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足湯④
しおりを挟む私達は城までくる途中、何度か周りの目を受けた。
「なんだかみんなこちらを見ているわね。」
「……突然現れた王族に興味があるんだろう。気にしなくていい。」
レヴィのエスコートを受けながら、コソコソと会話をしていた。
「セレイン従姉様は大丈夫だったかしら。」
「きっと家に戻ったんじゃないか。
…ほら、グリニエル様がこちらへと向かってきている。」
彼は私と同じくらいに目がいい。
遠くの方からグリニエル様が来るのが私にも見えた。
「本当…。でもなんだか急いでいるようね。」
「……帰ってこない君が心配だったんだろう。」
「…。」
私はそれを理解した。
彼は極度のシスコン。
私が彼より遅れて到着することは彼にとって心配の種だったのだろう。
そんなことを、会って数日しか経たないレヴィにバレているグリニエル様は、かなりの重症だ。
「エミリー。遅かったね。
今迎えに行こうと思っていたんだ。
誰かに襲われでもしていないかとヒヤヒヤしていた。」
あの時はレヴィに頼むと口にしておきながら、急に気が変わったらしい。
彼と入れ違いにならなくて本当に良かった。
「申し訳ありません。でもレヴィもおりますし、私もただでやられるほど落ちぶれてはおりません。」
彼に心配してもらえることは光栄だが、信用されていないのは些か悲しい。
「…グリニエル殿。遅くなって申し訳ない。…エミリーとの話に夢中になってしまいまして。」
「っ。」
横目で私を見た彼は初めて私の名を呼ぶ。
それに私より早く反応したのはグリニエル様だったが、そんな主人の変化に気付くことのなかった私は口を開く。
「うふふ、レヴィ。これからもそう呼んでもらえると嬉しいわ。」
「ああ。そうしよう。」
2人で微笑み合えば、なんだか不思議な空気感が生まれた。
「………レヴィ殿。エミリーを送ってきてくれてありがとう。ここでもういいよ。
それと、この上着は返そう。上着なら兄である私のを貸すからね。」
「…分かりました。
それでは、私からも1つ。」
「……なんだろう。」
「いつまでもそうしていると、どこぞの誰かに掻っ攫われますよ。
ちゃんとご自分の気持ちをお伝えするか、はたまたその肩書を無くさなければ、意識も変わらないかと思います。」
「っ。」
「不躾ではありますが、アドバイスと取っていただけると…。
…それでは、エミリー。また明日。」
「え、ええ。また明日。」
2人は外交…取引相手の話でもしていたのだろうか。
いつまでももたもたしていると商談が他の者に取られてしまう…そういうことならモタモタされれば国に損害が出てしまう。
しかし、グリニエル様が悩んでいてそうしているのはきっとそれなりに理由があるからなのだろう。
そのアドバイスとして、肩書にこだわるなということは、相手の肩書はそれ程高くないということか…。
…しかし、そこまで考えてからその思想を捨てた。
国交や外交の類は専門外。
これ以上考えたところで、私が役に立つようなことはないからだ。
「…。」
パサッとグリニエル様の上着を掛けられ、腕を引かれる。
その力強さに困惑しながらも、慣れない下駄で、彼の速さに合わせた。
どこへ向かうのだろうか。
何も言わず、ただただ彼は歩く。
そうして宿泊用に用意された私の部屋を過ぎると、そのまま彼の部屋へと通された。
「…。」
「…。」
何か急ぎの用でもあっただろうか。
彼は未だに口を開かず、私に背を向けている。
「ぐ、グリニエル様?」
「…。」
呼んでも聞こえていないのか、彼が振り向くことはない。
表情を見ることができず、状況だけでは、一体何を考えているのかも分からなかった。
「エミリー…。」
彼の声が聞こえたのは、私の耳元。
低く、柔らかなその声は、いつもより少し憂いを感じる。
そんな彼の声が耳元で聞こえるのは、彼が私を抱きしめたからだ。
「で、殿下?」
「…っ。………どうして…
どうしてレヴィ殿の前であのような顔をしたんだ…。」
「…。あのような…?」
すぐに思い当たる節はない。
私はレヴィの前でどんな顔をしていただろうか。
「…足湯から出るときの顔だよ。
頬を染め、愛しそうにしながらも困ったように彼を見つめていたね。」
「…っ。」
足湯。それは私が殿下とのルピエパールでの出来事を思い出していたときのこと。
あの時は今までにないほど顔が熱くなるのが分かった。
しかしそれはレヴィに対してではなく、殿下に対してで、それも、レィナとしての私の記憶。
ルピエパールで働いていることを知らない彼に言うわけにはいかない。
どう誤魔化そうか。…そう思った。
「…。」
「…彼のことが好きか?」
「え?
……まあ、好意的ではありますが…」
正直に言って恋心というものは知らない。
しかし、ミレンネに聞いた話と私がレヴィに対して持つ気持ちは違うと思っている。
「っ。……そうか。
ここまで連れてきて悪かった。
明日はレヴィ殿と過ごせる最後の日かもしれない。後悔することがないよう、過ごすんだ。いいね?」
「あ…でも。私はグリニエル様の護衛を…っ」
「必要ない。」
冷たくあしらわれたその言葉。
未だかつて彼から発さられたことなどあっただろうか。
「…っ。」
「明日はロレンザ殿と会合がある。
1日がかりだろうから護衛はいらないよ。」
「………分かりました。」
グリニエル様に上着を返し、すぐに部屋へと戻る。
そしてステファニーによってドレスへと着替えさせられた後、ミレンネに呼ばれていると知らされた。
私はロレンザ様とグリニエル様がいる食堂ではなく、ミレンネの部屋で彼女と食事をとり、そのままいつものように湯あみやらスキンケアを施された。
「エミリー。毎日一緒に過ごせなくてごめんね。明日中には終わるから、明後日からは沢山お話しましょう!」
ニコニコと可愛らしい笑みを浮かべる彼女は、見ていて癒される。
そんな彼女と過ごした後、私は自分の部屋へと戻る。
楽しい時間を過ごした。
湯浴みをしてさっぱりしたし、ケアを終えて体が軽くなった。彼女の愛らしい惚気も聞かされて、私はホカホカだ。
しかし、先ほどのグリニエル様の冷たい声が耳から離れることはなかった。
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