何でも屋

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第六章:太ることに飽きました

お悩み知哉

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 翌日。知哉は麻美に呼び出され、都内のあるレストランにやってきていた。

知哉「おい、マジかよ? 大丈夫かな、この服装で……」

 訪れたレストランは気品であふれていた。また中に入っていく客も同じで、店内入り口で常に待機しているウェイター(セリフ時は店員)によって店内へと案内されていく。

知哉「だ、大丈夫だよな? 小汚い格好してるわけじゃないんだし」

 知哉はそう言いながらも、緊張した面持ち、足取りで入り口に近づいていく。

店員「いらっしゃいませ」

知哉「どうも……」

 爽やかな笑顔で深々と頭を下げるウェイターに、知哉も深々と頭を下げた。

知哉「あの、待ち合わせをしていまして」

店員「失礼ですが、寺内様でしょうか?」

知哉「そうですけど……」

店員「笹塚様からお話は伺っております。それではご案内いたします」

 ウェイターは歩き出し、知哉は首の後ろをさすりながら後に続く。場違いな人間が入ってきたと思われているのではないか、知哉はそう思うと顔を上げられずにいた。しかし、実際は誰一人そんなことは思っておらず、そもそも知哉のことを誰も見ていなかった。
 しばらくして、知哉は中庭がよく見える席に案内された。

店員「失礼します。笹塚様、寺内様をご案内いたしました」

麻美「ありがとう」

 装飾が施された革張りの椅子に麻美が足を組んで座っていた。シックなスーツが似合う麻美は、知哉と違ってレストランになじんでいた。

店員「どうぞ、こちらへ」

知哉「あ、どうも」

 知哉はウェイターが引いてくれた椅子に座った。

知哉「あの、すみません。コーヒー下さい」

店員「かしこまりました。笹塚様は何かございますでしょうか?」

麻美「カフェラテのお替りをお願い」

店員「かしこまりました。それでは失礼します」

 店員は一礼をして、その場を後にした。

麻美「急に呼び出したりしてごめんなさい。なかなか時間が取れなくて……」

知哉「いえ、とんでもありません。それで早速なんですが依頼の……」

店員「失礼します」

 先ほどのウェイターが二人のテーブルにやってきた。

知哉「え?」

店員「お待たせいたしました」

知哉「待ってない……」

店員「カフェラテとコーヒーです」

麻美「ありがとう」

知哉「あ、どうも……」

店員「それでは、失礼します」

 知哉はウェイターが戻ったのを確認すると、麻美に話しかけた。

知哉「ここのレストランは早いんですね、頼んでからすぐに来ましたよ」

麻美「あら、普通だと思うけど」

知哉「いやぁ、僕が行くとこなんかピロピロ‥ じゃなくて、ご依頼の話を」

麻美「その前にコーヒーを飲んでみて? ここのすごくおいしいの、冷めちゃったらもったいないでしょ? まぁ、冷めてもおいしいんだけど」

知哉「それじゃ、遠慮なく」

 知哉はいつもの感覚でコーヒーを口にした。

知哉「んんっ!」

 少し熱いコーヒーが口の中に入ったその時、知哉は思わず目を閉じてしまった。だが、どこまでも深く芳醇な香りの前では仕方のない事だった。コクのあるマイルドな味わいは、苦味を旨味に変え、その旨味を堪能している間にコーヒーの温度は飲みこむのに最適な温度となる。

知哉「あっ……」

 コーヒーを飲みこんだ知哉の体にゆっくりと温かさが広がっていく。全身の力が抜け、眠りに落ちていくかのような優しい温かさ。前日に寝付くことができなかった知哉には効くに効いた。

知哉「……なんと素敵なコーヒーでしょう」

 目をうっすらと開けながら、知哉は声を漏らした。

麻美「き、気に入ってもらえたかしら?」

 知哉はまったりとした目のまま麻美を優しく見つめた。

知哉「ええ、とっても」

麻美「………それじゃ、依頼の話にしましょう」

知哉「依頼の話ねぇ…… 依頼の話? そうでした、そうでした!」

 我に返った知哉は慌ててメモを取り出した。

知哉「えーっと、理想の結婚相手をということでしたが」

麻美「えぇ」

知哉「具体的な条件をお伺いしたいんですけど」

麻美「いくつかあるんだけど、まずは身長ね」

知哉「身長ですか」

麻美「そう。私と同じかそれ以上。それ以上と言っても185センチ以下ね」

知哉「笹塚さんの身長はどのくらいなんですか?」

麻美「168センチ」

知哉「え? もっと高いかと思ってました」

麻美「ハイヒール履いてるから、その分かも」

知哉「あっ、そうですね。えっと、じゃあ、168センチから185センチということですね」

麻美「次に体型ね。標準体型より少し筋肉をつけているぐらいが理想ね」

知哉「それはどういった理由で?」

麻美「健康面よ。痩せすぎても太りすぎても体に良くないから。もし、他の条件を全てクリアしているなら、痩せてても太ってても構わないわ。標準体型に近づけるように一緒に頑張ってあげるから」

知哉「なるほど……」

 懸命にメモを取る知哉に麻美は注文を付けた。

麻美「次の条件はかなり重要なの。赤で書いておいて」

 知哉は多色ボールペンのインクの色を素早く変えると、静かに頷いた。

麻美「次の条件は金銭面ね」

知哉「あぁ、お参りの時にいくら入れるかですか? 僕は百円くらいですかねぇ?」

麻美「それは賽銭さいせん的でしょ! ていうか賽銭的なんて聞いたことないし、私が言ってるのは金銭的!」

知哉「あっ、収入のことでしたか!」

麻美「そうよ。やっぱり金銭的に少しは余裕が欲しいの。そうね、最低でも日本の平均年収の五倍あれば‥」

知哉「五倍!?」

麻美「そんなに驚くことじゃないでしょ? 年収が億の人もいるんだから」

知哉「それはそうですけど、五倍は……」

麻美「私より少し低いところが最低ラインね」

知哉「五倍ですか。何でも屋のメンバーは結婚相手には程遠いな……」

麻美「あら、謙遜しちゃって」

知哉「いえ、仕事以外にも人助けみたいなことしてるので、儲けがでない事もありまして」

麻美「大変なのね、何でも屋さんも」

 二人はそろってコーヒーを口にした。

知哉「……他には何かありますか?」

麻美「職種も大切ね」

知哉「何か特定の職業があるんですか?」

麻美「特定の職業以外って感じかしら」

知哉「と言いますと?」

麻美「自営業ね。別に偏見があるわけじゃないの。ただ私、引っ越しが好きで」

知哉「はぁ」

麻美「でも自営業の人はそう簡単に引っ越しできないでしょ? 例えば陶芸家の人が引っ越しするとしたら大変でしょ?」

知哉「言われてみればそうですね。土とか水のためにその土地で開業している方もいるだろうし、土と水は輸送できても、そのほかの設備を運ぶとなると厳しいですもんね」

麻美「あとは商店街にあるようなお店も同じなの。そういったお店って地域に密着して、住民に愛されているようなお店でしょ? 持ちつ持たれつの関係で、住民の生活の一部になっているのに、引っ越しは難しいでしょう?」

知哉「あぁ、わかります。ウチも似たようなもんなので」

麻美「私が仕事を辞めた後ならどんな仕事でもいいんだけど、まだまだ働きたいし」

知哉「なるほど、わかりました。他にまだありま‥」

麻美「バカは嫌!」

 なぜか知哉は自分に対して言われているような気がした。

知哉「バ、バカですか?」

麻美「そうバカ! 昔は高学歴ならと思ってたんだけど、もうね、高学歴でもバカはバカ! 本当に嫌!」

知哉「何でも屋の半数は完全に候補から脱落だな……」

麻美「あら、謙遜…… でもないみたいね……」

 二人はそろってコーヒーを口にした。

知哉「あの、性格とか容姿はどうですか?」

麻美「真面目なのはもちろん、優しさとユーモアがある人。容姿は特にこだわらないけど、私と同じくらいであれば問題ないかな?」

知哉「……………それじゃ、相当なイケメンを連れてこなければダメですね」

麻美「あら、私のこと褒めてるの? ありがと」

 キツイ印象の麻美が可愛いらしい笑顔を見せたので、知哉は惚れそうになったが、それも束の間だった。

麻美「でも、寺内さんは王子様には程遠いから結婚は無理ね。うん、絶対無理」

知哉「……重々承知してますので、これ以上僕の心に傷をつけないでもらえますか?」

麻美「ごめんなさい! 悪気はなかったの、悪気は」

知哉「でしょうね!」

 麻美はクスクスと笑うと、カップに残っていたカフェラテを飲み干し、カップに少しだけついた口紅をペーパーでふき取った。

麻美「今のところはそんな感じね。また何かあったら連絡するから、寺内さんも何かあったら連絡してもらえる?」

知哉「わかりました」

麻美「それじゃ、さようなら。あっ、ここは私が払っておくから」

知哉「いや、ダメですよ! お客様に払ってもらうわけにはいきません!」

麻美「そう? それじゃ、ごちそうさま。お互いにお仕事頑張りましょうね」

知哉「はい。それではお気をつけて」

 麻美は微笑みを返すと、レストランを去っていった。

知哉「……これ、見つかるか? キツイ注文だよなぁ。いねぇってこんな王子様」

 知哉はブツブツ言いながら、伝票を手に取りなんとなく見つめた。

知哉「はぁーあ。まずイケメンがいねぇよ。それに平均年収の五倍って。だいたい……… コーヒー高っ! ウソだろオイ! 俺の一杯と笹塚さんの二杯で!? おいマジかよ、払ってもらうんだった……」

 前にもこんなことあったな、そう思いながら知哉はレストランを後にした。
 その日の夕方。何でも屋は営業時間を終え、各々、依頼の進展具合を話していた。

修「細川の奴さ、これっぽっちも掃除してねぇから汚いの汚くないのって、大変だったんだぞ?」

重「え? そうなの?」

修「汚い。まぁー汚い。根性叩き直すどころじゃなかったよ、掃除でさぁ」

渡「うーん、イメージないなぁ。まっ、細川君って気づいてなかったからね、俺」

重「え? そうなの?」

修「止めに入った時も?」

渡「あんなにリバウンドしてると思ってないもん」

修「まあな。それで? 教授さんのほうはどうなんだよ?」

渡「こっちも大変だよ。だけど、一つ救いがあってね」

重「え? そうなの?」

修「なんだよ?」

渡「依頼人二人のご両親と知り合いだったんだよ」

重「え? そうなの?」

修「…………」

 修は重に何かを言おうとしたがやめた。

修「知り合いってどういうことだ?」

渡「名前を聞いた時にまさかとは思ってたんだけど、俺の親父の知り合いで大手の会社の社長さんでさぁ。一緒に食事したりして、何度も話をしたことがあってさ」

修「え? そうなの?」

重「うるさいねぇ修は! 何回も同じこと言って!」

修「お前だよ! え、そうなの、え、そうなの、うるせぇんだよ! まったく、それでどうすんだよ教授さん」

渡「うん、内容が内容だからねぇ、一回直接会って話を聞いてみるよ」

修「顔が広いと色々と便利だよな、こういう時」

渡「でも色々と面倒な事もあるよ?」

 渡は苦い顔をして、修は数度うなずいたあと、二人は黙っていた。

修「………………」

渡「………………」

重「いや、聞きなさいよ! 俺にも!」

渡「何を?」

重「何って、愛の巣だよ!」

修「どうでもいいんだよ! 愛の巣なんざ!」

渡「ホントだよ。聞きたくないの、女神たんと羊たんの話は」

重「そうたんとまあたんだよ!」

渡「わかったわかった。それで、どうなったの?」

重「いや、それがさぁ、二人とも抽象的なことしか言ってくれないから大変なんだよねぇ。だから、今度は俺を含めた三人で会議をして、愛の巣の定義づけをするつもり」

渡「うぇー、面倒くさいねそれは」

重「でしょ?」

 腕組みをして疲れた表情を見せた重だったが、何かを思い出すと身を乗り出した。

重「そうそう、椎名さんのことだけど…」

修「あぁ、おもしろいよな、あの人のエッセイは」

重「違うよ! ウチの椎名さん! 今更そのボケ言うのか!」

修「あぁ、ピエロ椎名さんね? そういや姿を見ねぇけど、どこいったんだ?」

渡「最近、ピエロとか大道芸の依頼が増えて疲れてるんだから、もう二階で休んでるんじゃないの?」

重「ううん、修行に出かけた」

渡「は?」

重「なんか依頼人のご夫婦と意気投合しちゃってね? 『子供たちのために最高のパフォーマンスを見せてあげるんだ!』なんて言って、出て行っちゃったよ」

渡「それでいないの?」

重「そう。練習場所を聞こうにもスマホを持っていくの忘れて修行に行っちゃったし」

修「あぁ!? 今日中には戻って来るんだろ?」

重「知らないよ俺は」

修「おいマジかよ! どうすんだよ、一人足らない状況で仕事しなくちゃならないんだぞ!?」

渡「もともと四人で始めるつもりだったんだから何とかなるでしょ。それに椎名さんだってすぐに戻ってくるよ」

修「それもそうか。……………ふぅ、それで?」

 修は事務所の隅にあるソファーに目をやった。

修「アレはどうすんの?」

 ソファーには頭を抱え、うつむいて座る知哉の姿があった。

渡「アレはもう…… どうしようもないでしょ」

修「だな」

 それから一週間後。

知哉「…………はぁ」

 知哉は再びレストランへと呼び出されていた。

知哉「はぁ…………」

 知哉は一週間の間、友人知人関係なく、手当たりしだいに白馬に乗った王子様探しをしていた。だが、知哉の知り合いには麻美の条件をクリアできる者などおらず、たいていは『バカ』の条件をクリアできていなかった。しかし、一番の壁は収入の問題であった。

麻美「寺内さん? 溜息ばっかりしてどうしたの?」

知哉「笹塚さん!」

 意を決した知哉は麻美に言った。

知哉「お金や名声がそんなに大事で‥」
麻美「大事よ!」

 知哉はあっけなく一刀両断された。

知哉「ですよね……」

 その日の夕方。知哉は一週間前と同じように、頭を抱えてソファーに座っていた。

修「……あれ? 三年前にも同じ風景を見たような……」

渡「一週間前だよ! こっちはこれから疲れることがあるんだから、大声を出させないでもらえる?」

修「なんだよ、疲れることって?」

渡「親父とお袋がやるチャリティーパーティーに出なきゃならないんだから、疲れさせるなっての!」

知哉「教授さん!」

渡「うわっ!」

 いつの間にか立ち上がっていた知哉は、渡の両肩を力強くつかんだ。

知哉「俺もそのパーティーに連れてってくれ! 頼むよ!」

渡「なんで知ちゃんが…… あぁ、もしかして王子様探し?」

知哉「そうだよ! そんなパーティーに来るってことは収入の条件はクリアしてるだろ? 性格もクリアしてるだろ? そうなりゃ後の条件は微々たるもんだ!」

渡「まぁ、親父とお袋に頼んでみるけど、王子様の件はあんまし期待しないほうがいいと思うけどなぁ」

 その後、渡の両親に快諾してもらえた知哉は、渡と共に意気揚々とパーティーへ乗り込んだ。
 それから一週間後、知哉は再びレストランへと向かっていた。

知哉「なんで、あぁバカしかいないかね、金持ちは!」

 パーティーの王子探しでさんざんな目に遭った知哉はイラついていた。

知哉「俺もバカだけどよ、あんなバカいるか!? マジあの野郎……」

 パーティーにいたバカを思い出しながらレストランに入っていく知哉。

知哉「よう本田ちゃん、邪魔するぜ」

 いつの間にかウェイターの名前を覚えていた知哉は、案内無しに麻美のテーブルへとたどり着いた。

知哉「お待たせしました笹塚さん!」

 麻美の向かいに座った知哉はすぐに質問をした。

知哉「頭のいいことが、バカじゃないことがそんなに‥」
麻美「大事よ!」
知哉「ですよね! すみません!」

 前回と寸分たがわぬ所を一刀両断された知哉。
 その日の夕方。事務所の中で、修はうんざりした表情でソファーのほうを見つめていた。知哉が三度みたび頭を抱えて座っているからである。

修「……あそこだけ時間が止まってんのか?」

渡「止まってるね。まぁー止まってるね。もう、バキッと止まってるね」

 二人が呆れていると、控室からお盆を持った重が出てきた。

重「コーヒーいれたから席に着いてぇー」

 言われた二人は知哉を気にしつつも、自分のイスに戻った。

重「はーい、コーヒーだよぉー」

修「なんだよそのしゃべり方?!」

重「CMのモノマネなのぉー」

修「ったく、ホント最近はくだらねぇCM多いよな」

渡「まったくだね」

 三人はちびちびとコーヒーを飲み始めた。

渡「ふぅー、そういえば細川君はどうなの? かれこれ二週間はたつけど」

修「それが意外や意外、うまくいってんだよ」

重「よかったじゃない」

修「おう。最初は泣き言ばっかだったんだけどな? 少しずつ痩せてきたらよ、俺ってカッコイイなぁ、とかブツブツ一人で言いながら鏡見てるよ」

渡「やる気が出てきたんだ?」

修「あぁ、今のまま頑張れば痩せるだろ。それで教授のとこはどうなった? 下田ちゃんと伊藤ちゃんだっけ?」

渡「もう千葉県でもないのか! 館山さんと鴨川さんだって! 下田しもだ伊東いとうは神奈川県だろ!」

修「冗談だよ、それで、話はできたのか?」

渡「できたよ。けど、なーんの問題もなく解決できそうだよ」

重「え? そうなの?」

修「おいシゲ‥」

重「偶然! 一週間前の小ボケひっぱってるわけじゃないよ!」

修「紛らわしいんだよ。それで、何であっさり解決できそうなんだ?」

渡「初めは本当にお互いのこと嫌いだったんだろうけど、今はお互いに好意をもってるねアレは」

修「結局それかよ! ちっ、ボンボンがよぉ! 意味わかんねょ。こりゃあれだな、館山ちゃんの分を入れて、鴨川君は往復ビンタだな」

渡「修! それは俺の仕事でしょ!?」

 渡に怒られると思っていた修は、そのセリフに笑ってしまった。

修「ははっ、なんだよ、教授さんがその気ならお任せします」

渡「お任せされます」

 二人は笑い合い、コーヒーを口にした。

修「……………」
渡「……………」

重「だから、聞けって言ってんだよ!」

 愛の巣に触れてこない二人に大声を出す重。

修「知らねぇって言ってんだろ!」

渡「気になってないんだよ、こっちは!」

重「だから! 気にしろって言ってんの! 大変な依頼なんだから!」

修「俺が追い出そうとしたのを大先生が勝手に受けたんだろ!」

重「いいから聞きなさいよ進展具合を!」

渡「わかったよ、もう! それで、どうなったの愛の巣は?」

重「はっはっはー、口で説明するよりも見てもらったほうがいいかな」

 重は引き出しから一枚の紙を取り出し、二人が見やすい位置に置いた。

重「連日の会議の結果、愛の巣を絵にすることが可能になりました」

 差し出された絵を見ていた修と渡は、自分たちが何の絵を見せられているかわからなくなってしまっていた。

渡「……ん? これどっちが上なの?」

重「こっちに決まってるでしょ」

渡「あぁ、そうかそうか……」

修「コレなに?」

重「愛の巣だってば」

渡「こ、これが?」

修「これで完璧に表現できてんの?」

重「もちろん、完璧だよ。今風にいえばパーペキだね」

渡「古いんだよ! ていうかさぁ、この線は地面だよね? この地面に何本も刺さってるというか生えてるものは何なの?」

重「その質問はちょっと勘弁してもらえる?」

修「勘弁じゃねぇって、その何だかわからないもんの上に巣があるんだろコレ?」

渡「だいたいさ、どうやって巣に入るの?」

重「入る? そういう考え方は僕ら三人には無かったなぁ」

修「なに仲間に入ってんだよ!」

 三人がバカな話をしていると、事務所の引き戸がカラカラと音を立てた。

椎名「た、ただいまぁ……」

 久しぶりに聞く椎名の声に、三バカは入り口の方に振り向いた。

三人『ギャーッ!』

 三人は悲鳴を上げると、部屋の隅に逃げて身を寄せた。しかしそれは無理もないことだった。
 どんなに過酷な修行をしてきたのかはわからないが、椎名の服は泥などで汚れ、所々布が擦り切れ肌が露出しており、ピエロのメイクはかすれて溶けたよう。その姿はまさにホラーだった。

椎名「あ、しまった!」

 ようやく自分のいで立ちに気が付いた椎名。

椎名「ごめん! 僕だよ僕! 椎名だよ! 脱サラはぐれピエロの椎名!」

 三バカはその言葉を聞いたとたん、一斉に椎名に襲い掛かった。

重「どこへ行ってたんだピエロ!」

椎名「あ、やめて重君!」

修「おどかしやがって、このっ!」

椎名「わっ、許して修君!」

渡「他の仕事をほったらかしにして、コラッ!」

椎名「ごめんなさい、ごめんなさい!」

 三人は椎名を放してやると、ムスッとしたままイスに戻った。

修「まったく、連絡もしないで!」

重「ホント、ホント」

 椎名は三人に近づくと頭を下げた。

椎名「ごめんなさい」

渡「心配してたんですからね?」

椎名「いやぁ、本当に申し訳ない……」

修「それで、そんな格好になるまでどこに行ってたんですか」

椎名「ちょっと修行をしててね。でもその修行のおかげで自分史上最高のパフォーマンスを身に着けることができたんだよ!」

重「最高のパフォーマンス?」

渡「誕生日パーティーで見せるパフォーマンスですか?」

椎名「そう! 今から見せてあげるから!」

修「あれ、道具は使わないんですか?」

椎名「使うよ? けど、使わないパフォーマンスもたくさん編み出したからね! それじゃ始めるよ?」

 椎名がパフォーマンスを始めると、三人は怒りを忘れて子供のようにはしゃぎ始めた。

知哉「…………ん?」

 悩みの無間地獄にいた知哉も、三人の楽しそうな声には思わず顔を上げた。

椎名「ほい、ほい、ほい……」

 子供たちの笑顔のために、身を粉にしてパフォーマンスを創り上げた椎名。そんな直向きな椎名が、知哉には王子様に見えた。

椎名「どう? 面白かった?」

 椎名の問いに、三人は笑顔のまま何度もうなずく。

椎名「よし! これで誕生日パーティーはパーペキだね!」

重「古っ!」

修「シゲもさっき言ってたろ!」

 四人が盛り上がっていると、ソファーから立ち上がった知哉が椎名を呼んだ。

知哉「椎名さん!」

椎名「えっ? あっ、知哉君! ただいま、ごめんね迷惑かけ‥」

知哉「椎名さん、ありがとう!」

 知哉は椎名の話を聞かずに近寄ると、力いっぱい抱きしめた。

椎名「なに!? どうしたの!?」

知哉「椎名さんは俺にとって白馬に乗った王子様ですよ!」

椎名「えっ?」

 椎名を抱きしめることをやめた知哉は、気力に満ちていた。

知哉「よし! これですべて解決した。待ってろよお姫様!」

椎名「ねぇ皆? 知哉君はどうしちゃったの? ねぇ!?」

 椎名の質問を無視した三人はそろってコーヒーを口にした。
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