭を足で軽く蹴り倒しながら、男銃士がのんびりと答えると、女剣士はあからさまに厳しい表情を浮かべた。
どうやら機嫌を損ねたことに気付き、男銃士は肩を竦める。
「仕方ないでしょォ、アイツの寓主圏域狭すぎだもの。この方法でこれ以上広い範囲を読み取るのは不可能だよォ」
「…いずれにせよ、早急に「お」の二番を捜索すべきとわたくしは考えます」
「そーは言うけどォ。今最優先すべきは『氷棺』でしょォ?まずはこの『氷棺作戦』に集中するべきじゃなァい?」
「時間が経ち過ぎています。「お」の二番が部外者と接触する危険性が高まります」
「…確かにィ、一割二分のうち、第三者に持ってかれた可能性も七分三厘だけどォ~…」
「もしそうであればゆゆしき事態です。一刻も早く行方を突き止めなければ」
「じゃァどうするゥ?捜索範囲拡大してみるゥ?」
「………それは」
「となるとォ、僕らもここから移動しないとねェ。すんなり通してもらえるかな~ァ?」
「……………」
高い塀に遮られた向こうでは、大勢の野次馬やマスコミが中の様子を探ろうと押し合いへし合いしている筈だ。
この火災は、皮肉にも今夜から開催される星まつりを皆が心待ちにしていた中で起きた。その上、屋敷の主はこの町の者なら知らぬ人はいないほどの有名人なのである。祭りの空気が盛り上がるさなかに突如起きた原因不明の惨事に、人々の動揺と好奇心はピークに達しているだろう。
そんなところへのこのこと出ていこうものなら、たちまち囲まれ身動きが取れなくなってしまうだろうことは目に見えている。
彼らは今、とある極秘の任務に就いている。こんなところで意見を言い合っている場合ではないのだ。
「それにィ、反応が無いってことは…アイツは今も稼働中で意図的に身を隠してる可能性も五分のうちだよォ。もしかしたら案外近くにいてェ、ここに来る算段でも練ってるのかもねェ~」
「……………」
苛立つ女に、なだめる男。普段からの二人の関係性が垣間見えるようなやり取りを、周りのロボット達は冷やかすでもなく黙々と作業を続けている。
「落ち着きなよォ、彗ちゃァん。外には機巧警邏隊もいる。どこかに落ちてようと隠れてようと、いずれ見つかるよォ。それに…『あれ』はまだここにあるんだからさァ」
男銃士は、彼らがその傍らに立っていた一際高い瓦礫の山を見上げた。
まだまだ高い位置にある夏の日差しの下、黒々と積み上げられた瓦礫の表面からは、ゆらゆらと陽炎が立ち上っている。
時折、山そのものがくにゃりと揺れているように見えたが、それを指摘する者もここにはいない。
「人間さん達はまだしばらく引かないだろうしィ、搬出はきっと夜中になるよねェ。それにアイツがもし無事だとすればァ、動きがあるのはどっちにしろ…夜だ」
「…分かりました。「お」の二番の捜索を中止し、氷棺作戦の確度を上げるため準備を進めましょう」
女剣士はようやく同意したものの得心は出来ていないのか、その端正な眉を顰めて語気を強めた。
「しかし「お」の二番は捨て置けません。少しでも反応があれば、直ちに『処理』に向かいます」
「やれやれェ、了解。まァ…アイツを放っといたらヤバいってのは、同感だけどねェ…」
桃園谷の東地区、寺町の中のとある火災現場で、二つの人影が焼け焦げた瓦礫の陰に静かに佇んでいた。
一人は輝くばかりの長く白い髪をポニーテールにまとめ、白い甲冑に白い刀と脇差を二本差しにした剣士姿の女性。もう一人は辛子色の髪に右目を眼帯で隠し、腰に二丁の銃を下げた、外套にブーツ姿の若い男性である。
二人とも派手な出で立ちと人間離れした美しく整った容姿をしている。人前であればさぞ衆目を集めただろうが、あいにく現在この場所には厳戒な規制が敷かれており、猫の子一匹入ることが出来ないようになっている。
この場所にはつい前日まで、立派な武家屋敷が建っていた。
昨晩、この屋敷から原因不明の火の手が上がり、複数名の死者を出すという痛ましい出来事があった。既に鎮火しているものの建物は全焼し、生存者も見つかっていないという。
本来ならば、消防や警察が実況見分を行っている筈の現場。しかし今ここに人間は一人もいない。木と金属と油の焦げた臭いの中で煤まみれになりながら黙々と忙しなく作業しているのは、皆ロボットである。
───人間は一人もいない。つまり、この二人もまた人ではない。
二人の人の形をした者たちは互いに両手を取り合い、額を合わせて何かに集中するように目を閉じている。
ややあって、二人は同時にぱちりとその両眼を開いた。
「…やはり、『「お」の二番』の寓主圏域内に反応はありませんね」
白い女剣士が抑揚のない無機質な口調で、しかし透き通るような済んだ声で言った。
「んン~。六割八分二厘くらいィ、この近くでスリープしてる可能性が一番高いんだけどなァ~?」
話しかけられた男銃士の方は、対照的に特徴のある間延びした口調だ。
二人は手を離すと、それぞれに思案顔で小首を傾げた。
「夕べの報告に間違いがなければ、「お」の二番は相当な深手を負った筈。そう遠くへは行けないでしょう。それなのに寓主徽章の通信回線でも見つからないという事は」
「探知できないほど破壊された可能性が一割四分八厘。何らかの理由で寓主圏域から出た可能性が一割二分。その他諸々の要因がまとめて五分…」
足元に何本も生えている黒焦げの杭を足で軽く蹴り倒しながら、男銃士がのんびりと答えると、女剣士はあからさまに厳しい表情を浮かべた。
どうやら機嫌を損ねたことに気付き、男銃士は肩を竦める。
「仕方ないでしょォ、アイツの寓主圏域狭すぎだもの。この方法でこれ以上広い範囲を読み取るのは不可能だよォ」
「…いずれにせよ、早急に「お」の二番を捜索すべきとわたくしは考えます」
「そーは言うけどォ。今最優先すべきは『氷棺』でしょォ?まずはこの『氷棺作戦』に集中するべきじゃなァい?」
「時間が経ち過ぎています。「お」の二番が部外者と接触する危険性が高まります」
「…確かにィ、一割二分のうち、第三者に持ってかれた可能性も七分三厘だけどォ~…」
「もしそうであればゆゆしき事態です。一刻も早く行方を突き止めなければ」
「じゃァどうするゥ?捜索範囲拡大してみるゥ?」
「………それは」
「となるとォ、僕らもここから移動しないとねェ。すんなり通してもらえるかな~ァ?」
「……………」
高い塀に遮られた向こうでは、大勢の野次馬やマスコミが中の様子を探ろうと押し合いへし合いしている筈だ。
この火災は、皮肉にも今夜から開催される星まつりを皆が心待ちにしていた中で起きた。その上、屋敷の主はこの町の者なら知らぬ人はいないほどの有名人なのである。祭りの空気が盛り上がるさなかに突如起きた原因不明の惨事に、人々の動揺と好奇心はピークに達しているだろう。
そんなところへのこのこと出ていこうものなら、たちまち囲まれ身動きが取れなくなってしまうだろうことは目に見えている。
彼らは今、とある極秘の任務に就いている。こんなところで意見を言い合っている場合ではないのだ。
「それにィ、反応が無いってことは…アイツは今も稼働中で意図的に身を隠してる可能性も五分のうちだよォ。もしかしたら案外近くにいてェ、ここに来る算段でも練ってるのかもねェ~」
「……………」
苛立つ女に、なだめる男。普段からの二人の関係性が垣間見えるようなやり取りを、周りのロボット達は冷やかすでもなく黙々と作業を続けている。
「落ち着きなよォ、彗ちゃァん。外には機巧警邏隊もいる。どこかに落ちてようと隠れてようと、いずれ見つかるよォ。それに…『あれ』はまだここにあるんだからさァ」
男銃士は、彼らがその傍らに立っていた一際高い瓦礫の山を見上げた。
まだまだ高い位置にある夏の日差しの下、黒々と積み上げられた瓦礫の表面からは、ゆらゆらと陽炎が立ち上っている。
時折、山そのものがくにゃりと揺れているように見えたが、それを指摘する者もここにはいない。
「人間さん達はまだしばらく引かないだろうしィ、搬出はきっと夜中になるよねェ。それにアイツがもし無事だとすればァ、動きがあるのはどっちにしろ…夜だ」
「…分かりました。「お」の二番の捜索を中止し、氷棺作戦の確度を上げるため準備を進めましょう」
女剣士はようやく同意したものの得心は出来ていないのか、その端正な眉を顰めて語気を強めた。
「しかし「お」の二番は捨て置けません。少しでも反応があれば、直ちに『処理』に向かいます」
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