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番外編
言の葉朽ちて、――5
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太陽は、赤くならずに落ちていく。
「明日の天気は悪そうだな」
窓外を見ながら、シグリィはつぶやいた。
その隣から窓の外をのぞいたカミルは、
「というより、この空の様子では今夜あたりから雲行きが怪しいのでは?」
「えええええー! 夜空の散歩したかったのに!」
セレンがベッドに腹ばいになったままジタバタ暴れる。
「………」
シグリィは部屋の中を見回した。
クーノの父たちが来たため、今までセレンだけ別室だったのが同じ部屋になった。宿を取るときはしばしばこういうことが起こるので、性別の違いなどは今さら気にしていない。むしろ、セレンが一緒の方が安心するくらいである。なぜならセレンの持つ朱雀の《印》は魔寄せの能力を有するのだから。
ベッドが足りないので、シグリィとセレンが同じベッドを使うことになった。そのことについて、カミルが非常に何か言いたそうだったが、「では私が下で寝ようか」と首をかしげたら口をつぐんだようだった。
それにしても……
「おかしいな」
「どうしたんですか?」
窓の外を見上げたまま、カミルが反応する。
「……護衛兵たちがいつまで経っても帰ってこない」
「ああ……そのようですね。まだお酒に興じてるんじゃないですか」
「それもありなんだが……」
シグリィは首をひねっていた。どうにも納得できないのは、彼の首筋がずっと熱い熱を持っているからだ。
首筋にあるのは、青龍の《印》。
この村の植物たちが何かを訴えたがっている。
――助けて、助けてと救いを求めている切実な声がかすれるように聞こえる気がした。
「こらー! 蝋燭代がもったいないから早く寝ろって言ってるだろー!」
クーノが飛び込んできた。シグリィはそちらを向き、
「クーノ、お父さんは?」
「親父? 親父ならシェルの家に行った」
「―――」
シグリィは半眼になる。
助けて、助けて
耳をかすめるように、否、脳裏に舞うように、小さな声がずっと聞こえる。
「……まずいな」
「シグリィ様?」
「カミル、セレン、ついてこい」
シグリィはさっと歩き出した。戸口のクーノの横を通り過ぎ、廊下へ出る。
セレンはベッドから飛び起き軽い身のこなしで下りると、少年の後を追う。それを待ってから、カミルが最後尾についた。
「ちょ、ちょっと待て」
クーノが慌ててたまたま最後尾にいたカミルの服の裾を引っ張り、
「どこ行く気だ? 寝ないのか?」
「……ちょっと気になることがある」
「―――」
クーノは急に真剣な顔になった。
「シグリィ……あのな、俺様も、なんか、青龍の《印》が熱くて仕方ないんだ。それと関係あるのか?」
シグリィは振り向いて、クーノの首筋を見やった。彼女の首筋は襟で隠れていたが、そこにある気配が強くなっているのが分かる。
「関係ある……多分、な」
「俺様も行く!」
クーノは飛び上がった。「でないとお前たちの荷物をこの家から放り出すからな!」
「いや、そうされても特に困らないんだが……」
元々野宿には慣れている身である。あっさりとそう切り返すと、クーノはひるんだ。
「じゃ、じゃあ……お、お前たちの荷物をこの村で売っぱらう!」
「この村に必要なものは多分ないぞ?」
「う」
二の句が継げなくなった少女に、
「いざとなったとき危ないから。ここで大人しくしていてくれ」
「いざというときってなんだ!」
「分からない。だから危険なんだ。いいか、大人しくしてるんだぞ」
言い含めて、シグリィは身を翻す。
カミルはそっと自分の服の裾から少女の手を離し、歩き出す。
「クーノちゃん、大人しくしててね」
セレンが肩ごしに振り返りながら言った。
クーノは呆然と、廊下に突っ立って、三人組が階下に下りていくのを見ていた。
クーノの宿を出るなり、シグリィは走り出した。
まだ陽の落ちきらない暗がりの中、村の中央にある小高い丘の上に人影がいくつも見える。
斧を持った人影が。
「あれだ……っ!」
確信とともに、シグリィは叫んだ。「カミル、セレン、あれをやめさせろ!」
一瞬何を言われたのか分からなかったらしい従者二人は、しかし次の瞬間には理解した。
斧が、振るわれている。
樹に向かって。
リシェルドの小屋に寄り添っていたあの大木に向かって、護衛兵たちが斧をふるっているのだ――
うたたねをしていたリシェルドは、心の中につんざくような悲鳴を受け止めてはっと目を覚ました。
「相棒……? どうしたんだ?」
つぶやいた瞬間、異質な音が耳に飛び込んできた。
カーン カーン
何か金属製のものが、どこかに食い込む音。
この音をリシェルドはよく知っていた。この村ではよく聞く音だ。なぜならこの村の家はすべて木造だから。
木造だから……!
知っているのだ、樹を、伐る、音は……!
「………!」
リシェルドは小屋を飛び出した。
そして、目の当たりにした。
シーヴァルが腕を組んでいる。その彼の前で……
護衛兵たちが、激しく斧をふるって――言の葉の樹の幹に傷をつけているところを。
「アノンさん!」
リシェルドは叫んだ。「アノンさん……! やめさせてください!」
心の中で悲鳴が続いている。相棒の。人間の女性なら髪の毛を振り乱して痛みに泣き叫んでいることだろう。
しかしシーヴァルは、昼間見たあの笑顔とはうってかわって冷めた目でリシェルドを見やると、
「……昔から思っていた。お前はこの樹に依存しているようだとな。お前の仕事机の上にはいつもこの樹の葉が散乱しているし……お守りにでもしているのだろう。この樹を切り倒してしまえば」
「やめてください……!」
リシェルドは近場の傭兵一人にしがみついた。その太い腕が斧を振るうのを、必死で止めようとする。
しがみつかれた護衛兵が腕を止める。しかしその間にも、
カーン カーン
他の男たちの腕は休まず動いていた。
リシェルドは見た。相棒の幹に三分の一ほどまで切れ目が入ってしまったのを。
痛い痛いと泣く声が絶えず聞こえていて、
「――やめてくれ!!」
悲鳴を上げた。咆哮にも似ていた。小さな村一杯に広がりそうな大声だった。
そのとき、
「荒ぶる風よ、竜巻となりてその力をいざ示さん!」
凛とした女性の声とともに、
突風が起きた。言の葉の樹を中心に渦巻く風となり、周囲にいた護衛兵たちを吹き飛ばす。
しがみついていたリシェルドもともに吹き飛ばされ、体を地面にしたたか打ちつけた。
「あ、やだ! ごめんなさい!」
慌てたように言う声――聞き覚えがある。あの旅人の一人――セレンと言ったか。
小屋へ向かう道を無視し、最短距離を選んだのだろう。春の若草を踏んで駆けてくる足音がする。
「シェル! 大丈夫ですか!」
シグリィ少年の声がした。
次いで、体を誰かに抱き起こされた。力強い腕。これは男性の腕だ。――カミル青年。
リシェルドは力なくまばたきした。
「シグリィ様、意識がおありです」
「そうか、よかった」
ぼんやりとかすみがかった視界に、黒髪の少年がひょこっと顔を出す。「シェル?」と呼ぶ声がやけに鮮明に、耳に心地よく聞こえて、とても心強かった。
「助けてくれ……僕の、相棒が」
「ええ。だから来ました」
言って、少年はリシェルドの横に膝をついたまま横を向く。
誰の方を向いているのかは、その真剣な表情で想像がついた。
「――自分のやっていることを、お分かりですか」
シーヴァルはうろたえているようだった。
「なぜお前たちが邪魔をする。お前たちは部外者だ、どこかへ行け……!」
「行けませんね、私たちはシェルの友人なんです」
きっぱりと言ったシグリィは、立ち上がった。
「この樹はシェルの大切な樹。伐らせるわけには行きません」
「邪魔をするな! おい、お前らいつまで転がっている……!」
一番近くに飛んできた護衛兵を蹴飛ばし、シーヴァルは怒鳴る。
「奴らを追い払え! 聞いているのか……!」
同じ威力をくらったリシェルドは、全身が麻痺したように動かない。けれど、鍛えられた護衛兵は違う。のっそりと起き出した。
しかし、
「重き風に抗える者なし!」
どんっ! と重い音がして、起き上がったばかりの護衛兵が前に体を折り、再度吹き飛ばされる。一人ずつ、それが繰り返されて護衛兵は小高い丘から転がり落ちていった。
「な……」
シーヴァルが両手をわななかせる。
「何者だ……お前たちは!」
「ただの旅人ですよ。旅人がこれくらいの力を持っていても当然でしょう」
「ええい、邪魔をしおって!」
「あなたがふざけた真似をするからだ」
リシェルドの胸中を、すべて少年が代弁してくれるようだった。相棒と心を通わすことのできた稀有な少年は、リシェルドの心とも通っているのかもしれない。
相棒は大丈夫だろうか? そればかりが気にかかる。
もう大分切れ目が入っていた。斧を何度叩きつけられたのだろう。それを思うと胸が切り裂かれたように痛くて、ああ自分は相棒とは離れられないのだと実感する。
護衛兵たちは丘から転がり落ちていったはずだ。
もうこれ以上痛みは加えられない。大丈夫だ、大丈夫……
そう思ったとき、急に空気が急変したのが分かった。
「親父!」
甲高い少女の声がした。
「クーノ!」
シグリィが声を上げた。「来るなと言ったはずだ!」
「だって《印》が熱いんだ!」
負けじとクーノは大声を上げた。そして、
「親父! いったい何を企んだ! 何でその樹が傷ついてるんだ……!」
瞬間、リシェルドの胸を嫌な予感がよぎった。
シーヴァルが走り出していた。
「やめろ!」
何がやめろなのか分からないまま、リシェルドは肺を引き絞るようにして叫ぶ。
カミルが何を思ったか、体をひねりその体をもってリシェルドの視界を遮った。
何も見えないまま、
声だけが聞こえて、
クーノの悲鳴が、聞こえて、
「――この子がどうなっても構わないのか!」
シーヴァルが信じられないことを叫んで、
「……何を考えているんだ?」
熱が上がった空気を一気に冷やすように、冷水のような少年の声が静かに割り込む。
「クーノはあなたの娘でしょう。人質になるわけがない」
しかしシーヴァルは、狂ったように笑った。
「リシェルド! そこで子供のように護られているリシェルドよ! 聞くがいい……!」
リシェルドは全身の力を振り絞って、カミルの体を押した。どいてくれ、と言うつもりだった。
カミルは困ったような顔をした後、肩ごしに振り返る。
「シグリィ様」
「……見せた方がいい」
それを受けて青年が半身を傾ける。
視界が開けた。霞は取れていた。
陽はすっかり落ち、暗闇の中に気配がする。
「シェル……」
かすれた声を出すのは、クーノだ。自分の父親に首をしめられ、顔の間近に短剣の切っ先がある。
リシェルドはうめき声を上げた。
「なぜそんなことをするんです……アノンさん……」
シーヴァルは肩を上下させて笑った。
「私の体を見るか! この村に来る途中に負った傷がどれだけあるか、知っているか! 知っているか! この村に来るのを挫折した回数を! 知っているか――」
そこで、ぐっとクーノの首を締め上げて、
「この子の母親が! 一緒に来るとついてきて――そして“迷い子”に喰われたのを知っているか!」
リシェルドは瞬間、息が出来なくなった。クーノが目をむいた。
「明日の天気は悪そうだな」
窓外を見ながら、シグリィはつぶやいた。
その隣から窓の外をのぞいたカミルは、
「というより、この空の様子では今夜あたりから雲行きが怪しいのでは?」
「えええええー! 夜空の散歩したかったのに!」
セレンがベッドに腹ばいになったままジタバタ暴れる。
「………」
シグリィは部屋の中を見回した。
クーノの父たちが来たため、今までセレンだけ別室だったのが同じ部屋になった。宿を取るときはしばしばこういうことが起こるので、性別の違いなどは今さら気にしていない。むしろ、セレンが一緒の方が安心するくらいである。なぜならセレンの持つ朱雀の《印》は魔寄せの能力を有するのだから。
ベッドが足りないので、シグリィとセレンが同じベッドを使うことになった。そのことについて、カミルが非常に何か言いたそうだったが、「では私が下で寝ようか」と首をかしげたら口をつぐんだようだった。
それにしても……
「おかしいな」
「どうしたんですか?」
窓の外を見上げたまま、カミルが反応する。
「……護衛兵たちがいつまで経っても帰ってこない」
「ああ……そのようですね。まだお酒に興じてるんじゃないですか」
「それもありなんだが……」
シグリィは首をひねっていた。どうにも納得できないのは、彼の首筋がずっと熱い熱を持っているからだ。
首筋にあるのは、青龍の《印》。
この村の植物たちが何かを訴えたがっている。
――助けて、助けてと救いを求めている切実な声がかすれるように聞こえる気がした。
「こらー! 蝋燭代がもったいないから早く寝ろって言ってるだろー!」
クーノが飛び込んできた。シグリィはそちらを向き、
「クーノ、お父さんは?」
「親父? 親父ならシェルの家に行った」
「―――」
シグリィは半眼になる。
助けて、助けて
耳をかすめるように、否、脳裏に舞うように、小さな声がずっと聞こえる。
「……まずいな」
「シグリィ様?」
「カミル、セレン、ついてこい」
シグリィはさっと歩き出した。戸口のクーノの横を通り過ぎ、廊下へ出る。
セレンはベッドから飛び起き軽い身のこなしで下りると、少年の後を追う。それを待ってから、カミルが最後尾についた。
「ちょ、ちょっと待て」
クーノが慌ててたまたま最後尾にいたカミルの服の裾を引っ張り、
「どこ行く気だ? 寝ないのか?」
「……ちょっと気になることがある」
「―――」
クーノは急に真剣な顔になった。
「シグリィ……あのな、俺様も、なんか、青龍の《印》が熱くて仕方ないんだ。それと関係あるのか?」
シグリィは振り向いて、クーノの首筋を見やった。彼女の首筋は襟で隠れていたが、そこにある気配が強くなっているのが分かる。
「関係ある……多分、な」
「俺様も行く!」
クーノは飛び上がった。「でないとお前たちの荷物をこの家から放り出すからな!」
「いや、そうされても特に困らないんだが……」
元々野宿には慣れている身である。あっさりとそう切り返すと、クーノはひるんだ。
「じゃ、じゃあ……お、お前たちの荷物をこの村で売っぱらう!」
「この村に必要なものは多分ないぞ?」
「う」
二の句が継げなくなった少女に、
「いざとなったとき危ないから。ここで大人しくしていてくれ」
「いざというときってなんだ!」
「分からない。だから危険なんだ。いいか、大人しくしてるんだぞ」
言い含めて、シグリィは身を翻す。
カミルはそっと自分の服の裾から少女の手を離し、歩き出す。
「クーノちゃん、大人しくしててね」
セレンが肩ごしに振り返りながら言った。
クーノは呆然と、廊下に突っ立って、三人組が階下に下りていくのを見ていた。
クーノの宿を出るなり、シグリィは走り出した。
まだ陽の落ちきらない暗がりの中、村の中央にある小高い丘の上に人影がいくつも見える。
斧を持った人影が。
「あれだ……っ!」
確信とともに、シグリィは叫んだ。「カミル、セレン、あれをやめさせろ!」
一瞬何を言われたのか分からなかったらしい従者二人は、しかし次の瞬間には理解した。
斧が、振るわれている。
樹に向かって。
リシェルドの小屋に寄り添っていたあの大木に向かって、護衛兵たちが斧をふるっているのだ――
うたたねをしていたリシェルドは、心の中につんざくような悲鳴を受け止めてはっと目を覚ました。
「相棒……? どうしたんだ?」
つぶやいた瞬間、異質な音が耳に飛び込んできた。
カーン カーン
何か金属製のものが、どこかに食い込む音。
この音をリシェルドはよく知っていた。この村ではよく聞く音だ。なぜならこの村の家はすべて木造だから。
木造だから……!
知っているのだ、樹を、伐る、音は……!
「………!」
リシェルドは小屋を飛び出した。
そして、目の当たりにした。
シーヴァルが腕を組んでいる。その彼の前で……
護衛兵たちが、激しく斧をふるって――言の葉の樹の幹に傷をつけているところを。
「アノンさん!」
リシェルドは叫んだ。「アノンさん……! やめさせてください!」
心の中で悲鳴が続いている。相棒の。人間の女性なら髪の毛を振り乱して痛みに泣き叫んでいることだろう。
しかしシーヴァルは、昼間見たあの笑顔とはうってかわって冷めた目でリシェルドを見やると、
「……昔から思っていた。お前はこの樹に依存しているようだとな。お前の仕事机の上にはいつもこの樹の葉が散乱しているし……お守りにでもしているのだろう。この樹を切り倒してしまえば」
「やめてください……!」
リシェルドは近場の傭兵一人にしがみついた。その太い腕が斧を振るうのを、必死で止めようとする。
しがみつかれた護衛兵が腕を止める。しかしその間にも、
カーン カーン
他の男たちの腕は休まず動いていた。
リシェルドは見た。相棒の幹に三分の一ほどまで切れ目が入ってしまったのを。
痛い痛いと泣く声が絶えず聞こえていて、
「――やめてくれ!!」
悲鳴を上げた。咆哮にも似ていた。小さな村一杯に広がりそうな大声だった。
そのとき、
「荒ぶる風よ、竜巻となりてその力をいざ示さん!」
凛とした女性の声とともに、
突風が起きた。言の葉の樹を中心に渦巻く風となり、周囲にいた護衛兵たちを吹き飛ばす。
しがみついていたリシェルドもともに吹き飛ばされ、体を地面にしたたか打ちつけた。
「あ、やだ! ごめんなさい!」
慌てたように言う声――聞き覚えがある。あの旅人の一人――セレンと言ったか。
小屋へ向かう道を無視し、最短距離を選んだのだろう。春の若草を踏んで駆けてくる足音がする。
「シェル! 大丈夫ですか!」
シグリィ少年の声がした。
次いで、体を誰かに抱き起こされた。力強い腕。これは男性の腕だ。――カミル青年。
リシェルドは力なくまばたきした。
「シグリィ様、意識がおありです」
「そうか、よかった」
ぼんやりとかすみがかった視界に、黒髪の少年がひょこっと顔を出す。「シェル?」と呼ぶ声がやけに鮮明に、耳に心地よく聞こえて、とても心強かった。
「助けてくれ……僕の、相棒が」
「ええ。だから来ました」
言って、少年はリシェルドの横に膝をついたまま横を向く。
誰の方を向いているのかは、その真剣な表情で想像がついた。
「――自分のやっていることを、お分かりですか」
シーヴァルはうろたえているようだった。
「なぜお前たちが邪魔をする。お前たちは部外者だ、どこかへ行け……!」
「行けませんね、私たちはシェルの友人なんです」
きっぱりと言ったシグリィは、立ち上がった。
「この樹はシェルの大切な樹。伐らせるわけには行きません」
「邪魔をするな! おい、お前らいつまで転がっている……!」
一番近くに飛んできた護衛兵を蹴飛ばし、シーヴァルは怒鳴る。
「奴らを追い払え! 聞いているのか……!」
同じ威力をくらったリシェルドは、全身が麻痺したように動かない。けれど、鍛えられた護衛兵は違う。のっそりと起き出した。
しかし、
「重き風に抗える者なし!」
どんっ! と重い音がして、起き上がったばかりの護衛兵が前に体を折り、再度吹き飛ばされる。一人ずつ、それが繰り返されて護衛兵は小高い丘から転がり落ちていった。
「な……」
シーヴァルが両手をわななかせる。
「何者だ……お前たちは!」
「ただの旅人ですよ。旅人がこれくらいの力を持っていても当然でしょう」
「ええい、邪魔をしおって!」
「あなたがふざけた真似をするからだ」
リシェルドの胸中を、すべて少年が代弁してくれるようだった。相棒と心を通わすことのできた稀有な少年は、リシェルドの心とも通っているのかもしれない。
相棒は大丈夫だろうか? そればかりが気にかかる。
もう大分切れ目が入っていた。斧を何度叩きつけられたのだろう。それを思うと胸が切り裂かれたように痛くて、ああ自分は相棒とは離れられないのだと実感する。
護衛兵たちは丘から転がり落ちていったはずだ。
もうこれ以上痛みは加えられない。大丈夫だ、大丈夫……
そう思ったとき、急に空気が急変したのが分かった。
「親父!」
甲高い少女の声がした。
「クーノ!」
シグリィが声を上げた。「来るなと言ったはずだ!」
「だって《印》が熱いんだ!」
負けじとクーノは大声を上げた。そして、
「親父! いったい何を企んだ! 何でその樹が傷ついてるんだ……!」
瞬間、リシェルドの胸を嫌な予感がよぎった。
シーヴァルが走り出していた。
「やめろ!」
何がやめろなのか分からないまま、リシェルドは肺を引き絞るようにして叫ぶ。
カミルが何を思ったか、体をひねりその体をもってリシェルドの視界を遮った。
何も見えないまま、
声だけが聞こえて、
クーノの悲鳴が、聞こえて、
「――この子がどうなっても構わないのか!」
シーヴァルが信じられないことを叫んで、
「……何を考えているんだ?」
熱が上がった空気を一気に冷やすように、冷水のような少年の声が静かに割り込む。
「クーノはあなたの娘でしょう。人質になるわけがない」
しかしシーヴァルは、狂ったように笑った。
「リシェルド! そこで子供のように護られているリシェルドよ! 聞くがいい……!」
リシェルドは全身の力を振り絞って、カミルの体を押した。どいてくれ、と言うつもりだった。
カミルは困ったような顔をした後、肩ごしに振り返る。
「シグリィ様」
「……見せた方がいい」
それを受けて青年が半身を傾ける。
視界が開けた。霞は取れていた。
陽はすっかり落ち、暗闇の中に気配がする。
「シェル……」
かすれた声を出すのは、クーノだ。自分の父親に首をしめられ、顔の間近に短剣の切っ先がある。
リシェルドはうめき声を上げた。
「なぜそんなことをするんです……アノンさん……」
シーヴァルは肩を上下させて笑った。
「私の体を見るか! この村に来る途中に負った傷がどれだけあるか、知っているか! 知っているか! この村に来るのを挫折した回数を! 知っているか――」
そこで、ぐっとクーノの首を締め上げて、
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