夏の浜

青波

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夏の浜

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 夏も終わる頃にはクラゲも姿を消し、海が最も退屈な時期だった。人間もまた姿を消していたことは、特に重要なことではない。
 母たちは、というのは、僕の母と彼の母という意味だけれども、母たちは、妹と遠い浅瀬でからからと戯れていた。からからという音がするのだ、貝殻のモビールのような。夏の終わりの真昼ほどずっと続くものはなくて、だから、母たちもずっとからからと遊んでいた。僕の妹は小さくて、髪を二つ結びにしている、僕たちが1番大事にすべきものなのだった。すなわち、僕と母が。そんなのはどうだっていいことだ。妹が僕の大きな浮き輪を引っ張り回し、奪い去ってしまったことと同じくらい。これは本当の心だった。

 彼は適当にビーチサンダルを放ったが、一向に砂浜の安全地帯を歩んだ。彼は少し歩んではしゃがんで貝がらなどを拾い、少し歩んではしゃがんで貝殻などを拾った。よく見れば手元で曇ったガラスなどが光ったため、貝殻をあつめているわけではないかもしれなかった。
 僕は彼にならってサンダルを置いた後、どうにも立ちすくんでいた。僕は彼を眺め、貝殻のモビールを眺め、貝殻のモビールほど退屈なものはない、海の家などに飾る気がしれない、と思った。海の家はとうになかった。
 彼はまたしゃがみ、すっくと立ち、鋭い貝殻を恐れもせずすたすたと近寄ってきた。そして何かを握った手を差し出し、暗に受け取るよう促した。僕たちは、縁日で買ったひよこを受け渡すようにそれを受け渡した。
 それは釣り針だった。薄汚れていたが、新品な気がする、と思った。新品でないのとどちらがましかはわからなかった。彼は、他に面白いものがないのだ、と困り顔で言った。彼は、新品でない方が良いと思うのかもしれないと思った。これで釣ったのかな、とためしに言うと、そうかも、と嬉しそうに笑った。僕は立ち止まったまま、あたりを見渡した。面白いものがないか、ということだ。9月の海辺には無理な注文だった。
 彼は歩んではしゃがんだ。何かのようだ、と思ったが何かわからない。想像をしてみた。岩場で貝を取る彼。田を植える彼。森の中できのこを狩る彼。どれも違った。彼はどうして僕を放っておくのだろう、と思った。しかし僕からはかける言葉がなかった。僕は面白いものを探した。白い貝殻の欠片。桃色の貝殻の欠片。緑のガラス瓶の欠片。なかった。茶色い海藻が1番ましかもしれなかった。彼はいつの間にか遠いレジャーシートに駆け寄っていて、自分の黄色いリュックの中をまさぐっていた。

 もったりとした空を仰ぐとまだ十分に暑苦しく、彼の上下運動が信じられないほどぐったりしていることを自覚した。ううん、と唸り、勢い付けてしゃがんで、海藻を引っ張り寄せた。ずるる、と伸びて千切れた。予想外の面白くなさに、僕は手を離した。
 そのまましゃがみこんでいると、影が僕を隠した。
 彼は僕に影のお裾分けをすると、たた、と海辺に寄って行った。彼は小さな小さな小瓶を光らせ、たら、と液体を垂らした。透明な液体に見えた。よく見ようと立ち上がる。液体は海に混ざって、あるいは帰って行った。彼はそっと瓶のキャップを閉め、こちらに歩いてきた。

「毒だよ」

 彼は言った。瓶のラベルには英語の何かが書いてあって、危ない薬品にもそうでもないものにも見えた。瓶は少し汚れていて、浜辺に流れ着いたものにもそうでないものにも見えた。

「逃げなきゃ」

 彼は真っ直ぐにこちらを見た。夏の太陽を見るみたいに目を細めていた。僕も、彼の向こうの太陽のせいで同じ目をしていた。

「死んじゃうよ」

 彼の声は真水みたいだった。こんなに暑いのに、水を飲んでいないことを思い出した。
 うんと言ったらどうなるだろう。僕は王子様にプロポーズされているみたいで、魔女に毒りんごを差し出されたみたいだった。
 僕は喉がからからで、ぐったりしていて、だから、彼の手を握った。
 僕たちはサンダルを探し合い、黄色いリュックを取りに歩いた。
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