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足湯③
しおりを挟む「先程は気にしませんでしたが、ここからの景色は凄いですね。」
「凄いでしょう。大陸一の大きさを誇るヴィサレンスはここからだけじゃ、見渡せないわよ。」
帰るためにと歩き出すと、ヴィサレンス国の王都が眺めることができ、その凄さに私が口を開くと、自国を褒められて嬉しくなったらしいセレイン様が口を開いた。
どうやら先程のことはもう気に留めていないらしい。
「あれは…もしやロレンザ殿の防壁魔法ですか?」
空の向こう。そこの空はオーロラのように薄く輝いている。
「ええ。ロレンザ従兄様は戻られてから毎日防壁魔法の張り直しに追われていますの…。
ロレンザ従兄様が国を出て暫くして、あの魔法を解いたものがいるのです。
それは魔物なのか魔族なのか…
はたまた人間かもしれない。
まあ、幸いなことに、誰も怪我をしておりませんし、犯人を特定するより今は防壁魔法の張り直しを優先させているのです。
ヴィサレンスを覆うほどの大きなものは、ロレンザ従兄様でも1週間から2週間程かかってしまいますの。
まあ、あそこまで覆われてしまえば空を飛ぶ者などいないのですから、攻撃を受ける心配はありませんわ。
安心して過ごしていらして。」
私達はそれを聞いてホッとする。
鉄壁を誇るヴィサレンスだからと安心していた為、今まではグリニエル様から離れて過ごしすぎた。
あの防御魔法が完全に掛かるまでは彼の身に何かあるかもしれない。だったら組み手にばかり気を取られていないで、グリニエル様の側にいなければならないと思った。
「…凄い御人だ。」
「ええ。そうですね。」
改めてロレンザ様の凄さを思い知る。
彼はやはり生まれながらの天才だと思った。
「ロレンザ殿は国を覆う防壁魔法。
ミレンネ殿は国を救う回復魔法か…。」
ふと漏らしたグリニエル様の言葉に、私は聞き返す。
「ミレンネは聖女式典の準備をしているのではないのですか?」
すると途端に彼の表情は曇る。
その顔から想像するに、私には知らされていないことを秘密にしていたのだろう。
「…グリニエル様。」
「…悪かった。
言えば不安にさせるかと思ってな。
ヴィサレンスでは今、流行病に侵されているものが大勢いるんだ。
それは幸い王都付近で止まっていて、端の街村には広がりを見せてはいない。
だからミレンネ殿は毎日、自分の魔法の届く限りに回復魔法を掛けて歩いているんだ。
黙っていて悪かったよ。」
回復魔法。それは聖女にしか使うことができない特別な魔法だ。
きっと彼女は、国の流行病を治すためにも一刻も早くその力を得たかったのだろう。
彼女がジョルジュワーンで力を受け継いだ時は、随分と判断が早いと思っていたが、そういう事情があったのかと思った。
「……まあ、ミレンネの力はすぐ馴染んだようで、もうすぐ終わるらしい。明日明後日には君のところに戻ってくることができると思うよ。」
「そうなのね…。もっと早くに言ってもらえたら、護衛でもできたかもしれないのに。」
「ミレンネはそんなこと望まないさ。せっかくヴィサレンスに来たのだから楽しんで欲しいというのが彼女らしいだろう。」
その通りだ。流石は従兄妹。
レヴィはミレンネがどう考えているか分かった上で私と一緒に過ごしていたのだろう。
「ありがとう、レヴィ。」
「……いや。実は私も、明後日からは仕事があってね。明日は何がしたいだろうか。ミレンネとの時間よりも楽しいと思ってもらえるように、明日はいつもより気合を入れるよ。」
「そうなのね。それじゃ楽しみだわ。
ところで、レヴィはどんな仕事をしているの?」
レヴィとの手合わせはとりあえず明日で1度終わりとなるだろう。それを有意義なものにしてくれるという彼の言葉に、私は少し嬉しくなった。
「母の手伝い程度だが、外交の提案書を書いている。ジョルジュワーンからの書文は処理し終えているだろうから、こちらからも提案書を提出しなければならないんだ。」
外交。それは国同士の親交に直結するため、かなり頭が切れる者しかなることはできない。
手伝いとしてでも彼が国から頼られているということは一目瞭然のことだ。
「凄いのね、ヴィサレンスって。
みんながみんな各々の能力を活かして過ごしている。
……私も頑張りたいわ…。」
私にはグリニエル様の潜入騎士としての役目しかない。それは時に彼の足を引っ張るもので、完全に役に立つだけのものではない。
だから彼らを見て、私は他にも役に立つ道はないかと考える。
「っ…。
わ、わたくし、用事を思い出しましたので、これで失礼致しますわっ。」
突然、そう言い残したセレイン様は、足早に坂道を降りていく。
「せ、セレイン従姉様!危なすぎます!」
私の声はセレイン様に届いていないのか、彼女が振り返ることはない。
「エミリー、私がセレイン嬢を追うよ。
レヴィ殿、エミリーを頼む。」
「…はい。」
走り出したセレイン様をグリニエル様が追うと、レヴィと私はその後をゆっくりと歩き出す。
「…セレインが申し訳ない。」
「気にしないで。でも、一体どうしたのかしら。」
予定があったのならもう少し早く切り上げても良かったものを、彼女は慌てていた。
急に用事を思い出したのだろうか。
「………セレインは、…役割がないんだよ。」
「役割?」
「ああ。ロレンザ従兄さんは時期帝王。
ミレンネは聖女。私は一応外交官として役を担っている。
でもセレインには何もないんだ。」
「そう…。」
先程のことを思い返す。
『みんながみんな各々の能力を活かして過ごしている。』私のその言葉がきっと彼女を傷付けてしまったのだろう。
「…私のせいだわ。」
知らなかったとはいえ、軽率な発言だったと思う。
「いや…そんなことはない。」
「え?」
「セレインは自らその仕事を降りざる負えなくしているんだ。
本当なら私と一緒に外交官となるはずだった。」
「…はずだった?」
私が足を止めたことで、レヴィもその場に留まる。するとまた口を開いた。
「…君も知っているだろう。
セレインはたまにトゲのある言葉を使う。
それは外交には向かないんだ。」
確かに何度かそんな言葉を聞いたような気もするが、普段はそんなことはない。さっきだって楽しく話していたのだ。
「…私生活ではなんら問題はない。
しかし、外交となると緊張することもあってか、なかなか上手くいかないんだ。
何度母上が尻拭いをしたことか…。」
レロリア様が補助に入らなければならないほどであれば、手伝いにもならない。
仕事を増やすくらいなら外交官として職には就かない方がいいということだろう。
「まあ、それは母上達の考えだ。
私はむしろ…。」
「むしろ?」
レヴィが俯き、私から視線を逸らす。
「むしろセレインには外交官になって欲しい。
私が出来ないことをあいつはできる。
そしてあいつが出来ないことは私が出来る……。」
それは彼の望みであって、セレイン様が外交官にむいているということではない。
「そう…。
何か、方法は無いのかしら。」
「…………ない。
今まで沢山のチャンスがあったというのに、それを棒に振ってきた。もう母上はセレインを外交官候補から外し、貴族との婚約を考えているからね…。
だからセレインは余計に私への当たりが強くなっていった。
先程は情けないところを見せてしまったね…。」
セレイン様のレヴィへの当たりが強いのは彼女の行き場のない虚しさが原因だ。
レヴィが彼女に言い返さないのは、それを知っていてのこと。
「それに、以前までは引く手数多だったのに、外交官候補から外れた途端に縁談の話は格段に減った。そんなの、セレインが可哀想で………っ。」
以前の縁談はセレイン様が外交官となることを想定しての縁談。外交官にならないと分かれば、諦める者が多くなったのだろう。
「…悔しい…わよね。」
「ああ。…でもどうすることもできない。情けない話だ。」
レヴィはあまり表情が変わったりしないというのに、今回ばかりはとても思いつめた顔をしている。
自分のことのようにセレインを大事にする。
そのことが伝わってくるようだった。
「…少し話過ぎてしまったね。
寒くなる前にこれを着ておくといい。」
「え?」
パサッと上に掛けられたのはレヴィの着ていた羽織だ。
「だ、大丈夫よ、寒くはないわ。」
「いや、ヴィサレンスの夜を甘く見ないほうがいい。今から、が寒くなるんだ。
戻るまで着ていてくれ。」
「……分かったわ。ありがとう。」
ホッとしたように彼は私の手を引き始め、そのまま城へと続く道を歩き始めた。
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