僕と彼女と彼女の嫁と

市川 恵

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回想3 ~僕と元凶とお土産と~

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 今日はツッコミ疲れたものの、概ね楽しい一日だったように思う。
 高校は楽しく過ごせるかもしれない。

 鍵を回して家のドアを開ける。
すぐに鼻をつく酒の臭いに顔をしかめる。
 さっきまでの楽しかった気分が一瞬にして、かき消えるような心地がした。
 僕が高校入学早々休まなければいけなかった元凶が、口を開いた。
「おい、けいた。
帰ってきたなら飯作ってくれよ。
母さんもなかなか帰ってこねーし。」

 まったく、苛立ちしか感じない。
僕は学校から帰ってきて、五分も経ってない。
母さんが帰って来ないのは、お前が働かない分母さんが働いてるからだ、と言いたい。

 父親は、能天気に言いたいことを言い続ける。
半年前、適応障害が原因で会社を辞めて以来、気分のままに母さんや僕に当たり、収入に見合わない浪費を続ける。
 僕にとって最も腹立たしいのは、こいつと血が繋がっているという事実だ。

「待って、今から作る。」
 反論するのもバカバカしくて、さっさと夕飯食べさせて寝て貰おうと思った。

 今日は、そうでもうつでもないのが、不幸中の幸いだ。
 躁のときは他人に攻撃的になり、鬱のときは自傷や自殺に走ろうとする。
 入学式のころのこいつは躁状態で、何が原因だったか忘れたが、殴られた。
 一目で殴られたと分かる傷を残したまま学校に行くわけにもいかず、家にいた。
 内出血は割とすぐに色が抜けたが、精神的に回復するのに時間が掛かった。

 小説や漫画の主人公とかは、何故あんなにも立ち直りが早いのだろう。
 コツがあるなら教えて貰いたいものだ。

 今日を何とか乗り切り、溜まってた宿題やプリントの仕分けを終えたのは、日付が変わってからかなり経った後だった。

 
眠い頭をなんとか持ち上げ、昨日の残りものを弁当箱に詰め、学校へと向かった。
 寝不足の身体に体育は、結構ハードだったが、午前中の授業が終わったことに安堵する。

 弁当を食べるグループも大体決まっている。
昨日は隣の奴と一緒に食べさせてもらったが、居心地が良いとは言えなかった。
それに相手方にも気を使わせてしまう。
正直今から、入れてくれ、と頼むのも面倒くさい。
 そこで、あそこなら空いているかもしれない、と思って、4階を目指した。

 遠慮がちに扉を開ける。
 先客がいた。
昨日紹介を受けた、京子さんが一人で弁当を食べていた。
「あ、昨日の啓太君だったか?
君も美術室で食べるかい?
少し油絵具臭いが、風通しが良くて教室よりも居心地が良いぞ。」

 確かに4階は風が通って、気持ちが良かった。
「ご一緒してもいいですか?」

「全く構わないよ。
私も間借りしてる身だしな。
わざわざ机動かして、人と一緒に食べるのが面倒くさくてね。
集団生活に向いてないんだろうな。」

 昨日の積極的な様子からは、とても京子さんが集団生活に向いてないとは 思えなかったが、京子さんにも京子さんの事情があるのだろう。
 京子さんの隣に腰掛け、弁当を開く。

「今日の部活から、本入部ですよね?」
 取り敢えず、共通の話題である部活を持ち出す。
「そうだな。楽しみだな。
今日の活動は、自己紹介だけらしい。」

取り留めのない世間話をしているうちに、お弁当を食べ終えた。
 自然と、午後の暖かな日差しと満腹感が眠気を誘う。
 
「眠いなら、予鈴前に起こしてあげるよ。」
 そんなに露骨に眠そうだったのだろうか。
京子さんの察しの良さに少し驚いた。
お言葉に甘えて、机に突っ伏して寝た。

  午後の授業を終え、美術室に再度向かう。
廊下を歩く僕の横をすごい勢いで、二人組が駆けて行った。
 どこの部活の人だろう。
二人の行き先を目で追う。
美術室前で急ブレーキ、なんてこった美術部員か。
 二人に続いて、僕も入室する。

「「たっだいまー!」」
「部長、副部長お帰りなさい。
どうでした、交換留学?」
「「めっちゃ楽しかったー!」」

 部長?副部長?
てっきり京子さんだと思っていた。
 この学校では、毎年春休みから二週間程、希望者による姉妹校との短期交換留学が企画されている。

 部長さんは、お土産の包みを破きながら話し続ける。
「新入部員が何人入るか分からなかったから、お土産たくさん買ってきてしまいましたー!
 もう全員揃ってる?」

「揃ってますね。
じゃあまず、一年生の自己紹介から。
今年の一年生は、頼りになりますよ。」

「あ、はい。では私から。
一年五組  山瀬 京子と申します。
趣味は、アニメ鑑賞です。」

あー、え?
京子さん一年生だったんですか。
隣のクラスにいたんですね。
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