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第三章 王子の罠
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「まずは何がしてみたい?」
とレイサル王子に訊かれ、アンゼリスカは即答した。
「この国の蔵書を見たいと願っておりました。類なき数を誇るという蔵書を」
レイサルはははっと快活に笑った。
「我が国に来た人間として、最適な返答だな。――ついてこい」
身を翻し、颯爽と城内を歩きだす。
アンゼリスカは迷わずついていった。
城の中は、進んでも進んでも植物が絶えない。色とりどりの花たちは、そして観葉植物たちは、手入れも行き届いて誇らしげにそこに在った。
アンゼリスカはレイサルの背中を見る。堂々と歩くその姿――未来の国王の姿。
「失礼ながら、お尋ねしてもよろしいでしょうか」
「なんだ」
振り向かないまま、レイサルは気軽に反応する。
「……殿下の、お父上とお母上は……?」
謁見の間にいなかった。レイサルがいい年齢のため、すでに王位継承からははずれているレイサルの両親。
ああ、とレイサルは軽く手を振る。
「鉱山の視察に行っている。今我が国は鉱山の発掘に力を入れていてな」
「鉱山……ですか」
「今までは自然を壊すなという国民の意見が多数を占めて、手を出せなかった。だが、そろそろ我が国も産業をもっと発展させなければと思ってね」
アンゼリスカは地図を脳裏に描き出す。このレイネンドランドと南に山を挟んでつながっているグレファンド王国は宝石の産地だ。たしかに、この国でも宝石が出る可能性はある。
あごに指をかけ、軽く小首をかしげて、アンゼリスカは質問を変えた。――一番尋ねたかったことへ。
「――町で小耳に挟みました。王子は、近々ご結婚の予定とか――」
すると王子は楽しげに肩を揺らして笑った。肩ごしに振り向いて、
「その通りだ。私はまさに楽しみの最中だよ」
「……おめでとうございます」
「相手のことは聞いたのか?」
レイサルは思ったより饒舌だ。アンゼリスカは慎重に言葉を選ぶ。
「ええ――隣国の、小国の姫だと」
「ティエラだ」
隠す様子もなかった。「あの、ティエラだよ。学者なら知っているだろう?」
「はい。興味深い国です」
学士ぶってそう答えると、ああ、実に興味深いと返答があった。
「紡石と言うそうだ、彼らが扱う力は――。願いを形にして留めることができる。そしてそれをいつでも使うことができる。何とも面白い力だ」
「私もそう思っております。しかし、城下の者たちにとっては不気味な力のようでした」
「それはそうだろう。誰だって未知の力は恐れるものだ。そうじゃないか?」
再び前を向いて、歩き出す。アンゼリスカの足音が重なった。
「私に嫁いでくる姫は、かの国の一人娘、シャールコーラル姫だ」
「かの国に姫は一人しかいないことは聞き及んでいます。その姫を、とは。いかにティエラがこの国を重要視しているかの証明ですね」
「そうとも。ありがたいことだ」
レイサルが廊下を右に曲がる。彼は早足だ。
アンゼリスカは、さらに深くをついてみる。
「かの国の王族は由緒正しく――純血を守ってきたといいます。それが突然他国との結婚。……怪しいとは、思われませんでしたか」
「興味深いか、学士」
ぴたり、と王子の足が止まった。
「はい」
アンゼリスカは肯定した。
くすくすとレイサルは笑って、
「国同士の関係など、どこが相手でも信用はできぬものだよ。だが、私は楽しみだ。シャールコーラル姫はとても美しい姫だという。それに」
一呼吸置いて、続ける。
「かの姫が紡ぐ石も楽しみだ。さぞかし美しい石なのだろうな」
「―――」
アンゼリスカの胸に重い鉛がのしかかる。シャールは、この国に来てもやはり紡石から逃れられない――
「次の曲がり角を左に曲がったら書庫だ。自由に出入りを許す。存分に使え」
「本当によいのですか?」
「構わんさ。禁書の類に触れたら即死罪だがな」
恐ろしいことを、レイサルは笑いながら言った。
■■■■■
ティエラ王城の練兵場は屋内と屋外の二種類がある。
シャールの親衛隊は、近衛兵に混じって外の練兵場で訓練を行っていた。
隊長のアンゼリスカがいない今、指揮を執るのは、副隊長のフレデリックである。その様子を、シャールは少し離れて見ていた。
陽射しが暑い日だった。
まぶしい太陽に、シャールは額に手をかざして目を細め太陽を見る。
金属が激しくぶつかりあう音。気合を入れる声。ここは活気に満ちている。鋼剣が太陽光を照り返し、きらきらと光る。
やがて、訓練はいったん休憩に入った。
「シャール様」
フレデリックが歩いてくる。親衛隊の残り三人も、近づいてきて敬礼した。
「ご苦労。……続きも頑張れ」
シャールはにこっと笑って大切な親衛隊員を励ました。
フレデリックが手を振って、残りの三人を払う。三人が思い思いの場所で水分を摂るのをたしかめてから、彼も用意されていた飲み物を手に取った。
シャールは再び空を見上げて、
「赤の四十……もうアンゼが発ってから、二十日が過ぎたな」
つぶやいた。
この国の暦は七色で一年を計算する。一色五十日。一年三百五十日だ。それにプラスして白、という日が七日間ある。それぞれの色の間に一日だけはさまっている日のことである。
ボトルに入った水を半分ほど飲んだフレデリックは、
「あと十日で、俺がこの国に来てからちょうど五年になりますね」
と笑った。
ああ、そう言えば――とシャールは思い出す。
フレデリックがこの国に来たのは、赤の五十日だった。
「懐かしいな。お前はこの国に来たとき、右も左も分からないくせにやけに堂々と歩いていた」
「俺の方こそ驚きましたよ。この国で最初にしゃべった相手が――子供が、この国の王女だなんて」
二人は顔を見合わせて笑った。
当時、十一歳になったばかりだった王女シャールは、たまたま城下町に出ていた。視察のためである。傍らにはまだ親衛隊長ではなかった頃のアンゼリスカがついていた。乳兄妹として。
変装したシャールが、雑踏の中でぶつかり、『ああ、すまない』とティエラ語で話しかけた相手がフレデリックだった。
フレデリックは首をかしげ、困ったように自国の言葉でしゃべった。詫びを言ったのだが、シャールには通じなかった。シャールはアンゼリスカの腕を引き、『今この者は何と言ったのだ?』と通訳を求めた。
アンゼリスカ。十二歳のときにレイネンドランドへ行き、父を喪って以来語学に通じていた彼は、フレデリックの言語をすぐに聞き分け、通訳した。
フレデリックはウィデンウォルグの出身だ。武器防具作りに長けた国――
シャールがフレデリックを城へ連れていったのは、最初は危ぶんだからだ。武器作りに長けた国。作ったものを戦争中の国々へ売りさばいている武器商人の国。
ひょっとしたらティエラに武器を持ち込むためのスパイか何かだと――フレデリックはみなに危険視された。
しかし、軟禁され、窮屈な思いをしていたフレデリックの元に何度も訪れたシャールが下した判断は「心配ない」だった。
フレデリックは天涯孤独だった。鍛冶師の能力があったわけでもなかったため、祖国でも肩身がせまくて国を出てきたのだ。
周囲の反対を押し切り、シャールは彼を親衛隊に入れた。幸いなことに彼は武術に長けていた。戦輪という特殊な武器も祖国から持ち込んでいて、重要な戦力となった。
そして四年後、アンゼリスカが親衛隊隊長に昇格するとともに、副隊長に抜擢。
それはとても強引な手段。まだフレデリックを認めていなかった周囲に彼を認めさせるための。
彼の居場所を作るための。
――今でも、フレデリックの陰口を叩く者は消えない。けれど。
「フレッド……この国は居心地が悪いか?」
シャールは木でできた長椅子に座り、問う。
フレデリックは軽快に笑った。
「この国はかわいい女の子が多いんですよ」
「……まったく。お前はそうだからアンゼににらまれるのだぞ」
「そのアンゼが女だったらほっとかないんですけどねー。まあ、やつは心に決めた女がいるからなびかないでしょうが」
シャールは目をぱちくりとさせた。
「アンゼに好きな女性がいるのか?」
「本人に訊いてごらんなさい」
「何ということだ……! あいつめ、私には内緒にしおって!」
シャールはぱたぱたと両手を振って暴れた。襟足で結わえた長い金髪が揺れた。
フレデリックはくっくと笑う。
「許さん。帰ってきたら問い詰めてやる」
むくれたまま立ち上がったシャール。兵士の休憩時間は終わっていた。
散らばっていた兵士たちが集まってくる。そこへずかずかと入り込んで、
「誰か私の相手をしろ……!」
兵士たちがうわあとのいた。シャールが訓練をすることは国王に許されていることとは言え、王女をそうそう怪我させられるものではない。
いつもならアンゼリスカが相手をするのだが。
笑いながら、フレデリックが剣を手に王女に声をかける。
「シャール様。無茶を言うものじゃないですよ。――俺が相手をしましょう」
「む。フレッド。お前、私をなめているだろう」
「おや。この間十連戦して十連勝したのはどっちだったか覚えていますか?」
「負けは取り返す!」
練兵場の一角を占領して、王女とその親衛隊副隊長は武稽古を始める――
……窓から、屋外練兵場の兵士たちの、稽古の音が聞こえてくる。
エディレイドは窓枠に手をかけた。
兵士たちに混じって、鮮やかな長い金髪が激しく動いているのが見下ろせた。相手をしているのはフレデリックだ。
「………」
エディレイドの蜜色の瞳は、冷めた視線でそれを見つめていた。
「シャール……」
短剣を手にフレデリックに立ち向かう妹の名を、彼はつぶやく。ひどく冷ややかな声音で。
妹の親衛隊。彼らは信じられないほど、王女に従順だった。――王族の中ではできそこないと、誰もが認めているあの王女に。
親衛隊の五名は、全員王女に紡石生成の能力がないことを知っている。
その上で、彼女につき従っている――いや、そもそもが自ら名乗り出た者ばかりなのだ。シャールの親衛隊の面子は。
例外は、無理やりシャールが自分の隊に所属させたフレデリックのみ。そのフレデリックにしても、今はまぎれもない、シャールの味方である。
王に任命されてそれぞれ従うことになった、兄王子たちの親衛隊たちとは根本的に違う……
エディレイドの口元に、引きつった笑みが浮かんだ。
そして彼は自分の右手を見る。――鳩。
用意していた小さな筒を、その足に結び付けて。
「行け。いつもの場所へ」
命じた。
鳩は青空へと飛び立った。――エディレイドの心を乗せて。
とレイサル王子に訊かれ、アンゼリスカは即答した。
「この国の蔵書を見たいと願っておりました。類なき数を誇るという蔵書を」
レイサルはははっと快活に笑った。
「我が国に来た人間として、最適な返答だな。――ついてこい」
身を翻し、颯爽と城内を歩きだす。
アンゼリスカは迷わずついていった。
城の中は、進んでも進んでも植物が絶えない。色とりどりの花たちは、そして観葉植物たちは、手入れも行き届いて誇らしげにそこに在った。
アンゼリスカはレイサルの背中を見る。堂々と歩くその姿――未来の国王の姿。
「失礼ながら、お尋ねしてもよろしいでしょうか」
「なんだ」
振り向かないまま、レイサルは気軽に反応する。
「……殿下の、お父上とお母上は……?」
謁見の間にいなかった。レイサルがいい年齢のため、すでに王位継承からははずれているレイサルの両親。
ああ、とレイサルは軽く手を振る。
「鉱山の視察に行っている。今我が国は鉱山の発掘に力を入れていてな」
「鉱山……ですか」
「今までは自然を壊すなという国民の意見が多数を占めて、手を出せなかった。だが、そろそろ我が国も産業をもっと発展させなければと思ってね」
アンゼリスカは地図を脳裏に描き出す。このレイネンドランドと南に山を挟んでつながっているグレファンド王国は宝石の産地だ。たしかに、この国でも宝石が出る可能性はある。
あごに指をかけ、軽く小首をかしげて、アンゼリスカは質問を変えた。――一番尋ねたかったことへ。
「――町で小耳に挟みました。王子は、近々ご結婚の予定とか――」
すると王子は楽しげに肩を揺らして笑った。肩ごしに振り向いて、
「その通りだ。私はまさに楽しみの最中だよ」
「……おめでとうございます」
「相手のことは聞いたのか?」
レイサルは思ったより饒舌だ。アンゼリスカは慎重に言葉を選ぶ。
「ええ――隣国の、小国の姫だと」
「ティエラだ」
隠す様子もなかった。「あの、ティエラだよ。学者なら知っているだろう?」
「はい。興味深い国です」
学士ぶってそう答えると、ああ、実に興味深いと返答があった。
「紡石と言うそうだ、彼らが扱う力は――。願いを形にして留めることができる。そしてそれをいつでも使うことができる。何とも面白い力だ」
「私もそう思っております。しかし、城下の者たちにとっては不気味な力のようでした」
「それはそうだろう。誰だって未知の力は恐れるものだ。そうじゃないか?」
再び前を向いて、歩き出す。アンゼリスカの足音が重なった。
「私に嫁いでくる姫は、かの国の一人娘、シャールコーラル姫だ」
「かの国に姫は一人しかいないことは聞き及んでいます。その姫を、とは。いかにティエラがこの国を重要視しているかの証明ですね」
「そうとも。ありがたいことだ」
レイサルが廊下を右に曲がる。彼は早足だ。
アンゼリスカは、さらに深くをついてみる。
「かの国の王族は由緒正しく――純血を守ってきたといいます。それが突然他国との結婚。……怪しいとは、思われませんでしたか」
「興味深いか、学士」
ぴたり、と王子の足が止まった。
「はい」
アンゼリスカは肯定した。
くすくすとレイサルは笑って、
「国同士の関係など、どこが相手でも信用はできぬものだよ。だが、私は楽しみだ。シャールコーラル姫はとても美しい姫だという。それに」
一呼吸置いて、続ける。
「かの姫が紡ぐ石も楽しみだ。さぞかし美しい石なのだろうな」
「―――」
アンゼリスカの胸に重い鉛がのしかかる。シャールは、この国に来てもやはり紡石から逃れられない――
「次の曲がり角を左に曲がったら書庫だ。自由に出入りを許す。存分に使え」
「本当によいのですか?」
「構わんさ。禁書の類に触れたら即死罪だがな」
恐ろしいことを、レイサルは笑いながら言った。
■■■■■
ティエラ王城の練兵場は屋内と屋外の二種類がある。
シャールの親衛隊は、近衛兵に混じって外の練兵場で訓練を行っていた。
隊長のアンゼリスカがいない今、指揮を執るのは、副隊長のフレデリックである。その様子を、シャールは少し離れて見ていた。
陽射しが暑い日だった。
まぶしい太陽に、シャールは額に手をかざして目を細め太陽を見る。
金属が激しくぶつかりあう音。気合を入れる声。ここは活気に満ちている。鋼剣が太陽光を照り返し、きらきらと光る。
やがて、訓練はいったん休憩に入った。
「シャール様」
フレデリックが歩いてくる。親衛隊の残り三人も、近づいてきて敬礼した。
「ご苦労。……続きも頑張れ」
シャールはにこっと笑って大切な親衛隊員を励ました。
フレデリックが手を振って、残りの三人を払う。三人が思い思いの場所で水分を摂るのをたしかめてから、彼も用意されていた飲み物を手に取った。
シャールは再び空を見上げて、
「赤の四十……もうアンゼが発ってから、二十日が過ぎたな」
つぶやいた。
この国の暦は七色で一年を計算する。一色五十日。一年三百五十日だ。それにプラスして白、という日が七日間ある。それぞれの色の間に一日だけはさまっている日のことである。
ボトルに入った水を半分ほど飲んだフレデリックは、
「あと十日で、俺がこの国に来てからちょうど五年になりますね」
と笑った。
ああ、そう言えば――とシャールは思い出す。
フレデリックがこの国に来たのは、赤の五十日だった。
「懐かしいな。お前はこの国に来たとき、右も左も分からないくせにやけに堂々と歩いていた」
「俺の方こそ驚きましたよ。この国で最初にしゃべった相手が――子供が、この国の王女だなんて」
二人は顔を見合わせて笑った。
当時、十一歳になったばかりだった王女シャールは、たまたま城下町に出ていた。視察のためである。傍らにはまだ親衛隊長ではなかった頃のアンゼリスカがついていた。乳兄妹として。
変装したシャールが、雑踏の中でぶつかり、『ああ、すまない』とティエラ語で話しかけた相手がフレデリックだった。
フレデリックは首をかしげ、困ったように自国の言葉でしゃべった。詫びを言ったのだが、シャールには通じなかった。シャールはアンゼリスカの腕を引き、『今この者は何と言ったのだ?』と通訳を求めた。
アンゼリスカ。十二歳のときにレイネンドランドへ行き、父を喪って以来語学に通じていた彼は、フレデリックの言語をすぐに聞き分け、通訳した。
フレデリックはウィデンウォルグの出身だ。武器防具作りに長けた国――
シャールがフレデリックを城へ連れていったのは、最初は危ぶんだからだ。武器作りに長けた国。作ったものを戦争中の国々へ売りさばいている武器商人の国。
ひょっとしたらティエラに武器を持ち込むためのスパイか何かだと――フレデリックはみなに危険視された。
しかし、軟禁され、窮屈な思いをしていたフレデリックの元に何度も訪れたシャールが下した判断は「心配ない」だった。
フレデリックは天涯孤独だった。鍛冶師の能力があったわけでもなかったため、祖国でも肩身がせまくて国を出てきたのだ。
周囲の反対を押し切り、シャールは彼を親衛隊に入れた。幸いなことに彼は武術に長けていた。戦輪という特殊な武器も祖国から持ち込んでいて、重要な戦力となった。
そして四年後、アンゼリスカが親衛隊隊長に昇格するとともに、副隊長に抜擢。
それはとても強引な手段。まだフレデリックを認めていなかった周囲に彼を認めさせるための。
彼の居場所を作るための。
――今でも、フレデリックの陰口を叩く者は消えない。けれど。
「フレッド……この国は居心地が悪いか?」
シャールは木でできた長椅子に座り、問う。
フレデリックは軽快に笑った。
「この国はかわいい女の子が多いんですよ」
「……まったく。お前はそうだからアンゼににらまれるのだぞ」
「そのアンゼが女だったらほっとかないんですけどねー。まあ、やつは心に決めた女がいるからなびかないでしょうが」
シャールは目をぱちくりとさせた。
「アンゼに好きな女性がいるのか?」
「本人に訊いてごらんなさい」
「何ということだ……! あいつめ、私には内緒にしおって!」
シャールはぱたぱたと両手を振って暴れた。襟足で結わえた長い金髪が揺れた。
フレデリックはくっくと笑う。
「許さん。帰ってきたら問い詰めてやる」
むくれたまま立ち上がったシャール。兵士の休憩時間は終わっていた。
散らばっていた兵士たちが集まってくる。そこへずかずかと入り込んで、
「誰か私の相手をしろ……!」
兵士たちがうわあとのいた。シャールが訓練をすることは国王に許されていることとは言え、王女をそうそう怪我させられるものではない。
いつもならアンゼリスカが相手をするのだが。
笑いながら、フレデリックが剣を手に王女に声をかける。
「シャール様。無茶を言うものじゃないですよ。――俺が相手をしましょう」
「む。フレッド。お前、私をなめているだろう」
「おや。この間十連戦して十連勝したのはどっちだったか覚えていますか?」
「負けは取り返す!」
練兵場の一角を占領して、王女とその親衛隊副隊長は武稽古を始める――
……窓から、屋外練兵場の兵士たちの、稽古の音が聞こえてくる。
エディレイドは窓枠に手をかけた。
兵士たちに混じって、鮮やかな長い金髪が激しく動いているのが見下ろせた。相手をしているのはフレデリックだ。
「………」
エディレイドの蜜色の瞳は、冷めた視線でそれを見つめていた。
「シャール……」
短剣を手にフレデリックに立ち向かう妹の名を、彼はつぶやく。ひどく冷ややかな声音で。
妹の親衛隊。彼らは信じられないほど、王女に従順だった。――王族の中ではできそこないと、誰もが認めているあの王女に。
親衛隊の五名は、全員王女に紡石生成の能力がないことを知っている。
その上で、彼女につき従っている――いや、そもそもが自ら名乗り出た者ばかりなのだ。シャールの親衛隊の面子は。
例外は、無理やりシャールが自分の隊に所属させたフレデリックのみ。そのフレデリックにしても、今はまぎれもない、シャールの味方である。
王に任命されてそれぞれ従うことになった、兄王子たちの親衛隊たちとは根本的に違う……
エディレイドの口元に、引きつった笑みが浮かんだ。
そして彼は自分の右手を見る。――鳩。
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