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小話②
しおりを挟む小話②エミレィナ
グリニエル様の部屋から隣の私の部屋に着くと、私はすぐにアネモスに声を掛けた。
「アネモス…。質問してもいいかしら?」
『良いぞ。やっと妾の存在を認識してくれたのだ。なんでも聞くが良い。』
私は既にステファニーの給仕は断っている為、1人きり。誰に構うこともなくそのまま椅子に座った。
「それじゃ、この会話はグリニエル様に聞こえているのかしら?この会話…というより、あなたの声よね。」
先程までグリニエル様もアネモスの声を聞くことができていた。
それは耳で聞くというよりも、頭の中に声が響くような感じで、それは私と離れていても彼に聞こえているのかが聞きたかった。
『それは、できないができるというところかの。』
「できないけどできる?」
『ああ。今はまだできない。主の近くにいる時のみ聞くことができるじゃろう。
しかし、この先、妾の力を上手く扱えるようになれば、妾を通して情報を伝えるこ合うことができるようにもなる。』
「なるほどね…。」
それならば、いずれはテレパシーのようにすることも可能だろう。
「そういえば、アネモスには形はないの?」
どこを見て話をすればいいのだろう。
そう思って辺りを見渡しながら聞いてみた。
『妾は精霊じゃ。姿形などない。
自然の形が我らの形だと思って構わん。
我は風ゆえ、特に見るのは叶わんじゃろう。
……だからキョロキョロとするでない。』
「ふふ…残念。アネモスが女性の形をしていたら、きっと可愛らしいと思ったのだけれど、形がないのなら仕方がないわね。」
正直、見てみたかった。
こんなにも可愛らしい声で喋る彼女の姿はきっと可愛らしいに違いない。
ツンツンなところもまた、猫のようで愛らしいと思うのだ。
『……主は本当に変わり者じゃ…。』
「そうかしら?」
『ああ。精霊に性別などないのだからそんなこと言われたこともなかったわい。
………じゃが、嫌いではない。
これから楽しくなりそうじゃ……。』
「良かったわ。
改めて、今日から宜しくね。アネモス。」
『もちろんじゃ。』
私が少し上を向いてにっこり笑うと、アネモスの了承が聞こえた。
きっと彼女も笑っていることだろう。
そう思った。
『…して、彼奴の気持ちはどうじゃった。』
「彼奴?」
『先程までいたジョルジュワーンの王子のことじゃ。』
「あ。グリニエル様のことね。
正直、驚いたわ。グリニエル様が考えていたことだもの。私なんかには到底理解できないけど、素直にいうと嬉しかったわ。」
『そうか…ならば良い。』
アネモスはグリニエル様と言い合いをしていたが、意外にも優しい返答をくれた。
きっと私のことを第一に考えてくれているからこそ、彼に強く当たることもあるのだろう。
「…これからは対等な立場としてグリニエル様をお守りできるわ。この上ない幸せよ。」
『そうかそうか。
……………ん?今何と言った?』
「私も隊長のように対等に扱って欲しかったの。背と背を守り合う対等な関係をグリニエル様が求めているなんて気付きもしなかったけど、そう言ってもらえると嬉しいものね。
これから一層鍛錬に勤むことに決めたわ。」
『……。
ここまでくると清々しいくらいじゃの…。』
「だからね、まず私がアネモスの力をどのくらい使えるかが知りたいのよ。」
『はぁ…聞いてはおらんか。
もし奴と心が通えば、更に妾の力を使えるというのに…なんと勿体ない話じゃ…。』
「ちょっと。聞いてる?アネモス。」
『おーおー。聞いておる。
まず1から教えるからそこに直れ。』
私の会話に綺麗に被せて喋っていたアネモスは、私の言葉を聞き取っていたらしいので、私は2度同じことを言わずに済んだ。
アネモスが何を言っていたのかは気になりはするが、せっかく力の使い方を教えてくれるという話を折るわけにはいかない為、そのまま椅子から立ち上がり、ベッド近くの広いところへと立った。
「ここでいいかしら?」
『ああ。構わん。
まずは妾の名を呼ぶのじゃ。
そしてイメージする…妾の力をどの程度使い、何を風で覆いたいのか。
何を切り刻みたいのか、何を飛ばしたいのか。
出来る限り明確に妾に伝えるのじゃ。』
「…。」
物騒だな。そう思った。
しかし、風の精霊であるアネモスの力はそういうものなのだろう。
精霊の力は自然の力。
光は照らし、緑は生い茂り、火は燃え、水は降り注ぎ、闇は飲み込む。
それと同じく、風のアネモスは飛ばしたり切り刻んだりするということだ。
『まず手始めに、自身の髪を靡かせることをイメージしてみるのじゃ。』
「髪を…なびかせる?」
私はパチパチと目を数回瞬きさせると、アネモスがため息をついた。
『はぁ…急に何かを飛ばしたり竜巻を起こせるとでも思ったか?
…今の主はまだ妾と契約して時間が経っておらぬ。髪がなびくだけでも十分な順応じゃ。
まずは自身の体に纏わせることしか出来まい…。
それから順を追って手で風を作り出し、操り、更にはそれを放ることもできる。』
「なるほど…。」
『とにかくやってみぃ。
まずは妾に呼びかけ、そして、イメージをするのじゃ。』
「…。アネモス。」
私はアネモスの名を口にし、自身の髪が揺れることをイメージする。優しく、そよ風が吹くかのようにゆっくりと。
それをイメージするとすぐに私の髪は風でも受けたかのようにサァァっと右から左に髪が流れ、また元に戻った。
「…っ。で、きた?」
『ああ。なかなかの腕じゃ。
これなら飲み込みも早そうじゃな。』
「~っ。あぁー、よかった…。
やっと、…やっとグリニエル様のお役に立てる光りが見えた気がするわ。
ありがとう、アネモス。」
『……フッ。彼奴も言っておったじゃろう。
主は妾がいなくとも彼奴の力となれるのじゃ。』
「…そんなことないわ。
あなたは私に力をくれただけじゃない。
自信をくれたわ。
おかげで、彼の側にいてもいいのだと思えているもの。本当にありがとう、アネモス。」
『……。
本当に変わった人間じゃ…。
苦しゅうない。
我が身の限りを主に授ける。
……精々、妾をがっかりさせないように精進するのじゃ。いいな?』
「勿論よ。
私を選んだこと、後悔なんてさせないわ。」
『ああ…。頼んだぞ。』
私はにっこりと笑い、自分の手を握ったり開いたりと繰り返す。
私の中に新たな力が実った。
そのことを噛みしめるように何度も繰り返していると、ふと思ったことを口にしてみた。
「…これって、風を纏って指をナイフみたいに切れ味良くすることも可能なのかしら?」
『……まあ、そうじゃな。』
「少しやってみても…」
『まだできん。
さっき話したばかりじゃろう。
主はまだ妾と契約したばかりじゃ。
まだまだ時間がかかる。』
まるで見透かされていたかのようにすぐに被せられた私の提案は、やはり今の私では無理のようだ。
「私の力ってどれくらい時間がかかるの?
早めることってできないのかしら。」
『妾を受入れ、信頼することが一歩となる。
まあ、主はヴィサレンスの血を受け継いておるから、恋をするのも良かろう。
片思いでもいい。
両思いであれば更に強くなれる…。
もう20歳になったのだ。おなごの幸せも考えてみるといい。』
「…。そうね…。」
もう20歳。
恋をしながらもグリニエル様のお側にいるという最善の道を辿るには、どうしたら良いのだろうか。
私の信念の為には恋心が必要となる。
しかしそれはしたいと思ってできるものではないだろう。
今まで避けてはきたが、恋愛として誰かに好意を持てるように、少しでも交流の幅を広げてみようかとも思った。
『…余計なことは考えなくていい。
きっと主にも恋心が分かる時がすぐに訪れるじゃろう。』
「え?」
『それよりも早く寝るのじゃ…。
気を緩めず、万全の状態で毎日を過ごせ。
決して足元をすくわれないように、考えて動くのじゃ…。
妾の勘は、悪いものほどよく当たるからの…。
妾の力が欲しい時は呼ぶが良い。
それまで妾はゆっくりとヴィサレンスの観光でもしておるからの。』
「え?アネモス?…アネモス?」
「……。」
返事はない。
「ずっとそばにいるわけではないのかしら…。
まあ、アネモスの言った通りしっかり休まなければ、対等の立場を下ろされてしまうかもしれないものね。しっかり休まないと…」
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「……グ…レン…さま。」
彼のカーディガンに触れ、愛称を呼べば、先程のように胸がトクンと揺れる。
「…。なんなのかしら。」
私はその痛みを不思議に思いながらも、そのまま布団に潜り直し、そのまま眠りへとついた。
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