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第一章 魔獣の刻印
5 研究所
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魔術師団の研究所は王宮に併設されている。
宮殿の中庭を抜けて奥にある、蔦の絡まった白い壁の建物だ。
かつてはもう少し装飾のある古い造りの建物だったが、アーヴァインの実験で何度も壁が吹き飛んだ為、現在のように建て直された。
ここ二・三年は壊れていないらしい。
王女は近衛騎士を建物の前で待機させ、二人を連れて中へ入る。
すぐに奥からローブ姿の年配の魔術師が一人、来ることがわかっていたかの様に出迎えてくれた。
「殿下、わざわざお越しくださりありがとうございます」
両手を組みうやうやしく礼をする。
「アーヴァイン様はいらっしゃるかしら?」
「自室にてお待ちしています」
そう、とだけ告げて、王女は二人を伴い研究所の中を進んだ。
ロイゼルドは進みながら周囲をキョロキョロと見る。何処からか薬草の様な匂いがしてきて、動物の気配もする。
たまにすれ違う魔術師達は見たことのない光る石を抱えていたり、何か動物の毛皮を運んでいたり、はたまた何が入っているのか大きな鍋を持っていたりして、怪しいことこの上ない。
王宮の医務室にしか出入りしたことのないロイゼルドには、極めて居心地の悪い場所だ。
王女とエルフェルムは慣れているのか、迷うことなく進んでいく。
何度も出入りしている様子だ。
アーヴァインの研究室は建物の一番奥まった所にあった。
「アーヴァイン様、エルを連れてきましたわ」
王女が扉に向けて言う。
重厚な扉の中まで聞こえるか不安に思ったが、どうやら中の人物もわかっていた様ですぐに扉が開いた。
「ああ殿下、ありがとうございます。どうぞ中へ」
思いの外、アーヴァインは丁寧な応対で王女を迎え入れた。
エルフェルムとロイゼルドもそれに続く。
意外にも中は普通の執務室だった。
正面に大きな机と左右の本棚には天井まで本がびっしりと詰まっている。
手前には来客用のソファーとテーブル、壁際に来客にお茶を出すための小さなキッチンまで設えられていた。
部屋にはもう一つ扉があり、その奥が彼の本当の研究室のようだった。
「とりあえず、先にエルの治療をお願いしますわ」
するとアーヴァインはにっこり笑って、
「その必要はありません。魔道具を調整するので呼んだのです。それより着替えの方が必要かと」
「あらそうですわね。わたくしとしたことが失念しておりました」
話が見えないロイゼルドに、王女はエルフェルムの着替えを取りに行くよう依頼した。
言われた通りに騎士団の宿舎に戻り、軍服一式を取って戻ってきたロイゼルドは、ふたたび内心おっかなびっくりで研究所の廊下を歩いていた。
ロイゼルドは魔力に縁がない為、魔力と魔法の理屈がわからない。
不可思議な力を持つ魔術師は得体が知れない気がする。
騎士の中には魔力持ちも数名おり、簡単な攻撃魔法や守備魔法ができる者もいる。
しかし、大体は止血程度の治癒魔法しかできない。
魔法は長い年月の間に人々の中から失われていっているものなのだ。
神代より生き残る種族である魔獣達は、その種特有の魔力を持ち、強力な攻撃魔法を持っている。
魔力の強い魔獣を狩る時には非常に苦労を強いられる。
そんな時、魔術師団が同行してくれると非常にありがたい。
腕が良ければ軽い骨折くらいならすぐに治してくれるし、魔獣の攻撃を弱めてくれたりする。
ただ、戦いをどこまで任せられるか判断しにくいし、魔術師団も全体に効果を及ぼす様な強力な力はない。
魔力の強い魔術師も数が少なく、大体は後方で治療に当たって貰うことが多い。
アーヴァインはそんな魔術師達の中でも異質な存在らしく、かつてないほどの強い魔力を持って生まれたそうだ。
彼は魔術師として王宮に入るや否や、瞬く間に団長まで上り詰めた。
彼の魔法は誰よりも強力で、滅多に持つものがいない攻撃魔法を持ち、その種類も多いと言う。
また、彼は優れた研究者でもあり、魔力を魔獣から取り出した魔石に封じて、治癒魔法を発現させることにも成功している。
彼の存在は周辺国への牽制にもなっているという。
ようやく彼の執務室にたどり着いて一息ついたロイゼルドは、扉をコンコンとノックしてから入る。
「エル、着替えを持ってきたぞ」
と、中に入ってロイゼルドは固まった。
「殿下?あれ?」
ソファーには王女とは違う金髪の少女が一人で座っていた。
人形の様に整った顔、濃いエメラルドの瞳はエルフェルムと同じ。
だが、彼よりもやや線が細い首筋と、背中に流れる長い髪、ぷっくりと赤い唇は可憐で明らかに女の子である。
「えーっと、君は誰?殿下やエルはどこに?」
エルフェルムと双子の様に瓜二つの顔をした少女が、ソファーから立ち上がって、ロイゼルドに向き合う。
薄紫のショールを肩に掛けているので気がつかなかったが、その下には軍服を着ている。
しかも、その左の袖は半分破り取られていた。
これは誰だ?
混乱する頭を叱咤しながらロイゼルドは何度も瞬きする。
これは幻覚か?こんなところに来たものだから、魔術師の幻術にかかっているのではないのか?
立ち尽くすロイゼルドに、少女はすまなさそうに歩み寄り、そっと着替えを持つ腕に触れた。
「僕です、ロイ。これには訳がありまして………」
声までが少し高く、女性らしい音色をしている。
堅い軍服に包まれているが、胸も丸みを帯びている様に見えた。
「エル、ブレスの調整ができたぞ。少し魔力を抑える力を弱めてある」
奥の扉が開いて、アーヴァインと王女が出てきた。
「あら、ロイゼルド様」
早かったですのね、と話しかけられてもすぐには声が出ない。
引き攣った顔のロイゼルドを見て状況を悟った王女は、目を丸くして驚いた。
「もしかしてご存知なかったのですか?まあ、叔父様ったら言ってないなんて」
あり得ない!と憤慨している。
その間に金髪の少女に近づいたアーヴァインは、彼女の左腕を取り白金の腕輪をはめた。
その途端に艶めく金色の髪は見慣れた銀糸に変わり、少しだけ骨格が太くなる。
少女はいつもの彼の従騎士の姿(髪は長くなったままだったが)に戻った。
宮殿の中庭を抜けて奥にある、蔦の絡まった白い壁の建物だ。
かつてはもう少し装飾のある古い造りの建物だったが、アーヴァインの実験で何度も壁が吹き飛んだ為、現在のように建て直された。
ここ二・三年は壊れていないらしい。
王女は近衛騎士を建物の前で待機させ、二人を連れて中へ入る。
すぐに奥からローブ姿の年配の魔術師が一人、来ることがわかっていたかの様に出迎えてくれた。
「殿下、わざわざお越しくださりありがとうございます」
両手を組みうやうやしく礼をする。
「アーヴァイン様はいらっしゃるかしら?」
「自室にてお待ちしています」
そう、とだけ告げて、王女は二人を伴い研究所の中を進んだ。
ロイゼルドは進みながら周囲をキョロキョロと見る。何処からか薬草の様な匂いがしてきて、動物の気配もする。
たまにすれ違う魔術師達は見たことのない光る石を抱えていたり、何か動物の毛皮を運んでいたり、はたまた何が入っているのか大きな鍋を持っていたりして、怪しいことこの上ない。
王宮の医務室にしか出入りしたことのないロイゼルドには、極めて居心地の悪い場所だ。
王女とエルフェルムは慣れているのか、迷うことなく進んでいく。
何度も出入りしている様子だ。
アーヴァインの研究室は建物の一番奥まった所にあった。
「アーヴァイン様、エルを連れてきましたわ」
王女が扉に向けて言う。
重厚な扉の中まで聞こえるか不安に思ったが、どうやら中の人物もわかっていた様ですぐに扉が開いた。
「ああ殿下、ありがとうございます。どうぞ中へ」
思いの外、アーヴァインは丁寧な応対で王女を迎え入れた。
エルフェルムとロイゼルドもそれに続く。
意外にも中は普通の執務室だった。
正面に大きな机と左右の本棚には天井まで本がびっしりと詰まっている。
手前には来客用のソファーとテーブル、壁際に来客にお茶を出すための小さなキッチンまで設えられていた。
部屋にはもう一つ扉があり、その奥が彼の本当の研究室のようだった。
「とりあえず、先にエルの治療をお願いしますわ」
するとアーヴァインはにっこり笑って、
「その必要はありません。魔道具を調整するので呼んだのです。それより着替えの方が必要かと」
「あらそうですわね。わたくしとしたことが失念しておりました」
話が見えないロイゼルドに、王女はエルフェルムの着替えを取りに行くよう依頼した。
言われた通りに騎士団の宿舎に戻り、軍服一式を取って戻ってきたロイゼルドは、ふたたび内心おっかなびっくりで研究所の廊下を歩いていた。
ロイゼルドは魔力に縁がない為、魔力と魔法の理屈がわからない。
不可思議な力を持つ魔術師は得体が知れない気がする。
騎士の中には魔力持ちも数名おり、簡単な攻撃魔法や守備魔法ができる者もいる。
しかし、大体は止血程度の治癒魔法しかできない。
魔法は長い年月の間に人々の中から失われていっているものなのだ。
神代より生き残る種族である魔獣達は、その種特有の魔力を持ち、強力な攻撃魔法を持っている。
魔力の強い魔獣を狩る時には非常に苦労を強いられる。
そんな時、魔術師団が同行してくれると非常にありがたい。
腕が良ければ軽い骨折くらいならすぐに治してくれるし、魔獣の攻撃を弱めてくれたりする。
ただ、戦いをどこまで任せられるか判断しにくいし、魔術師団も全体に効果を及ぼす様な強力な力はない。
魔力の強い魔術師も数が少なく、大体は後方で治療に当たって貰うことが多い。
アーヴァインはそんな魔術師達の中でも異質な存在らしく、かつてないほどの強い魔力を持って生まれたそうだ。
彼は魔術師として王宮に入るや否や、瞬く間に団長まで上り詰めた。
彼の魔法は誰よりも強力で、滅多に持つものがいない攻撃魔法を持ち、その種類も多いと言う。
また、彼は優れた研究者でもあり、魔力を魔獣から取り出した魔石に封じて、治癒魔法を発現させることにも成功している。
彼の存在は周辺国への牽制にもなっているという。
ようやく彼の執務室にたどり着いて一息ついたロイゼルドは、扉をコンコンとノックしてから入る。
「エル、着替えを持ってきたぞ」
と、中に入ってロイゼルドは固まった。
「殿下?あれ?」
ソファーには王女とは違う金髪の少女が一人で座っていた。
人形の様に整った顔、濃いエメラルドの瞳はエルフェルムと同じ。
だが、彼よりもやや線が細い首筋と、背中に流れる長い髪、ぷっくりと赤い唇は可憐で明らかに女の子である。
「えーっと、君は誰?殿下やエルはどこに?」
エルフェルムと双子の様に瓜二つの顔をした少女が、ソファーから立ち上がって、ロイゼルドに向き合う。
薄紫のショールを肩に掛けているので気がつかなかったが、その下には軍服を着ている。
しかも、その左の袖は半分破り取られていた。
これは誰だ?
混乱する頭を叱咤しながらロイゼルドは何度も瞬きする。
これは幻覚か?こんなところに来たものだから、魔術師の幻術にかかっているのではないのか?
立ち尽くすロイゼルドに、少女はすまなさそうに歩み寄り、そっと着替えを持つ腕に触れた。
「僕です、ロイ。これには訳がありまして………」
声までが少し高く、女性らしい音色をしている。
堅い軍服に包まれているが、胸も丸みを帯びている様に見えた。
「エル、ブレスの調整ができたぞ。少し魔力を抑える力を弱めてある」
奥の扉が開いて、アーヴァインと王女が出てきた。
「あら、ロイゼルド様」
早かったですのね、と話しかけられてもすぐには声が出ない。
引き攣った顔のロイゼルドを見て状況を悟った王女は、目を丸くして驚いた。
「もしかしてご存知なかったのですか?まあ、叔父様ったら言ってないなんて」
あり得ない!と憤慨している。
その間に金髪の少女に近づいたアーヴァインは、彼女の左腕を取り白金の腕輪をはめた。
その途端に艶めく金色の髪は見慣れた銀糸に変わり、少しだけ骨格が太くなる。
少女はいつもの彼の従騎士の姿(髪は長くなったままだったが)に戻った。
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