アリアさんの幽閉教室

柚月しずく

文字の大きさ
11 / 19
迷い人3人目 呪いの人形

3-2

しおりを挟む




 いつも通りリビングで夜ご飯を食べた後、わたしはましゅちゃんを自分の部屋に連れていくことにした。

「ましゅちゃん、懐かしいなー」

 なんだかましゅちゃんを見ていると、心がぽわんとあたたかくなった。
 子供のころは、こうやってよく話しかけてたなあ。

「ねえ、ましゅちゃん、どうやって出てきたの?」

 なーんてね。
 ましゅちゃんからの返答はない。人形だから当然なんだけど。
 わたしは、ましゅちゃんを押し入れにしまわなかった。その代わりに勉強机の上に座らせることにした。

 その夜、不思議とすぐに眠りについた。
 そして夢を見た。深く暗い海のような場所で、わたしは立ち尽くしていた。夢だとすぐに気づいたのは、ふわふわと体が軽くて。

 現実離れしているような場所だったから。

「どこだろう……。暗くて怖いな」

 夢だという意識はあるのに、嫌な雰囲気に息が詰まりそうになる。
 出口を探して抜け出そうと考えていたら……。

『トモ……ダチ、』

 聞こえてきた不気味な声。ゾッとして体が震えた。

「だ、誰なの?」

 声の主に話かけるけど、返答はない。

『……ケラケラ』

 それは不気味な笑い声。全身の血の気が一気に凍り付くような気がした。

 この夢、おかしい!
 怖い。怖いよ。夢なのに、なんだか現実的ですぐにおかしいと思った。

 お願いだから、夢から覚めて!心の中で必死に叫んだ。すると、ハッと目が覚める。

 勢いよくがばっと起き上がった。
 周りを確認すると、そこは見慣れた自分の部屋。

 よかった。あの夢から覚めたんだ。首元を触ると、じんわりと汗をかいていた。

「すごく怖かったなあ……」

 夢から覚めた今でも、あの不気味な雰囲気や、どこからか聞こえた声を思い出せる。
 わたしが夢を見るのは珍しいことだった。
 それにこんなに現実的な夢をみたのは、はじめてだ。まだ胸がどきどきと音を立てている。

 自分の部屋の景色にほっとする。部屋の中を見渡したとき……。悲鳴が出そうになって飲み込んだ。

「ヒッ!!」

 暗闇の中、ましゅちゃんが視界にうつったから。……び、びっくりした。
 月明かりの中でうっすらと見えたましゅちゃんに、どきっと心臓が跳ねた。

「ましゅちゃんは、あの夢に関係ない……よね?」

 思わず聞いてしまった。返答はあるはずもないのだけれど。
 どくん、どくん。しんと静まり返った部屋に、わたしの心臓の音だけが鳴り響いていた。

 それから、また怖い夢を見るのが怖くて、なかなか寝付けなかった。あんなに不気味な夢は、もうこりごりだよ……。

 朝になり、寝不足の体をゆっくり起こす。まただ。ずんと肩が重い。
 筋肉痛ってこんなに痛いのかな。なにかがのしかかったような肩を回す。

「ましゅちゃん、学校行ってくるから待っててね」

 勉強机に座るましゅちゃんに話かけてから家を出た。昨日の夢のことは気になってはいたけれど。
 気にしないようにしたんだ。だって考えれば考えるほど、怖くなっちゃうんだもん。

 夢のことは忘れて、いつも通りにホームルームが始まるまでの時間。葉月ちゃんと志音くんと過ごしていた。

「今日は肩重くないの?」
「……うん、ちょっとだけ重い」

 わたしは顔を歪ませて答えた。今日も、ずんと何かが乗っているような感じ。

「それってさ、憑いてるんじゃない?」
「え?」
「だって、特に運動で肩を使ってるわけじゃないのに、ずっと肩痛いなんておかしいでしょ?だから……」

 葉月ちゃんは、わたしの肩を指差す。そして。

「憑いてるんじゃないかなーって」

 わたしはドキリとする。
 口を開けたまま、一瞬呼吸をするのを忘れた。

「つ、憑いてるって……やめてよ。もう……」
「ごめんごめん。冗談だよー」

 葉月ちゃんがへらりと笑うので、わたしも無理やり笑顔をつくる。もう、ヤダヤダ。

 オカルト好きな葉月ちゃんは、すぐ心霊現象のせいにしようとするんだから…!

 憑いてるだなんて、そんなはずないよ。今までだって幽霊なんて見えたことないんだから。

 鳴りやまない心臓の音を落ち着かせるように、自分に言い聞かせた。

 ちょうど授業がはじまるチャイムが鳴った。チャイムの合図が聞こえて、みんな自分の席に着く。わたしもカバンから筆記用具を出そうとした。
 その時だった……。

「キャァ!!」

 短い悲鳴を上げてしまう。

「どうしたの?」
「大丈夫?」

 先生や友達が心配そうにわたしの席へとやってくる。わたしが見つめる先に視線を向けると。

「ひいっ!」
「…び、びっくりした」

 次々に驚いた声をあげた。みんなが驚くのも当然なんだ。それ以上にわたしも驚いてるの。

 だって、だって……!カバンの中に、ましゅちゃんがいたから。おそるおそるもう一度カバンの中に目を向ける。

 ぎろりとこちらを見つめているような、作り物の瞳と目が合った。ぞわりと寒気が走る。おかしい。絶対におかしいよ。

 ましゅちゃんは確かに勉強机の上にいたはず。
 間違っても、カバンになんていれてない。

 途端に急にずんと肩のあたりが重くなる。まただ。肩に錘が乗ったように重い。そして、肩だけではなく体全身に重みが広がっていく。

 なんだか嫌な予感がした。これ以上ましゅちゃんを見るのが怖くて、目をぎゅっとつむる。

 怖い。怖いよ…!どうしてこんなに体が重くなるの…。

 寒くないはずなのに、体も震えてきたんだ。なんだか頭までぼうっとしてきた――。
 うすれていく意識の中で、そのままわたしが最後に見たのは、まるで本当にわたしを見ているようなましゅちゃんの姿だった……。





 ぱちりと目を開けると、白い天井が目に入った。

 周りをみると、わたしはベッドに寝かせられていて、白いカーテンに囲まれている。まだぼーっとする頭で考えた。ここは、きっと保健室かな。

 教室でカバンの中にましゅちゃんがいて、急に体が重くなって倒れちゃったんだ。自分の状況を確認していると。

「あ、起きてた。大丈夫か?」

 白いカーテンの隙間から声が聞こえた。ぱっと横を見ると、心配そうにのぞき込む志音くんだった。

「えっと、」
「お前が倒れて、俺が運んできたんだよ。あ、先生が慌てて混乱してたから仕方なくだぞっ!」

 恥ずかしそうに、頭をぽりぽりかいている。

「そうだったんだ。運んできてくれてありがとう。わたし昨日寝不足で……きっとそのせいかな」

 昨晩、怖い夢を見たせいで。朝方まで眠れなかったもんなぁ…。きっとそのせいで倒れてしまったのかも。

「葉月が『陽菜が体が重いって言ったり倒れたのは、呪いの人形のせいだ!』とか言い出すから、みんな盛り上がって大変だったんだからな!」

 ため息をつきながら続ける。

「さすがに人形を学校に持ってくるなよー。それに驚いたように叫ぶから、みんなビビっちまったよ」
「……わたし、もってきてないの!」
「は?」

 すぐに言い返すと、志音くんは首をかしげた。当然だ。実際にカバンに入っていたのだから。

 持ってきてないなんて。信じてもらえないよね。だけど本当なんだ。わたしは確かに勉強机の上に座るましゅちゃんを見送ったんだもん……。

「こんなこと言っても信じてもらえないと思うけど。わたし持ってきてないのに……勝手にましゅちゃ…人形がカバンに入ってたの」
「そんなわけ……」

 きっとわたしのことを心配してくれんだんだと思う。志音くんは、否定しようとしたのを飲み込んだ。

「葉月の言うとおり、呪われてるんじゃねーのか? あの人形」

 心がさっと凍りついたように冷たくなる。わたしの体が重くなりだしたのと、ましゅちゃんが姿を現した日は同じ日だった。
 嫌な予感がして、胸がざわつく。

「わ、わかんないよ。それに、どうしてましゅちゃんがわたしのことを……?」

 昨日の夢のことも。カバンにましゅちゃんがいたことも。

 わけがわからないんだ。もしかして、本当に志音くんの言うとおりなのかもしれない。
 わたしはましゅちゃんに呪われている……?

「今日はもう帰ろうぜ。倒れたあと陽菜は眠ってたから、もう放課後!」
「えっ、そうなの……?」
「ああ、俺先生に報告してくるから」
「ありがとう……志音くん!ごめん、やっぱり1人で帰るよ」
「いや、なにかあったら危ないだろ」
「大丈夫!ほんとうに大丈夫だから!」


 一緒に帰ることを断ったのには理由がある。
 わたしは帰る前に、行きたい場所ができたから。カバンを手に持って、ゴクリと息をのむ。

 倒れたときは、ましゅちゃんと目があった瞬間に、体が重くなったような気がした。

「大丈夫か? やっぱり一緒に帰るか?」

 固まる私に気づいたのか志音くんは、いつもより優しく声をかけてくれた。

「だ、大丈夫!うん、大丈夫だから」

 ふうっと、深く息を吸い込む。
 それからゆっくりとカバンの中を確認する。

 ……やっぱりましゅちゃんがいた。
 家にいたはずのましゅちゃん。
 わたしがカバンに入れ間違えるはずなんてない。

 志音くんが言った通り。ましゅちゃんがわたしを呪っているのかもしれない。
 理由はわからないけれど。どくんどくんと心臓が音を立てる。

「本当に大丈夫か?」

 志音くんに声を掛けられ、ハッとする。やっぱりこの人形はおかしい気がする。うまく言えないけれど、そばにいてはいけない気がするんだ。

 震え出す手を、抑え込むように、ぎゅっと握った。

「志音くん、ありがとう。それじゃあ。帰るね」
「本当に大丈夫か?」
「大丈夫だよー。家に帰るくらいできるよ!」

 あまりにも心配そうにするので、わざとらしくにかっと笑ってみせた。


 保健室を出ると、ある場所へと向かった。
 昇降口の目の前に大きなゴミ箱がおいてあり、教室などのゴミを捨てる場所となっている。わたしは大きなゴミ箱を目の前にして立ち止まる。

 ……ごめんね。
 本当はこんなことしたくない。だけど、怖くて仕方ないんだ。

 心の中で何度も謝った。そして。

 ゴミ箱にましゅちゃんを投げ捨てた。手のひらからましゅちゃんが消えると、一気に罪悪感がおしよせる。

 わたしは、なんてひどいことをしているんだろう。すぐに後悔した。でも、怖くて仕方がないのも本当なんだ。

 ゴミ箱に捨てられたましゅちゃんの瞳と目があったような気がした。途端に、どくんと心臓がなる。

「ごめんね……」

 ぽつりとつぶやいて、わたしはその場から逃げるように走った。
 大切にしてきたましゅちゃん。小学生、中学生になっても、捨てられなかったましゅちゃん。

 なのに……わたしはごみ箱に投げ入れたんだ。学校を出たわたしは無我夢中で走った。

 
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。 憧れのキラキラ王子さまが転校する。 女子たちの嘆きはひとしお。 彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。 だからとてどうこうする勇気もない。 うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。 家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。 まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。 ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、 三つのお仕事を手伝うことになったユイ。 達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。 もしかしたら、もしかしちゃうかも? そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。 結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。 いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、 はたしてユイは何を求め願うのか。 少女のちょっと不思議な冒険譚。 ここに開幕。

笑いの授業

ひろみ透夏
児童書・童話
大好きだった先先が別人のように変わってしまった。 文化祭前夜に突如始まった『笑いの授業』――。 それは身の毛もよだつほどに怖ろしく凄惨な課外授業だった。 伏線となる【神楽坂の章】から急展開する【高城の章】。 追い詰められた《神楽坂先生》が起こした教師としてありえない行動と、その真意とは……。

転生妃は後宮学園でのんびりしたい~冷徹皇帝の胃袋掴んだら、なぜか溺愛ルート始まりました!?~

☆ほしい
児童書・童話
平凡な女子高生だった私・茉莉(まり)は、交通事故に遭い、目覚めると中華風異世界・彩雲国の後宮に住む“嫌われ者の妃”・麗霞(れいか)に転生していた! 麗霞は毒婦だと噂され、冷徹非情で有名な若き皇帝・暁からは見向きもされない最悪の状況。面倒な権力争いを避け、前世の知識を活かして、後宮の学園で美味しいお菓子でも作りのんびり過ごしたい…そう思っていたのに、気まぐれに献上した「プリン」が、甘いものに興味がないはずの皇帝の胃袋を掴んでしまった! 「…面白い。明日もこれを作れ」 それをきっかけに、なぜか暁がわからの好感度が急上昇! 嫉妬する他の妃たちからの嫌がらせも、持ち前の雑草魂と現代知識で次々解決! 平穏なスローライフを目指す、転生妃の爽快成り上がり後宮ファンタジー!

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

その怪談、お姉ちゃんにまかせて

藤香いつき
児童書・童話
小学5年生の月森イチカは、怖がりな妹・ニコのために、学校でウワサされる怪談を解いてきた。 「その怪談、お姉ちゃんにまかせて」 そのせいで、いつのまにか『霊感少女』なんて呼ばれている。 そんな彼女の前に現れたのは、学校一の人気者——会長・氷室冬也。 「霊感少女イチカくん。学校の七不思議を、きみの力で解いてほしい」 怪談を信じないイチカは断るけれど……? イチカと冬也の小学生バディが挑む、謎とホラーに満ちた七不思議ミステリー!

処理中です...