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拘りの理由①
しおりを挟む「ああ、大丈夫だよ。何も問題などない。
…それより、頼みがあるんだ。来てくれ。」
私はレヴィとセレイン様の様子が気になりながらも、ロレンザ様の後に続く。
「頼みとはなんでしょうか…。
私に務まるといのですが…。」
ヴィサレンスに来てから頼まれごとなど1度もされたことなどない。
私にできることなどあっただろうか。
そう思ってロレンザ様に問いかけた。
「困ったことが起きてしまったんだ。
だが、エミレィナであればどうにかできる。
だから、君を探しに来たんだよ。」
私はロレンザ様にエスコートをされながら、いつもと違う廊下を歩いた。
そうそこは、初日にミレンネが案内してくれただけのところで、私には用のないところだった。
「ロレンザ様の、執務室…?」
「凄いな。よく分かったね。
君はここを1度しか通ったことがないというのに、良い記憶力を持っている。」
「ありがとうございます…。」
仕事で培ったものだとは言えなかった。
きっとロレンザ様は私のしていた仕事を知っている。
しかし、どこまで知っているかは分からないのだ。迂闊に物は言えない。
「ここに来たと言う事はグリニエル様の仕事の補助でしょうか。生憎、私は執務には向いていないので、あまりお役に立てるかは分かりません…。」
「ふっはっは。大丈夫。
心配要らないさ。
さあ、入ってくれ。」
そう導かれ、私は彼の執務室に足を踏み入れた。
彼の執務室に入ると、当たり前だが、グリニエル様の執務室とは作りが違うのがすぐに分かった。
扉を開けてすぐに広い部屋に出るわけではなく、5歩ほどの短かな廊下のような部分を歩く。
「入ってすぐは中の様子が分からないようにしてあるんだ。狭いから一気に人が入れない。まあ、ここで私の命を狙う者がいれば、の話だがな。」
扉を開けてすぐに誰かに飛びかかられる心配がない作り。それは私も魅力的に思わせるものだった。
「成る程…これはいい。グリニエル様の部屋もこういう作りにしてほしいものです…。
いつも最悪の状況を想定していなければなりませんからね。」
「…そういえば、グリニエル様はどこにいったのですか?」
肝心の私の主人の姿が見えない。
そう思って周りを見渡していると、ロレンザ様が教えてくれた。
「ああ、そこにいるよ。」
用意されていた机ではなく、向かい合わせに置いてあるソファ椅子に、石化したように固まっている彼がいた。
「グリニエル様?」
目の前で手をひらひらさせても気付かないようで、グリニエル様は真っ直ぐ前を見ているだけだった。
「…なんだかショックなことがあったらしくてな。先程休憩から戻ってきてからずっとそんな感じなんだ。
まあ、とりあえず、彼が元に戻るように手を貸してもらおうと思ったんだが、君が来るだけではダメだったか。
それなら彼を戻すのは後回しでいい。少し私にジョルジュワーンでの話を聞かせてくれないか?
彼もここにいるから私が君に手を出すことはないよ。」
「そんな心配などしていませんが、ご配慮ありがとうございます。
私などの話でよければロレンザ様が満足なさるまでお付き合い致します。」
男女が2人きりで何かが起こったとき、それは女が不利となる場合が多い。しかし私が2人きりになるのは、それの心配のない人だけなので、私は笑った。
「君はもうヴィサレンスの王族だ。
それくらいの危機感は持っておくれよ?
誰かに襲われ、身籠ったりしたら大変だろう。」
「……ええ。そうですね、少し、考えを改めますわ。」
「ああ。その方がいい。」
今までは自分の身など…という思いで情報を得てきた。しかし、今回ヴィサレンスの王族になった為、身を任せる者はしっかりと見極めなければならない。
いくらそうならないための薬を飲んでいようともだ。
まあ、そもそも最近の私はそういった潜入の仕方はしなくなったのだから、これからもそれを続けていこうと思うだけだ。
「話をするのは構わないのですが、執務の方は…」
「心配する必要はない。
彼の分も終わらせてあるよ。
連れていってもらおうと思ってエミレィナを呼んだんだ。まあ、話してる内にハッとするだろうから、ゆっくりしていけばいいさ。」
チラリとグリニエル様の方を見るロレンザ様は疲れたそぶりなど見せない。
「えっ…それは申し訳ありませんでした。
いつもは誰かの足を引っ張るようなことはしないのですが…。」
「いや、いいよ。
理由は分かっているんだ。仕方ないさ。
とにかく、そこに座っておくれ。
話でもしよう。」
「ええ。分かりました。」
向かい合ったそのソファは、すでにグリニエル様が座っているため、私はその隣に腰を下ろし、ロレンザ様は向かい合わせに座った。
「エミレィナはジョルジュワーンが好きかい?」
「はい。」
「今後もずっとジョルジュワーンで暮らすつもりか?」
「もちろんです。」
今回、ヴィサレンス行きが決まったとき、私は心が裂けるような気持ちになった。だから余計にジョルジュワーンで生涯を全うしたいと気持ちが高まったのだ。
「君をそこまでジョルジュワーンに拘らせる魅力とはなんだ。
ジョルジュワーンにあってヴィサレンスにはない。それは何だろうか。」
まさかとは思うが、それを用意できたらヴィサレンスに来いというわけではないだろうなと警戒をする。しかし、私にとっての魅力は用意できるものでもないため、素直に答えた。
「…それは、愛着、ではないでしょうか。
ヴィサレンスの血が濃く流れていようとも、やはり長く住んだ国ですもの…。」
「ほう。それじゃ、もしグリニエル殿がヴィサレンスに住うことを決めたとすれば、君はどうする?」
「え?」
グリニエル様は一国の王子。易々と隣国に渡ることなどあり得ない。しかし、次期国王はほぼブルレギアス様で決定とされているのも事実だ。
例えば、グリニエル様とセレイン様が婚姻関係になり、彼がこちらに来ることはあり得なくはないだろう。
まあ、普通であれば女性が嫁ぐのだが、国に力のあるグリニエル様が残れば、それに乗じて反乱を起こす者だっているかもしれない。
それを防ぐ為にも国に残らない決断をなさるかもしれないのだ。
そうなれば私はどうするのだろうか。
「…そうなった場合、可能かどうかは分かりませんが、私はグリニエル様を追ってこの国で暮らすでしょう…。
グリニエル様は私の主人でございますから…。」
「君はジョルジュワーンにいたいのではないのか?」
「私はグリニエル様のお側におりたいのです。その為に主従関係を結んでおります。
グリニエル様がいるところに私も…。っ…」
そこまで言ってハッとする。
私がジョルジュワーンに拘っていたのは国への愛着からではない。
グリニエル様のそばにいたいという、私の身勝手な理由だ。
グリニエル様が私を必要とせず、付いてくるなと言えば、私はその後どうしたらいいのだろうか。
「まあ、つまり君はグリニエル殿と共にありたいのだな。」
「…。」
私はチラリと隣にいるグリニエル様を確認する。私なんかがおこがましい。そうは思っているのに、私はどうしても彼のそばにいたいと思うのだ。
私は彼に向けていた視線を手元に落とした後、拳を握りしめ、小さく返事をした。
「…はい。」
私はそのまま俯いていた為、私の返事にピクリと反応したグリニエル様の変化には気づかなかった。
「別に国に忠誠心がなかろうと、その王子に忠誠があるのだからそんなに自分を責める必要はないさ。意地悪な質問をしたね。
ただ、君の忠誠心が何に向いているのかが知りたかっただけなんだ。」
ロレンザ様は私の返事に満足しているようだ。なんだか先程よりもニコニコとしている。
「まあ、君には申し訳ないが、君が王族になったことで、彼と主従関係は結べないよ。
ヴィサレンス王家への侮辱となってしまう。」
「えっ、そんな…。」
そこまでは考えが至らなかった。
私は王家に入る代わりにジョルジュワーンで暮らすことが許されたのだ。
彼に仕えてはいけないなどとは考えもしなかった。
「落ち込むことはないさ。主従関係は結べなくとも、同じ立場として彼を支えることはできる。」
「同じ、立場…?」
「主従関係じゃない。
仲間、という感じだろうか。
ほら、グリニエル殿と勇者殿みたいな感じか。」
「……グリニエル様と隊長は一応主従関係です…。」
「はっはっ。…まあ、彼に謙ることはしないようにということだ。彼と歩くには隣を歩け。」
「…はい。」
「この国には帝国を脅かすジョルジュワーンに脅威を抱いている者が少なくはない。
君がジョルジュワーンとヴィサレンスの架け橋となったのは事実ではあるが、ジョルジュワーンが君の処遇を適切なものにしなければ、その者たちが動いてしまうかもしれない。
君は今回、ジョルジュワーンの…いや、グリニエル殿の役に立った。それと同時にこれから責任が纏わり付く立場となった。
それを利用し、彼の役に立つんだ。
それがエミレィナ・ヴィサレンスのできる彼への忠誠の誓い方だ。分かったかい?」
「…っ。はい。」
私は役立つと同時にとても大きな役割を担ったのだ。
前とは違うが、彼を助けることに変わりはない。そう聞いてホッとした。
「それはそうと、結婚は考えている者はいるのか?」
「けっ…婚…。」
正直、考えたことがないわけではない。ただ、グリニエル様の害とならない方で、法に触れていないクリーンな方。そして今回、王族となったことで、貴族…それも公子以上というのが条件となっている。
どんどん増える条件に上手く当てはまるものもいない為、ずっと考えないようにしてきたのだ。
「考えたことがないわけではありませんが、私はグリニエル様のお役に立つことばかりを考えておりました。
グリニエル様の望む相手との結婚をすることになると思いますが…?」
「想い人はいない…か。
参ったな。」
「…。」
ロレンザ様が頭を抱えるのも無理はない。
ヴィサレンスの王家は想い人と想いが通じることで更なる力を得ることができるのだから、できることなら心動かされる者との結婚が望ましいのだ。
「エミレィナのタイプはいないのか。」
「タイプですか…?
そうですね…。
まず、私がグリニエル様のそばにいても咎めない方で、法を犯していない公子以上の……」
「それは譲れない条件だろう。
性格や顔のことを言っている。
いないか?尊敬したり、そばにいたいと思ったり、心動かされる様なそんな人は誰だ?」
尊敬したり、心動かされる人…
恋心というには違うだろう。
しかしそういうものには何となく覚えがある。
「…グリニエル…様みたいな方と…。
グリニエル様の様に誰かを思いやれる様な方なら…心惹かれるかと…。」
そこまで言って我に返る。
「っ。ち、違うのです。言葉が過ぎました!グリニエル様の様な方という意味で、グリニエル様には恋心など微塵も抱いておりません!…グリニエル様が許可した方であれば、私は特にタイプなどっ…」
これでは義兄であるグリニエル様がいいと言っている様なものだ。そんな気はない為、私は慌てて訂正し直した。
「そんなことはない。グリニエル殿を慕っているのだからおかしいことではないだろう。
きっとグリニエル殿も、自身みたいな男であれば、エミレィナとの結婚を許すだろうな。」
「…っ。」
カァァっと顔が熱くなったが、変なことではないと言われて落ち着いた。
「………んー、これでもダメか。元を付かなければならないか…。」
ロレンザ様がグリニエル様に視線を移し、ボソボソと何かを告げる。
私は何を言っているのか聞き取れなかったが、ロレンザ様同様にグリニエル様を見た。
一体彼の身に何があってこうなったのだろうか。
シスコンの彼が私を前にして動かなくなることなど今までなかった。
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