何でも屋

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第五章:拝啓万屋御一同様

ちょいと緊迫

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 次の日。電話で実家に連絡入れ、進之助は修達と銭湯へ行った後、土産を買って実家に向かっていた。

進之助「なんでぇ……」

 進之助は十年前とは違う風景に侘しさを感じていた。が、その目に木造平屋の実家が見えてくると、十年前と変わらない様子に安堵を覚えた。
 久しぶりの帰宅。進之助は玄関の戸を開けようとした。が、自分が思いのほか緊張していることに気がついた進之助は、フッと笑みをこぼして戸を開けた。

進之助「ただいま」

 その時の進之助の声は、どこか少年の声に似ていた。そんな声を聞き、割烹着姿の女性が手前の戸から出てきた。進之助の母親、千恵子ちえこだ。

千恵子「おかえりなさい」

 以前には無かった箇所にシワが出来ている母親を前に、進之助は自分が家を出てからの月日がどれだけのものだったのかを痛感した。だが、元気そうな母親の姿を見たことによって、その気持ちは幾分か楽になった。

進之助「ただいま」

千恵子「それは聞いたよ。いいから早く上がんなさい。居間でお父さんも待ってるんだから」

進之助「わかったよ。あと、これ土産ね」

千恵子「あら、ありがとう。なにかしらねぇ」

 笑顔で出迎えてくれた母親に心から感謝する進之助は、台所へ向かう母親の後姿に深々頭を下げ、脱いだ靴を揃えてから居間へと入っていった。
 居間には寅田家の記念写真がいくつか飾られており、味わいのある家具の中に真新しいテレビが置かれていた。その横にはそのテレビが入っていたであろう綺麗な段ボール箱があり、さらに横には説明書を片手に首をかしげる進之助の父親、しんがあぐらをかいていた。

進之助「なんだよ、業者に頼めばよかっただろ?」

 進之助はハットとトランクを雑に床へ置くと、テレビと格闘している父親の横へあぐらをかいた。

信「うーん、今思えば頼めばよかったと思うけど、ちょっとまぁ、あれだ、一人でやってみたかったんだよ」

進之助「ったく、今の家電は簡単なはずなんだけどなぁ。ちょっと取説かしてみて」

信「ほら」

進之助「あんがと、うーんと? 端子、あれだ、このコードを下のレコーダーと繋げるんじゃないの?」

信「ん? あ、そうかそうか、でもお前あれだぞ? こっちのコードが余っちゃうぞ?」

進之助「ええ? いや、それは、ええ!? どっから出てきたんだよこのコードは?」

 あれこれと試す進之助。その様子を見ながら信は何気なく尋ねた。

信「それで、どうなんだ?」

進之助「たぶん、これが右のとこに差すやつだとは思うんだけど」

信「仕事の話だよ」

進之助「あ、仕事か」

信「修業が終わってからはどうなんだ? 手紙と電話で大体のことは分かってはいるが」

進之助「うん、まぁ、なんとかやってるよ。いろんなこと学ぼうと日本全国フラフラしながら商売やってるけど、なかなか難しいよ。学校の勉強と違ってさ」

信「社会にのまれるのは良くはないが、社会にもまれることは良いことだ。ま、頑張るのはいいが、無理だけはするなよ」

進之助「親父達もな」

 テレビを設置しながら再会の話をする父と息子。変な親子だと思いながら、千恵子は隣の台所で進之助が持ってきた土産とお茶の準備をしていた。

千恵子「テレビはそのくらいにして、進之助のお土産でお茶にしましょ」

進之助「よし、それじゃそうするか」

信「土産は何だ?」

進之助「畳いわしとハマグリの甘露煮」

信「渋いねお前も」

 そのころ、銭湯から帰ってきていた修と椎名は、コンビニで買った朝食を事務所で食べ終えていた。修はソファーに座り、椎名が事務イスに座ってコーヒーを飲んでいると、残りの三人がそろって出社してきた。それに気付いた修は目線を、椎名は事務イスを引き戸の方へクルッと向けたが、修は呆れかえり、椎名はクスッと笑いを見せた。

知哉「おはようさん」

 寝癖そのままに、眠たそうな知哉が事務所に入ってきた。

修「なんつー頭してんだよお前は」

知哉「うん? 別にいいじゃねぇか、しばらくは人と触れ合う仕事はねぇんだしよ」

重「そういう事じゃ困るよ」

 知哉の後ろから入ってきた重は、眠い目をこすりながら注意した。

重「人と直接触れ合わないからってね、いつどこで誰が見てるかわからないんだから、普段からしっかりしてもらわにゃいと……」

渡「もらわにゃいと、じゃないよ!! まったく!!」

 渡は事務所に入り突っ立ったままの二人を押しのけて入ってきた。

渡「大先生さんよ、自分の髪を鏡で見てから言ってんの!? 新手のチャウチャウみたいな頭して! それなのになんで後頭部の方はそんなにペッタンコなのさ!」

重「枕じゃないですかねぇ、原因は」

渡「まったくもう、二人してもう…… ほら知ちゃん、さっさと戸を閉めて」

知哉「はいはい……」

 渡はコートのしわも気にせずに、修の向かいのソファーにふんぞり返った。知哉は引き戸を閉めると、自分の事務イスに座り、上半身を机に預けてだらしなく座った。

重「ふぁ……」

 重はあくびをしながら修の横に座ったかと思うと、修の膝を枕に横になる。

修「なんだよシゲ! ファサファサ気持ちわりぃなもう!」

重「ちょっとだけ、ちょっとだけ横にならせて……」

修「面倒な幼馴染だなぁ」

 全員がそれぞれの位置に落ち着くと、椎名は待ってましたと口を開く。

椎名「あのちょっとさ、皆に聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

渡「なんですか?」

椎名「進之助君って昔からなの?」

修「なんですかその大雑把な質問は?」

椎名「いやぁ、この前の喫茶店の話なんだけど」

修「あぁ、あの話ですか……」

知哉「なんだよ、喫茶店の話って?」

修「えーっと……」

 修は進之助から聞いた話を簡単に説明してやった。

渡「……念を押して言ったんだろうね?」

修「言ったよ。クビ突っ込むなって。それで椎名さんの昔からなのってのは……」

椎名「その『クビを突っ込む』って事が昔からなのかなって」

知哉「そりゃもう何か問題があるってなると、あいつは無関係な問題にまで入っていきまして。俺たちも随分と引っ掻き回されたんですよ」

椎名「そうだったんだぁ」

渡「思い出すだけでもウンザリしますし笑っちゃいますよ」

修「そういや、進之助の騒動に巻き込まれて、最後には警察署から感謝状をもらったもんな」

椎名「感謝状!?」

知哉「ひったくりと下着泥棒と食い逃げを一度に捕まえたんですよ、俺たち」

椎名「なにそのエピソード!」

知哉「まぁ、話せば長くなりますよねぇ……」

修「つーかシゲ! いつまで人の膝で気持ち良さそうに寝息を立ててんだ!」

 膝をポンッと跳ね上げ、修は重のファサファサ頭をどかした。

重「もう、乱暴だねぇ」

 重はファサファサ頭をフォサフォサさせながら、眠たそうにソファーに座りなおした。

椎名「そうそう、ちょっと質問続きになっちゃうんだけど……」

修「なんですか?」

椎名「いや、弟の清君の事なんだけど。ほら、結婚して子供が生まれたって」

知哉「えぇ、そうなんですよ。まーねぇ、清君は好青年でしてね?」

椎名「というと?」

知哉「うーん、そろそろ働く時間ですから、俺たち四人でパパッと喋っちゃいますけど…… いいですか?」

椎名「え? 何、その新しいパターンは?」

知哉「清君は俺達の二つ下で、まぁ驚きなのは結婚した相手なんですよ」

渡「瑠璃子ちゃんていう子なんですけど、彼女も良い子でして。そんな二人が出会ったのが小学校の入学式」

修「んでもって付き合い始めたのも入学式」

椎名「え!? 小学生のころから付き合ってるの?」

重「で、何が偉いって中学高校のときもキスもしないで、互いにしっかり門限守って、真面目に付き合ってたんですよ」

知哉「清君は高校在学中にいろいろ資格を取って、学校の許可を得て車の免許を取って、卒業後は大手車メーカーの製造工場に入社」

渡「それでもって二十歳になった時、十数年の交際を経て結婚したんです」

修「瑠璃子ちゃんのご両親も小さいころから清君の事知ってますからね? 結婚も快く許してくれて」

重「あの二人を見ていると、何て言えばいいですかねぇ、こう、心がなごむといいますか、自然と二人を応援したくなっちゃうんですよ」

修「ああいうのを本当の恋愛っていうんじゃないですかねぇ」

知哉「さあて、じゃお話はこの辺でお開きということにして、ビッと仕事しちゃいますか」

椎名「え? あ、うん」

 何でも屋達が仕事に取り掛かり額に汗している頃、進之助は実家を後にして清の家へと向かっていた。しかし、急にいっても迷惑だろうと考えた進之助は、清の家に電話をした。しかし電話はつながらず、それならとスマホの方にも掛けたがまたつながらなかった。

進之助「なんでぇ、出かけてんのか? 俺の甥っ子もまだまだ生まれたばっかりだからなぁ、検診にでも行ってんのかな?」

 だったら実家でもう少し休めたな、と思いながら、進之助は街をブラつき始めた。住宅街を抜け、商店街を抜け、繁華街へとたどり着いた進之助。そんな進之助の耳に今どきの音楽が聞こえてきた。

進之助「はぁ…… ま、暇つぶしぐらいにはなるかな?」

 進之助がその音を頼りに人波に逆らって歩いていると、小さなCDショップの前に人だかりが出来ていた。店先には簡単に作られたステージのようなものがあり、そこにはフリフリのレースのついた可愛らしい衣装をまとった六人の女の子がいた。そして元気よく歌と踊りを披露していた。

進之助「予想はついてたけどよ…… なんでぇアイドルかぁ」

 進之助は人だかりの一員にはならず、少し離れたところでアイドルたちを静かに見ていた。それに対し、ステージ付近のファンたちは音楽に合わせて合いの手を入れながら、アイドルたちと一緒にステージを創り上げていた。

進之助「熱いファンだねぇ…… つーか、さっきから叫んでる『ふるミン』つーのは何なんだ?」

 懸命に踊るアイドルと情熱的なファンに目を取られていた進之助は、ステージの上のほうに設置された大きな看板にようやく気付いた。

進之助「ふ、ふるーつミント? あ、『ふるミン』つーのは『ふるーつミント』の略か」

 進之助はふるミンの意味もわかったと、その場を離れようとしたが、アイドルの女の子の一人を見て驚いた。喫茶店で出会った女の子が、紫の衣装を着て踊っていたのだ。

進之助「ア、アイドルだったのか…… ん、待てよ……」

 進之助がトランクを地面に置き腕組みをして考え始めると、ステージは終わり、CD販売と握手会が始まった。ファン達が列を作ると、考えに合点のいった進之助、今度は列の一員に加わった。

進之助「CDを買えば握手ができると…… ったく、いい商売だなってオイ! 一曲しか入ってないのにこんな値段すんのかよ!?」

 進之助の長財布から野口英世が三人ばかり出ていくと、握手の順番が回ってきた。オレンジ色のアイドル、青色のアイドル、緑色のアイドル、赤色のアイドル、黄色のアイドルと握手をし、いよいよ紫色のアイドルとの握手がきた。

進之助「あ、どうも……」

 進之助は何も言わず、ただ握手だけして済まそうと思っていた。何も言わずに去るということが、進之助の美学なのだ。まぁ女性に対してだけだが。しかし、そのアイドルの子は進之助を見るなり驚きの表情と共に声をあげた。

紫アイドル「昨日は大変失礼しました!」

進之助「え!? あ、いやいや、別に気にしてないから……」

紫アイドル「いえ、本当に失礼なことを……」

 握手をしながら謝るアイドル。周りにいるアイドルも他のファン達も二人を不思議そうに見ていた。そのことに気付いた紫アイドルは小さな声で喋り出した。

紫アイドル「あの、CDショップの裏側で待っていてもらえませんか? お願いします」

進之助「え? あぁ、うん、構わないけど……」

紫アイドル「ありがとうございます。それじゃ後で……」

 進之助は握手をした後、約束通りCDショップの裏で待っていた。進之助がトランクをイス代わりに待っていると、紫アイドルが可愛らしい紫色の紙袋を手にやってきた。

紫アイドル「すみません! お待たせして」

 進之助は立ち上がり、紫アイドルを出迎えた。

進之助「いやいや、別に大丈夫だけど」

紫アイドル「あの…… これ、私のグッズなんですけど、よかったら……」

進之助「え? 俺に? いやぁ」

紫アイドル「まさか、昨日のお客様が私たちのファンだったなんて! いつも応援ありがとうござ‥」

 進之助は紫アイドルの勘違いを最小限で抑えるために、慌てて話に割り込んだ。

進之助「あの、ちょっと違うんだ! いやなにね、昨日の今日だから、これも何かの縁かなぁっと思って、CDを買って微力ながら応援をしたわけなんだよ」

紫アイドル「あっ、そうだったんですか!? ご迷惑をかけたのに…… 本当にありがとうございます」

進之助「あと、これ、よかったら飲んでよ」

 進之助は缶ジュースを手渡した。

紫アイドル「ありがとうございます。それじゃあ、いただきます」

 紫アイドルはフタをあけ、ゴクゴクと飲みだした。冬とはいえ、ステージであれだけ踊ればのども乾く。

進之助「ま、座んなよ」

紫アイドル「はい」

 進之助は再びトランクの上に腰掛け、紫アイドルは大手飲料メーカーのロゴが入ったベンチに座った。

進之助「そういや、まだ名前を聞いてなかったね」

紫アイドル「あ、本当ですね。私、新谷チョコっていいます」

進之助「チョコ!?」

紫アイドル「はい! あ、違います! 芸名を言っちゃいました。新谷しんたに千代子ちよこっていいます!」

進之助「あぁ、なるほど、千代子のよを小さくしてチョコなんだ」

千代子「そうなんです」

進之助「そうかそうか、千代子ちゃん……」

千代子「あの、お名前は……」

進之助「あ、俺は寅田進之助っていうんだ」

千代子「すごくカッコいいお名前ですね」

進之助「そ、そうかな?」

 進之助は照れ笑いをみせながら、後頭部をさする。

進之助「まぁ、好きな呼び方で構わないよ」

千代子「じゃ…… 進さん!」

進之助「え? いや、出来たら寅さ‥」

千代子「あの、進さん」

進之助「はい……」

千代子「私ちょっと悩み事があって。進さんが良かったら、聞いてほしいんですけど……」

進之助「別にかまわないけど、俺みたいな赤の他人でいいのかい?」

千代子「はい、さっき進さんが言った縁を私も感じたので…… 進さんに聞いてほしいんです」

進之助「そうかい。それじゃ話を聞きましょ」

 千代子は先ほどより軽くなった缶を見つめながら話し出した。

千代子「悩みというのは、昨日の喫茶店でのことなんです」

進之助「……あの青年の事かい?」

千代子「というよりは、彼が私に言ったことが悩みなんです」

進之助「まだやめてないってやつ?」

千代子「はい」

 千代子はベンチから立ち上がると、賑わっている駅前の方を見つめた。

千代子「彼は幼馴染で、昔から仲が良くて、私がアイドルを始めたときも応援してくれていたんです。でも最近になってアイドルはやめたほうがいいって言い出したんです」

進之助「そうだったのか。でも、何で急にそんなこと言い出したんだろうか?」

千代子「なんか、いま私が所属している事務所の噂を聞いたらしくて」

進之助「つーことは…… 悪い噂…… かな?」

千代子「えぇ。事務所の社長が犯罪に手を染めているらしいって噂です。ファンの人たちを脅してお金を使わせたり、女の人にイヤラシイことを無理やりさせてお金儲けをしているっていうものなんですけど……」

進之助「…………………」

 若くして社会に飛び出した進之助は綺麗なものだけではなく、汚いものも見てきた。その事務所の噂もあながち間違いじゃないのかもしれない、そう進之助は思ってはいたが、口に出すことなく黙ったまま話を聞いていた。

千代子「でも社長はそんな人じゃありません! 毎日のように私たちの事を見に来てくださって、アイドルとは何かを教えてくれたのも社長なんです。CDデビューやライブだってそうです!」

 千代子はその綺麗な手を握りしめ、熱い眼差しで進之助を見つめながら話を続けた。

千代子「悪い噂は他の事務所の嫌がらせだと思うんです。小さな事務所ですけど、私もメンバーも社員さんも社長も、一丸となって頑張っているんです! それなのに………」

 肩を落としベンチに座り込む千代子。進之助は静かに話し出した。

進之助「うーん、難しい問題だけど…… あれだと思うよ、青年も事務所の社長と同じ気持ちだと思うよ?」

千代子「え!?」

進之助「青年も千代子ちゃんの為に言ったんだと思うよ俺は。幼馴染も、幼馴染のその夢もどちらも大事。だからたとえ嫌われたとしても、千代子ちゃんの身を案じて、噂の立つ事務所のアイドルはやめたほうが良いんじゃないかと、言ったんだと思うよ?」

千代子「……………」

進之助「けど、千代子ちゃんが本当に心の底からアイドルになりたいのなら続けた方がいいと俺は思うよ。アイドルなんてぇ大変な仕事、普通の人間はなかなか選べないよ? でも千代子ちゃんはあえてその茨の道を選んだわけだ。ということはその道へ行こうとする決意とか志があるわけなんだろう? 人生行く道迷ったら、夢とか志とかと、しっかり話し合って道を決めたほうがいい」

 千代子はうつむいたままだった。

進之助「……ま、まぁ、なんつーか、ちょっと偉そうなこと言っちゃったけど、ね? 直向きに生きたからといって幸せになれるわけじゃないけど、直向きに生きること自体が大切というか…… 自分でも何言ってるか分かんなくなっちゃったけど、ちょっとは参考になったかな?」

 今度は苦笑いをしながら首元をさする進之助は、自分がトランクに座っている事を忘れ、あるはずもない背もたれに体を預けて、きれいにひっくり返った。

進之助「あイター!」

千代子「ちょっと進さん! 大丈夫!?」

 千代子慌てて進之助に近寄り手を貸した。

進之助「イテテッ、ったく何でトランクには背もたれが無いかね?」

千代子「フフッ、あるわけないでしょ、背もたれなんか」

進之助「へへっ、それもそうか」

 二人の間に笑いの時間が流れた。しかし、その時間は千代子のマネージャーの声によって終わりを告げた。

千代子「ごめんなさい進さん。マネージャーが呼んでるので……」

進之助「あ、そうかい? まぁ、もう少し頑張ってみて、ね?」

千代子「はい」

進之助「とにかく、何か困ったことがあったら、俺のとこにきなよ。今は駅前の百貨店で夕方くらいまで商売してるからさ」

千代子「はい、何かあったら行きます! それじゃ」

 千代子は頭を下げると、小走りでCDショップの裏口へと向かった。

進之助「あんまり無理しちゃいけないよ!」

 千代子はその声に振り返ると、愛らしい笑顔を見せて、ショップの中に消えていった。

進之助「はぁーあ、俺よりも若いってのに直向きでしっかりしてるよなぁ。俺もまだまだだな……」

 進之助はひっくり返った時についたホコリを払い、トランクを持って駅の方へと歩き出した。

進之助「んー、何だか心がジンジンとしてきちゃったなぁ…… あっ! なんでぇ、胸ポケットのスマホが震えてるだけじゃねぇか! ったく近代科学は紛らわしいもんを作りやがってよ、はい、もしもし?」

 電話の相手は弟の清だった。

清『もしもし?』

進之助「もしもし?」

清『もしもし? 兄貴か?』

進之助「もしもしもしもし言いやがって! さてはもしもし詐欺だな!」

清『なんなんだよ、もしもし詐欺ってのは? んなこといったら日本人のほとんどがもしもし詐欺じゃねぇか』

進之助「ははっ、どうだ俺の小粋なジョークは?」

清『小粋でも何でもねぇだろ、ったく』

進之助「おう、それで? 元気でやってるのか? お前と瑠璃子ちゃん、それと俺の甥っ子はよ?」

清『うん、おかげ様で元気にやってるよ。んで、さっきは電話ゴメンな、二か月検診で病院に行ってて電話に出れなかったんだよ』

進之助「あ、二か月検診か。そうかそうか、じゃあれだな、疲れて帰ってくるんだからさ、三、四日してからそっちに行くよ」

清『そうか? なんか悪いね』

進之助「別に悪かーねぇーよ。そいじゃ、また連絡するからよ? うん、あいよ、じゃ、また、あーい」

 進之助はスマホを胸ポケットにしまうと、トランク片手に駅の方へと歩き出した。

進之助「ふぅーっと、何でも屋に行って邪魔しちゃ悪いし、今日はゆっくり、寒空の下で街を見物するとしますか」

 進之助が街の人混みに消えていった頃、何でも屋の倉庫では、削るだの、塗るだの、叩くだの、切るだの、修理の音が響いていた。だが、その音も何でも屋達の空腹具合と共に静かになっていった。

重「そろそろ、昼食会議にしますか」

知哉「そうだな」

 倉庫で働いていた五人は、手洗いを済ませて汗を拭くと、ぞろぞろと事務所へ戻った。知哉は自分のイスに座るや否や、リモコンを手に取りテレビの電源を入れた。

渡「くだらないニュースとか、くだらない番組しかやってないだろ?」

知哉「まあな。でも一応ニュースとかは見とかねぇとさ」

修「そんなことより、先に何を食うのか決めろよ!」

 修は机の電話脇に置いてある出前の品書きを広げた。そして、各店舗の休業日を調べ、営業している店の品書き以外は元あった場所にしまった。

椎名「イタリアンって気分じゃないんだよねぇ」

重「そうですねぇ、あんまり重くないのが良いですかねぇ」

修「じゃー、和食か?」

渡「和食…… うん、和食でいいんじゃない?」

知哉「だな」

修「和食っつーと、吉政よしまさだな。はい、椎名さんメニュー」

 修は品書きを椎名に渡すと、不必要になった品書きを片付け始めた。

椎名「ありがとう。んーと、どうしようかなぁ、おかめ、いや、肉南ばんにしよ」

渡「肉南ばん一つ……」

 渡は黄色いメモ用紙に綺麗な字を書きいれる。

椎名「はい、知哉君」

知哉「ありがとうございます。えーっと、俺はだねぇ、うーんっと雑煮うどん」

渡「は?」

知哉「は? じゃねぇよ、雑煮うどんだって言ってんの」

 知哉は言いながら品書きを重に渡した。重はすぐに雑煮うどんの文字を探した。

重「九〇〇円!? 雑煮うどん九〇〇円!?」

知哉「え! 九〇〇円もすた!?」

修「なに噛んでんだよ。てか値段みねぇーで決めたのかよ?」

知哉「九〇〇円もすんのかよぉ、やっぱ月見……」

重「いや、決まりだから、もうそれは。知ちゃんは雑煮うどん、俺は山菜ラーメン」

渡「はぁ!?」

重「山菜ラーメン!」

渡「はいはい、山菜ラーメンね…… 修は?」

修「俺はかけそば」

渡「あいよ、んじゃ電話電話っと。大先生、品書き貸して」

 渡は品書きを受け取り、裏面に書かれた番号に電話をかけた。

渡「あ、もしもし、出前を頼みたいんですけど。はい、えーっと、肉南ばん一つ、雑煮うどん一つ、山菜ラーメン一つ、かけそば二つ、はい、あとカレーライス一つ」

重「はぁ!?」
知哉「はぁ!?」

渡「以上で。はい、住所は若松三の二の……」

 渡のカレーライス発言に納得いかない重と知哉だったが、取りあえず電話が終わるまでは静かに待つことにした。だが、ただ静かに待つのではなく、斜に構えて渡を見つめ続けながら待った。当然、渡もその視線に気がついており、吉政の電話を終えるや否や、ふてぶてしい態度で二人の方へと体を向けた。

渡「おう、なんだ? 何か言いたいことがあるのか? 斜に構えちゃってさ!」

重「いえー、別にー、これといってありませんよぉ? ただねぇ知哉君?」

知哉「そうなんだよねぇ重君。日本そば屋で出前をとるってのに、ねぇ重君?」

重「まあねぇ、カレーライスってのはちょっとねぇ。そういうことでしょ知哉君?」

知哉「でもまぁ、しょうがないんじゃないんですか? 十人十色、千差万別、バカは死んでも治らない、なーんて言いますからねぇ」

重「渡君がカレーライスでいいと思ったのなら、いいことになるんでしょうから? ねぇ渡君」

 渡は二人の嫌味を黙って聞いていたが、重に話をふられるとフンッと鼻で笑った。

渡「はぁー、やだやだ、ものを知らないってのは怖いねぇ。雑煮うどん君と山菜ラーメン君にはわからないとは思うけど、いいかい? そば屋のカレーってのは出汁が違うんだよ。和風出汁で作ったカレーなんだよ。本場のスパイシーなカレーとは違うけど、和風カレーもおいしいんだよ!」

 三人のやり取りが鬱陶しくなった修が、それよりも大事なことを渡に聞いた。

修「くだらねぇことでグダグダ言い合ってんじゃねぇよ。それよりよ教授さん、かけそば二つって言ったろ」

渡「へ? 二つって言った?」

修「自分で言ったことも覚えてないのか? ったく役に立たねぇな、重労働の時に足首捻挫してる奴ぐらい役に立たねぇな!」

 その発言の後、修は椎名以外の三人に囲まれた。囲った三人は一斉に修の右足を踏みにかかる。もちろん本気で踏もうとは思っていないが、くだらない事を言った修への戒めである。

修「わっ! わっ! バカ、やめろって!! 軽い冗談‥ あぶねっ!」

渡「何が軽い冗談なんだよ!」

修「悪かったって! けどよ、教授さんが一つ多くかけそばを頼んじゃったんだろ?」

 三人は戒めをやめると、それぞれの席に戻った。

渡「一つ余っても修が食べちゃうでしょ?」

修「まぁな」

渡「そういえば弁当で思い出したけど、若松市役所が弁当配達始めたね」

椎名「そうなんだってねぇ、あれでしょ、給食センターで作ってるんだって?」

渡「そうですそうです」

修「ま、あれだな、俺達の稼ぎは減るけどさ、おじいちゃんおばあちゃんが楽になるんなら良いことだよ。ねぇ椎名さん」

椎名「そうだねぇ。あっ! そうだそうだ、皆に見せたいものがあるんだよ!」

 椎名は事務机の一番下の引き出しから一枚の書類を取り出すと、嬉しそうに四人に見えるよう突き出した。

重「なんですか?」

椎名「資格の合格通知だよ!」

知哉「何のですか?」

椎名「へっへっへー、スチール缶潰し一級‥」

渡「缶潰し!?」

椎名「の指導者ライセンス」

修「指導者!? 必要あるんですかそんなライセンス!」

椎名「わかってないねぇ修君は、必要があるからライセンス化されてるんじゃない」

 椎名は合格通知の紙を元の引き出しに大事にしまいこんだ。

修「そりゃそうですけど……」

椎名「何でも屋を始めてから新しい資格も結構取ったんだから、皆もちょっと変わった資格とか持ってるんじゃないの? 特に重君とか」

重「どういう意味で言ってるんですか?」

知哉「んなもん考えなくたってわかんだろ、いいから何かないのかよ?」

 重は頭の中の引き出しを丹念に探し、いくつかの書類を見つけると、ふるいにかけて一枚に絞った。

重「卵割り準二級」

知哉「せめて一級を取れよバカ!」

修「そんな検定本当にあるのかよ?」

重「あるから取ったんじゃないの!」

修「教授さんは? まともな資格はいっぱい持ってるけどよ、何か面白いもんないの?」

渡「うーん、面白い資格ねぇ…… あんまりないなぁ、数学と歴史の教員免許持ってるけど」

知哉「何で『何でも屋』で働いてるにょー?」

渡「うるさいねぇ! どっかのヒゲバカにそそのかされたの! 騙くらかされたの! んで? そのヒゲバカは何かあんのかよ!」

修「竹取物語一級」

渡「どういうことなんだよ、その検定は!?」

修「不合格」

渡「落ちたのかよ!」

修「受かるかよ! あんなもん!」

 修はふてくされた表情で頬杖をついた。

修「はぁーあ、にしてもよ、新規の依頼は春先ぐらいまでねぇけどさ、仕事がパンパンなんだよな」

知哉「なんだよ急に?」

渡「まあね、年末年始は休みは休みだけど、依頼の予約でいっぱいだからねぇ。江古棚さんの依頼内容みたいに、こっちが思ってる事と向こうが思ってることが違うと、もっと大変になるかもね?」

知哉「だから、何なんだよ急に!」

重「なにが『なるかもめぇ~』なのさ、おたくさんがちゃんと話を聞いてれば、食い違うことも無かったんでしょ?」

知哉「それは言えてる。おまけに人形の呪いまで…」

 余計なことを言い出した知哉は、渡にティッシュ箱を投げられ、重に輪ゴムの指鉄砲を撃たれた。

修「ん? なんだよ、どうし‥」

 変に思った修が口を開いたが、椎名がそれをさえぎった。

椎名「なになに? 二人ともどうしたの?」

渡「なんで椎名さんが詳しく知りたがってるんですか!」

重「そうですよ!!」

椎名「え? あぁ、そうかそうか! あのね、修君ね、何もね、ないからね? 本当にね、なーんにもね、ないからね?」

修「なーにを隠してんだ?」

知哉「なにもねぇって言ってんだろポンコツきゅうり!」

修「おとぼけパプリカは黙ってろ!」

 いつものようにわちゃわちゃと、そして今日はモニュモニュとモメだす五人。そんな様子を寒空の下、事務所の引き戸の窓から見つめている青年がいた。

青年「大丈夫かな、この店……」

 知り合いから聞いて何でも屋に来た青年は不安を覚えたが、せっかく仕事を休んできたのだからと、引き戸をゆっくり開けた。

青年「あの…… すいません……」

 青年は何でも屋達に声を掛けたが、何でも屋達はそのことに気付きもせずにモメ続けていた。

渡「ったく修は、小三のときの、ブランコ事件のときだってそうだった!」

修「あぁ!? んな事いまぁ関係ねぇーだろ!」

知哉「そうそう、すーぐ昔の事を掘り返してよ……」

渡「何でこの流れでシオカラねんざ野郎の肩を持つのさ! ほんっと、背だけデカくて役に立たない、佐渡の敗北とはよく言ったもんだよ!」

重「ウドの大木でしょ? なーんでこんなしわくちゃラーメンさんが大学を卒業できるのかねぇ?」

渡「ワザと言ったんだよ!」

修「けっ、本当かよ」

渡「おい何なんだ! なんで俺に矛先を向けてんだ! ちょっと椎名さん! こいつらになんとか言ってやってくださいよ!!」

椎名「え? え、えーっと、なんとか!」

 椎名の一言に二、三秒の沈黙が訪れた。

渡「つまらねぇ事言いやがって!」

 渡はめずらしく荒い口調で椎名に文句を言うと、ムササビのように体を広げ、椎名に飛びかかろうとしたが、他の三人が慌てて止めた。

椎名「わぁー、ゴメンゴメン! ジョーダンだからジョーダン、J・O・D…」

 椎名の二言目に二、三秒の沈黙が訪れた。

渡「古いネタ出しやがって!」

 またしても渡は飛びかかろうとした。しかし、また三人が止めてくれるだろうと考えていた渡は、ただ大げさに飛び上がった。だが、渡の考えとは裏腹に、三人は椎名のくだらなさすぎるジョーダンに渡を止めることを忘れてしまった。

渡「えっ!?」

 渡はまさかの状況に慌て、右のすねをしたたかにうった。

渡「イタッ!」

 渡は痛さのあまり素早く座りこむと、猛烈な勢いですねをさすりだした。

渡「止めてくれるんじゃないの!?」

修「わ、わりぃ、椎名さんが本当に下らねぇこと言ったからよ、止めんの忘れちゃった」

重「ゴメンゴメン」

渡「頼むよぉ……」

 渡は悲しげに呟きながらすねをさすっていたが、ふと、引き戸のほうを見るなりその手を止めた。他の四人は渡の視線につられ、引き戸のほうに目をやった。そこには苦笑いしながら会釈をする青年の姿があった。

青年「あ、どうも、すみません。 ……あの、よろしいですか?」

 何でも屋五人は無言のまま素早くそれぞれのイスに戻ると、何もなかったかのようにふるまった。しかし、椎名だけは様子が違った。

椎名「あれ!? もしかして喫茶店の時の……」

青年「え? 喫茶店?」

椎名「ほら『まだやめてないって本当か?』って!」

青年「あっ、あのときお店にいらしたんですか!?」

椎名「へっ?」

青年「本当にあの時は申し訳ありませんでした。お騒がせしてしまいまして……」

椎名「あ、いえいえ……」

 頭を下げ合う二人。まぁ、何かをやられた方は覚えていて、何かをやった方は覚えていないということはよくあるものだ。

青年「あの、それで…… 皆さんに頼みたいことがあるんですが……」

渡「依頼かな? あの申し訳ないんだけど、年明けちょっと過ぎるまでは新規の依頼は受けられない状態で‥」

 それを聞いた青年は少しの間も置かず土下座の姿勢になった。青年の姿、そして目からは感情がにじみ出ていた。

青年「お願いします! どうしても受けてもらいたいことがあるんです! この通りです!」

 青年は額を床につけた。平手で床につくはずの手は、固く、固く握りしめられていた。何でも屋の面々は初めての土下座に驚いて、ただただ呆然としていたが、そろって我に返ると慌てて青年の頭を上げさせた。

修「いや、ちょっと頭上げて!」

重「土下座なんかしなくていいから!」

知哉「ほら、ソファーに座って、取りあえず話は聞くから! ね? ね?」

 知哉は青年を起こすとソファーに座らせた。

渡「じゃ椎名さんお願いします」

椎名「え! 僕が話聞くの!?」

修「そりゃそうですよ、椎名さんしか面識ないんですから」

 椎名は渡と修に促され、渋々背年の向かいソファーに腰を下ろした。青年の表情を間近にして、どんな言葉をかけたらいいのか悩む椎名は、モジモジしていた。

椎名「うーんっと…… あの、そのー、あのねぇ……」

青年「………………」

椎名「えーっと…… まず、あの名前を聞かせて欲しいんだけど?」

青年「古田健一ふるた けんいちといいます」

椎名「健一君ね。あのーねぇ、えー」

ガラガラガラガラッ……

 言葉に詰まっていた椎名を助けるかのように事務所の引き戸が音を立てた。

男「ちわー! 蕎麦の吉政でーす!」

 椎名はナイスタイミングと心の声を大きな声で漏らしながらソファーを立ち上がると、ほのかなスキップ歩きで吉政の店員のもとへ向かった。

椎名「いやーどうも吉政さん! 待ってましたよ! 健一君、昼ごはんはもう済ませちゃった?」

健一「いえ、まだですが……」

椎名「それじゃ一緒に食べてから、依頼の話をしようねぇ」

健一「え、ええ…… でも数は足りるんですか?」

椎名「大丈夫大丈夫。ほら皆! なにをボケーッとしてるの! 手伝って手伝って!」

 椎名に呆れながらも、出前の手伝いを始める何でも屋の四人。だが、呆れつつも渡はニヤニヤと笑っていた。

知哉「ん? 気持ちわりぃな、なに笑ってんだよ教授さんよ?」

渡「いやなにね、僕という人間は二手三手先を平気で読めるのだなぁ、っと思ってねぇ」

重「はぁ?」

渡「健一君が来ることを見越して、かけそばを二つ頼んだんだよ俺は」

修「…………健一君、健一君はカレー好きかい?」

渡「なっ!?」

 くだらないことを言った渡への戒め。修は渡のカレーを健一にすすめた。知哉と重はなるほどいい考えだと、修と一緒に健一の返事を待っていた。

健一「えっと……… すいません、俺、カレーだめなんです……」

修「……ったく、最近の若い奴はよぉ、空気を読めっての! 重労働の日に足首を捻挫してくる奴ぐらい空気読め‥」

 修は文句を言い終わらないうちに、またしても三人に囲まれ右足を狙われた。

渡「何様だ! このっ、このっ!」

知哉「俺が押さえてっから、やってやれ大先生!」

重「ほい、きた!」

修「ほいきたじゃねぇ! やめろってバカ、あぶねぇって!」

 椎名と健一は呆れた様子で見つめていた。そしてもう一人も。

店員「あの…… 代金いいですか?」

 何でも屋達は支払いと昼食を済ませた後、依頼の話に移った。

椎名「えーっと、それでどんな依頼なのかな?」

健一「はい、簡単に言うと、幼馴染を助けてもらいたいんです」

椎名「助ける? ちょ、ちょっと穏やかじゃないねぇ」

修「どういったことなんだい?」

健一「はい。その幼馴染は千代子っていいまして、あの、喫茶店で働いていた……」

椎名「あぁ、あの娘かぁ」

健一「えぇ、千代子はあそこでバイトしながらアイドルを目指してるんです」

重「アイドル! へぇー、珍しいねぇ」

健一「そのアイドルをやめさせてほしいんです」

椎名「やめさせる? それで助けるってことになるのかい?」

 健一は一層曇った表情になり、少しうつむいた。

健一「実は、千代子が所属しているアイドル事務所に黒い噂があるんです」

 話の内容に、何でも屋達の顔も自然と険しくなる。

健一「アイドル事務所ということは確かなんですが、事務所の社長が、どうも危ない人のようで……」

修「それは、やらかい商売してるってことかい?」

健一「やらかい?」

修「あれだよ、堅気じゃないってこと?」

健一「えっと、ヤクザとかそういうのはわかりませんが、所属しているアイドル、アイドル志望の人たちに、裏でいかがわしい商売を無理やりさせてるみたいなんです。始めは普通のアイドルと同じ活動内容なんです。でも、ある程度の人気、ファンが付き始めたら‥」

渡「そのファン相手に悪どい商売をすると?」

健一「………はい」

知哉「でも、そういうことなら何でも屋じゃなくて、警察に行ったほうが……」

健一「もちろん警察には行きました。ですが、証拠もないですし、今の段階では動くことが出来ないと言われまして」

椎名「うーん、法律やら何やらが邪魔になっちゃうのか」

修「なぁ健一君、その、千代子ちゃんにはそのこと言ってあんのかい? つーか、そのこと知ってんのかい?」

健一「モチのロンです!」

修「え? 急に何?」

健一「けど、社長はそんな人じゃないって、信じてくれなくて」

修「ふ、触れない方がいいのかな? モチのロンには……」

健一「千代子は本当に真面目な娘で、一度何かに向かったらどこまでも直向きになってしまうんです」

修「モ、モチの‥ へぇー、そうなのか、直向きにねぇ」

重「ばか」

修「うるせぇ」

健一「お願いします! 千代子に何かあるまえに、どうにかアイドルをやめさせてください!」

 懇願する健一。答えに悩む何でも屋一同だったが、渡が静かに口を開いた。

渡「いいかい健一君。今の話がすべて本当だとしたら、そりゃ大変な事、すぐにでも行動に移さなきゃならない。けど、僕ら何でも屋の業務範囲からはかけ離れちゃってるんだ」

健一「でも……」

渡「まぁまぁ、最後まで話を聞いてよ。いいかい? 現段階では、その事務所についての情報は健一君から聞いた事しかない。どこまでが本当なのかも分からないし、実際に僕達はソイツらを見たこともない。だからねぇ健一君……」

健一「はい」

渡「取りあえず、僕達何でも屋で調べてみて、どこまで健一君の手助けが出来るかを検討するから、ね? それでまた後日に健一君にここへ来てもらって……」

健一「なるほど、皆さんが出来る範囲を知った上で、依頼するかしないかを決めるんですね?」

渡「うん、そういうこと。どうかな?」

健一「お願いします!」

 即答だった。渡は健一の連絡先を聞くと、あまり派手に動き回らないように注意し、健一を帰した。急な出来事とその成り行きに、事務所の中は少しの間、静まり返った。

重「あんなこと言っちゃって?」

 重は頬杖をつきながらボソッとこぼした。

渡「どうするもこうするもないよ、とりあえずは俺達で調べてみてさぁ、無理そうなら断って、出来そうなことがあったらやる、それだけだよ」

知哉「ま、そうだよな、あんな話聞かされちゃ、野郎としては黙ってらんねぇもんな」

修「それもそうだけどよ、あのまんま一人で悩んでてみろよ? 間違い起こすぜたぶん」

 修は立ち上がり、引き戸を開けると健一が去っていった寒空の下へと出た。すると、渡も修の後に続いて外へと出て行った。

渡「夢見て頑張ってる女の子だからねぇ、夢《アイドル》やめさせるっていうのも……」

修「けど、万が一よ、事務所の奴らがチンピラだったら大変だぞ?」

渡「そうなんだよねぇ、だからまぁ事務所だけ変えてもらうとかさ……」

修「でもそれじゃ千代子ちゃんと同じ事務所の娘《こ》たちは救えねぇぞ?」

渡「………とりあえず入念に調べてみてからだねぇ」

修「ったく、年末ってのはクソ忙しいなぁ……」

渡「ホントにねぇ……」

 その後、夕方になるまで何でも屋達は会議を行った。そして簡易的ではあるが、議論の項目は消えていき、下調べなどの日取りが決まった。
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