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第四章
蜜愛(2)
しおりを挟むカクテルドレスはしわにならないように、パウダールームに設えてあるオープンクローゼットのハンガーに掛けておく。既に仁寿のワイシャツとネクタイ、スラックスが掛けてある。脱いだ下着とストッキングは、几帳面にたたまれた仁寿のそれと並べて目隠しのタオルをかぶせる。
彩がパウダールームでメイクを落としてバスルームに行くと、シャワーブースの湯煙の中で、仁寿が豪快に髪の毛を洗っている最中だった。全面が白い壁で囲まれたバスルームは、時間の感覚がなくなってしまうくらい明るい。うっかり、今が夜だということを忘れてしまいそうだ。
彩は、素肌に巻きつけたバスタオルに緩みがないかを確認して、シャワールームのドアを開けた。
「お……、お邪魔します」
「あ、彩さん。こっちに来て。僕が洗ってあげる」
シャワーに打たれながら、仁寿が手招きする。余分な肉がなくて、かといって痩せすぎているわけでもない。軽く割れた腹筋は控えめにいっても最高の目の保養だと思う。大学生のころ本屋さんで立ち読みしたメンズ雑誌に載っていた、雨も滴るいい男特集のモデルみたいだ。最悪な失恋のあとは、静止画だけがときめきの対象だった。
「いえ、恥ずかしいので自分で洗います」
「えーっ、大丈夫だよ。コンタクトをはずしているから、あまりよく見えてないし」
「本当ですか?」
訝しむ彩に、仁寿が眉間にしわを寄せ、目を細めて見えてないアピールをする。一応、腰にタオルを巻いてくれているし、大丈夫だろう。なにが大丈夫なのかよく分からないが、彩は仁寿の「よく見えてない」を信じてシャワーの下に立った。
「お湯、熱くない?」
「はい、ちょうどいいです」
「じゃあ、頭から洗うね」
「お願いします」
バニラの香りがするシャンプーを手の平で泡立てて、仁寿が彩の髪の毛と地肌を丁寧に洗う。シャンプーを流してトリートメントまで終わると、今度は新しいボディタオルにソープを垂らして泡立て始めた。多分、他人から体を洗ってもらったのは、幼稚園のころが最後だったと思う。女子の友達も含めて、誰かとお風呂に入るなんて大人になってから一度もない。
――あ、由香とは何度か岩盤浴に行ったっけ。
ふと北川由香の顔を思い出して、彩は彼女がこの状況を知ったらどんなリアクションをするのだろうと考える。おそらく、目が飛び出るくらい驚いて、最後には「よかったね」と涙ぐんでくれるのではないだろうか。
そういえば、今まではなんでも由香に話してきたのに、仁寿との仲が以前より打ち解けたのは言ってない。彩は、それに気づいて申し訳ない気持ちになる。別に隠すつもりはなかったのだが、お互いに仕事が忙しくて話す機会がなかった。これについては、水臭いと一言お叱りを受けそうだ。
――由香に、なにかお土産を買って帰ろう。
彼女は甘いお菓子が好きだから、有名なお菓子屋さんのそれがいい。
「彩さん、僕に背中を向けて」
もこもこの泡に包まれたボディタオルがうなじに当てられて、クルクルと円を描くように肌を擦る。卑猥な行為をされているわけではないのに、体にくすぶる先程の余熱のせいで変な動悸がする。どこと明確にいえない体の中が、じんじん疼く。今まで経験したことのない感覚に、勝手に羞恥をあおられて胸の鼓動が加速する。
仁寿が洗ったのは、バスタオルから露出している肩や肩甲骨の上、それから両腕だけ。泡を洗い流すと、お湯に濡れたバスタオルが張りついて、彩の体のラインが浮き彫りになった。肌が透けているわけではないのに、すごくいやらしい格好をしている気がする。
「もっ、もういいです。あとは自分でしますから……っ!」
動揺して、両腕で胸を隠しながら振り返ろうとする彩を、仁寿が後ろから抱きしめる。一瞬、肩がぴくりと震えて体がすくんだ。力強い腕に濡れた肌。体中を彼に捕らえられて、逃げられないような気がする。わずかに残っていた余裕が一気に消し飛んで、なにも考えられなくなった。仁寿が、彩のこめかみに愛情を表現するようにキスする。
「彩さん、かわいい」
吐息交じりの艶声が耳元でささやいて、耳たぶを舐められた。聴覚から麻酔をかけられたように脳髄が麻痺する。彩が顔だけで振り返ると、二人の鼻頭がこつんとぶつかって唇が重なった。さっきの続きとでもいうように、前戯をはぶいて口内を舐め回され舌が絡み合う。彩がキスに意識を奪われている間に、体に張りついたバスタオルを取り除かれて、ソープまみれのぬるぬるした手に胸の双丘をなでられた。
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