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第二章 生き別れの兄と白い狼

18 皇子と従者

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 エルディア達が救出に向けて旅をしていた頃リゼットはというと、とても優雅な時間を過ごしていた。


「はあ、天国………」


 記憶が曖昧で覚えていないのだが、うつらうつら眠らされながら運ばれてきたらしく、身体がだいぶんなまっていた。ベッドから起き上がるのもだるい。おまけに部屋から出られないので走れなくなりそうだ。足が弱ってしまったら、ここを逃げる時に困るだろう。
 これではいけないと色々と自分で運動していたのだが、そこをたまたま入ってきたルフィに見られた。


「リズ?何をしているんです?」

「はわっ!」


 床に這いつくばって腕立て伏せをしていたリゼットは、跳び上がって椅子に腰掛ける。


「なんでもありませんわ。ちょっと暇なので運動を………」


 超絶美形に見られると、さすがのリゼットも恥ずかしい。一応貴族の令嬢なのだ。


「暇?それはごめん。気付かなくて。そうだよね。こんな部屋でずっといたら暇だ」


 何か必要なものはある?そう聞いてくれた。
 ある!欲しいもの。


「ありますわ!」


 もちろんリゼットが彼に要求したものは、大量の本だった。

 侍女が相変わらず無言で、たくさんの物語や色々な本を持ってきてくれた。
 リゼットはついでに、と侍女を捕まえて、自分の部屋に置いてきてしまった例の物語も注文した。あれを最後まで読まずしてはまだ死ねない。

 幸いイエラザームにもその本は流通していたようで、間もなくリゼットのもとに届けられた。


「これで当分楽しめるわー」


 侍女の持ってきたお菓子をつまみつつ、本を読む。家庭教師に邪魔されることもなく、最高である。
 逃げるための鍛錬など、頭からすっかり消え失せていた。
 そして、最初のセリフに至っている。


 悠々と活字に親しんでいると、鍵を開ける音がして部屋の扉が開いた。


「ルフィ?」

「リズ、ちょっといい?」


 ルフィが入ってくる。
 来る時はいつも一人なのだが、今日はもう一人背の高い男を連れていた。

 黒髪に黒い服、紺碧色の瞳だけが鮮やかに色めいている。服の上からでもわかる鍛えられた体躯は軍人らしく、精悍な顔は気品があって美しい。

(まあ、ロイ様に匹敵する美男子ですわ)

 思わず見惚れていると、ルフィがクスッと笑った。


「この方は僕の主なんだ。彼がリズに少し聞きたいことがあるんだって」


 この王子のような美青年が主………
 そして、こっちの人外の美貌の少年が従者?

 リゼットの頭の中に、今読んでいる物語が再現される。


「すごいわ。現実にあるのね、この取り合わせ」


 涎が出そうになるのを、淑女レディの意地でかろうじて押さえた。


「なんのことだ?」


 青年が怪訝そうに言う。低い美声が耳に心地いい。
 いや、今は美形を堪能している場合ではない。
 リゼットは背筋を伸ばして立ち上がった。


「ご存知でしょうが、わたくし、リゼット・レンブルと申します。貴方がわたくしをここへ連れてきた方ですの?」


 すると青年は首を傾げておかしそうに笑った。笑顔が大人の色気満載で、リゾレットはキュンキュンしてじっくりと見つめてしまった。
 どうも自分は面食いのようだ。この手の美形に非常に弱い。

 リゼットに問われた青年は、彼女の予想に反して否定した。


「私がお前をさらうように命じたのではない。私はそのような無駄な事はしない」


 青年の声には嘲るような響きが含まれていた。彼は自分をここへ連れて来た人物を嫌悪しているようだ。
 青年はルフィが用意した椅子にどっかりと座り、リゼットにも座るように指示した。リゼットも再び腰を下ろして、テーブル越しに彼と向き合う。


「お前に聞きたいのは、エルフェルムのことだ」

「エル?」


 ルフィが聞きたいと言うならわかるが、なぜこの青年が知りたがるのだろう。そう思いながらリゼットは答えた。


「エルはルフィの弟でしょう?外見はよく似てますわ。私の父の騎士団で従騎士をしていますわ」

「従騎士………あれで?」

「魔術も剣も得意だと聞いています」


 この青年はエルフェルムにあったことがあるようだ。反応からそう思った。


「では、エルディアについては何か聞いたことはないか?」


 エルディアはエルフェルムの妹だ。
 しかし、父からは口止めされている。彼女の存在は国家機密だと言われた。


「エルの妹としか………」


 青年の瞳がギラリと光った。


「レンブルの者は知っておろう。フェンリルを倒した女神だ」


 ルフィがごめんねと視線を送ってくる。
 そうか、彼はこれを探りにレンブルの森に来ていたのか。


「わたくしは噂しか知りませんわ。すぐに王都に帰ってしまいましたし。彼女と直接会うことはなかったんですもの」


 エルも妹のことは話さないんですの、と釘を刺す。これ以上追求されても、本当に知らない。


「なぜ存在を秘されているのかは?」

「魔力が非常に強いからと聞いていますわ。他国の脅威になるから、と」


 ふむ、と青年は頷いた。
 どうやら納得してくれたらしい。


「ねえ、貴方は一体誰?すごく身分が高い方に見えます。人に仕える方ではないようですわね」


 そういうと、青年は驚いたように一瞬目を見開き、そしてクスリと笑った。


「ルフィの言う通り、聡い女だな」

「名前を聞いてもよろしくて?」


 自分だけ知られているのは癪だ。この際無礼は承知で聞いてみる。


「ヴェルワーンだ。この国の第一皇子、ヴェルワーン・イエルザード」

「!」

「ついでに教えてやろう。お前をさらってきたのは、皇太子の配下の者だ」


 イエラザームの皇太子は、トルポント王国出身の皇妃の皇子だと聞いた。
 第二皇子シャーザラーン。
 リゼットは記憶の箱をひっくり返して考える。


「貴方は皇太子と敵対しているんですの?」

「……いや、馬鹿にはしているがな」


 どういうことだろう。ぐるぐると考えるが答えは出ない。
 確かに彼等がここに出入りできるところを見ると、表立って敵対しているわけではないのだろう。


「お前を逃してやるのは簡単だが………今放しても、一人ではどうにもできまい。助けが来るか、ギリギリまで待て」

「味方になってくれますの?」


 ヴェルワーンはニヤリと笑った。


「頭の良い奴は好きだ。恩を売っておけば後で役に立つこともある」

「リズ、また後でね」


 そう言って部屋を出て行く二人を、リゼットは黙って見送った。
 何がこの国で起こっているのだろう。本を読んでいる場合ではないかもしれない。

 リゼットは椅子に座って、これから起こるであろう事を思案した。
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