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1 断罪された悪役令嬢の事情

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 ――ここは、いったいどこかしら?
 瞼をうっすら開けて見える、自分を取り巻く光景の不自然さに、真っ先にそう思った。
 支柱つきの清潔な寝台、肌に触れる柔らかなリネン、燭台から漂う蜜蝋と薔薇の香油が混じった匂い。
 そうしたもののすべてが、この部屋が貴族のものだと伝えてくる……おそらく、それなりに裕福な貴族の館だろう。
 それはさておき、なぜこんなところに寝かされているの?
 再び瞼を閉じて、これまでの経緯をゆっくりと思い起こしてみた。


 わたくしの名は、アリシア・ロンバルト――ネルシオン王国の屈指の名門貴族であるロンバルト侯爵家の一人娘だった。
 なぜ過去形かと言うと、わたくしは追放刑になると同時に貴族の身分を剥奪されたから。
 実の父から「家門の面汚しだ」と罵声を浴びせられ、獄中で勘当されたときの悲しみったらなかったわ。
 思えば、一晩にしてわたくしは多くのものを失った。
 王都の一等地にある美しい屋敷、恭しくかしずく使用人たち、高価な宝飾品や百着以上ある色とりどりのドレス、侯爵令嬢という肩書き……そして、何より未来の王太子と呼び声高い、ネルシオン王国の第一王子カーライル殿下の婚約者という輝かしい地位を。
 
 
 わたくしの不運の始まりは、あの女狐……リアナ・レビオットが聖女になった時期に遡る。
 リアナの趣味は慈善活動のためのお菓子作りと刺繍。お茶会などの社交活動より教会通いを熱心に行う、という男爵令嬢だった。
 そんな変わり者など、気にするまでもなかった……何をどう間違ったのか、突然に教皇庁が彼女を聖女に任命するまでは。
 この大陸に聖女が現れたことはあるけれど、ネルシオン王国では初めてだ。
 国王陛下を始めとする王族の方々は、聖女の称号を得たリアナをまるで教皇庁からの貴賓のように丁重に扱うようになった。
 それまでリアナは、まるっきり目立たない地味な令嬢だったのに、一瞬で国王陛下に比肩する華々しい存在になったから大変!
 王族に取り入りたい貴族や平民の金持ちが、毎日のようにリアナに貢ぎ物を送って、彼女のご機嫌を窺うようになったの。
 周囲の視線が変われば、自ずとリアナも変わってくる。
 どうやら、彼女はカーライル殿下に一目惚れしたらしい。
 以前は低い身分ゆえに宮廷に呼ばれもしなかったリアナだけど、聖女となってからは王族とも頻繁に言葉を交わすようになったのだ。
 そして……カーライル殿下のほうも、リアナのことを嫌がっていない様子。
 急接近する二人を見せられて、わたくしが正気でいられるはずがない。
 聖女になったという自信からなのか、事あるごとに彼女はわたくしを煽るような発言をするようになった。
 ……今にして思えば、それらはすべて彼女の計算だった。
 わたくしが皆の前で癇癪を起こし、リアナを虐めるようにさせていたのよ!
 そして、離宮で催されたお茶会の席で事件は起きた。


「……聖女様! どうなさいましたのっ?」
 貴婦人の叫び声に振り向くと、リアナがティーテーブルに突っ伏していた。
 彼女と同じテーブルについた三人が、同様にもがき苦しんでいる。
 大騒ぎになる会場の中で、わたくしは呆然とするしかなかった。
「毒が入っておりますっ! 銀のスプーンが黒くなって……!」
 メイドの叫びを聞いて、わたくしを睨みつけたのは第二王女のパトリシア殿下だった。
「……もしかして、あなたの仕業かしら? ロンバルト侯爵令嬢」
「どういうことでしょう?」
「カーライルお兄様と聖女様が恋仲だから、聖女様を亡き者にしようとしたのでは……?」
 パトリシア殿下の疑念に、他の令嬢たちがわたくしを見て眉を顰めた。
「わたくしは無実でございます。準備をしたのは、王宮のメイドではございませんか!」
 確かにこの茶会は、わたくしが妃教育の一環で開いたもの。
 しかし、招待状や茶会の進行を担っただけで、茶葉の選定や管理は王宮側でやっている。
 人手が足りないだろうと思って侍女をひとり貸したが、ただそれだけで……。
 その瞬間、その侍女がパトリシア殿下の前にひれ伏して、驚くべきことを言い始めた。
「申し訳ございません……! 王子殿下のことでお嬢様はお悩みでいらっしゃったのです! 私もお断りすることができず、毒を入れてしまいました!」
「まあ、やっぱり侯爵令嬢の仕業なのね! なんて、恐ろしいお方でしょう!」
 パトリシア殿下は、即座に近衛兵に指示を下す。
「ロンバルト侯爵令嬢を、塔に幽閉しなさい。絶対に逃げられないように気をつけるのよ」
「はい、王女殿下!」
 ――かくして、わたくしは衛兵たちに両脇から抱えられて、その場を去ることになった。
「お助け下さいませ、殿下! 神に誓って、わたくしは無実です……っ!」
 王女殿下に嘆願する自分の声だけが、虚しく響き渡る。
 去り際にようやく少し顔を上げたリアナが、わたくしのほうを一瞥した。
 意地悪な笑みを浮かべているのを見て、ようやくわたくしはすべてを理解した。
(……はめられた? うちの侍女を買収したのはリアナね……!)
 ――しかし、悲しいかな。
 これまで働いてきた数々の悪行により、真実を口にしても誰も信じてくれない。
 薄暗い塔の部屋に移された後は、囚人と同じ生活を余儀なくさせられ、形式だけの裁判を受けて国家反逆罪を言い渡された。
 聞くところによると、わたくしの寝室から毒入りの瓶が発見されたらしい。リアナが侍女を使って仕込んだことは明白だが、誰も弁護をしてくれない状況では否定しても誰も相手にしてくれなかった。
 王族が参加している茶会で毒物を使用したということ……そして、教皇庁に認められた聖女を狙った犯行だと考えれば斬首を免れられないが、高位貴族の娘であることを勘案して下されたのは追放刑――この寒い時期に北部に送られれば、結局のところ処刑宣告も同然だ。
 それゆえ、未踏の北の大地に送られたわたくしは、寒さとひもじさで凍死したと思っていた。
 
 
 ……が、なぜか、こうして温かな部屋に寝かされている。
 誰がわたくしを助けたの? 
 罪人になったわたくしには、もう何もないのに。
 そんな人間を、いったい何のために……?
 ――次の瞬間のことだった。忽然と何者かが現れたのは。


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