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14 恐ろしい噂
しおりを挟むユンの親戚の家は、交易で生計をたてていると前に聞いていた。
俺たちはメインストリートを歩いていく。商店が多く立ち並んでいるゴミゴミした場所に差しかかると、三階建ての長屋をユンは指さした。
「あそこです」
門の上には大きな看板――「ハザマ商会」と書いてあるのが、遠目からも確認することができた。
近づいていくと、二人の青年たちが出入りしているのが見えた。
東方からの輸入品なのだろうか。荷物が家の前に山と積まれていて、それを中に運び込むためにせっせと力仕事に専念しているところだった。
「精が出るな」
ユンは、彼らに声をかけた。
すると二人は仕事を中断して、こちらを振り向いた。
「あっ! ユン兄さんじゃないか……!」
そのうちの一人がユンの顔を認めると、途端に満面の笑顔になった。
親戚といっても、それなりに近しい関係なのだろう。俺と大して年が変わらなそうな少年は、目元がユンにそっくりだった。
「久しぶりだな、リュウ。元気にしているようだな」
「おかげさまで。最近は忙しくて、人を何人も雇っているんですよ」
「そりゃあ、商売繁盛している証拠だな! ところで、おばさんは中にいるのか?」
「はい、ご案内しましょう」
リュウと呼ばれた若者は、快く俺たちを案内してくれた。
近日中に売り物になるだろう品々が、広間にたくさん置かれている。そこを抜けて奥に行くと、事務作業をするような整然としたスペースに行き着いた。
そこには商品は置かれておらず、書類や地図などがきっちりと棚にしまってあるところが、部屋の主の几帳面さを表しているようだ。
白髪が目立つグレーの髪をした老婦人が、大きな机を前にして帳簿の整理をしている姿が見える。
「母さん、ユン兄さんが来たよ」
「……ユンだって!? おや、久しぶりじゃないか?」
老婦人は、椅子から立ち上がって手を広げた。
東方民族の特徴であるのっぺりとした顔立ちのせいか、年齢の割に愛嬌がにじみ出ている女性だった。
「お久しぶりです、ナオおばさん」
ユンは、老婦人を抱き寄せて頬にキスをした。
「どうしたんだい? 兵隊稼業に嫌気がさして、うちの仕事を手伝う気になったかい?」
それには、ユンも苦笑するしかない。
「まぁー……そういう話もなきにしもあらず、ですが……今日は、おばさんにお願いがあって伺いました」
「あっ、わかったよ! その後ろにいる可愛らしいお嬢さんのことだね? もしかして、結婚の報告とかかい?」
彼女の値踏みするような視線が、俺に突き刺さってくる。
その言葉の意味を察知して、俺は思わず苦笑した。
(まぁ、こういうのは慣れっこだけどな)
フードを被っていない今は、女性に間違われるのも不思議ではない。
「ナオおばさん、違いますよ! この方は、シェリル様と言いまして……れっきとした男性です。実は、この領地で妹さんの行方を捜していまして」
慌ててユンが弁明してくれると、老婦人は溜息交じりに残念そうなカオをした。
「そうかい……あんたみたいな堅物がよくやったなって喜んだけど、やっぱり違うのかい……」
「すみません。いつかいいご報告できるよう努力します」
それには答えずに、老婦人は応接セットのほうを指さした。
「立ち話も無粋だから、そこに座りなよ。私もちょうど休憩しようと思っていたところさ。お茶でも用意してあげるから待ってなよ」
「ありがとうございます!」
「お願いの内容を聞くのは、お腹の調子が落ち着いてからにしておくれよ。もう、さっきから数字が合わなくて、昼ご飯を食べ損ねたんだからねぇ」
そう言い残して、彼女は台所のほうへと姿を消した。
おばさんの手作りの焼き菓子、そして東方の名産だという緑色のお茶は、昨晩野宿した俺にとって何よりのご馳走だ。
ナオおばさんは俺のことを気に入ってくれたらしく、カップが空になるとすぐにティーコジーをとって熱いお茶を注ぎ足してくれる。
こんな風に優しくされていると、亡くなった母さんを思い出してしんみりとしてきてしまう。
「そうかい、坊やにも妹さんが……しかも、オメガだとはね!」
「そうなんです」
ざっとここに至る事情を話したら、彼女はずいぶんと同情してくれた。
ユンの「情に訴える」作戦は、彼の思惑通り成功したかもしれない。
おばさんは、ひと通り俺の話を聞いた後でこう言ってくれた。
「あたしができることなら、何でも手伝うよ。こういう商売していると、お金持ちの家に出入りすることが多くてね。なんだかんだで、うっかり貴族の方々の弱みを握ってしまうこともあるんだよ」
自慢げにナオおばさんは、腕組みしながら胸を張った。
この家のやっている稼業が何なのかイマイチつかめないが、東方からの輸入品の中にはあやしげな薬もあると聞いている。
そういうものを愛用する顧客の情報を掴んでいて、それがもし貴族の家柄だとしたら……それは、たしかに有益な情報になるかもしれない。
「俺たちは、侯爵家があやしいと睨んでいるんです」
ユンの言葉に、ナオおばさんは呆れたように笑った。
「そりゃあ、言うまでもないだろう。あやしいさ! あやしい匂いがプンプンするよ!」
「なにか、ご存じで?」
「侯爵家っていえば、奴隷売買してるんじゃないかってもっぱらの噂なんだよ!」
「奴隷!?」
「奴隷ですって!?」
俺とユンは、ほぼ同時に驚愕の声を上げた。
「まぁ、ウワサって言っても、あたしとリュウの間だけの噂だけどね!」
「その話……詳しく聞かせていただけないですか?」
俺は身を乗り出して、関心を示した。
「いいけど、口外するんじゃないよ」
「もちろんですよ!」
「神に誓います!」
俺たちが秘密にすると約束すると、おばさんはおもむろに話し始めた。
「ユンは知っているかもしれないけどね……そっちの坊ちゃんのために説明しておくよ。ここの領地には、何も特産物がないんだよ。隣のメディス伯爵様のところは、ご自身が研究者というのもあって抑制剤の製造施設を持っている。領地の西には葡萄酒の産地もあるから領民も安泰さ。でも、ここはねぇ……」
ナオおばさんは、深い溜息を漏らした。
「しかも、オランディーヌ侯爵家は歴代女好きの家系でね。先代も若い妾を何人も囲って、その妾の一人一人に素晴らしいお屋敷を作ってやったもんだからもう大変さ。それは、すべて領民の税金で出してるわけだからね……! ここで商売を始めてから、税金は軽く倍になったのに物価も右肩上がり、暮らしにくいったらないよ!」
「税金が倍……! それは大変ですね!」
「そうさ! 先代が妾と張り切りすぎて突然死したのが五年前だろ。その次に侯爵家を継いだ長男が、父親に輪をかけたようなダメ男でねぇ……」
「そうなんですね」
「しかも、女好きってだけじゃなく賭博も大好きなのさ! 賭博の負けを税金だけじゃまかなえなくなって、あやしげな人身売買を始めたんだよ」
そこまで聞くと、俺の背にいやな汗が流れた。
「もしかして、それは……」
「そう……侯爵のターゲットはオメガだよ。身寄りのないオメガを探して、国中に使者を走らせて集めているんだって。自分の妾にすることもあるけど、ほとんどが砂漠地域の金持ちへの輸出品になるのさ」
「……そんな!」
以前アリサのところにきた話を、思い出していた。
あれは……アリサを娶りたいわけじゃなくて、人身売買で私腹を肥やすためだったのか!
「おばさんは何か証拠を掴んでいるんですか、その人身売買の……?」
ショックのあまり無言になっている俺の代わりに、ユンがそう尋ねた。
おばさんは、訳知り顔で説明を始める。
「よく聞いてくれたねぇ。ウチは輸出入のために、船を何隻か持っているんだよ。前に、侯爵家に近い筋から内密で人を乗せてくれないかって打診されたんだ。しかも、十人以上も!」
「十人以上……!」
「それだけじゃなくて、船を二重底にして地下の船室を作ってくれって……あれは、たしか三年くらい前の話だよ」
「輸出入の役人を誤魔化すための工作ですね」
「そうに決まってるよ! もちろん、犯罪に関わることになりそうだから断ったけどね! あたしゃ、金はほしいけど、そんないかがわしい商売にこれっぽっちも協力したくないよ!」
幽霊を見た後の人のように、おばさんは大きく身震いした。
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