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第五章:拝啓万屋御一同様
そうです、私が進之助です
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そのころ、何でも屋の事務所では、修のクロスワードが新たな配達人のせいで止まっていた。
板前風の男「へい! いらっしゃい!」
修「……………いや、だから、いらっしゃったのはそちらさんでしょって!」
板前風の男「どれも、活きのいいネタばかりですぜぇ!」
寿司屋の板前に扮した配達員は張り切って声を上げる。
修「何にするって、あるんですね? えんがわって頼んだら出てくるんですね?」
配達員「……で、出るに決まってらぁ! あの、近くに回転寿司屋ってあります?」
修「なに手軽に済ませようとしてんだ! もういいですから、早いとこ荷物もらえませんか?」
配達員「へい、荷物お待ち!」
修「はい、どうも。はい、サイン」
配達員「ありがとうございました! またどうぞ!」
板前配達員は頭を下げると、足早に帰っていった。遠く小さくなっていく配達員を何とも言えぬ気持ちで見つめる修。
修「どこも大変ってことか………」
商売の難しさをひしひしと感じた修は、ゆっくりと引き戸を閉めてイスに戻った。しかしその時だった。修を休ませることなく、引き戸は再びカラカラと音をたてた。
修は間髪入れずの訪問者に驚き、引き戸へと目をやった。そして笑った。
修「おいちゃんおばちゃん達者かいってか?」
引き戸を開けた男はある映画の主人公に似た格好をしていたのだ。ファーストフード店員、寿司屋の板前と来て、フーテンと来たか、と修は笑いながらもウンウンと頷きながらその男へと近づいていった。
修「いやいやいやいや、まぁ色さえ違うけど今どき格子の柄のダブルかい? どこで売ってんだよ、んなスーツ。ハットといい、トランクといい、えぇ?」
修が問いかけるも、男はニヤニヤと笑いながら修の顔を見つめていた。
修「何をニヤニヤ…… ん? もしかし、あっ! ああっ!」
何かに気付いた修は驚きの声を上げ、男の顔を指差した。気付いてもらえた訪問者は表情を変えずに話し出した。
男「よぉ、相変わらず元気でやってるか?」
修「進之助! 進之助じゃねぇか!」
修は進之助を男らしく一度抱きしめた。
修「ったく、連絡の一つもよこさねぇでこの野郎! えぇ? ま、あれだ、とりあえず座れよ? いま茶をいれっから」
進之助「おう、わりいな」
進之助はトランクを床に置くと、ソファーに深々と腰掛けた。修は右足の痛みを忘れ、ご陽気に控室に歩き出したが、机の足に自分の足をぶつけた。
修「だぁすっ!」
悶絶し、その場に倒れこんだ修は優しく、優しく右足をさすった。
進之助「おい! 大丈夫か!?」
修「いってぇ、右足捻挫してんの忘れてた」
進之助「気をつけろよぉ」
修「わかったわかった。はぁー、いてぇ」
進之助「お茶いれんの手伝うか?」
修「いやいや、大丈夫大丈夫」
修はゆっくり立ち上がると控室に入っていった。
進之助「なんだよ、修の奴はなーんも変わってねぇな。他の三人は変わったのか?」
進之助は独り言を言いながら、事務所の中を見回した。壁には許可書、資格証明書、賞状などが額縁に入れられ飾られていた。また同じように写真も飾られていた。
修「うーし、茶が入ったぞぉ」
修はお盆を持ちながら控室から出てくると、お盆をローテーブルに置いて、寅田の前に湯呑を置いた。
修「これは茶菓子な」
修はそう言いながら、べったら漬けの入った皿を置き、自分の湯呑を手に取り、お盆をローテーブルの脇に立てかけて、進之助の向かいに腰を下ろした。
進之助「茶菓子ってべったらかよ?」
修「ん? 嫌いか?」
進之助「いや、好物」
修「なら良いじゃねぇか」
進之助は爪楊枝が刺さっていたべったら漬けを口に入れ、パリポリパリポリ嬉しそうに噛んでから飲み込んだ。
進之助「うまいな」
修「いいとこのやつなんだよ」
進之助「やっぱりそうか」
修「おう、ここから近い商店街のとこにな、新しい……」
進之助「よう、よう、よう! 漬物屋の話はいいよ。久しぶりの再会なんだぞ?」
修「あぁ? あ、そうだったそうだった。にしても何年ぶりだ? 十年くれぇか?」
進之助「もう、そんなになるかなぁ」
修「ったく、中学卒業と同時に『おらぁ虎三郎のようになる』なんつって飛び出しやがって」
虎三郎。言わずと知れた国民的映画『すったもんだ人情』の主人公である。あてのない旅路での人情を描いた作品で全50作品ある。
進之助「まぁ、なんだ、若気の至りってやつかな?」
修「んで? 虎三郎みたいになれたのか? 見た目はそれっぽいけどよ?」
進之助「ったりまえじゃねぇかぁ! あっ、えっと当たり前田のクラ‥」
修「忘れてたからっていちいち言い直すな」
進之助「へへへっ、まぁ、虎三郎とおんなじような商売やってるよ」
修「ってことは、転々としながら‥」
進之助「実演販売をしてんだよ」
修「実演販売か! あれだろ? デパートとか通販番組かなんかで……」
進之助「そうそう、それよそれ」
修「やっぱり大変なんだろ? そういうのって」
進之助「まあな、やろうと思って『ぽっ』と出来る仕事じゃねぇからな。まぁ、最初は弟子入りしたんだよ」
修「弟子入り? ほぉー、そいう感じなのか」
進之助「師匠はゲーリー山岡って言ってな?」
修「なんだハーフか?」
進之助「芸名だよ芸名!」
修「わかってるよ、冗談だよ。にしてもルアーブランドみたいな名前だな」
進之助「釣り好きにしかわかんねぇようなこと言うなよ! あー、とにかく、ゲーリー山岡師匠は業界では有名な人なんだ」
修「だろうな。俺だって聞いた事あるもん、その名前」
進之助「だろ? んで俺がそのゲーリー山岡師匠の一番弟子よ!」
修「あぁ!? 進之助がぁ!?」
進之助「おうよ、俺の前にも五十人ぐらいの弟子がいたらしいけど、根性無しばっかですぐにやめちまったらしくてよ。ゲーリー山岡師匠に一人前と認められた唯一の弟子がこの俺ってわけよ」
修「へぇー、すげぇじゃねぇか!」
進之助「だろ? そうだろ? 俺もひたむきに頑張ったんだよ」
修「芸名は?」
進之助「あん?」
修「芸名あるんだろ? ポムストロイ寅田とかゲデルモンチョ寅田とか」
進之助「芸名付けるセンス2かお前は! インパクトありすぎて逆に覚えらんねぇだろ!」
修「そうか? んで、芸名は?」
進之助「ねぇよ」
修「何でないんだよ?」
進之助「ゲーリー山岡師匠は本名が平凡な名前だったから、芸名をつけたんだ」
修「あ、そういうことなの? そうか、寅田進之助って名前だもんな。そうはいない名字だし、なんかこうビシッとした名前だしな」
進之助「そうだろ? ゲーリー山岡師匠もおんなじ‥」
修「いちいちゲーリー山岡師匠って言うな長ったらしい! ゲリ師匠でいいだろ、ゲリ師匠で」
進之助「略すセンス1かお前は!」
修「にしても、何で帰ってきたんだ? 師匠のとこでの修業が終わって帰ってきたとか?」
進之助「いや、修業は18の時に終わって、それからは北は東北、北海道、南は九州、沖縄。全国を旅しながら実演販売してたんだよ」
修「虎三郎まんまかよ!」
進之助「まあな。んで、旅してる時にな、家に電話したら妹の椿が‥」
修「弟の清だろ! お前に妹なんかいねぇだろーが!」
進之助「ちょっと言ってみたかっただけだよ! えーと、弟の清が、兄貴の俺より先に結婚するって言うじゃねぇか! 俺もうびっくりしちまってよ」
修「あぁ、俺もびっくりしたよ。『修君、昔から付き合っている瑠璃子と結婚することになりました』なーんつって家に挨拶しに来るんだからよ?」
進之助「挨拶? あいつ挨拶回りしたの?」
修「そうだよ、清君はお前とは違って見た目から好青年だからなぁ」
進之助「悪かったな」
修「つーか進之助! そうだそうだ、聞きたかったことがあったんだよ! えぇ? お前、何で式のとき来なかったんだよ!」
進之助「バカ! 俺だって行きたかったんだよ! けど、あれだよ………」
修「なんだよ?」
進之助「…………旅先で釣った魚食べてアタっちまって」
修「はぁ!? 魚食べ、はぁ!?」
進之助「入院しちゃってたんだよ! しょうがねぇじゃんかよ!」
修「かぁーっ! それは清君も当日話さないわけだよ、お前が来ない理由!」
進之助「俺が言うなって言ったんだ! ったく、一応入院することになったから、具合の悪い体で病院の公衆電話からかけてみたら結婚だよ。驚きすぎて余計に、お前あれだよ、具合悪くなったんだからな!」
修「しらねぇーよ!」
進之助「それであれだ。この間電話したら子供が生まれた、なーんて言うじゃねぇか!」
修「俺もびっくりしたよ! 親友の弟が俺より先に親父になっちまったんだから。あっ、そうかそうか、それで帰ってきたのか」
進之助「そうだよ。親父になった弟を見てやろうと思ってよ」
修「へぇー、なるほどな。つーか携帯電話を、スマホを持てバカ!」
進之助「なんだよ、やぶからぼうに! 持ったよ! 最近持ちました!」
修「ようやくかよ!」
進之助「やっぱり仕事でも必要になっちまったし、ちょくちょく連絡入れねぇと弟が急に結婚しちまうしよぉ、だから持つことにしたんだよ」
修「遅いんだよ!」
二人はそんな調子で夕方までしゃべり続けた。
進之助「おい! 修!」
修「なんだよ?」
進之助「夕方じゃねぇか!」
修「あぁ? あっ! 夕方じゃねぇか! お前のせいで昼飯喰い忘れちゃったじゃねぇかよ!」
進之助「何で俺のせいだよ!?」
修「ったくよ、まあいいや。それじゃあれだな、久しぶりの再会と、清君と瑠璃子ちゃんのご子息誕生記念を祝って、いっちょやるか?」
進之助「お、いいねぇ」
その時だった。外から車のエンジン音が聞こえてきたかと思うと、事務所の前を通り過ぎ、倉庫の方から音がした。
修「おっ、みんな帰って来たな! 進之助、ちょっと待ってろ」
進之助「ん? あぁ、わかった」
修は幾分マシになった右足を少しかばいながら、事務所内の通路から倉庫へと向かった。倉庫内では、江古棚から預かった修理品を四人が丁寧に車から降ろしていた。
修「よう、お疲れ! 椎名さん、お疲れ様です」
修のその声に椎名が振り返った。
椎名「やぁ修君ただいま。留守番の方はどうだった?」
修「えぇ、特に問題も起こりませんでした。で、依頼の方はどうだったんですか?」
その質問には、ワゴン車の陰から出てきた渡が答えた。
渡「もう、聞いてくれよ修。実はさ…………」
渡は今日の出来事をありのまま話すつもりでいたが、日本人形の話をうまく隠して事情を説明した。修に話したらガミガミ言われると思ったからだった。
修「それで依頼を受けてきたのか……」
渡「そういうわけ、んで、あれがその修理を手伝う商品。そして、これが江古棚さんからもらった修へのお宝」
渡はそう言いながら、手のひらサイズの小さな木箱を修に渡した。受け取った修が箱を開けると、脱脂綿の上に小さく細長い白い石のようなものが置かれていた。
修「なーにこれ?」
渡「土星人が作った石のお守り」
修「えぇ! 土星人が作った石のお守り!? やったー、超嬉しー! ってなるかバカ! 何だよ土星人が作った石のお守りってよ! んなわけねぇだろ! なんだ、土星の土産物屋かなんかに売ってんのか! えぇ? 土星に旅行に行った奴でもいんのか!」
渡「じゃない?」
修「じゃない? じゃねぇよ! なんだよ、自分たちだけまともなモンもらってきやがってよ。まぁいいや、とりあえず事務所の方で休憩しろよ」
修はそういうと、事務所の方へ歩き出した。修の急な気の使い方に渡は不気味さを感じたが、修の言葉を受け入れ、ほかの三人に声を掛けた。
渡「知哉、大先生、椎名さん! 一休みしましょう!」
呼ばれた三人はそれぞれ疲れた声を出し、渡と共にぞろぞろと事務所の方へと向かった。
重「あっ、もうダメ……」
先頭を歩いていた重は、重い修理品を整理して足腰の疲れがピークに達してしまい、事務所内に入るとすぐさまソファーに仰向けで倒れこんだ。
重「うぅー、足腰が痛い……」
進之助「ったく、若いくせしてだらしのねぇ奴だな」
目の前のソファーに倒れこんだ重を見ながら、進之助が呆れた声を出した。重は首だけを声のする向かいのソファーに向けて言い返した。
重「あのね、俺はね、肉体労働にはね、向いてないの。人には向き不向きってものが………」
重はそこまで言うと、ソファーから飛び起きた。
重「し、し、し、進ちゃん? 進ちゃんじゃないの!」
重の驚いた声とその名前に反応した知哉と渡は、急いで事務所の中に入っていった。そして先に入った渡がまた声をあげた。
渡「進之助!? 進之助!」
次に入ってきた知哉も同じく声をあげる。
知哉「進…… オイオイ! ホントに進之助じゃねぇか!」
けたたましく続いた声に顔をしかめる進之助。
進之助「何回、人の名前を呼んだら気が済むんだよ!」
その問いに三人は一斉に喋りだす。
知哉「うるせぇ! 中学卒業からスッと消えちまいやがって!」
重「それで音沙汰なしで何年も心配かけてくれちゃってぇ!」
渡「何回呼んだら気が済むだぁ!? 何回呼んだって気が済まないんだよ!」
怒涛の反撃にたじろいだ進之助。
進之助「な、なんだよ、おい!? 練習でもしたみてぇに息を合わせやがって!」
そんな進之助を見て笑い出す三人。渡は笑いながら手を差し出し、進之助に握手を求めた。何だかよくわからない要求に戸惑っていた進之助だったが、ソファーから立ち上がり渡の要求にこたえた。
渡「冗談だよ冗談! 久しぶりだねぇ進之助!」
渡との握手が終わると、知哉がすかさず進之助の手を握った。
知哉「元気そうじゃねぇか!」
進之助「おう、おかげ様でな」
知哉が握手を終えると、重は待ってましたといわんばかりに、進之助を抱きしめた。
重「もうっ! 私の事ほったらかしてどこに行ってたのよ?」
進之助「大先生、相変わらずそのネタやってんのかよ……」
重「もちろんね! あ、そうだ!」
重は何かを思い出すと、修、渡、知哉を自分の横へと並ばせた。
重「えー、遅ればせながら弟さんのご結婚、あー、えーっと、そして、先日の弟さん夫婦のご子息誕生、誠に、えー、おめでうございます」
修「おめでとうございます」
渡「おめでとうございます」
知哉「おめでとうございます」
重たちはお祝いの言葉を言った後、深々とお辞儀をした。進之助はそれを見た途端、背筋を伸ばし、深々とお辞儀をして感謝の言葉を言った。
進之助「これは、どうもご丁寧に。えー、皆さんの温かい支援のおかげで、結婚、また無事に甥っ子を授かることが出来ました。今後、ご迷惑をかけてしまうかもしれませんが、まぁ、えー、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
椎名はその光景をあまり理解できないまま黙って見ていた。知哉はそんな椎名に気付き、進之助の近くに椎名を連れて行き紹介した。
知哉「椎名さん紹介します。えー、俺達の小中学校の時の同級生、寅田進之助です。んで進之助、こちらは元レッドスクエア社の社員で、今は何でも屋の社員兼ピエロを務めてくれてる椎名源二さんだ」
互いに紹介された二人は、初対面同士が見せる特有の笑顔を見せながら会釈をした。
椎名「どうも初めまして、椎名源二と言います」
進之助「こちらこそ初めまして、寅田進之助と言います」
椎名「いま話を聞いていたんですが、なんでも弟さんがご結婚されて、さらにお子さんも……」
進之助「えぇ、そうなんですよ」
椎名「いやー、これはどうも、あの、おめでとうございます」
進之助「ありがとうございます。この歳で伯父になってしまいまして、嬉しいら悲しいやらで…… それはそうと、いまこのデカいバカが言ってましたが、レッドスクエア社で働かれていたんですか?」
椎名「えぇ、まぁ、一応」
進之助「いやいや、すごいじゃないですか! レッドスクエア社といったら一流を超す超一流ですよ! あと聞き間違えたかもしれないのですが、確かピエロと……」
椎名「あ、そうなんですよ。話せば長いんですが……」
急にビジネスマンの顔を少しだけ出しながら話し出した二人の間に、修が割って入った。
修「はいはい、終わり終わり。話は宴会のときにしてくれよ」
進之助「うーし、それじゃいっちょ、景気よくいくとするか!」
中学生の時と変わらない笑顔を見せる進之助に、同級生の修達は何か嬉しくなった。
修「よし、じゃあチャチャッと支度しちまうか!」
それからすぐに宴会の準備が進められ、買い出し含め、ものの二十分で準備が整った。六畳ほどの会議室に大人六人。初めは、進之助が地元を飛び出してから現在に至るまでの話、椎名のピエロの話、何でも屋の仕事の話などがされていたが、酔いが回ってくると、どんちゃん騒ぎ。伴奏なしのカラオケ大会が始まると、会議室の熱気はさらに増した。
翌日の朝。進之助は気持ちよく寝ている同級生を残して商売へと出かけた。年末商戦の最前線であるデパートへ向かったのだった。
進之助「本日はよろしくお願いします」
デパートに着いた進之助は、売り場の担当者と軽い打ち合わせをした後、日用品売り場の一角で実演販売の準備を始めた。
椎名「進之助君、トランクの中には何が入ってるの?」
椎名は、客の心を掴む商売ということで進之助と意気投合して、仕事を見学しようと同行していたのだ。
進之助「え? いやぁ、それは企業秘密ですよ」
椎名「えぇ? いいじゃない一つくらい見せてくれても」
進之助「しょうがないですねぇ、それじゃコレは?」
椎名「爪切り?」
進之助「はい。実演販売ってのはお客さんの目の前でやる商売ですからね?」
椎名「なんか普通な物というか……」
進之助「もう、見せたら見せたで何なんですか!? ケアは大切なんですよ? 爪切りのほかにも、ハンドクリームだとか、糸ようじだとか、ねぇ? あとは髭剃り綿棒耳かき鼻毛切り、手鏡マウスウォッシュなんかも入れてるんですから!」
椎名「秘密が漏洩しちゃってるけど、いいの?」
進之助「えぇ? あっ、卑怯な手を使うなぁ椎名さんも」
椎名「いや、よくある、聞きもしないのに勝手に……」
進之助「ま、良いでしょう。それじゃぼちぼち商売始めますんで」
椎名「うん、わかった」
進之助は簡易的に作られた台の上に、先ほど食品売り場で購入してきた野菜と、紹介する商品を並べた。その様子を見た買い物客は何か始まるのかと、進之助の周りに集まってきた。進之助はすかさず商売に取り掛かる。
進之助「さぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 全国津々浦々、商いしながら練り歩いてきたこの私が今回ご紹介したいのがコレ! 何でもスパッとトゥルースライサーMSと、お肉にお魚お野菜と、バスッと切れちゃう竹一文字万能包丁の二品だい! ね! まずはこのトゥルースライサーMS! お固いニンジンごぼうから、やらかいトマト苺まで、なんでもスパスパ切るのがこの商品。近頃、やっぱり愛のこもった手料理をと、若奥様の間で手料理ブームがまた到来! 何が手料理ブームだと、主婦歴ウン十年の奥様方もおられるが、料理というのは大変な家事でございます。輪切りに千切りイチョウ切り、切り方一つとっても上手くなるには時間がかかる。桃栗三年柿八年梨のバカ野郎十八年てぇなーもん! そこで登場トゥルースライサーMS! 今さら説明する必要はないかもしれませんが、とにかく聞いてちょうだい。従来通り、きゅうりにダイコン、ニンジンごぼうと、ご覧の通りスパスパいけちゃう。さらには、トマトみたいなやらかいもの、ピーマンのような複雑なものからキャベツなんかの葉物までスッパスパ! どう? ね、そこの奥さん、切れる切れると申しましても、ダメ夫との縁までは切れないからね? いやちょっと奥さん、そんなに残念そうな顔しないでくださいよ、安くしときますから! ほらタコだってこの通り薄く造れちゃう。ねぇ! タコはイボイボ、ニワトリゃハタチ、芋虫ゃ十九で嫁に行くときやがった!」
軽快に口上を披露しながら商売をする進之助。昨日の進之助からは想像できない商売人の顔に、椎名は感服の至りだった。たるんでいた心に喝を入れられたような気持になった椎名は、時間も忘れて一日中進之助の仕事を見学した。そんな椎名の視線を知ってか知らずか、進之助は昼休みもとらないで仕事を続けた。
商売開始から数時間後の午後三時頃、用意していた分の商品をさばいてしまった進之助は、帰り支度をはじめた。
椎名「いやいやいやいや」
ポンポン手を叩きながら進之助に近寄る椎名。
椎名「いやー、お見事でした、お見事でございました」
進之助「なんですかその喋り方は?」
椎名「いや、すごいね、プロって。昼休みもとらないでさぁ、本当に勉強になったよ。なんていうのかなぁ、始まる前から、こう、人を惹きつけるものがあるというか……」
進之助「へへっ、そこまで言うとかえって嫌味に聞こえますよ?」
進之助は照れ笑いをしながらトゥルースライサーMSの見本をトランクにしまう。
椎名「いやいや! 本当にそう思ったんだから! 何というのかなぁ」
腕組みをしながら眉を寄せ、必死に言葉を探す椎名。進之助は真面目に考え込む椎名を見て、なぜ自分の同級生が椎名を好いているかが分かった。
進之助「っていうか椎名さん」
椎名「なんだい?」
進之助「昼休みを取らなかったんじゃなくって、とれなかったんですよ。椎名さんのせいで」
椎名「えぇ! 僕のせいなの!?」
進之助「そうですよぉ! あんまり熱心に俺を見てるもんですから、休むに休めなかったんですよ」
椎名「なんだか悪いことしちゃったねぇ…… あっ、じゃあさ、ちょっと遅いけどお昼をごちそうするよ。何でもいいよ、ラーメンでもカツ丼でも焼肉でも」
進之助「ご馳走してくれるのは嬉しいんですけど… これを食べなくちゃいけないんです」
進之助は二重にしたビニール袋の口を開けてみせた。中には実演販売で使用した野菜が入っていた。
椎名「あ、そうか。そうだよね、捨てるなんてもったいないもんね。それじゃあさ、喫茶店はどう?」
進之助「良いですねぇ喫茶店」
椎名「そうでしょ? じゃあ、コーヒーが美味しくて落ち着ける喫茶店と、コーヒーが美味しくてピロピロな喫茶店と、どっちがいい?」
進之助「ピロピロ? ……えーっと、落ち着ける方で」
椎名「そいと決まりましたらレッツラ・ゴー!!」
進之助「だから何なんですか、その喋り方は?」
帰り支度が済むと、椎名は喫茶「アバーライン」へと進之助を案内した。
椎名「どう? コーヒーの味は?」
進之助「いやぁ椎名さん、ここのコーヒーは本当に美味いですねぇ! 久しぶりに『コーヒー』ってもの飲みましたよ」
椎名「そう言ってもらえると嬉しいねぇ。ま、僕が淹れたコーヒーじゃないけど」
進之助「それにこの布のおしぼり! やっぱりおしぼりはコレですよ!」
進之助は黄色のおしぼりを嬉しそうに広げて見せた後、丁寧に畳んだ。
椎名「へぇー、こだわりがあるんだね」
進之助「えぇまぁ。あと、そう! 全メニューに小サイズがあるのも良いですねぇ」
椎名「そうなんだよ、小腹がすいた時なんか便利なんだよね。そうそう! この店にはね、いろんなものを食べたい人用に、全メニューをミキサーにかけた全部入りジュースっていう裏メニューがあるんだよ!」
進之助「なんですかそれ! そんなの頼む人いるんですか?」
椎名「まぁ、ウソなんだけどね」
進之助「いやウソかよ! なんでそんなくだらないウソつくんですか!」
椎名「場を和ませようと思ってさぁ」
進之助「十分に和んでますから大丈夫ですよ」
二人が和気藹々と話していると、女性の店員が注文の品を届けに、二人のテーブルへと近づいてきた。年齢は二十歳前後で、黒髪のポニーテルに笑顔が似合う、可憐な女性だった。
店員「お待たせいたしました。小ナポリタンをご注文の方」
進之助「はい、俺です」
進之助は返事と同時に軽く手をあげると、店員からナポリタンを受け取った。
店員「あっ、ありがとうございます。お熱いので気を付けてください。それと小オムライスの方」
椎名「あ、はい、僕です」
椎名が嬉しそうな顔で小オムライスを受け取ったその時、喫茶店のドアチャイムが激しく体を打った。あまりの音に、店内にいた客は一斉にドアの方を向いた。そこには店内をキョロキョロと見回す青年の姿があった。セーターにジーパン姿の普通の青年だったが、小さな前掛けをしていた。
進之助「なんだありゃ?」
椎名「なんだろね?」
二人も他の客と一緒になって青年を見ていた。すると、青年は二人の方を見るなり、ズンズンと歩き、近づいていった。
進之助「なんだなんだオイ、ふっかけるつもりか?」
椎名「ちょっと進之助君? 穏やかに、穏やかにね?」
進之助「え? いやぁ、俺も大人ですから大丈夫ですよ」
しかし、青年の目的は二人ではなかった。青年は二人のテーブル前に立つ店員の女の子の寸前で立ち止まり、唐突に口ひらいた。
青年「まだやめてないって本当か?」
店員「ちょっ、ちょっと! 今仕事中なんだから後にしてよ! 連絡入れるから」
青年「あ、そ、そうだよな。ごめん…… じゃ、連絡待ってるから」
青年は「やっちまった」というような表情になり、ポリポリと頭を掻いた。
青年「あっ、あの、お騒がせしまして、申し訳ありませんでした」
青年は椎名と進之助に頭を下げると、クルッと踵を返し、店内の客に謝りながら喫茶店を後にした。
店員「あの…… 本当に申し訳ありませんでした」
店員の女の子は深々頭を下げると、カウンターの奥へと消えていった。呆気にとられる椎名と進之助。
進之助「竜頭蛇尾な青年でしたねぇ……」
椎名「うーん、何だったんだろうねぇ……」
二人は少しの間だけ考えを巡らせたが、すぐに諦め、パンッと両手を合わせて、いただきますと同時に出来たての料理を食べ始めた。
一方、遅く起きた組は江古棚から預かった商品を一日中修理していた。しかし、修理といっても江古棚が修理依頼を受けた品ではない。江古棚が様々な店から掘り出してきた物で修理して売れば利益が出るというもので、万が一のことがあっても大きな損失にはならないようになっているのだ。だが手を抜いていいことにはならないので、何でも屋達は気合を入れて作業を進めていた。
修「かぁーっ! もう夕方かよ!? ったく、やってらんねぇよ! って心の中で静かーに思ったから、今日はもう終わりにしない?」
重「教授さん、修のバカに油をさしておいてもらえますか?」
渡「はーい」
修「はーいじゃねぇ! いいから、その油さし置けよ!」
渡「残念だなぁ。ま、修の言う通りだから、今日は終わりにしようか」
何でも屋一同は事務所に戻り、イスやソファーでだらしなく休み始めた。四人の間にまったりとした時間が流れ始めたその時、外から進之助のご陽気な歌声が聞こえてきた。
進之助「若松のぉ、星降る帰り道ぃ、すかしたアイツの声がぁ、聞こえてくるぅっと」
進之助は楽しそうに歌いながら引き戸を開け、事務所の中に入ってきた。そして疲れ切った四人を見つけると、腰に両手を当てながらうるさく声を出した。
進之助「低賃金の諸君! 相変わらず貧しい暮らしをしてるのか?」
瞬間的にイラッとした四人は、進之助よりも大きな声を出した。
知哉「うるせぇんだよバカ!」
重「うるさいねぇもう!」
修「でけえ声を出すんじゃねぇ!」
渡「静かにしなさいよもう!」
言われた進之助は呆れた表情で首を振った。
進之助「かーーっ! 嫌だねぇまったく、えぇ? 友人の同情の言葉に対して何だい? うるさい? 静かにしろ? これだから粗暴な人たちとはお話したくないんだよ」
知哉「何が粗暴だよ」
その時、進之助の後ろを歩いていた椎名が事務所の中に入ってきた。
椎名「進之助君は帰り道となると歩くの速いねぇ…… あ、みんな、只今戻りました」
修「おかえりなさい」
渡「おかえりなさい椎名さん」
知哉「お疲れ様です」
重「ご苦労様です」
椎名は引き戸を閉めると、疲れた足取りで自分のイスへ座った。その様子を黙って見ていた進之助は、トランクを床に置き、ソファーにふんぞり返っている修の横に座った。
進之助「ハナッからそういえば言えばいいものを……」
進之助の向かいに座っていた重は、その言葉を聞いて不思議そうな顔をした。
重「え? 何がよ進ちゃん?」
進之助「何がって、『お帰りなさい』とか『ご苦労様です』とかだよ」
修「そりゃーよ? お前が普通によ? 『いやー今日も疲れた疲れた、おっ、皆さんお揃いで、今日も一日ご苦労さんだったねぇ』なーんて言いながら入ってくりゃ、俺達だって普通に返すだろうーが」
進之助「んなこと言われなくてもわかってんだよ。こっちはこうなんだ、くたびれてんなぁ、と思ったから、ちょいとこう、あれだよ、冗談ぽく言ったんじゃねぇか」
知哉「タイミングってのがわりぃんだよ進之助は」
進之助「んだかなぁ、そんなにタイミング悪かったかなぁ」
腕を組み考え始めた進之助。そんな進之助の左手首に光る腕時計が渡の目に入った。
渡「あれ、もうそんな時間?」
渡の言葉に全員は壁際の置時計に目をやった。
椎名「もうちょっとで七時だねぇ」
渡「それじゃそろそろ帰りますかなぁ」
渡はイスから立ち上がると、テキパキと帰り支度を始めた。それに促されるようにして知哉と重も帰り支度を始めた。しかし、修は動こうとせず、ソファーにだらしなく座ったままだった。
進之助「あれ? おたくは?」
修「帰んのだりぃからまた泊まる。着替えもまだあるし、洗濯も椎名さんがやってくれるし」
椎名「あのねぇ」
修「冗談ですよ」
そう言って修がケタケタ笑っている間に、帰宅組は支度を済ませた。
渡「それじゃ俺たちは帰ります」
椎名「お疲れ様でした」
修「気をつけてな」
知哉「おう、そいじゃ」
重「じゃあね進ちゃん」
進之助「お疲れさん」
三人が帰ると、賑やかだった事務所は少し淋しくなった。修は向かいのソファーが空いたので、空いたソファーにだらしなく寝そべった。
修「椎名さん、カップラーメンってまだありましたよね?」
椎名「袋の麺のやつはあるよ。あのー、鍋で作るやつ」
修「それじゃ晩飯はそれにしましょうか。ネギと卵は冷蔵庫に入ってましたから、それも入れて」
進之助「おう、ネギ入れるんだったらよ、トゥルースライサーMS使ってくれよ」
修「ん? んなネギ切るくらい包丁でちゃちゃっとやっちまうからいいよ」
進之助「ばか! 簡単なんだからやれよコレで!」
修と進之助は文句を言いながら、少しばかり大きな鍋で三人分のラーメンを作った。卵とネギのほかにも旬のニラを入れた醤油ラーメン。卵は溶いて入れ、ネギは白髪に切り、ニラは食べやすいサイズに切って入れ、それぞれの器に盛り付けたあと、ほんの少しのごま油をたらす。うつぼぐさの芽が出てくる季節、冷えた体を温め、五臓六腑に染み渡っていく醤油ラーメン。三人はそれを深く味わった。
ラーメンで体と心を温めた三人は、お馴染みまったりとした時間に包まれ、何となくの時間を過ごしていた。しかし、椎名には睡魔のお誘いがきていた。
椎名「ねぇ修君? 今日は銭湯どうする?」
修「うーん、銭湯にいくのも面倒なくらい疲れてますからねぇ…… あ、そういや『皆の湯』は土日は朝からやってませんでしたっけ?」
椎名「あ、そうか。じゃ朝風呂にしようか?」
修「良いですねぇ。それじゃ進之助もそれでいいか?」
進之助「俺は別にかまわねぇけど」
修「じゃ椎名さん、そういうことにしましょう」
椎名「よし、それじゃ僕は上に行って休むから、戸締りお願いね」
修「わかりました。じゃ、おやすみなさい」
進之助「おやすみなさい」
椎名「うん、おやすみ」
椎名はゆっくりとした足取りで階段へ向かった。が、何かを思い出したかのように進之助の方へ振り向いた。
椎名「進之助君、今日はありがとうね」
進之助「いえいえ、こちらこそ喫茶店でごちそうして頂いて、ありがとうございました」
椎名はニコッと笑うと、控室の階段を静かに上がっていった。その足音が消えた後は、無駄にデカい置時計の秒針の音だけが淋しく響いていた。
修「ふぅー、進之助、茶でも飲むか?」
進之助「おっ、わりぃな」
修「別に悪くはねぇよ、じゃ入れてきてくれるか?」
進之助「俺がかよ!?」
修「あったりまえだろ! 久しぶりに帰って来たかと思ったらズルズル居座りやがってよぉ」
ニヤニヤと嫌味ったらしく言いながらも、修はソファーから控室へお茶を入れに行く。そして準備をしながら、控室の壁を突き抜けるように少し大きな声を出した。
修「それはそうとよ、実家には帰ったのか?」
進之助「え? いや、まだ帰ってないけど?」
修「はぁ? 帰ってないの? なんで帰ってないんだよ?」
進之助「いや、別にあれだよ、特に理由はねぇんだけど」
修「じゃ早く帰ってやれよ? ろくに連絡もしてねぇんだろ?」
進之助「ばか! 電話と手紙はマメにしてんの!」
修「あ、そうなの?」
進之助「そりゃそうだよ。俺を産んでくれて育ててくれた両親だぞ? そこまで親不孝じゃねぇよ」
修「でも会ってはねぇーんだろ?」
進之助「会ってはない!」
目を閉じ、腕組みをし、進之助は堂々と言い放った。
修「何で偉そうに言ったんだよ! だから、会ってねぇーんだから明日にでも帰ってやれよ! 土曜で休みなんだから家にいるんだろ、親父さんとお袋さんは」
進之助「わかったよ、会いに行くよ。土産でもぶら下げて」
修は茶の準備を終え、盆を持ちながら控室から出てくると、進之助の向かいに座り盆を置いた。
修「あいよ」
修は進之助の前に湯呑を静かに置いた。
進之助「おう、あんがと」
修「あとこれ茶菓子な」
修は盆の上からタッパーを取ると、ふたを外し二人の中心に置いた。進之助はまた漬物かと思い、修に手渡された割り箸を割りながらタッパーの中を除いた。
進之助「おいなんだよ、煮豆じゃねぇか!」
修「そうだよ、豆だよ。いやな、おれんちのお隣さんがな、まぁーいっぱい豆くれたからさぁ、俺が煮豆にしてよ。んでご近所に配って、余った豆がこれなわけ」
進之助は話を聞きながら煮豆を口にし、その味に思わずクスッと笑ってしまった。
進之助「お前は全国民のお袋か! バカみたいに美味いじゃねぇか! ほんと、こうーいうのだけは器用な」
修「別に器用とかじゃねぇよ。つーか日本人に生まれて二十数年も生きてりゃ、煮豆の一つや二つ作れんだろ?」
進之助「そうかぁ?」
修「そうだよ」
二人は交互に豆を箸でつつきながら、ズズッと茶をすする。
進之助「あ、そうだ。今日さ、喫茶店に行って、小ナポリタンとコーヒーを頼んでよ」
修「なんだアバーラインに行ったのか?」
進之助「そうそう、アバーライン。そしたら俺達よりも若い…… そうだなぁ、二十一か二ってとこかなぁ、女の子の店員が運んできてくれてよ」
修「うん」
進之助「それで小ナポリタンを受け取ったその時だよ。店に青年が入ってきてよ? 歳もその店員の子と同じくらいで、したらよ、俺達のテーブルの方にズイズイズイズイ向かってきてよぉ」
修「おうおう、何だ? それで?」
進之助「向かってきてだ、その子の前で止まると、唐突に『まだやめてないって本当か?』ってこうだよ。俺と椎名さんはキョトンだよ。んで言われた店員の子も『ちょっと今は仕事中なんだから後にしてよ、後で連絡入れるから』ってなもんで俺と椎名さんはまたキョトンだよ」
修は真面目に話を聞きながらも茶をすする。
進之助「そうしたら青年は『そうだな、ゴメン』って言って、『お食事中のところ、お騒がせしてすみませんでした』なーんつって頭下げて、トボトボトボトボ店から出て行って、店員の子は気まずい空気に苦笑いしながら『失礼いたしました』と深々頭を下げて、カウンターの奥へすぅーっといなくなっちまってよぉ……」
修「おいなんだよ! 怖い話かよ! やめろよお前……」
進之助「幽霊だからすぅーっといなくなったんじゃねぇよバカ! そうじゃなくて店の奥に行ったの!」
修「んだよ、そういうことかよ」
進之助「ったく。ま、あれだな、ありゃー訳ありだね。どう見たって」
腕を組みながら考え込む進之助。修はため息をつくと、頭をポリポリかきながら面倒くさそうな声を出した。
修「首を突っ込むなよ?」
進之助「ん?」
修「いやだから、首を突っ込むなって言ってんだよ」
進之助「誰が『二人の若者の問題に首を突っ込みます』って言ったんだよ!」
修「言わなくたってわかるんだよ! お前は虎三郎に影響受ける前から、裸足で外を駆けずり回ってるときから、なーんかモメ事があるたんびにお前は首つこっんでたろ!?」
進之助「あれぇ?」
修「あれぇじゃねぇよ! 何があれぇなんだよ! いいから首突っ込まねぇでおとなしくしてろ、いいな?」
修は言い終わると、ソファーに横になって目を閉じた。進之助は黙ったまま煮豆を一つポイと口に入れ、早くも寝息をたてている修と同じように横になり、喫茶店の二人の事を考えていた。
板前風の男「へい! いらっしゃい!」
修「……………いや、だから、いらっしゃったのはそちらさんでしょって!」
板前風の男「どれも、活きのいいネタばかりですぜぇ!」
寿司屋の板前に扮した配達員は張り切って声を上げる。
修「何にするって、あるんですね? えんがわって頼んだら出てくるんですね?」
配達員「……で、出るに決まってらぁ! あの、近くに回転寿司屋ってあります?」
修「なに手軽に済ませようとしてんだ! もういいですから、早いとこ荷物もらえませんか?」
配達員「へい、荷物お待ち!」
修「はい、どうも。はい、サイン」
配達員「ありがとうございました! またどうぞ!」
板前配達員は頭を下げると、足早に帰っていった。遠く小さくなっていく配達員を何とも言えぬ気持ちで見つめる修。
修「どこも大変ってことか………」
商売の難しさをひしひしと感じた修は、ゆっくりと引き戸を閉めてイスに戻った。しかしその時だった。修を休ませることなく、引き戸は再びカラカラと音をたてた。
修は間髪入れずの訪問者に驚き、引き戸へと目をやった。そして笑った。
修「おいちゃんおばちゃん達者かいってか?」
引き戸を開けた男はある映画の主人公に似た格好をしていたのだ。ファーストフード店員、寿司屋の板前と来て、フーテンと来たか、と修は笑いながらもウンウンと頷きながらその男へと近づいていった。
修「いやいやいやいや、まぁ色さえ違うけど今どき格子の柄のダブルかい? どこで売ってんだよ、んなスーツ。ハットといい、トランクといい、えぇ?」
修が問いかけるも、男はニヤニヤと笑いながら修の顔を見つめていた。
修「何をニヤニヤ…… ん? もしかし、あっ! ああっ!」
何かに気付いた修は驚きの声を上げ、男の顔を指差した。気付いてもらえた訪問者は表情を変えずに話し出した。
男「よぉ、相変わらず元気でやってるか?」
修「進之助! 進之助じゃねぇか!」
修は進之助を男らしく一度抱きしめた。
修「ったく、連絡の一つもよこさねぇでこの野郎! えぇ? ま、あれだ、とりあえず座れよ? いま茶をいれっから」
進之助「おう、わりいな」
進之助はトランクを床に置くと、ソファーに深々と腰掛けた。修は右足の痛みを忘れ、ご陽気に控室に歩き出したが、机の足に自分の足をぶつけた。
修「だぁすっ!」
悶絶し、その場に倒れこんだ修は優しく、優しく右足をさすった。
進之助「おい! 大丈夫か!?」
修「いってぇ、右足捻挫してんの忘れてた」
進之助「気をつけろよぉ」
修「わかったわかった。はぁー、いてぇ」
進之助「お茶いれんの手伝うか?」
修「いやいや、大丈夫大丈夫」
修はゆっくり立ち上がると控室に入っていった。
進之助「なんだよ、修の奴はなーんも変わってねぇな。他の三人は変わったのか?」
進之助は独り言を言いながら、事務所の中を見回した。壁には許可書、資格証明書、賞状などが額縁に入れられ飾られていた。また同じように写真も飾られていた。
修「うーし、茶が入ったぞぉ」
修はお盆を持ちながら控室から出てくると、お盆をローテーブルに置いて、寅田の前に湯呑を置いた。
修「これは茶菓子な」
修はそう言いながら、べったら漬けの入った皿を置き、自分の湯呑を手に取り、お盆をローテーブルの脇に立てかけて、進之助の向かいに腰を下ろした。
進之助「茶菓子ってべったらかよ?」
修「ん? 嫌いか?」
進之助「いや、好物」
修「なら良いじゃねぇか」
進之助は爪楊枝が刺さっていたべったら漬けを口に入れ、パリポリパリポリ嬉しそうに噛んでから飲み込んだ。
進之助「うまいな」
修「いいとこのやつなんだよ」
進之助「やっぱりそうか」
修「おう、ここから近い商店街のとこにな、新しい……」
進之助「よう、よう、よう! 漬物屋の話はいいよ。久しぶりの再会なんだぞ?」
修「あぁ? あ、そうだったそうだった。にしても何年ぶりだ? 十年くれぇか?」
進之助「もう、そんなになるかなぁ」
修「ったく、中学卒業と同時に『おらぁ虎三郎のようになる』なんつって飛び出しやがって」
虎三郎。言わずと知れた国民的映画『すったもんだ人情』の主人公である。あてのない旅路での人情を描いた作品で全50作品ある。
進之助「まぁ、なんだ、若気の至りってやつかな?」
修「んで? 虎三郎みたいになれたのか? 見た目はそれっぽいけどよ?」
進之助「ったりまえじゃねぇかぁ! あっ、えっと当たり前田のクラ‥」
修「忘れてたからっていちいち言い直すな」
進之助「へへへっ、まぁ、虎三郎とおんなじような商売やってるよ」
修「ってことは、転々としながら‥」
進之助「実演販売をしてんだよ」
修「実演販売か! あれだろ? デパートとか通販番組かなんかで……」
進之助「そうそう、それよそれ」
修「やっぱり大変なんだろ? そういうのって」
進之助「まあな、やろうと思って『ぽっ』と出来る仕事じゃねぇからな。まぁ、最初は弟子入りしたんだよ」
修「弟子入り? ほぉー、そいう感じなのか」
進之助「師匠はゲーリー山岡って言ってな?」
修「なんだハーフか?」
進之助「芸名だよ芸名!」
修「わかってるよ、冗談だよ。にしてもルアーブランドみたいな名前だな」
進之助「釣り好きにしかわかんねぇようなこと言うなよ! あー、とにかく、ゲーリー山岡師匠は業界では有名な人なんだ」
修「だろうな。俺だって聞いた事あるもん、その名前」
進之助「だろ? んで俺がそのゲーリー山岡師匠の一番弟子よ!」
修「あぁ!? 進之助がぁ!?」
進之助「おうよ、俺の前にも五十人ぐらいの弟子がいたらしいけど、根性無しばっかですぐにやめちまったらしくてよ。ゲーリー山岡師匠に一人前と認められた唯一の弟子がこの俺ってわけよ」
修「へぇー、すげぇじゃねぇか!」
進之助「だろ? そうだろ? 俺もひたむきに頑張ったんだよ」
修「芸名は?」
進之助「あん?」
修「芸名あるんだろ? ポムストロイ寅田とかゲデルモンチョ寅田とか」
進之助「芸名付けるセンス2かお前は! インパクトありすぎて逆に覚えらんねぇだろ!」
修「そうか? んで、芸名は?」
進之助「ねぇよ」
修「何でないんだよ?」
進之助「ゲーリー山岡師匠は本名が平凡な名前だったから、芸名をつけたんだ」
修「あ、そういうことなの? そうか、寅田進之助って名前だもんな。そうはいない名字だし、なんかこうビシッとした名前だしな」
進之助「そうだろ? ゲーリー山岡師匠もおんなじ‥」
修「いちいちゲーリー山岡師匠って言うな長ったらしい! ゲリ師匠でいいだろ、ゲリ師匠で」
進之助「略すセンス1かお前は!」
修「にしても、何で帰ってきたんだ? 師匠のとこでの修業が終わって帰ってきたとか?」
進之助「いや、修業は18の時に終わって、それからは北は東北、北海道、南は九州、沖縄。全国を旅しながら実演販売してたんだよ」
修「虎三郎まんまかよ!」
進之助「まあな。んで、旅してる時にな、家に電話したら妹の椿が‥」
修「弟の清だろ! お前に妹なんかいねぇだろーが!」
進之助「ちょっと言ってみたかっただけだよ! えーと、弟の清が、兄貴の俺より先に結婚するって言うじゃねぇか! 俺もうびっくりしちまってよ」
修「あぁ、俺もびっくりしたよ。『修君、昔から付き合っている瑠璃子と結婚することになりました』なーんつって家に挨拶しに来るんだからよ?」
進之助「挨拶? あいつ挨拶回りしたの?」
修「そうだよ、清君はお前とは違って見た目から好青年だからなぁ」
進之助「悪かったな」
修「つーか進之助! そうだそうだ、聞きたかったことがあったんだよ! えぇ? お前、何で式のとき来なかったんだよ!」
進之助「バカ! 俺だって行きたかったんだよ! けど、あれだよ………」
修「なんだよ?」
進之助「…………旅先で釣った魚食べてアタっちまって」
修「はぁ!? 魚食べ、はぁ!?」
進之助「入院しちゃってたんだよ! しょうがねぇじゃんかよ!」
修「かぁーっ! それは清君も当日話さないわけだよ、お前が来ない理由!」
進之助「俺が言うなって言ったんだ! ったく、一応入院することになったから、具合の悪い体で病院の公衆電話からかけてみたら結婚だよ。驚きすぎて余計に、お前あれだよ、具合悪くなったんだからな!」
修「しらねぇーよ!」
進之助「それであれだ。この間電話したら子供が生まれた、なーんて言うじゃねぇか!」
修「俺もびっくりしたよ! 親友の弟が俺より先に親父になっちまったんだから。あっ、そうかそうか、それで帰ってきたのか」
進之助「そうだよ。親父になった弟を見てやろうと思ってよ」
修「へぇー、なるほどな。つーか携帯電話を、スマホを持てバカ!」
進之助「なんだよ、やぶからぼうに! 持ったよ! 最近持ちました!」
修「ようやくかよ!」
進之助「やっぱり仕事でも必要になっちまったし、ちょくちょく連絡入れねぇと弟が急に結婚しちまうしよぉ、だから持つことにしたんだよ」
修「遅いんだよ!」
二人はそんな調子で夕方までしゃべり続けた。
進之助「おい! 修!」
修「なんだよ?」
進之助「夕方じゃねぇか!」
修「あぁ? あっ! 夕方じゃねぇか! お前のせいで昼飯喰い忘れちゃったじゃねぇかよ!」
進之助「何で俺のせいだよ!?」
修「ったくよ、まあいいや。それじゃあれだな、久しぶりの再会と、清君と瑠璃子ちゃんのご子息誕生記念を祝って、いっちょやるか?」
進之助「お、いいねぇ」
その時だった。外から車のエンジン音が聞こえてきたかと思うと、事務所の前を通り過ぎ、倉庫の方から音がした。
修「おっ、みんな帰って来たな! 進之助、ちょっと待ってろ」
進之助「ん? あぁ、わかった」
修は幾分マシになった右足を少しかばいながら、事務所内の通路から倉庫へと向かった。倉庫内では、江古棚から預かった修理品を四人が丁寧に車から降ろしていた。
修「よう、お疲れ! 椎名さん、お疲れ様です」
修のその声に椎名が振り返った。
椎名「やぁ修君ただいま。留守番の方はどうだった?」
修「えぇ、特に問題も起こりませんでした。で、依頼の方はどうだったんですか?」
その質問には、ワゴン車の陰から出てきた渡が答えた。
渡「もう、聞いてくれよ修。実はさ…………」
渡は今日の出来事をありのまま話すつもりでいたが、日本人形の話をうまく隠して事情を説明した。修に話したらガミガミ言われると思ったからだった。
修「それで依頼を受けてきたのか……」
渡「そういうわけ、んで、あれがその修理を手伝う商品。そして、これが江古棚さんからもらった修へのお宝」
渡はそう言いながら、手のひらサイズの小さな木箱を修に渡した。受け取った修が箱を開けると、脱脂綿の上に小さく細長い白い石のようなものが置かれていた。
修「なーにこれ?」
渡「土星人が作った石のお守り」
修「えぇ! 土星人が作った石のお守り!? やったー、超嬉しー! ってなるかバカ! 何だよ土星人が作った石のお守りってよ! んなわけねぇだろ! なんだ、土星の土産物屋かなんかに売ってんのか! えぇ? 土星に旅行に行った奴でもいんのか!」
渡「じゃない?」
修「じゃない? じゃねぇよ! なんだよ、自分たちだけまともなモンもらってきやがってよ。まぁいいや、とりあえず事務所の方で休憩しろよ」
修はそういうと、事務所の方へ歩き出した。修の急な気の使い方に渡は不気味さを感じたが、修の言葉を受け入れ、ほかの三人に声を掛けた。
渡「知哉、大先生、椎名さん! 一休みしましょう!」
呼ばれた三人はそれぞれ疲れた声を出し、渡と共にぞろぞろと事務所の方へと向かった。
重「あっ、もうダメ……」
先頭を歩いていた重は、重い修理品を整理して足腰の疲れがピークに達してしまい、事務所内に入るとすぐさまソファーに仰向けで倒れこんだ。
重「うぅー、足腰が痛い……」
進之助「ったく、若いくせしてだらしのねぇ奴だな」
目の前のソファーに倒れこんだ重を見ながら、進之助が呆れた声を出した。重は首だけを声のする向かいのソファーに向けて言い返した。
重「あのね、俺はね、肉体労働にはね、向いてないの。人には向き不向きってものが………」
重はそこまで言うと、ソファーから飛び起きた。
重「し、し、し、進ちゃん? 進ちゃんじゃないの!」
重の驚いた声とその名前に反応した知哉と渡は、急いで事務所の中に入っていった。そして先に入った渡がまた声をあげた。
渡「進之助!? 進之助!」
次に入ってきた知哉も同じく声をあげる。
知哉「進…… オイオイ! ホントに進之助じゃねぇか!」
けたたましく続いた声に顔をしかめる進之助。
進之助「何回、人の名前を呼んだら気が済むんだよ!」
その問いに三人は一斉に喋りだす。
知哉「うるせぇ! 中学卒業からスッと消えちまいやがって!」
重「それで音沙汰なしで何年も心配かけてくれちゃってぇ!」
渡「何回呼んだら気が済むだぁ!? 何回呼んだって気が済まないんだよ!」
怒涛の反撃にたじろいだ進之助。
進之助「な、なんだよ、おい!? 練習でもしたみてぇに息を合わせやがって!」
そんな進之助を見て笑い出す三人。渡は笑いながら手を差し出し、進之助に握手を求めた。何だかよくわからない要求に戸惑っていた進之助だったが、ソファーから立ち上がり渡の要求にこたえた。
渡「冗談だよ冗談! 久しぶりだねぇ進之助!」
渡との握手が終わると、知哉がすかさず進之助の手を握った。
知哉「元気そうじゃねぇか!」
進之助「おう、おかげ様でな」
知哉が握手を終えると、重は待ってましたといわんばかりに、進之助を抱きしめた。
重「もうっ! 私の事ほったらかしてどこに行ってたのよ?」
進之助「大先生、相変わらずそのネタやってんのかよ……」
重「もちろんね! あ、そうだ!」
重は何かを思い出すと、修、渡、知哉を自分の横へと並ばせた。
重「えー、遅ればせながら弟さんのご結婚、あー、えーっと、そして、先日の弟さん夫婦のご子息誕生、誠に、えー、おめでうございます」
修「おめでとうございます」
渡「おめでとうございます」
知哉「おめでとうございます」
重たちはお祝いの言葉を言った後、深々とお辞儀をした。進之助はそれを見た途端、背筋を伸ばし、深々とお辞儀をして感謝の言葉を言った。
進之助「これは、どうもご丁寧に。えー、皆さんの温かい支援のおかげで、結婚、また無事に甥っ子を授かることが出来ました。今後、ご迷惑をかけてしまうかもしれませんが、まぁ、えー、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
椎名はその光景をあまり理解できないまま黙って見ていた。知哉はそんな椎名に気付き、進之助の近くに椎名を連れて行き紹介した。
知哉「椎名さん紹介します。えー、俺達の小中学校の時の同級生、寅田進之助です。んで進之助、こちらは元レッドスクエア社の社員で、今は何でも屋の社員兼ピエロを務めてくれてる椎名源二さんだ」
互いに紹介された二人は、初対面同士が見せる特有の笑顔を見せながら会釈をした。
椎名「どうも初めまして、椎名源二と言います」
進之助「こちらこそ初めまして、寅田進之助と言います」
椎名「いま話を聞いていたんですが、なんでも弟さんがご結婚されて、さらにお子さんも……」
進之助「えぇ、そうなんですよ」
椎名「いやー、これはどうも、あの、おめでとうございます」
進之助「ありがとうございます。この歳で伯父になってしまいまして、嬉しいら悲しいやらで…… それはそうと、いまこのデカいバカが言ってましたが、レッドスクエア社で働かれていたんですか?」
椎名「えぇ、まぁ、一応」
進之助「いやいや、すごいじゃないですか! レッドスクエア社といったら一流を超す超一流ですよ! あと聞き間違えたかもしれないのですが、確かピエロと……」
椎名「あ、そうなんですよ。話せば長いんですが……」
急にビジネスマンの顔を少しだけ出しながら話し出した二人の間に、修が割って入った。
修「はいはい、終わり終わり。話は宴会のときにしてくれよ」
進之助「うーし、それじゃいっちょ、景気よくいくとするか!」
中学生の時と変わらない笑顔を見せる進之助に、同級生の修達は何か嬉しくなった。
修「よし、じゃあチャチャッと支度しちまうか!」
それからすぐに宴会の準備が進められ、買い出し含め、ものの二十分で準備が整った。六畳ほどの会議室に大人六人。初めは、進之助が地元を飛び出してから現在に至るまでの話、椎名のピエロの話、何でも屋の仕事の話などがされていたが、酔いが回ってくると、どんちゃん騒ぎ。伴奏なしのカラオケ大会が始まると、会議室の熱気はさらに増した。
翌日の朝。進之助は気持ちよく寝ている同級生を残して商売へと出かけた。年末商戦の最前線であるデパートへ向かったのだった。
進之助「本日はよろしくお願いします」
デパートに着いた進之助は、売り場の担当者と軽い打ち合わせをした後、日用品売り場の一角で実演販売の準備を始めた。
椎名「進之助君、トランクの中には何が入ってるの?」
椎名は、客の心を掴む商売ということで進之助と意気投合して、仕事を見学しようと同行していたのだ。
進之助「え? いやぁ、それは企業秘密ですよ」
椎名「えぇ? いいじゃない一つくらい見せてくれても」
進之助「しょうがないですねぇ、それじゃコレは?」
椎名「爪切り?」
進之助「はい。実演販売ってのはお客さんの目の前でやる商売ですからね?」
椎名「なんか普通な物というか……」
進之助「もう、見せたら見せたで何なんですか!? ケアは大切なんですよ? 爪切りのほかにも、ハンドクリームだとか、糸ようじだとか、ねぇ? あとは髭剃り綿棒耳かき鼻毛切り、手鏡マウスウォッシュなんかも入れてるんですから!」
椎名「秘密が漏洩しちゃってるけど、いいの?」
進之助「えぇ? あっ、卑怯な手を使うなぁ椎名さんも」
椎名「いや、よくある、聞きもしないのに勝手に……」
進之助「ま、良いでしょう。それじゃぼちぼち商売始めますんで」
椎名「うん、わかった」
進之助は簡易的に作られた台の上に、先ほど食品売り場で購入してきた野菜と、紹介する商品を並べた。その様子を見た買い物客は何か始まるのかと、進之助の周りに集まってきた。進之助はすかさず商売に取り掛かる。
進之助「さぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 全国津々浦々、商いしながら練り歩いてきたこの私が今回ご紹介したいのがコレ! 何でもスパッとトゥルースライサーMSと、お肉にお魚お野菜と、バスッと切れちゃう竹一文字万能包丁の二品だい! ね! まずはこのトゥルースライサーMS! お固いニンジンごぼうから、やらかいトマト苺まで、なんでもスパスパ切るのがこの商品。近頃、やっぱり愛のこもった手料理をと、若奥様の間で手料理ブームがまた到来! 何が手料理ブームだと、主婦歴ウン十年の奥様方もおられるが、料理というのは大変な家事でございます。輪切りに千切りイチョウ切り、切り方一つとっても上手くなるには時間がかかる。桃栗三年柿八年梨のバカ野郎十八年てぇなーもん! そこで登場トゥルースライサーMS! 今さら説明する必要はないかもしれませんが、とにかく聞いてちょうだい。従来通り、きゅうりにダイコン、ニンジンごぼうと、ご覧の通りスパスパいけちゃう。さらには、トマトみたいなやらかいもの、ピーマンのような複雑なものからキャベツなんかの葉物までスッパスパ! どう? ね、そこの奥さん、切れる切れると申しましても、ダメ夫との縁までは切れないからね? いやちょっと奥さん、そんなに残念そうな顔しないでくださいよ、安くしときますから! ほらタコだってこの通り薄く造れちゃう。ねぇ! タコはイボイボ、ニワトリゃハタチ、芋虫ゃ十九で嫁に行くときやがった!」
軽快に口上を披露しながら商売をする進之助。昨日の進之助からは想像できない商売人の顔に、椎名は感服の至りだった。たるんでいた心に喝を入れられたような気持になった椎名は、時間も忘れて一日中進之助の仕事を見学した。そんな椎名の視線を知ってか知らずか、進之助は昼休みもとらないで仕事を続けた。
商売開始から数時間後の午後三時頃、用意していた分の商品をさばいてしまった進之助は、帰り支度をはじめた。
椎名「いやいやいやいや」
ポンポン手を叩きながら進之助に近寄る椎名。
椎名「いやー、お見事でした、お見事でございました」
進之助「なんですかその喋り方は?」
椎名「いや、すごいね、プロって。昼休みもとらないでさぁ、本当に勉強になったよ。なんていうのかなぁ、始まる前から、こう、人を惹きつけるものがあるというか……」
進之助「へへっ、そこまで言うとかえって嫌味に聞こえますよ?」
進之助は照れ笑いをしながらトゥルースライサーMSの見本をトランクにしまう。
椎名「いやいや! 本当にそう思ったんだから! 何というのかなぁ」
腕組みをしながら眉を寄せ、必死に言葉を探す椎名。進之助は真面目に考え込む椎名を見て、なぜ自分の同級生が椎名を好いているかが分かった。
進之助「っていうか椎名さん」
椎名「なんだい?」
進之助「昼休みを取らなかったんじゃなくって、とれなかったんですよ。椎名さんのせいで」
椎名「えぇ! 僕のせいなの!?」
進之助「そうですよぉ! あんまり熱心に俺を見てるもんですから、休むに休めなかったんですよ」
椎名「なんだか悪いことしちゃったねぇ…… あっ、じゃあさ、ちょっと遅いけどお昼をごちそうするよ。何でもいいよ、ラーメンでもカツ丼でも焼肉でも」
進之助「ご馳走してくれるのは嬉しいんですけど… これを食べなくちゃいけないんです」
進之助は二重にしたビニール袋の口を開けてみせた。中には実演販売で使用した野菜が入っていた。
椎名「あ、そうか。そうだよね、捨てるなんてもったいないもんね。それじゃあさ、喫茶店はどう?」
進之助「良いですねぇ喫茶店」
椎名「そうでしょ? じゃあ、コーヒーが美味しくて落ち着ける喫茶店と、コーヒーが美味しくてピロピロな喫茶店と、どっちがいい?」
進之助「ピロピロ? ……えーっと、落ち着ける方で」
椎名「そいと決まりましたらレッツラ・ゴー!!」
進之助「だから何なんですか、その喋り方は?」
帰り支度が済むと、椎名は喫茶「アバーライン」へと進之助を案内した。
椎名「どう? コーヒーの味は?」
進之助「いやぁ椎名さん、ここのコーヒーは本当に美味いですねぇ! 久しぶりに『コーヒー』ってもの飲みましたよ」
椎名「そう言ってもらえると嬉しいねぇ。ま、僕が淹れたコーヒーじゃないけど」
進之助「それにこの布のおしぼり! やっぱりおしぼりはコレですよ!」
進之助は黄色のおしぼりを嬉しそうに広げて見せた後、丁寧に畳んだ。
椎名「へぇー、こだわりがあるんだね」
進之助「えぇまぁ。あと、そう! 全メニューに小サイズがあるのも良いですねぇ」
椎名「そうなんだよ、小腹がすいた時なんか便利なんだよね。そうそう! この店にはね、いろんなものを食べたい人用に、全メニューをミキサーにかけた全部入りジュースっていう裏メニューがあるんだよ!」
進之助「なんですかそれ! そんなの頼む人いるんですか?」
椎名「まぁ、ウソなんだけどね」
進之助「いやウソかよ! なんでそんなくだらないウソつくんですか!」
椎名「場を和ませようと思ってさぁ」
進之助「十分に和んでますから大丈夫ですよ」
二人が和気藹々と話していると、女性の店員が注文の品を届けに、二人のテーブルへと近づいてきた。年齢は二十歳前後で、黒髪のポニーテルに笑顔が似合う、可憐な女性だった。
店員「お待たせいたしました。小ナポリタンをご注文の方」
進之助「はい、俺です」
進之助は返事と同時に軽く手をあげると、店員からナポリタンを受け取った。
店員「あっ、ありがとうございます。お熱いので気を付けてください。それと小オムライスの方」
椎名「あ、はい、僕です」
椎名が嬉しそうな顔で小オムライスを受け取ったその時、喫茶店のドアチャイムが激しく体を打った。あまりの音に、店内にいた客は一斉にドアの方を向いた。そこには店内をキョロキョロと見回す青年の姿があった。セーターにジーパン姿の普通の青年だったが、小さな前掛けをしていた。
進之助「なんだありゃ?」
椎名「なんだろね?」
二人も他の客と一緒になって青年を見ていた。すると、青年は二人の方を見るなり、ズンズンと歩き、近づいていった。
進之助「なんだなんだオイ、ふっかけるつもりか?」
椎名「ちょっと進之助君? 穏やかに、穏やかにね?」
進之助「え? いやぁ、俺も大人ですから大丈夫ですよ」
しかし、青年の目的は二人ではなかった。青年は二人のテーブル前に立つ店員の女の子の寸前で立ち止まり、唐突に口ひらいた。
青年「まだやめてないって本当か?」
店員「ちょっ、ちょっと! 今仕事中なんだから後にしてよ! 連絡入れるから」
青年「あ、そ、そうだよな。ごめん…… じゃ、連絡待ってるから」
青年は「やっちまった」というような表情になり、ポリポリと頭を掻いた。
青年「あっ、あの、お騒がせしまして、申し訳ありませんでした」
青年は椎名と進之助に頭を下げると、クルッと踵を返し、店内の客に謝りながら喫茶店を後にした。
店員「あの…… 本当に申し訳ありませんでした」
店員の女の子は深々頭を下げると、カウンターの奥へと消えていった。呆気にとられる椎名と進之助。
進之助「竜頭蛇尾な青年でしたねぇ……」
椎名「うーん、何だったんだろうねぇ……」
二人は少しの間だけ考えを巡らせたが、すぐに諦め、パンッと両手を合わせて、いただきますと同時に出来たての料理を食べ始めた。
一方、遅く起きた組は江古棚から預かった商品を一日中修理していた。しかし、修理といっても江古棚が修理依頼を受けた品ではない。江古棚が様々な店から掘り出してきた物で修理して売れば利益が出るというもので、万が一のことがあっても大きな損失にはならないようになっているのだ。だが手を抜いていいことにはならないので、何でも屋達は気合を入れて作業を進めていた。
修「かぁーっ! もう夕方かよ!? ったく、やってらんねぇよ! って心の中で静かーに思ったから、今日はもう終わりにしない?」
重「教授さん、修のバカに油をさしておいてもらえますか?」
渡「はーい」
修「はーいじゃねぇ! いいから、その油さし置けよ!」
渡「残念だなぁ。ま、修の言う通りだから、今日は終わりにしようか」
何でも屋一同は事務所に戻り、イスやソファーでだらしなく休み始めた。四人の間にまったりとした時間が流れ始めたその時、外から進之助のご陽気な歌声が聞こえてきた。
進之助「若松のぉ、星降る帰り道ぃ、すかしたアイツの声がぁ、聞こえてくるぅっと」
進之助は楽しそうに歌いながら引き戸を開け、事務所の中に入ってきた。そして疲れ切った四人を見つけると、腰に両手を当てながらうるさく声を出した。
進之助「低賃金の諸君! 相変わらず貧しい暮らしをしてるのか?」
瞬間的にイラッとした四人は、進之助よりも大きな声を出した。
知哉「うるせぇんだよバカ!」
重「うるさいねぇもう!」
修「でけえ声を出すんじゃねぇ!」
渡「静かにしなさいよもう!」
言われた進之助は呆れた表情で首を振った。
進之助「かーーっ! 嫌だねぇまったく、えぇ? 友人の同情の言葉に対して何だい? うるさい? 静かにしろ? これだから粗暴な人たちとはお話したくないんだよ」
知哉「何が粗暴だよ」
その時、進之助の後ろを歩いていた椎名が事務所の中に入ってきた。
椎名「進之助君は帰り道となると歩くの速いねぇ…… あ、みんな、只今戻りました」
修「おかえりなさい」
渡「おかえりなさい椎名さん」
知哉「お疲れ様です」
重「ご苦労様です」
椎名は引き戸を閉めると、疲れた足取りで自分のイスへ座った。その様子を黙って見ていた進之助は、トランクを床に置き、ソファーにふんぞり返っている修の横に座った。
進之助「ハナッからそういえば言えばいいものを……」
進之助の向かいに座っていた重は、その言葉を聞いて不思議そうな顔をした。
重「え? 何がよ進ちゃん?」
進之助「何がって、『お帰りなさい』とか『ご苦労様です』とかだよ」
修「そりゃーよ? お前が普通によ? 『いやー今日も疲れた疲れた、おっ、皆さんお揃いで、今日も一日ご苦労さんだったねぇ』なーんて言いながら入ってくりゃ、俺達だって普通に返すだろうーが」
進之助「んなこと言われなくてもわかってんだよ。こっちはこうなんだ、くたびれてんなぁ、と思ったから、ちょいとこう、あれだよ、冗談ぽく言ったんじゃねぇか」
知哉「タイミングってのがわりぃんだよ進之助は」
進之助「んだかなぁ、そんなにタイミング悪かったかなぁ」
腕を組み考え始めた進之助。そんな進之助の左手首に光る腕時計が渡の目に入った。
渡「あれ、もうそんな時間?」
渡の言葉に全員は壁際の置時計に目をやった。
椎名「もうちょっとで七時だねぇ」
渡「それじゃそろそろ帰りますかなぁ」
渡はイスから立ち上がると、テキパキと帰り支度を始めた。それに促されるようにして知哉と重も帰り支度を始めた。しかし、修は動こうとせず、ソファーにだらしなく座ったままだった。
進之助「あれ? おたくは?」
修「帰んのだりぃからまた泊まる。着替えもまだあるし、洗濯も椎名さんがやってくれるし」
椎名「あのねぇ」
修「冗談ですよ」
そう言って修がケタケタ笑っている間に、帰宅組は支度を済ませた。
渡「それじゃ俺たちは帰ります」
椎名「お疲れ様でした」
修「気をつけてな」
知哉「おう、そいじゃ」
重「じゃあね進ちゃん」
進之助「お疲れさん」
三人が帰ると、賑やかだった事務所は少し淋しくなった。修は向かいのソファーが空いたので、空いたソファーにだらしなく寝そべった。
修「椎名さん、カップラーメンってまだありましたよね?」
椎名「袋の麺のやつはあるよ。あのー、鍋で作るやつ」
修「それじゃ晩飯はそれにしましょうか。ネギと卵は冷蔵庫に入ってましたから、それも入れて」
進之助「おう、ネギ入れるんだったらよ、トゥルースライサーMS使ってくれよ」
修「ん? んなネギ切るくらい包丁でちゃちゃっとやっちまうからいいよ」
進之助「ばか! 簡単なんだからやれよコレで!」
修と進之助は文句を言いながら、少しばかり大きな鍋で三人分のラーメンを作った。卵とネギのほかにも旬のニラを入れた醤油ラーメン。卵は溶いて入れ、ネギは白髪に切り、ニラは食べやすいサイズに切って入れ、それぞれの器に盛り付けたあと、ほんの少しのごま油をたらす。うつぼぐさの芽が出てくる季節、冷えた体を温め、五臓六腑に染み渡っていく醤油ラーメン。三人はそれを深く味わった。
ラーメンで体と心を温めた三人は、お馴染みまったりとした時間に包まれ、何となくの時間を過ごしていた。しかし、椎名には睡魔のお誘いがきていた。
椎名「ねぇ修君? 今日は銭湯どうする?」
修「うーん、銭湯にいくのも面倒なくらい疲れてますからねぇ…… あ、そういや『皆の湯』は土日は朝からやってませんでしたっけ?」
椎名「あ、そうか。じゃ朝風呂にしようか?」
修「良いですねぇ。それじゃ進之助もそれでいいか?」
進之助「俺は別にかまわねぇけど」
修「じゃ椎名さん、そういうことにしましょう」
椎名「よし、それじゃ僕は上に行って休むから、戸締りお願いね」
修「わかりました。じゃ、おやすみなさい」
進之助「おやすみなさい」
椎名「うん、おやすみ」
椎名はゆっくりとした足取りで階段へ向かった。が、何かを思い出したかのように進之助の方へ振り向いた。
椎名「進之助君、今日はありがとうね」
進之助「いえいえ、こちらこそ喫茶店でごちそうして頂いて、ありがとうございました」
椎名はニコッと笑うと、控室の階段を静かに上がっていった。その足音が消えた後は、無駄にデカい置時計の秒針の音だけが淋しく響いていた。
修「ふぅー、進之助、茶でも飲むか?」
進之助「おっ、わりぃな」
修「別に悪くはねぇよ、じゃ入れてきてくれるか?」
進之助「俺がかよ!?」
修「あったりまえだろ! 久しぶりに帰って来たかと思ったらズルズル居座りやがってよぉ」
ニヤニヤと嫌味ったらしく言いながらも、修はソファーから控室へお茶を入れに行く。そして準備をしながら、控室の壁を突き抜けるように少し大きな声を出した。
修「それはそうとよ、実家には帰ったのか?」
進之助「え? いや、まだ帰ってないけど?」
修「はぁ? 帰ってないの? なんで帰ってないんだよ?」
進之助「いや、別にあれだよ、特に理由はねぇんだけど」
修「じゃ早く帰ってやれよ? ろくに連絡もしてねぇんだろ?」
進之助「ばか! 電話と手紙はマメにしてんの!」
修「あ、そうなの?」
進之助「そりゃそうだよ。俺を産んでくれて育ててくれた両親だぞ? そこまで親不孝じゃねぇよ」
修「でも会ってはねぇーんだろ?」
進之助「会ってはない!」
目を閉じ、腕組みをし、進之助は堂々と言い放った。
修「何で偉そうに言ったんだよ! だから、会ってねぇーんだから明日にでも帰ってやれよ! 土曜で休みなんだから家にいるんだろ、親父さんとお袋さんは」
進之助「わかったよ、会いに行くよ。土産でもぶら下げて」
修は茶の準備を終え、盆を持ちながら控室から出てくると、進之助の向かいに座り盆を置いた。
修「あいよ」
修は進之助の前に湯呑を静かに置いた。
進之助「おう、あんがと」
修「あとこれ茶菓子な」
修は盆の上からタッパーを取ると、ふたを外し二人の中心に置いた。進之助はまた漬物かと思い、修に手渡された割り箸を割りながらタッパーの中を除いた。
進之助「おいなんだよ、煮豆じゃねぇか!」
修「そうだよ、豆だよ。いやな、おれんちのお隣さんがな、まぁーいっぱい豆くれたからさぁ、俺が煮豆にしてよ。んでご近所に配って、余った豆がこれなわけ」
進之助は話を聞きながら煮豆を口にし、その味に思わずクスッと笑ってしまった。
進之助「お前は全国民のお袋か! バカみたいに美味いじゃねぇか! ほんと、こうーいうのだけは器用な」
修「別に器用とかじゃねぇよ。つーか日本人に生まれて二十数年も生きてりゃ、煮豆の一つや二つ作れんだろ?」
進之助「そうかぁ?」
修「そうだよ」
二人は交互に豆を箸でつつきながら、ズズッと茶をすする。
進之助「あ、そうだ。今日さ、喫茶店に行って、小ナポリタンとコーヒーを頼んでよ」
修「なんだアバーラインに行ったのか?」
進之助「そうそう、アバーライン。そしたら俺達よりも若い…… そうだなぁ、二十一か二ってとこかなぁ、女の子の店員が運んできてくれてよ」
修「うん」
進之助「それで小ナポリタンを受け取ったその時だよ。店に青年が入ってきてよ? 歳もその店員の子と同じくらいで、したらよ、俺達のテーブルの方にズイズイズイズイ向かってきてよぉ」
修「おうおう、何だ? それで?」
進之助「向かってきてだ、その子の前で止まると、唐突に『まだやめてないって本当か?』ってこうだよ。俺と椎名さんはキョトンだよ。んで言われた店員の子も『ちょっと今は仕事中なんだから後にしてよ、後で連絡入れるから』ってなもんで俺と椎名さんはまたキョトンだよ」
修は真面目に話を聞きながらも茶をすする。
進之助「そうしたら青年は『そうだな、ゴメン』って言って、『お食事中のところ、お騒がせしてすみませんでした』なーんつって頭下げて、トボトボトボトボ店から出て行って、店員の子は気まずい空気に苦笑いしながら『失礼いたしました』と深々頭を下げて、カウンターの奥へすぅーっといなくなっちまってよぉ……」
修「おいなんだよ! 怖い話かよ! やめろよお前……」
進之助「幽霊だからすぅーっといなくなったんじゃねぇよバカ! そうじゃなくて店の奥に行ったの!」
修「んだよ、そういうことかよ」
進之助「ったく。ま、あれだな、ありゃー訳ありだね。どう見たって」
腕を組みながら考え込む進之助。修はため息をつくと、頭をポリポリかきながら面倒くさそうな声を出した。
修「首を突っ込むなよ?」
進之助「ん?」
修「いやだから、首を突っ込むなって言ってんだよ」
進之助「誰が『二人の若者の問題に首を突っ込みます』って言ったんだよ!」
修「言わなくたってわかるんだよ! お前は虎三郎に影響受ける前から、裸足で外を駆けずり回ってるときから、なーんかモメ事があるたんびにお前は首つこっんでたろ!?」
進之助「あれぇ?」
修「あれぇじゃねぇよ! 何があれぇなんだよ! いいから首突っ込まねぇでおとなしくしてろ、いいな?」
修は言い終わると、ソファーに横になって目を閉じた。進之助は黙ったまま煮豆を一つポイと口に入れ、早くも寝息をたてている修と同じように横になり、喫茶店の二人の事を考えていた。
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