神子様の捧げ物が降らす激雨の愛

岡本波瑠

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第一章 ルシュディーと俺

天気と感情

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 その後、冷や汗を流しながらやってきた侍従長の判断により、俺は医者に診て貰う事となった。

 医者曰く、原因不明の記憶喪失とのこと。診断が正しいのか、正しくないのかは不明だが、侍従長たちは納得したようだった。

 俺自身、この状況に覚えはない。覚えがあるのは、自分が日本に生まれたことのみ。

 車があればそれなりに暮らしていける、ちょっとした田舎で隠居生活を送っていた。

 いわゆる、異世界転移というヤツだろうか。だけど、転移前の自分に関する記憶はあれど、自分の名前だけはどうしても思い出せない。
 それに、この身体は俺のものでは無い。
 そもそも顔が違う、年齢が違う。
 ならば、転生になるのだろうか。でも、日本で死んだ記憶は生憎のところ持ち合わせていない。

 俺は高校卒業後、二年制の専門学校へ進学した。両親がおらず、施設育ちだったにしては恵まれた進路だった筈だ。

 まぁ、高校生活の殆どをバイトに費やして、施設長がお金を半分ほど工面してくれたから叶ったようなもの。

 周りの同世代たちが新たな家族に引き取られていく中で、売れ残るように俺だけ年齢制限を超えて一人立ちしたのだ。

 専門学校で国家資格を取得後、無事に卒業してから就職した俺は就職した企業でパワハラを受け、五年で退職。

 よくも、五年も続いたものだ、と今になって思う。

 俺は少しの貯金と施設長への借金を抱え、田舎に引っ越した。
 あの時は心も身体もボロボロで、何も信じられなかった。

 それでも生きていかないといけない現実に、打ちひしがれていたと思う。あの時の感覚は二度と味わいたくない。

 だけど引っ越し先で新たな機会を得た。

 初めは近所のおばちゃんがやっていた編み物にハマったのがきっかけだ。毛糸と編み棒を貸してくれて、簡単なコースターから編み方を教わった。

 初めて完成した作品はぐちゃぐちゃで、やっと形になったようなもの。それを講師代として受け取ってくれたおばちゃん、歪なそれを見て優しげな笑顔を向けてくれた。
 家族がいない俺にとって、まるで祖母のような存在だった。

 あ、やばい。
 ちょっと泣きそう。
 こんな知らない世界に来て、もう会えないのかもしれないのか。


 俺は目の前の水差しからグラスに水を注ぎ、喉元につっかえた寂しさを飲み込む。冷たい感覚が胃に落ちると共に、気持ちが整う。

 閑話休題。
 少年――フリューリくんが言うには、俺はこの砂漠の国に雨を降らせる雨乞いの神子だと言う。かつて雨を司る神に愛された一族がおり、その末裔の第四神子とのこと。

「神子様は我が国の第二王子であらせられる、ラージフ殿下の側室として迎え入れられました」

 と、フリューリくんが言っていた。この国の第二王子も大変なものである。
 水不足が深刻化している国の為に、男の側室を迎え入れるほど切羽詰まっているのだから。

 しかし、どうやら俺。結構すごい人だったらしく、雨乞いの儀式とやらを行った翌日に、百発百中で雨を降らせていたらしい。すげぇ。

 あと、これは俺が察したことなのだが、俺ってば使用人達に結構嫌われているようだ。理由は分からないけど恐らく、めちゃくちゃわがままだったっぽい。


「知らない土地で謎の力を持ってて、現在王子の側室で人望なし。状況的には最悪ではない、か?」

 白を基調とした広い部屋に一人。
 ふかふかのソファーと大きなテーブル。
 その上には見たこともない南国のフルーツが、装飾の美しい籠いっぱいに盛られている。甘い香りがして、十分に熟した食べ頃だ。

 ブドウに似たフルーツの実をとり、口に放り込む。甘くトロっとした果汁が、口の中で弾けた。

 俺はもぐもぐと口を動かしながら、フリューリくんが用意してくれた手鏡をみる。

 綺麗な水色の瞳に、青の混じる美しい銀髪。決して女性的でも中性的でもないのに、しなやかさを感じる風貌。
 肌は一切の日焼けを許さずに生白い。それは、この国の人々とは真逆であった。人種の違いか、暑い砂漠の国だからか、この国の人々は往々にして褐色の肌だ。

 そして俺の身長は高い。感覚的に日本人の平均身長以上の身長と骨格だ。前の俺とは全く違う。
 それでも、鏡に映る自分は間違いなくイケメンだった。

 恵まれた容姿にも関わらず避けられているとは、本当に何をしたんだこの体の持ち主は……。
 フリューリくんだけは特に変わらず接してくれているけど、その他の使用人たちにはどうも冷たい。

 不安と言うか、不満というか。
 嫌な感じ、と考えていたら慌てた様子でノックをされた。

 中に入ってきたフリューリくんが心配そうに駆け寄って来る。

「神子様! どうされましたか!」
「え?」
「霧が広がっておりましたので、不満が募っておられるのではと思い……」
「霧?」

 俺はフリューリくんの目線を辿るように、窓の外へと視線を移す。すると、窓の外には濃霧が広がっていた。

 今朝は宮殿の一角が見えていたのに、今は霧によってそれも見えない。日本に住んでいたなら、間違いなく濃霧注意報が発令される霧の濃さだ。

「なに、この霧……」
「神子様、大丈夫ですか?」
「もしかして、この霧って俺のせい?」
「申し上げにくいことですが、今まで通りならば神子様のお力かと」
「でも俺、何もしてないよ?」

 濃い霧を見渡しながら、俺は心当たりがないことを伝えた。

「……以前、神子様の御心は天候を左右すると、お聞きしております」

 フリューリくんは唖然とする俺に、淡々と語ってくれる。

「神子様がお怒りになった際には雷雨が。悲しみに暮れた際には、豪雨が。不満や不安に蝕まれてしまったには、霧が現れる。そう聞き及んでおります」

 驚き過ぎて何も言えなかった。
 今現在、俺の心が国中に大公開中という事実。
 恥ずかし過ぎるし、何より神に愛された一族の末裔というのは本当だったんだ。

 それに雨乞いの力っていうのも、この感じでは馬鹿に出来ないくらい強力な力かもしれない。

「えっと、うん、大丈夫。分かった、ちょっと考え事してただけだから……なんかごめんね」

 唖然としながら、俺は納得は出来ずとも理解はする。

「何か僕に出来ることはありますか?」
「うーん、じゃあ――」

 俺は心配を滲ませたフリューリくんに、幾つかの買い物を頼んだ。取り敢えず、無心になれるような何かに没頭するのが一番良い筈だ。

 俺の個人的な資産はそこそこあるようで、そこから出して貰うことにした。資産自体は特に手は付けられていない様子。

 神子として雨を降らせるたびに、国からお給金が出ていたらしい。その総額は、庶民の俺としては怖くて聞けなかった。

 まぁ、このお金もこの体の持ち主のものなので、ちょっと申し訳ない気持ちがある。それに財源は民の血税だ。それなりに還元することも大事だろうが、派手な使い方は好ましくない。

 それはそれとして、俺はフリューリくんの帰りを楽しみに待ちわびる。

 どうやら心の中で、壁一つ分の隔たりを意識して感情を出す分には、特に問題はないらしい。

 何かに没頭し続けるのも、一つの解決法かもしれないが、さすがに現実的ではない。

 壁を理解した途端に、霧は晴れていった。

「ふむ、ちょっとコツを掴んだかも」

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