鬼の子

柚月しずく

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1章

生まれてきてはいけない鬼の子

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「ただいま」

 家の玄関に靴を脱ぎ一応挨拶をする。返答はない。いつものことだ。
 玄関に置かれた、家族の人数より多い靴。来訪者がいることを教えてくれるので、自然とため息が漏れる。


「やっと帰ってきた。早くしなさい。みんな待ってるのよ」

 私の顔を見ずに命令口調で吐き捨てたのは叔母だ。私の叔母で光希の母だ。
 光希の父が長男なので、叔母は長男の嫁。古くからのしきたりが根付いている鬼王家では、長男の嫁で気の強い叔母が主導権を握っている。
 リビングに行くと、父、母、叔父、叔母、光希。鬼王家親戚一同全員勢ぞろいだ。父と母は、私の顔を見ようとはしない。ゆっくりと離れたところに置かれた椅子に腰を下ろした。
 光希と一瞬目が合ったが、殺気溢れる視線にたじろぎ、瞬時に視線を伏せた。いつも以上に鋭い目つきで睨まれているのは、確実に綱くんとの一件のせいだろう。

「今日は花純の卒業後について。担当直入に聞くけど、この町を出ようとしてるんですって?」
「……はい」
「そんなこと許されるわけないでしょ。他の町で殺人鬼になってごらん。私たち鬼王家の暮らしに影響があるでしょ?」
「違う町でも、誰とも仲良くなるつもりはないです。もちろん恋人なんて作りません。友達もいりません。一人でひっそりと生きていくので、迷惑はかけません」
「そんなこと、どう証明するの?」
「それは……」
「あなたはこの町から出られないわ。死ぬまで」

 はっきりと言いきった。私を擁護する声はもちろんない。実質、叔母が主導権を握っているので誰も言い返す者はいない。叔母の言葉に銅器で殴られたような衝撃が走った。
 私はこの町から出ることはできない。いくら反抗したところで、私の意見が通るはずもない。それを理解しているので口を閉ざした。私の未来は逃げ場も光もない、鳥かごのようなこの町から逃げることは出来ないのだ。

 その後のことは正直よく覚えていない。叔母から非難や暴言を沢山吐かれたけど、心は閉じていたので、何を言われたか覚えていない。

 自分の部屋にこもり、真っ白な天井を見上げる。
 卒業後、この町を出ることを目標に。この町を出ることで、何か変わるかもしれないと希望をもち、辛い環境に耐えてきた。

 私はこの町で死ぬまで生きていかなければいけない。希望が消え去り、一筋の光さえ見えない。
 頬を冷たい涙が伝う。これは哀しい、虚しい、辛い涙だ。綱くんの前で流した涙とは違い冷たく頬を濡らす。
 
 私は産まれてきてはいけない鬼の子。
 誰にも望まれずに生まれてきた鬼の子。
 だから、当然なのだ。私の未来には幸せなどあるはずがない。


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