鬼の子

柚月しずく

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2章

初めての記憶

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 よく晴れた日の日差しは暖かく、午後の授業は眠気を誘う。あくびをしたり、だるそうに机に突っ伏している生徒も何人かいる。そんな風にクラスの士気が低い中、もうすぐ行われる球技大会の種目決めをするらしい。
 

 「今日の授業は球技大会の種目決めするぞー。後は学級委員、宜しく」

 生徒同士で全部決めてくれ。と言わんばかりに、学級委員に丸投げだ。
 教室の端のパイプ椅子に腰をかけて、腕組みをして「ふう」と小さなため息をつき、自分の仕事は終わった顔ぶりをしている。生徒達の自主性を伸ばすために口は出さない。と、以前に言っていたが、ここまで来ると、面倒だから学級委員に丸投げしているようにしか見えない。

 担任の代わりに、学級委員長と副委員長が黒板の前に立ち、チョークを片手にクラスに問いかける。


「球技大会の種目について……」

 
 高校生活の中で一大イベントの1つは球技大会だ。
 クラス対抗なので、生徒達の対抗心に火がつく。やはりスポーツは盛り上がる。クラス一丸となって戦うので、絆も深まりやすい。

 バスケ、サッカー、野球、卓球、それぞれ得意なものがある人は得意な競技を選び、バランスを考えながら編成していく。

 毎年恒例の球技大会だが、私は鬼の子。参加したことは今まで1度もない。
 スポーツをしている最中に、誤って唇が触れてしまえば、殺してしまうかもしれない。私が参加することは暗黙の了解で禁止されている。

 それが当たり前だと思っていたので、平気な顔で窓の外を眺める。
 心の中は何も考えていない。窓側の席は、持て余した時間を外を眺めていられるので本当に助かっている。

 ぼーっと窓の外を眺めていると、コツンと机を小突かれる音がした。前を向くと、綱くんは窓側の壁に背中を預け、私の方に顔が向けられている。


「花純は? 球技大会、何に出るの?」
「……私は見学だよ?」

 強がって気にもしていないようなふりをして、できる限りの軽やかな声で答える。

「なんで? 身体弱いのか?」
「……鬼の子だから」
「また、それかよー」

 わざとらしく、ため息を吐いて、眉間にしわを寄せる。

「綱くんは何に出るの?」
「俺は……面倒だから……出ないかな」

 一瞬、顔の表情が曇ったように見えた。瞬きをして次の瞬間には、いつもの表情に戻っていたので、気にも留めなかった。

 この時、きちんと話を聞いていれば、なにか変わっていのだろうか。
 綱くんの強さと、その裏に隠れている弱さに、もっと早く気づけていたなら……。




「……得意な種目とかあんの?」
「うーん。全部得意じゃないけど……強いて言うならバスケかな?」

 子供の頃、スポ少のバスケをやっていた光希に無理やり練習に付き合わされた。練習といっても、ボール拾いやパスの練習相手として付き合わされた雑用なものだ。光希が帰ったあとに、一人残りシュートの練習をして時間をつぶしていた。なので、他の球技よりは少しだけ触れたことがあるというくらいだ。


「ふーん」

 何か考えてるような顔をして、何をするかと思えば、勢いよく手を挙げた。

「はーい。花純はバスケに出ます!」

 はっきりとした口調で言い放つ言葉はクラス中に広がる。和気あいあいと種目決めをしていたクラスの雰囲気がガラッと変わる。

「え、何言って……なにいってんの?」

 高らかに掲げられた腕を掴んで必死に降ろすが、もう既にクラス中の視線が向けられている。


「え、」
「鬼の子がバスケ出るの?」
「私、バスケなんだけど! 死にたくないよ!」
「バスケに出るとか、普通にいやなんだけど」

 あちこちから否定する声が聞こえてくる。みんなが困惑しているのが嫌でも伝わってくる。それ以上に私だって困惑していた。突如、バスケに出ます!なんて勝手に宣言されたのだから。

 「……」
 「……」

 あちこちから刺さる視線が痛い。異様な空気に耐えられなくなり、勢いよく立ち上がる。ガタッ、と椅子が後ろに引かれる音が教室に鳴り響く。いきなり立ち上がった私に驚いたのか、シンと静まり返った。

 
「わ、私、出ないから! 安心して……」

 教室内を見渡すと、クラスメイトの表情は強張ったままだ。
 私が参加するなんて、嫌がられると分かっていた。分かっていたはずなのに、ここまであからさまに拒否されると、胸がナイフで突き刺されたように痛かった。
 私のせいで、クラスの空気がどんより悪くなってしまった。
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