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第一夜『星巡りの夜』
其之七:サムライ、お預かりします③
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「サムライ…ドール?」
「…うむ。訳あって、俺は一刻も早くその伝票の受取人のもとに行かねばならない。しかし今の俺には色々と制限がある。このような状況の場合、飛脚問屋を頼れとの指示を受けている」
「え、そうなのかい?…参ったな、サムライドールなんて聞いたことないけど…」
クロ兄さんが困惑した様子で、タブレットを持ち出し何やら操作し始めた。
『サムライドール』──サイボドールの商品名だろうか。あたしも聞いたことのない言葉だけれど、お人形の口から告げられたその名は妙にストンと胸に落ちてきた。
「…手段は問わぬ。どうか俺をここへ送り届けて欲しい」
「うーん、そう言われてもね…。仕方ない、こうなったら依頼人か受取人に直接連絡しよう」
クロ兄さんはタブレットを再びコードリーダーに持ち替えると、さっき読み取った伝票を表示させる。
「…えーと、確かこの第15区内だったような……あれ?『天岐多 太一』?」
「クロ兄さん、知ってる人?」
「おいおい小紅。いくら選挙権のない未成年だからって、自分とこの議員先生の名前くらいは覚えとけよ。…ていうか今朝のニュース見なかったのか?」
「……ああ~!あのやたら威勢のいいでっかいオジサンかぁ!……ニュースって?今朝は蒼太のケガのせいでバタバタしてたから…」
今朝、いつものように元気よく寺子屋へ登校していった蒼太が、一刻ほどして足を引きずりながら帰ってきたのだ。何でも通学路で黒山の人だかりに遭遇し、突き飛ばされて足を捻ってしまったのだと言う。本人は病院に行きたがらずごねたけれど、たかが捻挫、されど捻挫。こうした一見軽視しがちな怪我こそ、早めの適切な処置が肝要だ。
不本意ながら窓口をヒトミさんに託し、今日のあたしは蒼太を整形外科に連れて行ったり寺子屋に欠席の連絡をしたり、昼休み返上でポスト周りをしたり…そして止めの、さっきまでの大騒動。とにかく一日中大忙しだったのだ。
とてもニュースを見る暇なんてなかったし、毎日欠かさずチェックしているお気に入りのイケメン陰陽師の天気予報さえ見そびれてしまった。
「…あ!!!」
そんなことを考えていると、当の元凶が隣で大声を上げた。
「天岐多って、おれが今朝ケガしたとこの近くのお屋敷だよ!」
「そうなの?」
「そうだよ!お屋敷の方にいっぱい野次馬が集まってきてて…押されて転んじゃったんだ」
そう言えば、天岐多邸は寺子屋のある桃園寺のすぐ近くにある。
「…それで?」
突然、下から声が上がった。
見れば、お人形がじっとこちらを見上げている。半開きでどこを見ているか分からなかった目が僅かに開かれ、今は真っ直ぐに蒼太を見上げている。
「太一さまはどうなされたのだ?」
「えっと…ごめん、分かんない。おれ、あの時はとにかく人込みから抜け出すのに必死で…足も痛かったし」
「………そうか」
思いがけないところから虚を突かれ、流石の蒼太もしどろもどろで申し訳なさそうに答えると、お人形は再び目を伏せて俯いた。
表情はさっきと一切変わっていない筈なのに、どことなくお人形の周りの空気がシュンとしたように見える。その変化に驚きつつも、あたしは事情を察して尋ねた。
「ひょっとして、天岐多様があなたのご主人様なの?」
お人形は何も言わず、ただこくりと頷いた。
それを見て、あたしを除く3人がハッと息を呑み、困惑顔を見合わせ始めた。
「えっ、何何…どうしたの?」
「…小紅、テレビつけてやれよ。続報来てるかもしれねーし」
「???…うん」
ハク兄さんが、珍しく真顔で促してくる。どうやら、状況を掴めていないのはあたし一人のようだ。
言われるままテレビのリモコンを手に取ると、何もない空間に向かって電源ボタンを押す。すると天井に取り付けられたレールを伝って、小さなプロジェクターがウイィィン…と音を立てながらこちらへ移動してくる。投射レンズが角度を変え、あたしがリモコンを向けた方角を捕えると、その空中にディスプレイが現れた。
そのままリモコンを操作し、ニュースのチャンネルを選ぶ。ちょうどZHKで夕方のニュースが始まったところだった。
『──続いて、昨夜未明第15地区で発生した、家老院議員の天岐多太一氏宅の火災のニュースです。現在火は消し止められましたが、家屋は全焼し、複数の遺体が発見されました。なお、天岐多氏本人との連絡はいまだとれていないということです──』
映し出されたのは、武家屋敷らしい場所を上空から撮影したドローンの空撮映像だった。
らしい、というのは、屋敷だったであろうものが真っ黒に焼け落ち、原形を留めていなかったからだ。敷地を囲む塀の外では消防や警察らしい人たちが規制線を張っている様子、そしてそこに大勢の人混みが詰めかけているのが見える。
「……これって…」
「そういうわけだよ、お人形くん。残念ながら…少なくとも今は、君をご主人様の元に届けられる状況ではなさそうだ」
しかもこの伝票着払いだし、差出人欄も「同上」だしね…とクロ兄さんがお手上げのポーズを取る。
全員が黙り込んでしまう中、テレビが淡々とニュースを読み上げ続けていた。
『──また当時、火の手が上がる直前に、現場付近で争うような声と刀が打ち合うような音がしたという情報もあり、警察では何者かが火を放った可能性もあると見て、事故と事件の両方の面で調べを進めています──』
「…うむ。訳あって、俺は一刻も早くその伝票の受取人のもとに行かねばならない。しかし今の俺には色々と制限がある。このような状況の場合、飛脚問屋を頼れとの指示を受けている」
「え、そうなのかい?…参ったな、サムライドールなんて聞いたことないけど…」
クロ兄さんが困惑した様子で、タブレットを持ち出し何やら操作し始めた。
『サムライドール』──サイボドールの商品名だろうか。あたしも聞いたことのない言葉だけれど、お人形の口から告げられたその名は妙にストンと胸に落ちてきた。
「…手段は問わぬ。どうか俺をここへ送り届けて欲しい」
「うーん、そう言われてもね…。仕方ない、こうなったら依頼人か受取人に直接連絡しよう」
クロ兄さんはタブレットを再びコードリーダーに持ち替えると、さっき読み取った伝票を表示させる。
「…えーと、確かこの第15区内だったような……あれ?『天岐多 太一』?」
「クロ兄さん、知ってる人?」
「おいおい小紅。いくら選挙権のない未成年だからって、自分とこの議員先生の名前くらいは覚えとけよ。…ていうか今朝のニュース見なかったのか?」
「……ああ~!あのやたら威勢のいいでっかいオジサンかぁ!……ニュースって?今朝は蒼太のケガのせいでバタバタしてたから…」
今朝、いつものように元気よく寺子屋へ登校していった蒼太が、一刻ほどして足を引きずりながら帰ってきたのだ。何でも通学路で黒山の人だかりに遭遇し、突き飛ばされて足を捻ってしまったのだと言う。本人は病院に行きたがらずごねたけれど、たかが捻挫、されど捻挫。こうした一見軽視しがちな怪我こそ、早めの適切な処置が肝要だ。
不本意ながら窓口をヒトミさんに託し、今日のあたしは蒼太を整形外科に連れて行ったり寺子屋に欠席の連絡をしたり、昼休み返上でポスト周りをしたり…そして止めの、さっきまでの大騒動。とにかく一日中大忙しだったのだ。
とてもニュースを見る暇なんてなかったし、毎日欠かさずチェックしているお気に入りのイケメン陰陽師の天気予報さえ見そびれてしまった。
「…あ!!!」
そんなことを考えていると、当の元凶が隣で大声を上げた。
「天岐多って、おれが今朝ケガしたとこの近くのお屋敷だよ!」
「そうなの?」
「そうだよ!お屋敷の方にいっぱい野次馬が集まってきてて…押されて転んじゃったんだ」
そう言えば、天岐多邸は寺子屋のある桃園寺のすぐ近くにある。
「…それで?」
突然、下から声が上がった。
見れば、お人形がじっとこちらを見上げている。半開きでどこを見ているか分からなかった目が僅かに開かれ、今は真っ直ぐに蒼太を見上げている。
「太一さまはどうなされたのだ?」
「えっと…ごめん、分かんない。おれ、あの時はとにかく人込みから抜け出すのに必死で…足も痛かったし」
「………そうか」
思いがけないところから虚を突かれ、流石の蒼太もしどろもどろで申し訳なさそうに答えると、お人形は再び目を伏せて俯いた。
表情はさっきと一切変わっていない筈なのに、どことなくお人形の周りの空気がシュンとしたように見える。その変化に驚きつつも、あたしは事情を察して尋ねた。
「ひょっとして、天岐多様があなたのご主人様なの?」
お人形は何も言わず、ただこくりと頷いた。
それを見て、あたしを除く3人がハッと息を呑み、困惑顔を見合わせ始めた。
「えっ、何何…どうしたの?」
「…小紅、テレビつけてやれよ。続報来てるかもしれねーし」
「???…うん」
ハク兄さんが、珍しく真顔で促してくる。どうやら、状況を掴めていないのはあたし一人のようだ。
言われるままテレビのリモコンを手に取ると、何もない空間に向かって電源ボタンを押す。すると天井に取り付けられたレールを伝って、小さなプロジェクターがウイィィン…と音を立てながらこちらへ移動してくる。投射レンズが角度を変え、あたしがリモコンを向けた方角を捕えると、その空中にディスプレイが現れた。
そのままリモコンを操作し、ニュースのチャンネルを選ぶ。ちょうどZHKで夕方のニュースが始まったところだった。
『──続いて、昨夜未明第15地区で発生した、家老院議員の天岐多太一氏宅の火災のニュースです。現在火は消し止められましたが、家屋は全焼し、複数の遺体が発見されました。なお、天岐多氏本人との連絡はいまだとれていないということです──』
映し出されたのは、武家屋敷らしい場所を上空から撮影したドローンの空撮映像だった。
らしい、というのは、屋敷だったであろうものが真っ黒に焼け落ち、原形を留めていなかったからだ。敷地を囲む塀の外では消防や警察らしい人たちが規制線を張っている様子、そしてそこに大勢の人混みが詰めかけているのが見える。
「……これって…」
「そういうわけだよ、お人形くん。残念ながら…少なくとも今は、君をご主人様の元に届けられる状況ではなさそうだ」
しかもこの伝票着払いだし、差出人欄も「同上」だしね…とクロ兄さんがお手上げのポーズを取る。
全員が黙り込んでしまう中、テレビが淡々とニュースを読み上げ続けていた。
『──また当時、火の手が上がる直前に、現場付近で争うような声と刀が打ち合うような音がしたという情報もあり、警察では何者かが火を放った可能性もあると見て、事故と事件の両方の面で調べを進めています──』
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