何でも屋

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第六章:太ることに飽きました

はばたけ、はぐれピエロ!

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 一週間後。知哉以外のメンバーは、誕生日パーティーの会場へとやってきていた。会場は市役所に隣接された施設で、市民向けに貸し出されている多目的ルーム。その一室では修と渡が部屋の飾りつけを終えたところだった。

渡「これでオッケーかな」

修「よう、こっちも終わったぜ?」

渡「うん、サンキュー」

 修はテーブルの端に腰を掛けると、部屋を見まわした。

修「一階でよかったな部屋」

渡「荷物の出し入れが楽だからね」

修「それによ、部屋の後ろの引き戸のデカイ窓、あれが良いんだよ。なんか学校の教室みたいでさぁ」

渡「たしかに。下が擦りガラスなのが、ねっ?」

修「そうなんだよ! いやー懐かしいよホント、窓際の一人席争奪くじ引きを思い出す」

 渡は余った飾り付けを片していたが、その思い出に思わず手が止まってしまった。

渡「うわー、よくやってたわそれ。なんでか知らないけど強かったね修は」

修「なぁ? ホントあんときだけはくじ運バツグンだったなぁ。んで、シゲがさぁ……」

渡「そうそう、くじ運無男だったからね大先生は」

修「くじ運無男のせいでローテーションルールが導入されてよ、迷惑なやつだよ」

 二人が思い出話をしていると、段ボール箱を抱えてくじ運無男が部屋に入ってきた。

修「おっ、運無男うんなしおが入ってきたぜ」

重「誰が伯方の塩だ!」

修「ミネラル豊富! じゃねーんだよバカ! シゲのくじ運のなさを話してたんだよ」

重「あ、そうなの? まぁ、くじ運は悪いねぇアタイなんかは」

修「うるせぇよ」

重「窓際の一人席争奪くじ引きなんか酷かったもんねぇ。あっ! その大きな引き戸の窓! いやー思いだ‥」

修「もう話したよ、その思い出は」

重「あれ? じゃあ修が中一の時に‥」
修「言うな!」

重「まだ何も言ってないでしょ」

 重は笑いながらテーブルに近づくと、抱えていた段ボール箱をテーブルの上に置いた。

渡「大先生の方は準備できたの?」

重「バッチグーのチョベリグーですよ」

修「うるせぇよ。何なんだよ最近よく言ってる古い言葉はよぉ、うっとおしい」

重「いいでしょ別に。というか、そこどいてくれない? 最後にやることが残ってるんだから」

 重はテーブルから修をどかすと、段ボール箱を閉じていたガムテープをはがした。

重「これの設置がまだでしょ」

渡「まだって、何が入ってるの?」

重「いい質問らねぇ!」

修「らねぇじゃねぇんだよ、ボケて噛むな」

重「修君、続けてもよろしいかな?」

修「いいよ、勝手に続けろよ!」

重「では失礼して、えーっと、中に入ってるのは子供たちの間で大流行している。御存知! 妖怪フィギュア!」

渡「おっ、いいじゃないの!」

重「そうでしょ?」

修「さすが妖怪好き、それで、何の妖怪なんだよ?」

重「違う違う、これだよこれ」

 重は自信たっぷりに一体のフィギュアを取り出した。

重「ジャジャーン! ひょうすえ!」

渡「やめとけ!」

 素早くフィギュアを取り上げた渡に重は猛反論。

重「ちょっと何すんの! 出会うだけで病気にされちゃう、ひょうすえだよ!?」

渡「だからだよ! 子供たち人気なのは別の妖怪なんだよ!」

修「あれだよ、あれ…… 『えぶりでい妖怪ズック』ってやつだよ」

重「妖怪ズックだぁ? あんなもん妖怪でも何でもないでしょうが! あんなのはねぇ、どっかのゲーム会社のどっかのデザイナーが作ったキャラクターでしかないんだよ! いいかい? 妖怪ってのは人の業ってもんを体現していて、土地土地の文化や風習、時代背景なんかも反映されてて、老若男女の戒めとなる存在なんだよ! それを友達、ペット感覚で捕まえたり戦ったりして何になるってんだ!」

 熱く語った重であったが、来るであろう二人の反撃に備えて身構えた。

重「………………」

渡「……それもそうだねぇ」
修「……それもそうだなぁ」

重「んんっ、納得するのかよ!」

渡「言われてみたら納得しちゃったんだもん。ねぇ修?」

修「うん」

重「だったら別にいいでしょ? フィギュアを飾っても」

修「あ、それは別になります」

重「なんだその話し方は! ムカツクねぇ!」

修「うるせぇよ! 妖怪の在り方とフィギュアは別だって言ってんだよ!」

渡「言いたいことはわかるけど、誕生日パーティーでひょうすえはないよ。もっと可愛らしいのいるでしょ? 大先生のオリジナルの水木先生が描いたやつでさ」

重「誰がクローン人間だ!」

修「いいから、他のを見せてみろよ」

重「まったくもう……」

 言われた重は箱の中にある数十体の妖怪たちをかき分け、可愛らしい一体を探し始めた。

重「可愛いって言われてもねぇ、あっ、これはどうよ、ぬっぺほふ」

修「はい、次!」

重「えぇ!? ダメなの? それじゃあ油坊主」

渡「ダメだっつーの、次!」

重「うそでしょ!? んーっと、あっ、これは可愛いかな?」

修「お、いいじゃない可愛いやつ、どんなの?」

重「おいの化け物」

修「どこが可愛いんだよ! なんだよそれ!? 気持ちわりぃなぁ! 次だよ次!」

重「もう、可愛いのなんてないよ…… あっ!」

 重は一体の妖怪を見つけるとクスクスと笑い出した。

重「二人とも、お騒がせいたしました。ありました。ありましたよ、うってつけの妖怪が!」

修「それだよ、それ!」

渡「早く見せてよ!」

 重は箱の中から勢いよくフィギュアを取り出した。

重「テテテテッテテーン! 首かじりー!」

修「…………」
渡「…………」

 重のその後が気になるが、そのころ、知哉は何でも屋の車に麻美を乗せて走っていた。

知哉「いやー、いい天気ですね」

麻美「そうね、久しぶりの青い空ね。そんなことより、白馬に‥」

知哉「乗った王子様は会ってからのお楽しみです」

麻美「うーん…… 気になる……」

 麻美は窓から流れていく景色を見ていたが、運転する知哉の横顔に目をやった。

麻美「疑うわけじゃないんだけど、本当に見つかったの? 本当に? ねぇ、本当に見つかったの!?」

知哉「バッキバキに疑ってるじゃないですか! 大丈夫ですよ、ちゃんと見つけましたから」

麻美「うーん……」

 麻美は窓のほうへ顔を戻した。

麻美「なんだか、よく分からないんだけど、遠くへ嫁ぐ人の気持ちが分かる気がする」

知哉「どうしてですか!? 嫁ぐわけでもなし、強引なお見合いでもなし、ましてや政略結婚でもないんですよ? もし見つけた王子様が気に入らなかったら、また他を探しますから……」

麻美「うーん、言われてみると、気持なんかよく分からないわね」

知哉「……えぇ?」

麻美「ねぇ寺内さん、全然関係ない質問していい?」

知哉「えぇ」

麻美「他に車なかったの?」

知哉「く、車ですか?」

 ちょうどそのとき、知哉の運転する軽トラは高速道路を降りた。

知哉「お、お気に召しませんでしたか?」

麻美「そういうわけじゃないんだけど、他になかったの? ねぇ? 他に!」

知哉「これっぽっちもお気に召してないじゃないですか。まぁ本当は別の車でお迎えにあがろうとしたんですけど、別の依頼で使ってしまいまして……」

麻美「でも軽トラって日本の経済を支えてる重要なピースよね」

知哉「どっちなんですか!」

 少しの間、車内に沈黙が訪れた。そんな空気に気まずくなった知哉は、麻美の事について話をふった。

知哉「そういえば……」

麻美「なにかしら?」

知哉「笹塚さんて、普段は可愛らしい服装なんですね」

麻美「……そうなの。昔は違ったんだけど」

知哉「そうなんですか?」

麻美「三十歳超えたあたりかな? なんか子供のころ思い出したの、可愛い洋服を着たかったなぁって」

知哉「キビシイご家庭だったんですか?」

麻美「少しね。勉強とか習い事とかを押し付けられたこともなかったし、両親も優しかったけど、マナーとか礼作法は厳しくて、服装や身だしなみは特にね」

知哉「へぇー、それじゃ着たい服も着れなかったんですか?」

麻美「そう、どれも大人びた服が多くて。それが子供の頃から続いて普通になってたから、大人になってからも堅苦しい洋服しか着てなかったの。だからその反動かな、この歳になって可愛らしい服を着てるのは」

知哉「はぁー、なるほどぉ」

麻美「でも、どう? 似合ってる?」

知哉「それはもう似合ってますよ! なんというかあれです、青天の霹靂ですよ! もうビカビカッとね、雷なんか落ちて、いやぁ、呉越同舟とはよく言ったもんですよ、方々で噂になってますからねぇ! よく言うじゃないですか、散切り頭を叩いてみれば、文明開化もワンと鳴くって! まぁ、とどのつまり、あれじゃないですか、天網恢恢疎にして漏らさず、されども、ちくわぶきりたんぽってね! あはは……」

麻美「……何を言ってるの?」

知哉「ははは…… なんか、こう、どうもすみません」

 そんな知哉に思わず笑ってしまった麻美は、街行く人を目で追いかけながら呟いた。

麻美「オバカもいいかもね……」

 そのころ、パフォーマンスの準備を終えた椎名は、パーティー会場の多目的ルームに入っていくところだった。

椎名「こっちも準備が終わっ……」

修「バカかコラァ! バカかコラァ!」

重「あぁ! ギブ! ギブギブ!」

 重は修の四の字固めを受けていた。まったく可愛くない妖怪『首かじり』を出したためである。

修「何が首かじりだぁコラァ!」

重「ホントにギブだって! タップしてるでしょ!」

 修は仕方なく重を放してやった。が、それは渡と交換をしただけであった。

渡「この妖怪バカがよぉ!」

重「えっ!? なに! やめてぇ!」

渡「少しは反省しろ! このっ、このっ!」

 重は大股を開かされる、恥ずかし固めを受けた。

重「あぁ! こんな有られもない姿に! 反省するからやめて!」

椎名「お三方は何をやってるの?」

重「あっ椎名さん! 助けて!」

 恥ずかしい格好のまま叫ぶ重。助けてあげようと近づいた椎名の目に、テーブルに散らばったおどろおどろしい妖怪フィギュアが映った。

椎名「これ……」

重「えっ!? あ、見ないでください! 今の俺の姿も見ないでください! 恥ずかしい!」

 なぜ重がこんな目に遭ってるかが分かった椎名の目は冷めきっていた。

椎名「渡君、どうぞ続けてください」

渡「わかりました」

重「あぁ、そんな! ごめんなさい、ごめんなさい!」

渡「まったく!」

 渡は重を放してやった。

渡「ほら大先生、もうすぐパーティーが始まるんだから、妖怪片付けて!」

重「わかりましたよ。うーん、可愛いと思うんだけどなぁ」

 重が妖怪を片付け始めると、依頼人の夫婦が部屋に入ってきた。

夫「皆さん、準備はどうですか?」

渡「あ、すみません、いま終えたところです。それで招待客のご友人……」

夫「えぇ、いま来たところです」

渡「そうですか、それでは中にお通しください」

夫「わかりました」

修「それじゃ椎名さん。出番まで隣の部屋で待機ですね」

椎名「そうだね」

 ほどなくして誕生日パーティーは始まった。一方、知哉達は目的地近くまでやってきていた。

麻美「……ねぇ? さっきもこの道を通らなかった?」

知哉「えっ…… やっぱ今のとこ右かな」

麻美「何か言った?」

知哉「何も言ってません! ちょっと迷子なだけで……」

麻美「えぇ!?」

知哉「でも大丈夫です! いま、道が分かったんで」

麻美「本当に大丈夫なのね?」

知哉「大丈夫でしゅ!」

麻美「でしゅとか言ってる時点で信用でないけど?」

知哉「信用でないって噛んだことで相殺されたんで大丈夫です。それに、二つ先の道を右に曲がれば目的地に着きますから」

麻美「二つ先ね?」

知哉「はい、これで一つ目で…… この道を右に曲がれば…… はい、一通で曲がれません!」

麻美「もう! なんでカーナビつけないのよ! つけないなら道路地図いれておかないと!」

知哉「あの、違うんです、いつもは入れてあるんですよ? ただ前日に車から出して今日のルートを確認したまま、車に戻すのを忘れたという……」

麻美「あぁ、なるほど。あのね寺内さん、やっぱり私バカは嫌」

知哉「すみません、すみません」

麻美「隠してないで目的地言って、私がスマホで調べてあげ…」

知哉「あっ! ありました! あそこです、あそこ!」

麻美「どこ? あれって、市役所?」

知哉「そうです! あーっと、駐車場はどこだ……」

 知哉は駐車場を見つけると、安全かつ速やかに駐車をした。

知哉「さ、着きました! ああっ!」

麻美「キャッ! なに!?」

知哉「笹塚さん急いでください! 時間がないです!」

 知哉は車を降り、急いで助手席側に回り込むとドアを開けた。

麻美「約束の時間に間に合わないの!?」

知哉「というか、パフォーマンスが終わっちゃうかもしれないんです!」

麻美「パフォーマンス? 市役所でパフォーマンス?」

知哉「そりゃもうすごいんですから! 宙に浮いたり……」

麻美「ちゅ、宙に浮く!?」

知哉「鍋つついたり……」

麻美「あぁ鍋… えっ、鍋って何!?」

知哉「そんなことはどうでもいいですから、急いでください!」

麻美「一番重要な事なんだけど!」

 知哉は麻美を降ろして車のカギをかけると、麻美の手を取り走り出した。

知哉「はい、急いでください!」

麻美「ちょっと! 恥ずかしいからやめてよ!」

知哉「なんですかもう!」

 急がないと王子様のいいところが見せられないと焦っていた知哉は、王子様より先に麻美をお姫様抱っこをして走り出した。

麻美「は…… 恥ずかしい……」

 麻美は恥ずかしさのあまり両手で顔を隠した。

知哉「すぐ着きますからね!」

 耳まで真っ赤になってしまった麻美を運び続けた知哉は、全力疾走のすえ目的地にたどり着いた。

知哉「はぁ… さ、笹塚さん、着きましたよ!」

 知哉は麻美を降ろしたが、麻美はいまだに恥ずかしがって顔を隠し立っていた。

知哉「笹塚さん! 着きましたって!」

 知哉の大声に反応したのは麻美ではなく、部屋で待機していた修だった。

修「あぁ? おい大先生、なんか外に知哉がいるんだけど?」

重「えぇ? なんで…… あっ、本当にいる!」

修「おい! バカ! んなとこで何やってんだよ?」

知哉「あっ、修! パフォーマンスは?」

修「いま始まったばっかだよ」

知哉「ホントか! 笹塚さ‥ ちょっと、いつまで恥ずかしがってるんですか! ほら見てくださいよ!」

 恥ずかしがっている麻美を窓の近くまでつれていく知哉。

知哉「あの人が白馬に乗った王子様です!」

 麻美は言われるがまま、指の間から覗き見た。するとそこには、子供たちの前で様々なパフォーマンスを繰り広げる椎名の姿があった。高度な芸をおどけながら披露する椎名は、子供たちの心を完全につかんで部屋の中を笑顔でいっぱいにしていた。

麻美「うそ…… ここで何してるの……」

 麻美は何やら驚いた表情で椎名のことを見ていたが、しばらくすると知哉に近づき小声で話しかけた。

麻美「ねぇ、その‥」

知哉「は、はい」

麻美「パフォーマンスが終わるまで、隣の部屋で待っていてもいいかしら……」

知哉「えぇ、どうぞ……」

 知哉に案内されて部屋に入っていく麻美。中にいた渡が用意したイスに腰を掛けると、礼を言うなりうつむいてしまった。

重「これはどういったことなの?」

知哉「それは、あれだよ、あの……」

 知哉が成り行きを説明しようとしたその時、パフォーマンスを終えた椎名が部屋に入ってきた。

椎名「いま終わりました。いやー、みんなのおかげで大成功だったよ」

 椎名の声を聞いた麻美は反射的に立ち上がった。

麻美「源二くん!」

椎名「えっ!?」

 いつも男の声で苗字を呼ばれている椎名は、女性の声で名前を呼ばれることに驚いた。

麻美「久しぶり、私のことを覚えてる?」

 照れくさそうに後ろで手を組む麻美に、椎名は驚きながらもゆっくりと近づいた。

椎名「覚えてるも何も、麻美ちゃんでしょ! いやぁ久しぶり!」

麻美「うん、久しぶり」

椎名「それにしても、ピエロの顔なのによく僕だってわかったね」

麻美「ライバルの顔だもん、すぐにわかるよ?」

椎名「そっか、そうだよね」

 笑いあう二人。二人を何とも言えない表情で見ている知哉。

重「うーわ、知り合いのパターン」

修「好きだよなぁ、こういうパターン」

渡「骨折り損だね、あの背のでかい人」

 知哉を見て、同情しながらも笑うのを我慢している残りの三人。

麻美「噂では聞いてたんだけど、本当だったんだね、会社を辞めたの」

椎名「うん…… どうしても夢を叶えたくて……」

麻美「さっき見たときはビックリしちゃったよ。あのとき言ってたこと本当だったんだって」

椎名「えっ? 覚えてたの?」

麻美「もちろん」

椎名「なんか恥ずかしいなぁ。いや、なんか、三十歳過ぎたぐらいかな? 急に昔のことを思い出してね、気が付いたら会社やめてピエロやってた」

麻美「そうだったんだ……」

椎名「そういえば、僕も驚いちゃったよ。麻美ちゃんの服装に」

麻美「あっ、これ? 似合ってるかなぁ?」

椎名「すごく似合ってるよ。それで…… 白馬に乗った王子様とは結婚できた?」

麻美「えぇっ!? 覚えてたの!?」

椎名「そりゃもちろん! 麻美ちゃんが僕の夢を覚えてくれてたの一緒だよ? それで結婚は?」

麻美「うん…… まだ結婚できてないの、肝心の王子様が見つからなくて。それで何でも屋さんに依頼して、寺内さんに探してもらってたの」

椎名「知哉君に!? 知らなかったよ、それで王子様は?」

麻美「うん、見つかったの」

椎名「本当!? どんな人なの!?」

麻美「い、今ね、目の前にいる人……」

椎名「……へっ?」

麻美「だからぁ、王子様っていうのは源二君のこと……」

 告白したものの、恥ずかしさのあまりうつむく麻美。対する椎名は予想もしなかった告白に呆然としていた。だが、そこは男の椎名、精一杯の力を出して麻美の両肩に手をかけた。

椎名「あ、麻美ちゃん……」

 麻美は恥ずかしさをこらえ、ゆっくりと顔を上げて椎名を見つめた。白い肌を赤くさせた麻美の頬はサクラ色に染まっていた。またピエロメイクで分かりづらかったが椎名も顔を真っ赤にしていた。

椎名「僕でいいの?」

麻美「ううん、椎名君がいいの……」

 椎名は肩から手を離すと、麻美の手を取って互いの胸の前で優しく握りしめた。

椎名「僕が麻美ちゃんの王子様なら、麻美ちゃんは僕のお姫様だね」

 キザなセリフにも関わらず、麻美は椎名に微笑みながら小さく頷いた。窓から差し込む日の光が二人を包み込み、とてもいい雰囲気になっていたが、それも束の間だった。

知哉「はいはい、そこまで」

 知哉はいつのまにか二人に近づいていた。

知哉「げんたんは王子ちゃま、あさたんはお姫ちゃまでしゅね…… じゃねぇやい!」

麻美「ちょっと寺内さん! 邪魔しないでよ!」

椎名「そうだよ知哉君!」

知哉「なんだとぉ!」

 知哉は一か月の間に溜まっていたイライラを爆発させた。

知哉「誰のおかげで再会できたと思ってんだ! この一か月の間の俺の苦労は何だったんだよ! 無茶な条件で王子探しはさせるし、ピエロは他の仕事を放り出して修行に行っちまうしよ! 頭を抱え続けたあの日を返せ!」

椎名「いや、返せって言われても……」

知哉「だいたいねぇ笹塚さん!」

麻美「な、なに?」

知哉「椎名さんのどこが白馬に乗った王子様なんですか! 白く塗ったおじさんでしょ、こんなの!」

椎名「ちょっと! こんなのって言った!?」

知哉「言ったよ、言ってやったよ!」

 様子を見ていた修達三人は、面倒くさそうに止めに入った。

渡「落ち着きなさいよ!」

知哉「落ち着けるわけねぇだろ!」

修「見たかねぇけど、これからが良いところなんだからよぉ」

椎名「見たくないってどういうことよ修君!」

重「椎名さん、また忘れてるようですけど、服も顔もピエロのままですからね?」

椎名「あっ、忘れてた!」

知哉「顔を洗って出直して来いってんだ!」

椎名「うん、そうするよ!」

 大慌てで洗面所に走り出そうとする椎名。大慌てで椎名の腕を掴み阻止する知哉。

知哉「文字通りに受け取るなよポンコツピエロ!」

修「いつまでもグダグダしつけぇんだよ!」

重「大体ねぇ、自分で椎名さんを王子様って紹介しておいて、こんなの王子様じゃないってのはおかしいでしょ!」

渡「そうそう、依頼は成功したんだからいいじゃない」

椎名「うーん、でもよく考えてみると……」

知哉「何ですか!?」

椎名「重君が修君の邪魔をしないで、そうたんまあたんの依頼を断ってたらだよ? ソファーは埋まらないで、僕も会議室に行かないで済んだんだから……」

修「あっそうか、椎名さんと笹塚さんがその時点で再会できてたのか。大先生がしゃしゃり出てこなきゃ、知哉は苦労しなくて済んだんだな」

 矛先が自分に向いてしまった重はすぐに言い返した。

重「うーわ、俺のせい? いや、でも、それを言うんだったら教授さんも同じだからねっ?」

修「そりゃそうだ。しかも教授さんが何もしなくても解決しそうな依頼だったからね、結局は」

渡「なんだ? 俺の顔の広さがあっての解決だったんだろうが、この猫の額野郎が!」

修「俺の人脈なめんじゃねぇぞ!」

知哉「ったく、どいつもこいつもバカばっかりかよ!」

重「何でも屋の筆頭バカ主のくせにうるさいんだよ!」

椎名「重君、いまのは上手いね」

重「いやぁ、それほどでも」

知哉「やんのかコラ!」

重「やってみろコラ!」

知哉「くぉのやろう! ピエロでも食らえってんだよ!」

 右手でつかんでいた椎名を重に向かって投げ飛ばす知哉。プロレスラーが相手をロープに投げつけるそれに似ていた。

椎名「うわっ!」

 驚いた椎名は手を振り回し、その右手は修に当たった。

修「痛っ!」

 渡は椎名の手をよけたが、後ろのテーブルに並べてあった笈の化け物フィギュアの上に手をついてしまった。

渡「イタッ!」

 棚から牡丹餅の攻撃成功に、知哉は思わず笑った。

知哉「ざまあねぇな、オイ」

重「ピエロ返し!」

椎名「ぐぇっ!」

 笑っていた知哉に戻ってきたピエロが激突する。

知哉「プアッ!」

重「ざまあねぇな、オイ!」

修「やりやがったなぁピエロ!」

椎名「いや、僕じゃないよ!」

渡「なんでまたフィギュア並べてんだよ! もじゃもじゃメガネ!」

 何でも屋名物となってしまった大モメ劇が始まると、一人残された麻美はなんだか疲れてしまい、近くのイスに座り足を組んだ。

麻美「……まったく、何なの?」

 半分真面目に半分冗談でモメ続ける5人を見ているうちに、麻美は可笑しくなって笑ってしまった。

麻美「馬鹿は嫌だけど、オバカはいいかもね……」

 オバカ騒ぎから一週間後、何でも屋たちは事務所でだらだらとやっていた。

渡「はぁ、もうセミが鳴いてるよ……」

修「梅雨があけたのはいいけど、まだ夏来なくていいわ……」

渡「ホントそう、もう一年の半分過ぎてるからね?」

重「それ言わないで、やる気無くすから」

知哉「大先生の言う通りだよ、椎名さんがウチ辞めてこれから四人でやんなきゃなんねぇんだから」

 四人はそろって事務イスに座り、コーヒーをすすっていた。

修「つーかよ、よくもまぁ急に辞めるとか言えるよな、あのピエロ」

渡「ホントそう、迷惑かけないようにしなきゃ、とか思わないのかね?」

知哉「あれだろ? 今となっちゃ早く辞めたほうが金の入りがいいんだろ」

重「結局は金だからね。ああいう手合いはダメだね本当に」

修「それによ、辞めるって言うときの挨拶の仕方…」

重「アレはひどかった。あんなんでよくレッドスクエア社に入れたよ」

知哉「恩知らずの礼儀知らずだよな」

渡「親のしつけがなってないんだよ」

修「はぁーあ、それで、椎名さんはどう思います?」

椎名「どう思いますじゃないよ!」

 半笑いのまま椎名は言い返した。

椎名「僕がいないかのように悪口を言ってさぁ!」

知哉「いやだな、椎名さん。僕たちは『あの野郎ムカツクよな』って話をしてるだけなんですから」

椎名「それについて文句を言ってるの!」

修「まぁまぁ、落ち着いてくださいよ。それより、笹塚さんとはもう終わったんですか?」

椎名「始まったばっかりだよ!」

重「椎名さん、椎名さん!」

椎名「なに重君?」

重「はぁ?」

椎名「何が、はぁなの!?」

修「椎名さん、椎名さん!」

椎名「もう! なに渡君?!」

修「俺はバスタブには足から入る派ですね」

椎名「いや、聞いてないよそんな事! それにみんな足から入る派でしょ!」

渡「えっ? 僕はたまに肩から入りますけど……」

椎名「入る直前に足すべらせて入っちゃってるだけでしょ!」

重「俺なんかたまにメガネから入っちゃうからねぇ、ほら俗に言うフレームインってやつ」

椎名「意味違う意味が!」

知哉「俺んとこはバスタブのほうから入ってくるからね」

椎名「それは………… えっ?」

 軽快なリズムが途切れてしまうと、修と重はうんざりとした。

修「……やったよ、止めたよ」

重「分かりづらいの入れてくるもんなぁ」

渡「多少おもしろくなくたって、ポンッと入れてかないとダメなんだよねぇ」

修「そうそう」
重「そうそう」

 腕組みしながら頷く二人。

知哉「なんだってんだ!」

 そんな光景をみて笑っていた椎名だったが、その笑顔はどこか寂しげだった。それを知ってか知らずか、知哉はイスから立ち上げると椎名に近づき肩に腕を回した。

知哉「とにかく、これからも頑張ってくださいよ! 応援してますから!」

椎名「知哉君、今までありがとう」

修「無理しないで頑張ってくださいよ? そうそう、ピエロ大会とか出るときは呼んだください、バカ四人で駆けつけますから」

椎名「修君……」

修「あと、『アド・バード』おもしろかったです」

椎名「……いや、椎名違いなんだけど」

重「あの椎名さん、コレ……」

 重は机の引き出しから何かを取り出すと椎名に手渡した。

重「大したものじゃないんですけど、気持ちなんで受けとってください」

椎名「えーっと、これは…」

重「ご存知、妖怪『琵琶ぶらぶら』のフィギュアです」

椎名「あ、ありがとう」

渡「世界的なピエロになって戻ってきてくださいよ? その時は安い賃金でこき使いますから」

椎名「どうしてよ!」

 五人は幼馴染のように笑いあった。

渡「いやー、それにしても椎名さん、あのまま付き合って同棲を始めちゃうとは思いませんでしたよ」

椎名「あぁ、麻美ちゃんのこと?」

渡「そうですよ。というか結婚しちゃったらいいんじゃないですか? 俺の依頼人の二人みたいに」

修「おいっ! 結局結婚すんのかよ!」

渡「そうなんだよ」

修「館山と鴨川が結婚って、間の南房総みなみぼうそう市のことはシカトかよ!」

渡「市の合併の話をしてんじゃないんだよ!」

知哉「なんだよ、驚かすなよ修」

椎名「ホント、ホント」

 知哉と椎名は肩を組んで笑いあい、修と渡は互いの顔を見ながら笑った後、そろってコーヒーを口にした。

椎名「……………」
知哉「……………」
修「……………」
渡「……………」

重「いや聞けー! 聞け聞け聞けーい! 愛の巣の話聞け聞けーい!」

 甲高い声をあげて騒ぐ重に、四人は吹き出してしまった。

修「なんだよその声は! やめろようるせぇ!」

渡「興味ないって言ってるでしょ毎回!」

重「うるせーい! 聞け聞けーい! 聞け聞けーい!」

知哉「わかったからやめろよ大先生」

椎名「愛の巣のことすっかり忘れてたよ! それでどうなったの?」

 椎名にようやく聞いてもらえた重はスイッとイスから立ち上がった。

重「みなさん、ワゴン車に乗ってください!」

修「なんでそうなるんだよ!」

重「実はですねぃ、ついに発見したんですよぅ、愛の巣がぇ」

渡「ムカツクしゃべり方だねぇ…… だからって何で車に乗らなきゃなんないの?」

重「それほど遠くないのでぃ、お連れしますぇ」

修「いいよ、七面倒くせぇ! 見たかねぇって言ってるだろ!」

 そう言ってみても無駄なことだった。重は強引に四人を車に押し込むと、愛の巣目指して走り出してしまった。
 車を走らせ約15分、愛の巣の現場へと到着した一同。重以外の四人は、愛の巣が車で15分と割と近い場所にあることに普通とは違った恐怖を感じていた。

重「はい! 着きましたぃ! 降りてくだせぃ!」

 無駄にテンションの高い重にうんざりしながら四人は車から降りた。そしてすぐに一同は唖然として立ち尽くした。

渡「何よ、コレ……」

知哉「俺が言うのもなんだけど、バカでかい……」

 修と椎名にいたっては口をあんぐりと開けたまま愛の巣を見上げていた。

重「いやー、あるもんだね、探してみれば。でもさ、こんな近くにあるとは思わなかったよ。大正デモクラシーってやつ?」

渡「……………? あっ! 灯台下暗しだろバカ! 遠い言い間違えをするな!」

知哉「よ、よう大先生、二人で住むにはデカすぎじゃねぇか?」

重「当たり前でしょ、ここはマンションなんだから」

修「マンションだぁ!?」

 修がようやく声を出した。

重「そう、マンション。全国にはさ、そうたんまあたんみたいなカップルとか夫婦がいてね、同じような理由で悩んでたんだよ。そいでもって何年も前に愛の巣の会ってのを創って、さらに愛の巣を完成させちゃったってわけ」

渡「でもマンションなら不動産屋で……」

重「極秘の会なんだよ愛の巣の会ってのは。存在を知ったのも偶然なんだから。それにほら、巣の周りにはカモフラージュの壁が立ててあって一見は普通のマンションにしか見えないからねぇ。まぁ、景観を壊さないように建てた壁だけど」

渡「そういうことかなのか……」

重「それじゃ、今からそうたんまあたんを呼ぶから」

修「えぇっ!?」

知哉「いいよ呼ばなくて!」

重「なんでよ? 皆さんに愛の巣の中をお見せしたいんですぅ、って言ってたよあの二人」

渡「愛の内側なんて見たくないよ!」

重「えぇ? 見ないの?」

修「見ない!」

椎名「ちょっとだけ見てみようよ」

知哉「なに言ってるんですか! ちょっとで済まないから見に行かないんですよ!」

修「もうちょっとしたら何でも屋辞めると思って、手当たり次第に思い出作ろうとすんなピエロ!」

 首の後ろをさすりながら笑う椎名。

修「いや、図星かよ!」

 そのとき、重以外は一か月ぶりとなる声が空から聞こえてきた。重と椎名は笑顔で、ほかの三人は舌打ちしながら声のするほうを見上げた。

そう「みなさーん! そんなとこで何をやってるんですかぁ!」

 何階かはわからないが、愛の巣の上のほうでバカ二人が手を振っている。

まあ「おひさしぶりですぅー!」

そう「早く上がってきてくだ‥」

修「バカがうるせぇってんだよ! 誰が巣の中になんか入るかバカ!」

 バカで始まりバカで終わる修の文句も、そうたんまあたんには照れ隠しにしか聞こえなかった。

そう「相変わらず照れ屋さんだなぁ」

まあ「上がりづらいんだったら、そうたんが下まで行ってあげたら?」

そう「お迎えに?」

まあ「そう! それで抱きしめてあげるの」

そう「抱きしめるぅ? そっか、それで恥ずかしさを吸い取ってあげるんだね?」

まあ「どう? この作戦?」

修「失敗だよバカ! 全部聞こえてんだよ! 抱き着いたら今度こそひっぱたいてやるからな!」

そう「もう! どれだけ照れ屋さんなんですかぁー!」

修「バカ二人がよ……」

 話の通じない二人にイラつく修。そんな時、何でも屋達の後ろから別の声が聞こえた。

男「おやおや、これは奇遇ですねぇ」

 何でも屋達が振り返ると、ダイエットに成功した細川の姿があった。すっかり痩せて男前になっていた細川は両脇に女性を抱えていた。

修「…………」

細川「いやいや、もうモテちゃってモテちゃって、困ってるんですよ。あ、ちなみに皆さんから見て右側が亜由美あゆみちゃん、左側が萌絵もえちゃんです」

 高笑いをする細川に、明らかに何でも屋たちを見下している亜由美と萌絵。

知哉「い、いやぁ、よかったねぇ細川君」

重「おめでとう……」

細川「これはどうも。それはそうと皆さんも愛の巣に?」

渡「う、うん。知り合いがここに住んでてね……」

細川「そうですかそうですか。ま、知り合いがいなければここへは来ませんよねぇ、これっぽっちもモテない皆さんですから?」

 ダイエットに成功して自信がみなぎっている細川は、性格までも変わっていた。

細川「私はですねぇ、先ほども言ったようにモテてますから、ここにいるような可愛い子猫ちゃんのために何部屋か借りているんですよ」

知哉「そんな金どこから……」

細川「こう見えても出来る男でしてね? IT業界では私は少しばかり有名なんですよ。汚い部屋に住んでいたのも太っていたのも、仕事に集中するあまりの結果ですからねぇ。それに、当時は皆さんのようにモテないダサダサ君でしたから、女性がいなくて仕事が忙しいとなるとお金は自然に貯まっていくんですよ。もともと稼いでいましたし」

 言い終えると再び高笑いをする細川。すると萌絵が修を指さして言った。

萌絵「なにあのヒゲ男、下向いてプルプル震えてんだけどぉ? 何? プル男?」

細川「ん? あぁ、修君のことか。どうしたんだい修君、オシッコでも我慢しているのかい? 体に良くな‥」

ブチッ!

 何かが切れた音が、その場にいる者の耳にハッキリと聞こえた。音の正体に気付いた何でも屋達は修から距離をとった。

細川「あっ…… マズイ……」

 時すでに遅し。

修「ピャー!」

 訳のわからない大声を上げた修は、目にも止まらぬ速さでサイドキックを細川にお見舞した。

細川「トゥポッッ!」

 訳のわからない声を上げながら、吹き飛ばされた細川は宙に舞った。一か月ぶりにサイドキックを決められた修の表情は爽やかで、宙に舞った細川の表情もどこか嬉しそうに笑っていた。
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