サムライ×ドール

多晴

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第一夜『星巡りの夜』

其之八:サムライ、お預かりします④

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やがて次のニュースに切り替わり、沈黙を破ったのはお人形本人だった。

「…ふむ、分かった。手数をかけさせて申し訳ない」

そう言うと、お人形は片膝を立ててゆっくりと立ち上がった。そして行進でターンをする人のようにぐるりっと体全体の向きを変えると、のそのそと歩きだした。そのまま荷置き場を出ると、カウンターを抜けて出入り口の方に向かっていく。

「えっ、ど、どこ行くの?」
「…何としてでもあそこへ戻らねばならない。世話になった」

どうやら出て行こうとしているようだけれど、既に店のシャッターは降りている。お人形は分厚いシャッターの前まで行くと立ち止まり、ピタリと動きを止めた。
何となく、全員が黙ったままお人形がどうするのかジッと見守ってしまった。…こういう時のロボットのお約束として、シャッターを馬鹿力でぐちゃぐちゃに破壊したり目からレーザーを出して人型の穴を開けたりするものだが…などと古臭い事を考えていると。

「…開けてもらえぬか」

くるりと振り返り、普通に頼んできた。

「あ、あはは…」
「うーん、見た目は人間そっくりだけど…こうして動くの見てるとやっぱり機械なんだなぁ」
「おれ、集荷先の金持ちの家であーいうの見たことあるよー。お掃除ロボットがまだ部屋の間取り憶えてなくて、同じ壁に向かってガッツンガッツンやってんの」

蒼太の例えはあんまりだと思うけど、正直なところ言いえて妙である。あたしは苦笑い交じりに、お人形に声をかけた。

「防犯上、閉店後はシャッター閉めることになってるから、それ以降の出入りは勝手口からよ。ていうかそれより…取り合えずちょっとこっち戻って来なさいな」

お人形は無表情のままじっとこちらを見つめて動かない。あたしの意図を測りかねているのかもしれない。

「ここ座って。右腕見せて?」
「…破損部をか」
「そ、手当てしてあげる」
「…必要ない。破損部が大きすぎるため、パーツ交換以外の対処は無意味だ」
「なーに言ってるの、そんな姿で街中を歩いたら通報されちゃうわよ!いくらおサムライでもそんな傷口むき出しでボタボタ血垂らしてたら、通りすがり全員に二度見されるレベルよ。何より痛々しくて見てらんないわ」
「……なるほど。確かに目立つのは困る」
「でしょ?ほら座って、傷口拭いて包帯巻くから」
「………」

お人形はまた無言で、だけど今度は小さく頷いてカウンターの中に戻ってきた。

「よしよし、良い子ね。ちょっと待ってて」

先程から、彼の欠損した右腕の傷が気になって仕方なかったのだ。動くたびにぽたぽたと床に紅い雫がこぼれ、ポストから拾ってきてもう随分時間が経っている筈なのに止まる様子が無い。
指定した場所にお人形が正座するのを確認すると、あたしは店に併設している住居の方に一旦引っ込んで、押し入れから救急箱を引っ張り出した。それと水を張って手拭いを放り込んだ洗面器を持って戻ると、蒼太とクロ兄さんが興味津々と言った様子でお人形の傷口を覗き込んでいるところだった。

「うひゃぁ…血まみれだぁ。ねぇお人形の兄ちゃん、痛い?」
「…右腕の感覚は切ってある。今は痛みは感じない」
「へぇ、じゃあ普段は痛覚とかちゃんとあるんだ?」
「外部刺激を電脳で分析して適応する電気信号に変換することで人間と同様『五感』として認識することは可能だ」
「……おれ、よくわかんない」
「ま、仕組みとしては僕たち人間の脳とあんまり変わんないってことかな。にしても五感を持つドールだなんて相当……」
「はいは~い、ちょっとどいてちょーだいな!」

あたしは二人の間に割って入ると、お人形の横にドンと洗面器を置き、手拭いを絞った。
そしてお人形のだらりと下がった右腕を手に取り、改めてまじまじと観察してみた。本当によく出来ている。素材が人工物であることは分かるが、とにかく作りがリアルで骨や筋肉の断面が生物のそれそっくりに出来ていて…有体に言ってグロい。回収した時点では、ところどころ金属部分や生物の体内にはありえない蛍光のピンクやオレンジの配線のようなものも見えていたが、こう血に染まってしまっては一見人体と見分けがつかないだろう。

「そういえばこの傷口、触っても大丈夫?感電とかしない?」
「…漏電防止装置が正常に作動している。右腕の通電回路が切り替わっているので、触れても問題はない」

説明されても仕組みはよく分からないけれど、取り合えず大丈夫らしい。

「ほんと血まみれね…ていうか、血?なの?ドールが血を流すなんて…」
「…可動関節部の保護を兼ねた特殊冷却液だ。凝固性がないため一度流れると垂れ流しになるが、上腕部の弁を閉じたのでいずれ止まる」
「…『紅漿べにおもゆ』かよ」

背後からぼそりと声が聞こえて振り返ると、いつの間にかすぐ隣の店長デスクの座椅子に移動していたハク兄さんが、背もたれに頬杖をついてこちらを眺めていた。

「ハク兄さん…?今何て?」
「ん?あ~~…いやよ、この手のカラクリ人形の体液って白とか青とかだろ?わざわざ赤い血にするとか、こいつめちゃくちゃ人間に寄せて作られてんだなー、って思ってよ」
「あー確かに!普通は人間と区別するためにわざと変な色にしてるらしいわよね」
「ガワも中身もこんだけ手が込んでんだ。売ったらさぞ良い値が付くだろーなー」
「ちょっと、何てこと言うのよ!………………」

十数秒ほど、静かな時間が流れた。

「……………それで?」
「あん?」
「その…あくまでついでに、よ?折角だから聞くけど………ハク兄さんはこちらの品、いかほどのお見積りで…?」

ハク兄さんは、両腕を頭の後ろに回してうーん、と一つ唸った。

「ま、軽く見積もっても屋敷の一軒や二軒は余裕で建つんじゃねーか」
「えっ………うええええぇぇぇえ!?そんなに!!?」
「こういうのって好事家が多いからなー。もし名のある職人の一点ものとかだったらプレミアも付くだろうし、どこまで値が張るか見当もつかねぇな」
「ひえぇ…そうなんだ…」
「こらこら二人とも、本人の目の前で値踏みなんて失礼じゃないか」

下世話な話を始めたあたし達をクロ兄さんが窘めるが、ここで当のお人形自身が会話に乗ってきた。

「…屋敷というか、ちょっとした城が建つぞ」
「あ、気にしないんだ……え、そんなに!!?」

結局、クロ兄さんも食いついてきた。仕事上礼儀にうるさい店長殿も所詮は平民である。
それにしても、サイボドールがそこまで高価なものだとは知らなかった。心なしか包帯を巻く手も震えてしまう。

「あ、痛っ…」

などと考えていたら案の定、金属の切断面に鋭い部分があったらしく右人差し指を切ってしまった。指先に小さな真一文字の傷が走り、そこからじわじわと血の玉が膨らんでいく。

「姉ちゃん大丈夫?バンソーコ貼る?」
「ありがと。悪いけど貼ってくれる?」
「いいよー」

蒼太がもたもたと絆創膏の包装を外していると、お人形さんがスッと左手を差し伸べてきた。

「…傷を見せてみろ」
「えっ?…えと…うん」

突然のことにビックリして、戸惑いながらも言われるまま右手をその上に乗せる。そしてお人形さんがゆっくりとあたしの指に顔を近づけて──来たかと思うと。
はくっ、と。指を咥えられた。

「……~~~~~~~っ!!?」

瞬間、傷口に何かがするりと優しく触れた、ような気がした。
突然の展開に、あたしだけでなくその場にいた全員が固まってしまった。背後でガチャッと物が落ちる音がしたけど、きっとクロ兄さんがタブレットでも取り落としたんだと思う。
硬直したまま何もできずにいると、やがてお人形の口の中でプシュッと音がして、指先に何か液状のものが吹きかけられた感触があった。

「て、てめっ…このエロ人形!何してやがんだっ!?」

いち早く我に返ったハク兄さんが、勢いよく座椅子から立ち上がる。それとほぼ同時のタイミングでお人形は指から口を離し、あっさりと答えた。

「…うむ。止血した」
「止血…?」
「咽頭部からハイドロゲルが出る。人間の体液に反応して固まり、速やかに止血できる」
「へ、へぇ…そうなんだ」

そう言われて傷口を見ると、確かに血の滲んだ透明な膜のようなものが張っており、既に血は止まっていた。
魔法のような光景に蒼太が歓声を上げる。

「すげぇ~!バンソーコいらずじゃん!」
「…んだよ紛らわしいな。つかなんでよりによって口ン中に…やっぱコイツでもありそーだな」
「ちょっとハク兄さん、それは流石に邪推よ…手当のお礼をしてくれたんでしょ?ありがとう、優しいのね」

あたしがお人形にお礼を言うと、ハク兄さんはいかにもうんざりした表情で座椅子にどっかと座り直した。

「小紅よォ、いきなり指咥えてくるなんざ立派なド変態だぜ。ったく、ほんと女ってのはイケメンに甘ぇよなぁ」
「いやいや、流石に今のは人間だったらどんなにイケメンでも普通に引くわよ…そうじゃなくて、この子はお人形でしょ?そんな下心みたいなのあるわけないじゃない」

言ってはみたものの、どうもさっきは指を舐められた…ような気がする。余分な血をふき取っただけで変な意味はなのだろうと思いつつも、実際妙にドキドキしてしまっている。人間だったらどんなイケメンでも引くと言ったのは撤回しないけど、イケメンのドールだったらなるほどアリだ…と思ってしまったのは秘密である。
そんなあたし達のやり取りを、お人形は不思議そうに半開きの目で見ていたが、やがて合点がいったように小さく頷いた。

「…ふむ、驚かせてしまったようだな。以後この処置に関しては、相手に意識がある場合はその意志を確認してから行うこととする」
「あー、いいのよ気にしないで。でも、そうね…緊急じゃないならその方がいいと思うわ…」

ちょっと驚いたけれど、何せ相手はドール、機械なのだ。人間の感覚が通じるとは限らないし、きっとこういうものなのだろう。
お人形が頷くのを確認すると、あたしは作業に戻ることにした。

「じゃあハク兄さん、包帯巻くの手伝って」
「は!?俺?」
「だってあたし指ケガしちゃったし。この子のおかげで血は止まったけど、痛いものは痛いのよ」
「…………ったくしょうがねぇな…」

ゴネられると思っていたのに意外にもハク兄さんが素直に手伝ってくれたおかげで、何とか形だけはそれっぽく包帯を巻くことが出来た。

手当てをしている間、あたしはずっと考え事をしていた。
───だから、その間ずっとお人形の左目の光が静かに点滅し続けていたことに、最後まで気付かなかった。

そして、救急箱を片付けた後。あたしはその「ずっと考えていたこと」を宣言した。

「ねぇクロ兄さん。このお人形、あたしが天岐多様に届けるわ!」



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