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神殿1
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次の日の早朝。
私はローザを困らせながらも朝食前にタルトを完成させ、ブルレギアス様と共に王宮を出た。
久しぶりの王族用の馬車に揺られながら、目的の場所へと向かう道中。彼は私に質問を投げかけた。
「エミリーは、誰か良い仲の異性はいるのかな?」
昨日、仮の婚約者だと知ったばかりの私から、どんな返しを求めているのだろうか。そう思いつつも、素直にいないということだけを伝えた。
「それほど綺麗なのに勿体ないね。社交界へと飛び出せば、手を取る者は沢山いるだろう。」
私ももう20歳。貴族令嬢でいえば結婚の適齢期真っ只中。むしろ子どもがいてもおかしい歳ではない。
「私は育てていただいた恩をお返ししたいだけです。私にできることがあるのなら何でもしたいと思っております。
しかし、王妃になる件だけは、条件を満たしておりませんので、お受けすることは出来ないでしょう。」
それは私が処女ではないことに関係している。
王家に嫁ぐ令嬢は身が清らかでなければならない。そうでなければ、王族の血を引く者だと断言しにくい。そういう昔ながらの風潮がそうさせているのだ。
「…それは何故か聞いても良いかい?
君の教養は完璧だ。付け加えるとすれば欲くらいしか足らないものはない。他に何があるというんだ?」
「……。私の身はもう捧げ終えてしまっております。ですからその身で王家に嫁ぐなどできはしないでしょう。」
「ほう…。好き人はいなくとも身は違うか…。まあ、昔の者がそう言っていただけで、時代は変わりつつあるのだ。大した問題というわけではない。
それよりも、そのことはグリニエルは知っているのか?」
「…いえ。仕事でそうなったことを知っているのは隊長とクローヴィス、そしてサターシャだけです。サターシャの薬によって、私の体は今、子どもが出来ないようにしてもらっておりますから、妊娠の類は確実にないと断言することは可能です。」
「なるほどね。まあ、私の元に…というのなら気にしないよ。私も人のことは言えないからね。相手にだけそれを求めるのは違うと思っている。」
彼はとても理性的で怖い。
普通の王族であればそのような身のものを継がせるようなことはしないのだが、彼は受け入れると言うのだ。
彼は今私との結婚を阻止しようとしているのに、私を受け入れると口にする。結婚しようとしているのかそれともしたくないのか、どちらなのだろうかと思えてくる。
すると、それを見透かしたかのように彼が口を開いた。
「私自身は君と結婚したいと思っているよ。でもね、父が何を企んでいてそう言っているのかを知らなければならないんだ。
聖女の力を得たいのであれば、それは叶わないだろうし、ヴィサレンス国との繋がりがほしいだけなら安心できる。
しかし君との子を授かった際に、それを脅しとしてヴィサレンスに無謀な貿易を求めたりするのであれば、無意味な戦いを生んでしまう。
民を危険に晒すことは出来ないからね。
だから婚約を受け入れる前に、本当のことを知りたいんだ。」
彼は第一に国のことを考えている。それに自身の結婚が関わってくるのなら、国のために判断を下すような人だ。
きっと私は、嫌われてはないが恋心として好かれてもいない。
でも考えようによっては、こんな私でもそいいう形で彼らの役に立つことができるということ。そう思うと私の貢献欲が満たされる気がした。
そう考えている間に、神殿へと着いたことが知らされ、私とブルレギアス様は馬車から降りた。
そこは物静かな場所で、周りを見渡せば木々ばかり。とても自然豊かなところだった。
舗装されていない道を歩くと、大きな神殿が目に入る。
白い外壁に囲われたそこは、外からの侵入を許さないもののようだ。
「ここの神父は防御魔法が使えてね。ここの周りは全て覆われているんだよ。」
「そうなのですね…。」
私とブルレギアス様は話しながら扉の前へと向かう。すると彼は私に口を開いた。
「エミリー。説明するより見せる方が確実だ。本来の姿になってくれ。」
それはこの国で好かれてはいない神の天罰と呼ばれるもので、人に見せるのには抵抗がある。
きっとここにいたのがグリニエル様であれば、そんなことを言うことはしなかっただろうが、ここにいるのは彼ではない。
目的の為なら手段を厭わないブルレギアス様だ。私はコクンと頷き、簡易魔法を解く。
すると本来の私の姿へと戻った。
シャンパンゴールドの髪に淡濃いピンクの瞳。
私はその姿で彼を見ると、目の前にいるその人は惚けていた。
「ブルレギアス様?」
私が彼に声をかけると、彼はすぐにハッとした。
「いや、やはり綺麗だね。何年と見なかったからかな。魅入ってしまったよ。」
そう笑いながら扉を叩くと、しばらくの間を開けて扉が開いた。
重く、ゆっくりと開いた扉から出てきたのは私の二回りほど上に見える男性だった。
「また来たのですかな。ジョルジュワーンの第一王太子殿下殿。」
嫌味混じりにそう言った彼に、ブルレギアス様は嫌な顔は見せない。
きっと以前来た時も同じような扱いを受けたのだろうと思っていると、その男性はこちらに気付いたらしい。
「今日はお一人ではないのですか。
一体誰と……っ。」
確認をするかのように更に扉を開く。
するとすぐに扉を開け放った。
「れ、レティシアーナ様。」
驚きに染まる彼に、私はゆっくりと口を開いて名乗った。
「…エミレィナと申します。」
私は印象が悪くならないようにと綺麗な礼を示す。するとその男は膝をつき、胸に手を当てた。
「お初にお目にかかります。ジークロウザと申します。…あなたの、いえ…。あなた様のお帰りをずっとお待ちしておりました。」
私は意味が分からないままに彼の名を口にした。
「ジークロウザ様。私のことをご存知で?」
「っ。恐れ多すぎます。私のことはジークとお呼びくださいませ。敬語も必要ありません。
あなた様は私の主人であるレティシアーナ様の愛娘にございます。
私があなた様にお仕えするのは必然。
こうやってお会いすることができてとても嬉しく思います。」
彼の目には私しか映っていないのか、ずっと私の方だけを見ている。
「そんなに母と似ておりますか?」
私は母の姿を知らない。
すると被せ気味に彼は私に言った。
「はい。レティシアーナ様にそっくりでございます。髪や瞳、そして雰囲気まで。
父君であるアルフレッド様の面影はあまりないようです。」
「っ。」
「やはりエミリーの父君は勇者アルフレッド様か。」
勇者アルフレッド。
それはこの国で初の勇者に選ばれた者で、聖女が作り出した聖剣を使いこなしたと言われている。
勇者になるには聖女の目利きが必要とされており、その肩書きはずっとヴィサレンス国にあったため、他国の人間に継がれたのは初めてだった。
「エミレィナ様を愛情で呼ぶなんて本当に不躾な人だ。」
ブルレギアス様への対応は、私のものとは全く違い、私は苦笑いを浮かべた。
「ジーク。ブルレギアス様は私の義理のお兄様に当たる方です。だからもう少し優しく接してほしいわ。」
私がそう言うと、ジークは納得してはいなそうだったが、「エミレィナ様がそう仰るのであれば…」と頷いてくれた。
「いつまでのこのような場所でお話するわけにはまいりません。エミレィナ様。どうぞ中へお入りください。」
先ほどまでの対応は何処へ行ったのか。
私とブルレギアス様は神殿の中へと案内され、応接室へと通された。
神殿の中には侍女が何人かおり、その誰もが私たち…いや、私を見て驚きながらも腰を折っていた。
応接室へと通された私たちはソファへと腰を下ろし、すぐさまお茶などのもてなしを受ける。
「随分な待遇でなんだか落ち着かないわ。」
「なんと…。王宮ではそんな扱いをされておられないのですか?
それなら尚更ここへお戻りください。
あなたは正当な扱いを受けるべきなのですから。」
彼は本気でそう言っているようだった。
そんな彼は私の前に座ることは避け、斜め向かい側に腰を下ろした。
「悪いですが、ジークロウザ殿。エミリーは今のところは妹とされておりますが、もうすぐ私の婚約者となる身です。
だから王宮からこちらへと向かわせるわけにはいかないでしょう。」
彼が私の肩を抱く。
すると明らかに不穏な空気へと変わった。
「ほう。ジョルジュワーンの第一王太子殿下が、私共の主人をまたもや奪おうと言うのですかな。
それはエミレィナ様が同意なさっておられることなら私共は逆らいません。
しかし、そうでないのであれば、次こそはヴィサレンス国の刃が降り注ぐこととなりましょう。」
「…。」
「っ。ジーク。
ジークの知る真実を私に話してはくださいませんか?
恥ずかしながら、私は母だけでなく父のことすらもよく知らないのです。」
このままでは危ない。
私はどうにか切り抜けなければならないと思って話を変えると、ジークは嬉しそうに笑ってくれた。
「エミレィナ様。あなた様にレティシアーナ様のお話ができる日が来るなんて考えもしませんでしたよ。
私で良ければレティシアーナ様の話をさせていただきましょう。」
「ええ。お願いするわ。」
「レティシアーナ様は、祖国ヴィサレンス帝国の第2皇女として御生まれになり、継承権は第3と、とてもくらいの高い身分の方でした。
兄と姉に沢山のことを学び過ごした彼女は、15の頃に聖女の儀で聖女に選ばれ、世界を巡る旅へと出たのです。
その時はとても治安が悪く、どこかしこで魔族に怯える生活を余儀なくされておりました。しかし、レティシアーナ様が世界をめぐり、秩序を整えられたお陰で、こうして平和な世界へとなられたのです。
その聖巡を終える頃、その隊に加わっておられたアルフレッド様を勇者と認め、剣を授けられました。
聖女レティシアーナ様はこの国で沢山のもてなしを受け、王宮から城に仕えよ、と意を受けたこともありました。しかし彼女はそれを受け取ることはせず、ここの神殿で平和に暮らし始めたのです。
その後、レティシアーナ様とアルフレッド様は恋仲となり、この地へ留まってエミレィナ様をご出産なられた…。
しかしそれから3日目。
レティシアーナ様がお忍びで、王宮へと出向いた日。レティシアーナ様が亡くなられたと報だけを受けたのです。
あれほど幸せに溢れた彼女が簡単なことで命を落とすわけがないのです。
それなのに、彼女はここへと戻られませんでした。」
その頃を思い出しているのか、ジークは眉を潜め、何やら気持ちを押さえ込んでいるようだった。
「ジーク…。」
「申し訳ございません…。
あの頃の私には力もなく、レティシアーナ様の生死の真実を突き詰めることができなかったのです。
…でも、王宮からの申し出を断り続けたレティシアーナ様が、王宮へと出向いた日に命を落とされた。
それはきっと結びつくと思っております。
だから私はジョルジュワーンの王族が許せないのです。」
彼がブルレギアス様に冷たく当たるのは、主人であったレティシアーナの死と関わっていると思っていることが原因なのだと知る。
「…なるほど。ジークロウザ殿の話を聞くに、レティシアーナ様の死は、国王が関わっていそうだね。
国王陛下の誘いを断ったことが彼女の死因に繋がったのか…。」
「ジークロウザ殿。レティシアーナ様がお使いになられていた部屋はまだあるだろうか?
日記や手紙…メモなどでもいい。そういうものは無かったか?」
「…部屋はあります。しかしレティシアーナ様がかけた魔法によって部屋に入ることは出来ないのです。」
「魔法?解法することはできないのか?」
「歴代の聖女様の中でも群を抜く力を持つ方です。並大抵の力ではどうにも…。
しかし、魔法の形式は読めております。レティシアーナ様のご兄姉であれば、魔力が反応して開くかもしれませんが、血縁関係のあるご家族様をお呼び着かせるなど、できませんから…。」
そこまで言ってハッとしたジークと、それに反応したブルレギアス様が私に視線を移すと、私は彼らと交互に視線を合わせた。
「え?」
「ジークロウザ殿。エミリーなら解法することができるのではないだろうか。」
私には微量の魔力しか備わってはいない。
それは容姿を変える簡単なものを行える程度で、解法など生まれてこの方試みたことすらない。
「…可能です。その術式に合う魔力を持つものが触れるだけで開くように複雑に組まれてあるものですから、私共にできなくともエミレィナ様であればきっと…。
しかし、それをさせるわけにはいきません。」
「どうしてだ、ジークロウザ殿。
もしかしたらレティシアーナ様の死の真相が掴めるやもしれないんだ。
すぐにでも試してみるべきだ。」
「……。」
この後に及んでどうしたというのだろうか。私はそれを知るためにジークに話しかけた。
「どうしてしないのか、教えてもらうことはできますか?」
「…。」
無言で彼と視線を交える。
すると彼はグッと唇を噛んだ。
私はローザを困らせながらも朝食前にタルトを完成させ、ブルレギアス様と共に王宮を出た。
久しぶりの王族用の馬車に揺られながら、目的の場所へと向かう道中。彼は私に質問を投げかけた。
「エミリーは、誰か良い仲の異性はいるのかな?」
昨日、仮の婚約者だと知ったばかりの私から、どんな返しを求めているのだろうか。そう思いつつも、素直にいないということだけを伝えた。
「それほど綺麗なのに勿体ないね。社交界へと飛び出せば、手を取る者は沢山いるだろう。」
私ももう20歳。貴族令嬢でいえば結婚の適齢期真っ只中。むしろ子どもがいてもおかしい歳ではない。
「私は育てていただいた恩をお返ししたいだけです。私にできることがあるのなら何でもしたいと思っております。
しかし、王妃になる件だけは、条件を満たしておりませんので、お受けすることは出来ないでしょう。」
それは私が処女ではないことに関係している。
王家に嫁ぐ令嬢は身が清らかでなければならない。そうでなければ、王族の血を引く者だと断言しにくい。そういう昔ながらの風潮がそうさせているのだ。
「…それは何故か聞いても良いかい?
君の教養は完璧だ。付け加えるとすれば欲くらいしか足らないものはない。他に何があるというんだ?」
「……。私の身はもう捧げ終えてしまっております。ですからその身で王家に嫁ぐなどできはしないでしょう。」
「ほう…。好き人はいなくとも身は違うか…。まあ、昔の者がそう言っていただけで、時代は変わりつつあるのだ。大した問題というわけではない。
それよりも、そのことはグリニエルは知っているのか?」
「…いえ。仕事でそうなったことを知っているのは隊長とクローヴィス、そしてサターシャだけです。サターシャの薬によって、私の体は今、子どもが出来ないようにしてもらっておりますから、妊娠の類は確実にないと断言することは可能です。」
「なるほどね。まあ、私の元に…というのなら気にしないよ。私も人のことは言えないからね。相手にだけそれを求めるのは違うと思っている。」
彼はとても理性的で怖い。
普通の王族であればそのような身のものを継がせるようなことはしないのだが、彼は受け入れると言うのだ。
彼は今私との結婚を阻止しようとしているのに、私を受け入れると口にする。結婚しようとしているのかそれともしたくないのか、どちらなのだろうかと思えてくる。
すると、それを見透かしたかのように彼が口を開いた。
「私自身は君と結婚したいと思っているよ。でもね、父が何を企んでいてそう言っているのかを知らなければならないんだ。
聖女の力を得たいのであれば、それは叶わないだろうし、ヴィサレンス国との繋がりがほしいだけなら安心できる。
しかし君との子を授かった際に、それを脅しとしてヴィサレンスに無謀な貿易を求めたりするのであれば、無意味な戦いを生んでしまう。
民を危険に晒すことは出来ないからね。
だから婚約を受け入れる前に、本当のことを知りたいんだ。」
彼は第一に国のことを考えている。それに自身の結婚が関わってくるのなら、国のために判断を下すような人だ。
きっと私は、嫌われてはないが恋心として好かれてもいない。
でも考えようによっては、こんな私でもそいいう形で彼らの役に立つことができるということ。そう思うと私の貢献欲が満たされる気がした。
そう考えている間に、神殿へと着いたことが知らされ、私とブルレギアス様は馬車から降りた。
そこは物静かな場所で、周りを見渡せば木々ばかり。とても自然豊かなところだった。
舗装されていない道を歩くと、大きな神殿が目に入る。
白い外壁に囲われたそこは、外からの侵入を許さないもののようだ。
「ここの神父は防御魔法が使えてね。ここの周りは全て覆われているんだよ。」
「そうなのですね…。」
私とブルレギアス様は話しながら扉の前へと向かう。すると彼は私に口を開いた。
「エミリー。説明するより見せる方が確実だ。本来の姿になってくれ。」
それはこの国で好かれてはいない神の天罰と呼ばれるもので、人に見せるのには抵抗がある。
きっとここにいたのがグリニエル様であれば、そんなことを言うことはしなかっただろうが、ここにいるのは彼ではない。
目的の為なら手段を厭わないブルレギアス様だ。私はコクンと頷き、簡易魔法を解く。
すると本来の私の姿へと戻った。
シャンパンゴールドの髪に淡濃いピンクの瞳。
私はその姿で彼を見ると、目の前にいるその人は惚けていた。
「ブルレギアス様?」
私が彼に声をかけると、彼はすぐにハッとした。
「いや、やはり綺麗だね。何年と見なかったからかな。魅入ってしまったよ。」
そう笑いながら扉を叩くと、しばらくの間を開けて扉が開いた。
重く、ゆっくりと開いた扉から出てきたのは私の二回りほど上に見える男性だった。
「また来たのですかな。ジョルジュワーンの第一王太子殿下殿。」
嫌味混じりにそう言った彼に、ブルレギアス様は嫌な顔は見せない。
きっと以前来た時も同じような扱いを受けたのだろうと思っていると、その男性はこちらに気付いたらしい。
「今日はお一人ではないのですか。
一体誰と……っ。」
確認をするかのように更に扉を開く。
するとすぐに扉を開け放った。
「れ、レティシアーナ様。」
驚きに染まる彼に、私はゆっくりと口を開いて名乗った。
「…エミレィナと申します。」
私は印象が悪くならないようにと綺麗な礼を示す。するとその男は膝をつき、胸に手を当てた。
「お初にお目にかかります。ジークロウザと申します。…あなたの、いえ…。あなた様のお帰りをずっとお待ちしておりました。」
私は意味が分からないままに彼の名を口にした。
「ジークロウザ様。私のことをご存知で?」
「っ。恐れ多すぎます。私のことはジークとお呼びくださいませ。敬語も必要ありません。
あなた様は私の主人であるレティシアーナ様の愛娘にございます。
私があなた様にお仕えするのは必然。
こうやってお会いすることができてとても嬉しく思います。」
彼の目には私しか映っていないのか、ずっと私の方だけを見ている。
「そんなに母と似ておりますか?」
私は母の姿を知らない。
すると被せ気味に彼は私に言った。
「はい。レティシアーナ様にそっくりでございます。髪や瞳、そして雰囲気まで。
父君であるアルフレッド様の面影はあまりないようです。」
「っ。」
「やはりエミリーの父君は勇者アルフレッド様か。」
勇者アルフレッド。
それはこの国で初の勇者に選ばれた者で、聖女が作り出した聖剣を使いこなしたと言われている。
勇者になるには聖女の目利きが必要とされており、その肩書きはずっとヴィサレンス国にあったため、他国の人間に継がれたのは初めてだった。
「エミレィナ様を愛情で呼ぶなんて本当に不躾な人だ。」
ブルレギアス様への対応は、私のものとは全く違い、私は苦笑いを浮かべた。
「ジーク。ブルレギアス様は私の義理のお兄様に当たる方です。だからもう少し優しく接してほしいわ。」
私がそう言うと、ジークは納得してはいなそうだったが、「エミレィナ様がそう仰るのであれば…」と頷いてくれた。
「いつまでのこのような場所でお話するわけにはまいりません。エミレィナ様。どうぞ中へお入りください。」
先ほどまでの対応は何処へ行ったのか。
私とブルレギアス様は神殿の中へと案内され、応接室へと通された。
神殿の中には侍女が何人かおり、その誰もが私たち…いや、私を見て驚きながらも腰を折っていた。
応接室へと通された私たちはソファへと腰を下ろし、すぐさまお茶などのもてなしを受ける。
「随分な待遇でなんだか落ち着かないわ。」
「なんと…。王宮ではそんな扱いをされておられないのですか?
それなら尚更ここへお戻りください。
あなたは正当な扱いを受けるべきなのですから。」
彼は本気でそう言っているようだった。
そんな彼は私の前に座ることは避け、斜め向かい側に腰を下ろした。
「悪いですが、ジークロウザ殿。エミリーは今のところは妹とされておりますが、もうすぐ私の婚約者となる身です。
だから王宮からこちらへと向かわせるわけにはいかないでしょう。」
彼が私の肩を抱く。
すると明らかに不穏な空気へと変わった。
「ほう。ジョルジュワーンの第一王太子殿下が、私共の主人をまたもや奪おうと言うのですかな。
それはエミレィナ様が同意なさっておられることなら私共は逆らいません。
しかし、そうでないのであれば、次こそはヴィサレンス国の刃が降り注ぐこととなりましょう。」
「…。」
「っ。ジーク。
ジークの知る真実を私に話してはくださいませんか?
恥ずかしながら、私は母だけでなく父のことすらもよく知らないのです。」
このままでは危ない。
私はどうにか切り抜けなければならないと思って話を変えると、ジークは嬉しそうに笑ってくれた。
「エミレィナ様。あなた様にレティシアーナ様のお話ができる日が来るなんて考えもしませんでしたよ。
私で良ければレティシアーナ様の話をさせていただきましょう。」
「ええ。お願いするわ。」
「レティシアーナ様は、祖国ヴィサレンス帝国の第2皇女として御生まれになり、継承権は第3と、とてもくらいの高い身分の方でした。
兄と姉に沢山のことを学び過ごした彼女は、15の頃に聖女の儀で聖女に選ばれ、世界を巡る旅へと出たのです。
その時はとても治安が悪く、どこかしこで魔族に怯える生活を余儀なくされておりました。しかし、レティシアーナ様が世界をめぐり、秩序を整えられたお陰で、こうして平和な世界へとなられたのです。
その聖巡を終える頃、その隊に加わっておられたアルフレッド様を勇者と認め、剣を授けられました。
聖女レティシアーナ様はこの国で沢山のもてなしを受け、王宮から城に仕えよ、と意を受けたこともありました。しかし彼女はそれを受け取ることはせず、ここの神殿で平和に暮らし始めたのです。
その後、レティシアーナ様とアルフレッド様は恋仲となり、この地へ留まってエミレィナ様をご出産なられた…。
しかしそれから3日目。
レティシアーナ様がお忍びで、王宮へと出向いた日。レティシアーナ様が亡くなられたと報だけを受けたのです。
あれほど幸せに溢れた彼女が簡単なことで命を落とすわけがないのです。
それなのに、彼女はここへと戻られませんでした。」
その頃を思い出しているのか、ジークは眉を潜め、何やら気持ちを押さえ込んでいるようだった。
「ジーク…。」
「申し訳ございません…。
あの頃の私には力もなく、レティシアーナ様の生死の真実を突き詰めることができなかったのです。
…でも、王宮からの申し出を断り続けたレティシアーナ様が、王宮へと出向いた日に命を落とされた。
それはきっと結びつくと思っております。
だから私はジョルジュワーンの王族が許せないのです。」
彼がブルレギアス様に冷たく当たるのは、主人であったレティシアーナの死と関わっていると思っていることが原因なのだと知る。
「…なるほど。ジークロウザ殿の話を聞くに、レティシアーナ様の死は、国王が関わっていそうだね。
国王陛下の誘いを断ったことが彼女の死因に繋がったのか…。」
「ジークロウザ殿。レティシアーナ様がお使いになられていた部屋はまだあるだろうか?
日記や手紙…メモなどでもいい。そういうものは無かったか?」
「…部屋はあります。しかしレティシアーナ様がかけた魔法によって部屋に入ることは出来ないのです。」
「魔法?解法することはできないのか?」
「歴代の聖女様の中でも群を抜く力を持つ方です。並大抵の力ではどうにも…。
しかし、魔法の形式は読めております。レティシアーナ様のご兄姉であれば、魔力が反応して開くかもしれませんが、血縁関係のあるご家族様をお呼び着かせるなど、できませんから…。」
そこまで言ってハッとしたジークと、それに反応したブルレギアス様が私に視線を移すと、私は彼らと交互に視線を合わせた。
「え?」
「ジークロウザ殿。エミリーなら解法することができるのではないだろうか。」
私には微量の魔力しか備わってはいない。
それは容姿を変える簡単なものを行える程度で、解法など生まれてこの方試みたことすらない。
「…可能です。その術式に合う魔力を持つものが触れるだけで開くように複雑に組まれてあるものですから、私共にできなくともエミレィナ様であればきっと…。
しかし、それをさせるわけにはいきません。」
「どうしてだ、ジークロウザ殿。
もしかしたらレティシアーナ様の死の真相が掴めるやもしれないんだ。
すぐにでも試してみるべきだ。」
「……。」
この後に及んでどうしたというのだろうか。私はそれを知るためにジークに話しかけた。
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