42 / 97
第二章 生き別れの兄と白い狼
18 皇子と従者
しおりを挟む
エルディア達が救出に向けて旅をしていた頃リゼットはというと、とても優雅な時間を過ごしていた。
「はあ、天国………」
記憶が曖昧で覚えていないのだが、うつらうつら眠らされながら運ばれてきたらしく、身体がだいぶんなまっていた。ベッドから起き上がるのもだるい。おまけに部屋から出られないので走れなくなりそうだ。足が弱ってしまったら、ここを逃げる時に困るだろう。
これではいけないと色々と自分で運動していたのだが、そこをたまたま入ってきたルフィに見られた。
「リズ?何をしているんです?」
「はわっ!」
床に這いつくばって腕立て伏せをしていたリゼットは、跳び上がって椅子に腰掛ける。
「なんでもありませんわ。ちょっと暇なので運動を………」
超絶美形に見られると、さすがのリゼットも恥ずかしい。一応貴族の令嬢なのだ。
「暇?それはごめん。気付かなくて。そうだよね。こんな部屋でずっといたら暇だ」
何か必要なものはある?そう聞いてくれた。
ある!欲しいもの。
「ありますわ!」
もちろんリゼットが彼に要求したものは、大量の本だった。
侍女が相変わらず無言で、たくさんの物語や色々な本を持ってきてくれた。
リゼットはついでに、と侍女を捕まえて、自分の部屋に置いてきてしまった例の物語も注文した。あれを最後まで読まずしてはまだ死ねない。
幸いイエラザームにもその本は流通していたようで、間もなくリゼットのもとに届けられた。
「これで当分楽しめるわー」
侍女の持ってきたお菓子をつまみつつ、本を読む。家庭教師に邪魔されることもなく、最高である。
逃げるための鍛錬など、頭からすっかり消え失せていた。
そして、最初のセリフに至っている。
悠々と活字に親しんでいると、鍵を開ける音がして部屋の扉が開いた。
「ルフィ?」
「リズ、ちょっといい?」
ルフィが入ってくる。
来る時はいつも一人なのだが、今日はもう一人背の高い男を連れていた。
黒髪に黒い服、紺碧色の瞳だけが鮮やかに色めいている。服の上からでもわかる鍛えられた体躯は軍人らしく、精悍な顔は気品があって美しい。
(まあ、ロイ様に匹敵する美男子ですわ)
思わず見惚れていると、ルフィがクスッと笑った。
「この方は僕の主なんだ。彼がリズに少し聞きたいことがあるんだって」
この王子のような美青年が主………
そして、こっちの人外の美貌の少年が従者?
リゼットの頭の中に、今読んでいる物語が再現される。
「すごいわ。現実にあるのね、この取り合わせ」
涎が出そうになるのを、淑女の意地でかろうじて押さえた。
「なんのことだ?」
青年が怪訝そうに言う。低い美声が耳に心地いい。
いや、今は美形を堪能している場合ではない。
リゼットは背筋を伸ばして立ち上がった。
「ご存知でしょうが、わたくし、リゼット・レンブルと申します。貴方がわたくしをここへ連れてきた方ですの?」
すると青年は首を傾げておかしそうに笑った。笑顔が大人の色気満載で、リゾレットはキュンキュンしてじっくりと見つめてしまった。
どうも自分は面食いのようだ。この手の美形に非常に弱い。
リゼットに問われた青年は、彼女の予想に反して否定した。
「私がお前をさらうように命じたのではない。私はそのような無駄な事はしない」
青年の声には嘲るような響きが含まれていた。彼は自分をここへ連れて来た人物を嫌悪しているようだ。
青年はルフィが用意した椅子にどっかりと座り、リゼットにも座るように指示した。リゼットも再び腰を下ろして、テーブル越しに彼と向き合う。
「お前に聞きたいのは、エルフェルムのことだ」
「エル?」
ルフィが聞きたいと言うならわかるが、なぜこの青年が知りたがるのだろう。そう思いながらリゼットは答えた。
「エルはルフィの弟でしょう?外見はよく似てますわ。私の父の騎士団で従騎士をしていますわ」
「従騎士………あれで?」
「魔術も剣も得意だと聞いています」
この青年はエルフェルムにあったことがあるようだ。反応からそう思った。
「では、エルディアについては何か聞いたことはないか?」
エルディアはエルフェルムの妹だ。
しかし、父からは口止めされている。彼女の存在は国家機密だと言われた。
「エルの妹としか………」
青年の瞳がギラリと光った。
「レンブルの者は知っておろう。フェンリルを倒した女神だ」
ルフィがごめんねと視線を送ってくる。
そうか、彼はこれを探りにレンブルの森に来ていたのか。
「わたくしは噂しか知りませんわ。すぐに王都に帰ってしまいましたし。彼女と直接会うことはなかったんですもの」
エルも妹のことは話さないんですの、と釘を刺す。これ以上追求されても、本当に知らない。
「なぜ存在を秘されているのかは?」
「魔力が非常に強いからと聞いていますわ。他国の脅威になるから、と」
ふむ、と青年は頷いた。
どうやら納得してくれたらしい。
「ねえ、貴方は一体誰?すごく身分が高い方に見えます。人に仕える方ではないようですわね」
そういうと、青年は驚いたように一瞬目を見開き、そしてクスリと笑った。
「ルフィの言う通り、聡い女だな」
「名前を聞いてもよろしくて?」
自分だけ知られているのは癪だ。この際無礼は承知で聞いてみる。
「ヴェルワーンだ。この国の第一皇子、ヴェルワーン・イエルザード」
「!」
「ついでに教えてやろう。お前をさらってきたのは、皇太子の配下の者だ」
イエラザームの皇太子は、トルポント王国出身の皇妃の皇子だと聞いた。
第二皇子シャーザラーン。
リゼットは記憶の箱をひっくり返して考える。
「貴方は皇太子と敵対しているんですの?」
「……いや、馬鹿にはしているがな」
どういうことだろう。ぐるぐると考えるが答えは出ない。
確かに彼等がここに出入りできるところを見ると、表立って敵対しているわけではないのだろう。
「お前を逃してやるのは簡単だが………今放しても、一人ではどうにもできまい。助けが来るか、ギリギリまで待て」
「味方になってくれますの?」
ヴェルワーンはニヤリと笑った。
「頭の良い奴は好きだ。恩を売っておけば後で役に立つこともある」
「リズ、また後でね」
そう言って部屋を出て行く二人を、リゼットは黙って見送った。
何がこの国で起こっているのだろう。本を読んでいる場合ではないかもしれない。
リゼットは椅子に座って、これから起こるであろう事を思案した。
「はあ、天国………」
記憶が曖昧で覚えていないのだが、うつらうつら眠らされながら運ばれてきたらしく、身体がだいぶんなまっていた。ベッドから起き上がるのもだるい。おまけに部屋から出られないので走れなくなりそうだ。足が弱ってしまったら、ここを逃げる時に困るだろう。
これではいけないと色々と自分で運動していたのだが、そこをたまたま入ってきたルフィに見られた。
「リズ?何をしているんです?」
「はわっ!」
床に這いつくばって腕立て伏せをしていたリゼットは、跳び上がって椅子に腰掛ける。
「なんでもありませんわ。ちょっと暇なので運動を………」
超絶美形に見られると、さすがのリゼットも恥ずかしい。一応貴族の令嬢なのだ。
「暇?それはごめん。気付かなくて。そうだよね。こんな部屋でずっといたら暇だ」
何か必要なものはある?そう聞いてくれた。
ある!欲しいもの。
「ありますわ!」
もちろんリゼットが彼に要求したものは、大量の本だった。
侍女が相変わらず無言で、たくさんの物語や色々な本を持ってきてくれた。
リゼットはついでに、と侍女を捕まえて、自分の部屋に置いてきてしまった例の物語も注文した。あれを最後まで読まずしてはまだ死ねない。
幸いイエラザームにもその本は流通していたようで、間もなくリゼットのもとに届けられた。
「これで当分楽しめるわー」
侍女の持ってきたお菓子をつまみつつ、本を読む。家庭教師に邪魔されることもなく、最高である。
逃げるための鍛錬など、頭からすっかり消え失せていた。
そして、最初のセリフに至っている。
悠々と活字に親しんでいると、鍵を開ける音がして部屋の扉が開いた。
「ルフィ?」
「リズ、ちょっといい?」
ルフィが入ってくる。
来る時はいつも一人なのだが、今日はもう一人背の高い男を連れていた。
黒髪に黒い服、紺碧色の瞳だけが鮮やかに色めいている。服の上からでもわかる鍛えられた体躯は軍人らしく、精悍な顔は気品があって美しい。
(まあ、ロイ様に匹敵する美男子ですわ)
思わず見惚れていると、ルフィがクスッと笑った。
「この方は僕の主なんだ。彼がリズに少し聞きたいことがあるんだって」
この王子のような美青年が主………
そして、こっちの人外の美貌の少年が従者?
リゼットの頭の中に、今読んでいる物語が再現される。
「すごいわ。現実にあるのね、この取り合わせ」
涎が出そうになるのを、淑女の意地でかろうじて押さえた。
「なんのことだ?」
青年が怪訝そうに言う。低い美声が耳に心地いい。
いや、今は美形を堪能している場合ではない。
リゼットは背筋を伸ばして立ち上がった。
「ご存知でしょうが、わたくし、リゼット・レンブルと申します。貴方がわたくしをここへ連れてきた方ですの?」
すると青年は首を傾げておかしそうに笑った。笑顔が大人の色気満載で、リゾレットはキュンキュンしてじっくりと見つめてしまった。
どうも自分は面食いのようだ。この手の美形に非常に弱い。
リゼットに問われた青年は、彼女の予想に反して否定した。
「私がお前をさらうように命じたのではない。私はそのような無駄な事はしない」
青年の声には嘲るような響きが含まれていた。彼は自分をここへ連れて来た人物を嫌悪しているようだ。
青年はルフィが用意した椅子にどっかりと座り、リゼットにも座るように指示した。リゼットも再び腰を下ろして、テーブル越しに彼と向き合う。
「お前に聞きたいのは、エルフェルムのことだ」
「エル?」
ルフィが聞きたいと言うならわかるが、なぜこの青年が知りたがるのだろう。そう思いながらリゼットは答えた。
「エルはルフィの弟でしょう?外見はよく似てますわ。私の父の騎士団で従騎士をしていますわ」
「従騎士………あれで?」
「魔術も剣も得意だと聞いています」
この青年はエルフェルムにあったことがあるようだ。反応からそう思った。
「では、エルディアについては何か聞いたことはないか?」
エルディアはエルフェルムの妹だ。
しかし、父からは口止めされている。彼女の存在は国家機密だと言われた。
「エルの妹としか………」
青年の瞳がギラリと光った。
「レンブルの者は知っておろう。フェンリルを倒した女神だ」
ルフィがごめんねと視線を送ってくる。
そうか、彼はこれを探りにレンブルの森に来ていたのか。
「わたくしは噂しか知りませんわ。すぐに王都に帰ってしまいましたし。彼女と直接会うことはなかったんですもの」
エルも妹のことは話さないんですの、と釘を刺す。これ以上追求されても、本当に知らない。
「なぜ存在を秘されているのかは?」
「魔力が非常に強いからと聞いていますわ。他国の脅威になるから、と」
ふむ、と青年は頷いた。
どうやら納得してくれたらしい。
「ねえ、貴方は一体誰?すごく身分が高い方に見えます。人に仕える方ではないようですわね」
そういうと、青年は驚いたように一瞬目を見開き、そしてクスリと笑った。
「ルフィの言う通り、聡い女だな」
「名前を聞いてもよろしくて?」
自分だけ知られているのは癪だ。この際無礼は承知で聞いてみる。
「ヴェルワーンだ。この国の第一皇子、ヴェルワーン・イエルザード」
「!」
「ついでに教えてやろう。お前をさらってきたのは、皇太子の配下の者だ」
イエラザームの皇太子は、トルポント王国出身の皇妃の皇子だと聞いた。
第二皇子シャーザラーン。
リゼットは記憶の箱をひっくり返して考える。
「貴方は皇太子と敵対しているんですの?」
「……いや、馬鹿にはしているがな」
どういうことだろう。ぐるぐると考えるが答えは出ない。
確かに彼等がここに出入りできるところを見ると、表立って敵対しているわけではないのだろう。
「お前を逃してやるのは簡単だが………今放しても、一人ではどうにもできまい。助けが来るか、ギリギリまで待て」
「味方になってくれますの?」
ヴェルワーンはニヤリと笑った。
「頭の良い奴は好きだ。恩を売っておけば後で役に立つこともある」
「リズ、また後でね」
そう言って部屋を出て行く二人を、リゼットは黙って見送った。
何がこの国で起こっているのだろう。本を読んでいる場合ではないかもしれない。
リゼットは椅子に座って、これから起こるであろう事を思案した。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
72
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる